憂える向日葵
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コンコン、と、船室のドアがノックされたのは、島を出てから三度目の朝が巡った頃のことだった。いつも通り変わらない、海兵がニュース・クーと朝食を持ってくる時間。私はもう狼狽えることもなくなって、素早く、音もさせず、クローゼットへと忍び込んだ。
「おはようございます、サー・クロコダイル様。ニュース・クーと朝食をお届けにあがりました」
ドアが開ききって蝶番が軋む音と同時に、カカッ、と2人分の足を揃える音が聞こえる。きっと海賊相手に海兵が敬礼をしているのだろう。王下七武海とは妙な制度だよなぁ、と、改めて思う。
「アラバスタ王国へは昼頃に到着致します。下船の準備をお願いいたします」
「あぁ、ご苦労」
先程挨拶をしたのとは違う声が告げる。2人で連れ立って来るのは、単純に食事と新聞を1人で持ってくるには手が塞がってしまうからなのか、それともこの海賊を恐れているからなのかは分からない。
再び蝶番の軋む音がして、バタン、とドアが閉まる。少しするとクローゼットの戸が開き、柔らかい光が射し込んだ。
「おい、飯だ」
ぶっきらぼうに告げる声の主の顔には、よく見なければ分からない程度ではあるが、疲労の色が滲んでいる。それもそのはず──朝昼晩、3食用意される「彼1人分」の食事を、私にも分け与えてくれているからだ。体格が大きい分、常人よりは多めの量が準備されているとはいえ──やはり通常自分が食べる分より少なくなると、当たり前にお腹は減る。私はそれを、申し訳なく思っていた。
「ううん、いらない。クロコダイルが食べて」
「──また始まった」
葉巻を咥えた口が、溜息と共に煙を吐き出す。もう何度目かになるこのやりとり。私は半ば、意地になっていた。
「お前なァ。俺は葉巻を吸えば口寂しさは紛らわせられるんだから、お前が食えと何度言ったら分かるんだ?」
「……紛らわせられてなんかないわよ。お腹鳴らしてるの、私気付いてるんだから」
むくれながら、つい、言ってしまった。彼のプライドが許さないだろうからと思って、今まで気付いていても言わないでいたのに。
「大体、不自然過ぎるのよ。突然妙な咳払いしたり、ベッドに潜り込んだり。その度に私、笑いを堪えるのに必死だったんだから」
滑った口は止まることを知らず、次々と言葉を紡ぐ。は、と気付いたときにはもう遅く、目の前の海賊は蟀谷にビキビキと青筋を立てていた。
「……ご、ごめ……」
「……ネーナ。俺がなんで自分の飯を我慢してまでお前に食え食えと言っているか、分かってねェだろう?」
謝ろうとする私の声に被さるようにして絞り出された声は冷たいが、どこか笑いを含んでいる。私が恐る恐るどういう意味?と訊ねると、クロコダイルは再び溜息を吐いた。
「あのなァ、お前の体が貧相なもんだから、俺は心配して言ってやってるんだ。しっかり食わねェと、育つモノも育たねェぞ?」
「──っ!」
言いながらしゃがみ込んだクロコダイルの視線が私の上半身に注がれ、思わず腕で隠す。気にしていることを指摘された悔しさと恥ずかしさで、顔が紅潮していくのが自分でもはっきりと分かった。
「俺の感想としちゃァ、せっかくスタイルは悪くねェのに、『ある一部分』に関しては物足りねェように思うんだが……」
「よ、余計なお世話よ! それに、この歳で今更努力したって、無駄なことは分かってるんだから!!」
自分で言っていて悲しくなるが、もう成長期なんてものもとっくに終わってしまったし、こればっかりはどうしようもないものだと諦めている。痛いところを突かれて、私はこれ以上傷付かなくて済むように、と、開き直ってしまうことを選んだ──のだが。
「そんなのは甘えだな。俺はお前といくらも変わらない歳で、未だに『そこ』に関して成長を続けている女を知っている」
突然の言葉に、私は目を丸くする。そんな私を見て、「この歳でもまだ希望があるの?!」という驚きの目だと感じたのか、クロコダイルは朗々と喋り始める。ソイツは毎食バランス良く食べているな、とか、自分から露出の多い服を着てプロポーション維持を意識しているらしい、とか。そうこうしているうちに、気が付くと、クロコダイルは茫然としたままの私を椅子に座らせ、目の前に朝食を用意していた。
「ほら」
彩り良く、量は多いながらも綺麗に盛り付けられた食事が、私を嘲っているように見える。気は進まなかったが、一口食べてしまうと手は止まらなくなり、私はどんどん食物を口へと運んだ。こういうのをヤケ食いというのだろう。私の気持ちなどいざ知らず、テーブルの向かい側では、クロコダイルが満足そうに、顔に笑みを浮かべていた。
島を出て2日半あまり。その間私達は、海兵の来訪に備えて交互に眠ったり、物音を立てないようにお互い読書をして時間を潰していたので、会話らしい会話はあまりしていなかった。それ故私は恐らく、この船に同乗している海兵達ほども、このサー・クロコダイルという男について知らないだろう。
そんな未だ謎の多い男の口から突然語られた、近しい女性の存在。日々の食事のことや服装、あまつさえ体のことまで知っているだなんて、相当な親しさを否応なしに感じさせられる。
(そりゃあ、これだけの人だし?! 1つも女の影がないとは、私だって思わないけど!)
それにしたって、それが私に露見することを全く問題視していないとは。つくづく、意識されてないよなぁ、と思う。私は1つ溜息を吐くと、食後のコーヒーを飲み干し、ごちそうさま、と言ってクロコダイルに席を譲った。皿にはまだ、私ぐらいの体格の人間であれば充分過ぎる程の食料が残っている。勿論、それでも彼には足りないのだろうが──少しでも、お腹を満たして欲しかった。
「いや、俺はいい。少し連絡するところがある」
そう言ってクロコダイルは電話をかけ始める。ダイヤルが終わってプルプルプルプル……と鳴き始めた電伝虫の顔は、気だるげな目は基より、傷痕まで主そっくりに擬態していた。
『……もしもし』
「俺だ、ミス・オールサンデー」
電伝虫から聞こえてきたのは、知的で大人っぽい印象の女性の声。ミス・オールサンデー。私は無意識に、その名前を声には出さずに反芻していた。
『会議、お疲れ様でした。そろそろ帰り着くのかしら?』
「あぁ。昼頃にはナノハナに着く。1人、連れがいるから迎えに来い」
『あら。もしかして、いいディーラーが見つかったの? 分かりました、それならF-ワニを寄越すわ』
──ガチャ。
「おはようございます、サー・クロコダイル様。ニュース・クーと朝食をお届けにあがりました」
ドアが開ききって蝶番が軋む音と同時に、カカッ、と2人分の足を揃える音が聞こえる。きっと海賊相手に海兵が敬礼をしているのだろう。王下七武海とは妙な制度だよなぁ、と、改めて思う。
「アラバスタ王国へは昼頃に到着致します。下船の準備をお願いいたします」
「あぁ、ご苦労」
先程挨拶をしたのとは違う声が告げる。2人で連れ立って来るのは、単純に食事と新聞を1人で持ってくるには手が塞がってしまうからなのか、それともこの海賊を恐れているからなのかは分からない。
再び蝶番の軋む音がして、バタン、とドアが閉まる。少しするとクローゼットの戸が開き、柔らかい光が射し込んだ。
「おい、飯だ」
ぶっきらぼうに告げる声の主の顔には、よく見なければ分からない程度ではあるが、疲労の色が滲んでいる。それもそのはず──朝昼晩、3食用意される「彼1人分」の食事を、私にも分け与えてくれているからだ。体格が大きい分、常人よりは多めの量が準備されているとはいえ──やはり通常自分が食べる分より少なくなると、当たり前にお腹は減る。私はそれを、申し訳なく思っていた。
「ううん、いらない。クロコダイルが食べて」
「──また始まった」
葉巻を咥えた口が、溜息と共に煙を吐き出す。もう何度目かになるこのやりとり。私は半ば、意地になっていた。
「お前なァ。俺は葉巻を吸えば口寂しさは紛らわせられるんだから、お前が食えと何度言ったら分かるんだ?」
「……紛らわせられてなんかないわよ。お腹鳴らしてるの、私気付いてるんだから」
むくれながら、つい、言ってしまった。彼のプライドが許さないだろうからと思って、今まで気付いていても言わないでいたのに。
「大体、不自然過ぎるのよ。突然妙な咳払いしたり、ベッドに潜り込んだり。その度に私、笑いを堪えるのに必死だったんだから」
滑った口は止まることを知らず、次々と言葉を紡ぐ。は、と気付いたときにはもう遅く、目の前の海賊は蟀谷にビキビキと青筋を立てていた。
「……ご、ごめ……」
「……ネーナ。俺がなんで自分の飯を我慢してまでお前に食え食えと言っているか、分かってねェだろう?」
謝ろうとする私の声に被さるようにして絞り出された声は冷たいが、どこか笑いを含んでいる。私が恐る恐るどういう意味?と訊ねると、クロコダイルは再び溜息を吐いた。
「あのなァ、お前の体が貧相なもんだから、俺は心配して言ってやってるんだ。しっかり食わねェと、育つモノも育たねェぞ?」
「──っ!」
言いながらしゃがみ込んだクロコダイルの視線が私の上半身に注がれ、思わず腕で隠す。気にしていることを指摘された悔しさと恥ずかしさで、顔が紅潮していくのが自分でもはっきりと分かった。
「俺の感想としちゃァ、せっかくスタイルは悪くねェのに、『ある一部分』に関しては物足りねェように思うんだが……」
「よ、余計なお世話よ! それに、この歳で今更努力したって、無駄なことは分かってるんだから!!」
自分で言っていて悲しくなるが、もう成長期なんてものもとっくに終わってしまったし、こればっかりはどうしようもないものだと諦めている。痛いところを突かれて、私はこれ以上傷付かなくて済むように、と、開き直ってしまうことを選んだ──のだが。
「そんなのは甘えだな。俺はお前といくらも変わらない歳で、未だに『そこ』に関して成長を続けている女を知っている」
突然の言葉に、私は目を丸くする。そんな私を見て、「この歳でもまだ希望があるの?!」という驚きの目だと感じたのか、クロコダイルは朗々と喋り始める。ソイツは毎食バランス良く食べているな、とか、自分から露出の多い服を着てプロポーション維持を意識しているらしい、とか。そうこうしているうちに、気が付くと、クロコダイルは茫然としたままの私を椅子に座らせ、目の前に朝食を用意していた。
「ほら」
彩り良く、量は多いながらも綺麗に盛り付けられた食事が、私を嘲っているように見える。気は進まなかったが、一口食べてしまうと手は止まらなくなり、私はどんどん食物を口へと運んだ。こういうのをヤケ食いというのだろう。私の気持ちなどいざ知らず、テーブルの向かい側では、クロコダイルが満足そうに、顔に笑みを浮かべていた。
島を出て2日半あまり。その間私達は、海兵の来訪に備えて交互に眠ったり、物音を立てないようにお互い読書をして時間を潰していたので、会話らしい会話はあまりしていなかった。それ故私は恐らく、この船に同乗している海兵達ほども、このサー・クロコダイルという男について知らないだろう。
そんな未だ謎の多い男の口から突然語られた、近しい女性の存在。日々の食事のことや服装、あまつさえ体のことまで知っているだなんて、相当な親しさを否応なしに感じさせられる。
(そりゃあ、これだけの人だし?! 1つも女の影がないとは、私だって思わないけど!)
それにしたって、それが私に露見することを全く問題視していないとは。つくづく、意識されてないよなぁ、と思う。私は1つ溜息を吐くと、食後のコーヒーを飲み干し、ごちそうさま、と言ってクロコダイルに席を譲った。皿にはまだ、私ぐらいの体格の人間であれば充分過ぎる程の食料が残っている。勿論、それでも彼には足りないのだろうが──少しでも、お腹を満たして欲しかった。
「いや、俺はいい。少し連絡するところがある」
そう言ってクロコダイルは電話をかけ始める。ダイヤルが終わってプルプルプルプル……と鳴き始めた電伝虫の顔は、気だるげな目は基より、傷痕まで主そっくりに擬態していた。
『……もしもし』
「俺だ、ミス・オールサンデー」
電伝虫から聞こえてきたのは、知的で大人っぽい印象の女性の声。ミス・オールサンデー。私は無意識に、その名前を声には出さずに反芻していた。
『会議、お疲れ様でした。そろそろ帰り着くのかしら?』
「あぁ。昼頃にはナノハナに着く。1人、連れがいるから迎えに来い」
『あら。もしかして、いいディーラーが見つかったの? 分かりました、それならF-ワニを寄越すわ』
──ガチャ。
