keen critic
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ニコ・ロビンとの通信を終えて目を閉じた電伝虫を懐へとしまい、空を見上げる。月は既にかなり低い位置にあるが、寝顔くらいは見てから出られるだろう。あんな風に抱き合った後でも、アイツはいつも通り、間の抜けた顔で眠っているのだろうか。その顔を思い浮かべて小さく笑うと、俺はレインベースへと向かう足──使ってはいないが──を早めた。
空も白んできた頃、ようやくレインディナーズへと帰り着く。俺は足早に地下の自室へと向かうと、息を殺して、そのドアを開けた。
後ろ手にドアを閉めベッドへと目をやると、そこには思った通りの間抜け面で──あろうことか、涎まで垂らしていやがる──すやすやと眠りこけるネーナの姿があった。
柱時計に目をやれば、既に船の出航に間に合わせるにはギリギリの時間になっていて、どうやらコイツを叩き起こし、薬を呑ませてから出発する暇はなさそうだった。チッ、と小さく舌打ちすると、俺はスタスタと机に歩み寄り、メモスタンドから1枚メモ用紙を捲り取った。次いでペンスタンドから緑色に淡く輝くガラスペンを無意識に手に取った俺は、少し頭を悩ませた後、インク壷にそのペン先を浸した。
「起きたらすぐに呑んでおけ」。短くそれだけ書き残すと、俺は踵を返して元来た通路を戻る。あの薬の正体が何であるかには一言も触れなかったが、アイツの過去を思えば、恐らく知ってはいる──あるいは使ったこともある──だろう。
(あのフラミンゴ野郎がそこまで気が使える男だとも思えねェしな……)
自分で想像しておきながら、あの不敵な笑みが脳裏を過り、イラッとする。ギリ、と葉巻の吸口を噛み潰し、俺はナノハナ港への道のりを急いだ。
目的地に着いたのは、それから七度目の朝を迎えてのことだった。海軍の軍艦であればこのおよそ半分の時間で済むのだが、と胸の中で独りごちて小さく溜息を吐く。到着を告げに船室へとやって来た船長に明日の朝には戻る事を伝え、物資の補給にでも使え、と言って札束を手渡す。船長は恭しく頭を下げてそれを受け取ると、乗組員達に錨を下ろすように伝えた。
デッキに出ると、潮風が頬を撫でる。サラ……と砂に変わって島へ降り立てば、湿り気を含んだ風が砂粒達を固めて、小さな礫へと変えて地面に落とした。
(大した距離でもねェ、歩いて行くか)
そう決めて歩き出した俺の眼前には、石造りの歴史を感じさせる建物が聳え立っていた。
いらっしゃいませ、と言いかけたドアボーイは、俺の姿を認めると、目をぱちくりとさせた。数秒あって、慌てて深々と頭を下げる。
「サー・クロコダイル様……?! 本日お越しになるとは……」
「構わねェ、少し立ち寄っただけだ。支配人はいるか」
「は、はい……! 少々お待ちください……!!」
男は重厚感のあるドアを開けると、俺を店内へと誘った。広いフロアをぐるりと見渡せば、かつてのような質の悪い客は減ったように見える。ほう、と感心していると、コツコツと軽やかな靴音が聞こえてきた。その音に振り返った俺は、咥えていた葉巻をポロリと落としそうになった。
「ご無沙汰しております、サー・クロコダイル様──ようこそ、Heaven’s Bellへ」
艶然と微笑んだ女は、在りし日の美しさを取り戻していた。正確に言えば、目元などに年月の経過を感じさせるものはあるのだが、それを差し引いても、かつてのように
目を引く容姿であることは間違いない。狐につままれたようになっている俺の姿を見て、この店の新しい支配人になった女──ステラはクスリと笑ってみせた。
「積もる話もおありでしょう──どうぞ、こちらへ」
案内されて入ったV.I.P.ルームの扉を閉めるなり、ステラは壁に凭れ掛かると、懐から煙草を取り出してその細く長い指に挟み、火を点けた。部屋を見渡せば、前のオーナーが誂えたというとにかく金ピカの趣味の悪い華美な装飾品は全て取っ払われ、古い絵画やレリーフ、彫像などが、石造りの無骨な室内を、それでいて厳かに彩っていた。ネーナを奪っていった夜に空けた穴も、そんなものは初めからなかったかのように綺麗に塞がれている。女のえび茶色の唇からフゥッと細く吐き出された煙がだだっ広い部屋に散っていくのを見届けて、俺は口を開いた。
「──『スベスベの実』でも食いやがったのか? ステラ。悪魔の実の能力者になったんなら、配下に加えてやらんでもないが」
「失礼しちゃうわね、努力の賜物よ。悪魔の実の力で、苦労もせずにこの体に戻れた、なんて思わないで欲しいものだわ」
言葉とは裏腹に、ステラの表情は明るい。俺も先程取り落としそうになった葉巻を咥え直すと、ポーカーテーブルの前に置かれていたスツールを自ら引き、浅く腰掛けた。
「その制服はどうした? あのクズ野郎に代わって支配人になったと聞いていたが」
「プレイングマネージャーってやつよ。誰かさんがうちの看板ディーラーを引き抜いて行っちゃったものだから、当面の間仕方なく、ね」
女の纏う服がディーラー時代のそれと同じ事を指摘すると、思いがけなく皮肉られる。チッ、と舌打ちをする俺を見て、ステラは愉快そうに笑った。かつてディーラーとして初めて応対を受けた時に感じたわざとらしい恭しさを嫌って、他の人の目のないところではそうする必要はないと言ってはいたが、素になったコイツは正直──苦手な部類の人間だ。鬱憤を晴らす事ができて満足したのか、女の表情は穏やかなものになった。
「──どう? ネーナは元気にしてる?」
「──ああ。店でもよくやっている」
「そう、それなら良かった──大事にしてあげてちょうだいね? 私の育てた大事な後輩なんだから」
そう語る女の目は、とても真剣なものだった。俺は女の言葉に曖昧に頷くと、テーブルの上に置かれていた灰皿に葉巻を押し付ける。それを見て、ステラはこれから俺が本題に入ろうとしているのを察したらしい。自らも咥えていた煙草を胸の内ポケットにしまっていた携帯灰皿に押し付けて、居住まいを正した。
「──それで? わざわざうちにまで来るって事は、おおかたネーナの事で、何かあったんでしょう?」
「あァ──ここにいた頃の奴について、少々知っておかなきゃならない事があってな。奴の部屋を改めさせてもらう」
俺の言葉に、ステラは首を傾げる。何を知りたいのか問いたげな表情だったが、客商売の美徳のつもりなのだろう、すぐに分かったわ、と小さく言って、深く詮索する事はせずにV.I.Pルームの扉へと向かった。
「ネーナの部屋なら、貴方に愛想を尽かして戻ってきてもいいように、出ていったときのままにしてあるわ。鍵を取ってくるから、少し待っていて」
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