keen critic
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夜の冷気が頬を刺す中、街外れのとある場所へと降り立った俺は、それを見咎める者はいないかと辺りを窺った後、静かにその小さな建物の入口に近付いた。
息を殺して、控え目にドアノッカーを鳴らす。数回のノックの後、キィ……と小さく軋んで開いたドアの向こうから、1人の老人が顔を出した。
「──お待ちしておりました、サー・クロコダイル様。どうぞ中へ……外はお寒いでしょう」
男は俺を中へと迎え入れると、ランタンを片手に歩き出す。俺は黙ってその後について、薬品の匂いが充満した板張りの廊下を歩いた。
男は、ナノハナ港に程近い場所に小さな診療所を構える医者だ。病気や怪我をしている人間であれば、例えそれが海賊などの悪党であっても、分け隔てなく治療してやる名医として国中に知られている。そんな名医であれば、今後国王軍と、それに対立する組織が出来て衝突したときにも、負傷者を助けようと奔走するであろう。そんな男と懇意にしておくことは、今後両者の動きを知る上で重要な情報網の1つに成り得ると考えた俺は、この国に拠点を置いた当初から、この医者に接触していた。
「申し訳ございませんが、貴方様をお通し出来るような立派な応接室なんて物はこの診療所にはありませんので──こちらで失礼致します。コーヒーでしたらすぐにご用意が出来ますが」
「──いや、結構だ。気遣いに感謝する、ドクター」
男は左様ですか、と短く応えると、ランタンを机の上に置いて部屋の奥へと去って行く。1人取り残された俺は、ぐるりと室内を見渡した。
通されたのは、小さな診察室だった。聴診器や名前も知らない医療器具が整然と置かれた机と、背凭れに白衣の掛けられた椅子。患者用のスツールは、最後に診たのが子供なのだろうか、やけに低くなっている。部屋の隅には、俺にはとても横たわれそうにないサイズの診察台が、ちょこんと鎮座していた。天井も壁も真っ白な空間の中で所在なく突っ立っていると、片手に湯気を浮かべたコーヒーマグを携えて、男が戻ってくる。
「どうぞ、お掛け下さい」
「……あァ」
どうやら、ここに座る他ないらしい。低すぎるスツールの座面の下を探り、高さ調節用のレバーを引く。浮き上がった座面はそれでもまだ俺には低いくらいだったが、やむを得ず俺はそこに腰掛けた。男は椅子を引き、背凭れに掛けてあった白衣を羽織って座る。改めて対面した俺達2人は、ちょうど診察するかのような形になっていた。医者にかかることなど滅多にない俺は、どうしたものかと視線を泳がせる。そんな様子に気付いているのかいないのか、男は間延びした声で話し掛けてきた。
「しかしアレですな──お美しい部下を持たれると、気苦労が絶えないことでしょう」
何の話だ、と言おうとした俺は、目の前に差し出された「それ」を見て、口を噤む。かさついた掌の上には、薄桃色をした小さな錠剤が1錠、転がっていた。
「──『例の薬』です。24時間以内に服用すれば、ほぼ確実に、避妊の効果があります」
俺が黙ってそれを受け取ろうとすると、男は突然、手を引っ込めた。何を、と咄嗟に睨み付けてしまった俺のことなど意に介さない様子で、男は神妙な面持ちになる。
「それよりも心配なのは、『心』の方の傷でございます。こればかりは、この薬でもどうこう出来るものではございません故──」
「──ああ、肝に銘じておこう」
どうやら男は、ミス・オールサンデー──彼の知る俺の女の部下は奴しかいない──が賊に襲われた、とでも思っているらしかった。否定する必要もないので適当にあしらうと、男は俺の答えに満足したのか、再び手を差し出す。俺は差し出された掌からその小さな錠剤を受け取ると、シャツの胸ポケットにしまった。代わりに、トラウザーのポケットから取り出した帯封が付いたままの札束を手渡すと、男は目を丸くした。こんなには受け取れない、と首を振る男のことなど全く無視して、俺は札束を机に置き、踵を返す。診察室を出て、後ろ手にドアを閉めざまにチラと振り返れば、そこには深々と頭を下げている男の姿があった。
診療所を出た俺は、再び辺りを見渡して誰もいないのを確認すると、その身を砂へと変える。サラリと身を躍らせた風は北西。レインベースへと戻るにはちょうど追い風だ。
(これなら、夜が明ける前にはレインディナーズに戻れるだろう)
風に乗った俺は、懐から電伝虫を取り出すと、夕刻任務へと赴かせたパートナーの番号を呼び出す。数コールで出た女の声は、どこか憔悴した響きを帯びていた。
『──もしもし』
「俺だが──朝までに船を用意しておけ。
『あら……貴方まで店を空けるなんて、大丈夫なの?』
「構わん、副支配人とミス・アニヴェルセルに店を預ける」
その名前を出してから、ハッとする。ニコ・ロビンを任務へと向かわせたのはそもそも、ミス・アニヴェルセルが海軍のスパイかもしれない、という報告を奴から受けたからだった。苦しげに顔を伏せながらそう告げたパートナーに、自らその始末をするよう命じれば、失敗することは明白だった。だからこそ、この地を一時的に離れさせたのだが──俺がネーナをまだ始末していないと知って、日和った、などと思うのではないだろうか。
『……分かったわ。いつも通り、ナノハナ港に7時でいいかしら? 例の如く、客人を乗せる、と言って
「──ああ、結構だ」
意外なことに、ネーナの名が俺の口から出ても、奴は大して気にはしていないようだった。それどころか、その声にはどこか安堵しているかのような響きさえある。やはりこの女も、ネーナに対して情が湧いているのだろう。この分なら、何故始末しなかったのか、と責め立てられることもないに違いない。ネーナを始末出来なかった本当の理由を口にすることなど到底出来ない俺にとっては、逆に好都合だった。
基本的に陸に拠点を置いている俺は、
(「アイツ」への連絡は──まァ、いいだろう)