抱いた感情
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
確かに、思い返してみれば、ステラがディーラーを引退し、寮母としてディーラー寮に常駐するようになってからは、客を取るような真似をするディーラーは減っていたように思う。あの大きな体で、私達を守ろうとしてくれていたのだろうか。ステラの世話焼きな笑顔が脳裏に浮かび、また涙が溢れてきた。
「お前があの店でどんな仕事をしていたのか、俺はそんな事には興味はねェ。興味があるのは、お前がうちの店でどんなディーラーになるのか、それだけだ。心配するな、うちの店の看板を汚すような真似をする客は、この俺が許さん──分かったか?」
重ねた手に力を込めて、私は大きく頷いた。クロコダイルはよし、と小さく呟くと、その左手の鉤爪で不器用に私の頭を撫でる。固い金属の感触。不思議と不快ではなかった。
「分かったなら、涙を止めてから出てこい。俺の能力を使っても、ソイツだけは枯らせられねェ」
そう言ってクロコダイルは立ち上がり、クローゼットの戸を閉めた。小さくなった私の体は、再び暗闇に包まれる。私はブラウスの袖でごしごしと乱暴に顔を拭うと、熱くなった目元を冷やそう、と顔を上げた。
恐らく──彼は、私とドフラミンゴの関係も分かっている。それでも、こんな私に可能性を見出して、連れ出してくれた。そこにあるのは、「未来の看板ディーラー」への期待──それだけなのだろう。
過去を咎められない安心感と同時に、一抹の寂しさが胸に沸く。私はその寂しさの理由も分からないままに、暗さに慣れて視力の戻ってきた目で、ぼんやりと、ただ宙空を眺めていた。
──どれくらいの時間が経っただろうか。目の腫れと熱っぽさが引き、少しは見られる顔に戻っただろうところで、私はそっとクローゼットの戸を開けた。
クロコダイルは椅子に腰掛け、右手で頬杖を付き、何やら分厚い本に視線を落としている。私が出てきた事には気付いていないらしく、微動だにしない。
「クロコダイル……?」
背後からそっと声を掛ける。それでも一切の反応を見せない背中に近付こうとして、私は足を止めた。見れば、彼は目を閉じ、小さく規則的な寝息を立てていたのだ。
(──寝てる……?)
人間として当たり前の行為なのだが、どこか現実離れした美しさを持つ彼がそれをしているのを見るのは、なんだか不思議だった。広い胸が呼吸に合わせて上下するのを見ていると、その胸元に爪を立てて首筋に噛み付いてしまいたいような、狂暴な感情が沸き上がってくる。
(何、これ──)
自分の中に生まれた得体の知れない感情に戸惑いながら、まじまじと、目の前で寝息を立てる男のことを見る。カジノで初めて対面したときにもこの男のことは観察したが、その時とは少し、抱く感想が違っていた。
指で掬って唇を寄せたくなる、一房だけ乱れた前髪。指でなぞってみたくなる、顔を横断する傷。優しく食んで舌で揺らしてみたくなる、右耳のピアス。だんだんと心地好く感じられるようになってきて、全身を包み込まれたいとまで思う、葉巻の香り。指を這わせてみたくなる、無駄な筋肉のついていない体躯。口に含んで噛んでみたくなる、右手の指。境目の部分に舌を這わせてみたくなる、左腕と鉤爪。彼の美しいパーツの1つ1つで頭の中が埋め尽くされて、一度は熱っぽさのひいた顔が、また熱を帯びていく。
(……っ! 私は、何を……)
ゾクゾクした。敬語と「様」付けを止めて尚、クロコダイルのことを未だどこかで「カジノで出会った客の1人」として見ていた自分。それが今では、「1人の男」として見ていることに気が付く。自分がディーラーとして未熟だった頃に取った客や、ドフラミンゴに対しては抱かなかった感情。その感情を込めて、全身でそれを伝えたいと思う、願望。
だが、その願望が叶うことはないだろう。私がそれを願った相手は、私のことをきっといい拾い物、ぐらいにしか思っていない。悔しいけれど。
フフッ、と、笑みが溢れた。昔と同じことを繰り返している。私は支配人にとっても「いい拾い物」程度の存在だった。けれど、今度は私自身が、拾われた相手に対して特別な感情を抱いている。
それならば。私も相手にとって、「特別な拾い物」になってやろう。幼い頃、浜辺で見つけた異国の文字が書かれた瓶や、珍しい貝殻のように。彼の心や記憶に、少しでもいい、爪痕くらいは残せたなら。
生まれたばかりの感情をしまいこむおまじないをするように、私はクロコダイルの頬にそっと唇を寄せる。小さく音をさせて離れた唇でその名前を呼び、寝惚け眼の男に話し相手になるよう懇願する。これでいい。これがいいのだ。
うるせェな、とぼやかれながら。寝かせろ、と小突かれながら。自分と彼との間に、私は深く深く、境界線を刻んだ。
......To be continued.
