世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
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「お前は、スロットはどれ程ありゃァ事足りると思う」
「うーん……減らすなら、1/3ぐらい削ればいいんじゃないかな。それでルーレット卓1台分くらいのスペースになるだろうし」
「そうか」
上出来だ、と満足げに呟いて、クロコダイルは私の肩にポン、と手を置く。彼はそのまま私の左隣に回ると、肩を抱いた格好で地下へと歩を進めた。その仕草には迷いがなくとてもスマートで、胸がどきりと高鳴る。
地下の長い廊下を、クロコダイルと並んで歩く。2人分の靴音は重なり合って響き、歩調を合わせてくれていることが窺えた。そんな些細なことにもドキドキしていることを知ってか知らずか、クロコダイルは浴室の前でピタリとその足を止めた。
「──部屋で待つ」
それだけ言い残して、クロコダイルは1人部屋へと戻って行く。その場に取り残された私は、言葉だけでかぁっと熱くなった身体を鎮めるために、浴室に駆け込んだ。
脱衣所で制服を脱いで、浴室の扉を開けると、立ち込めた甘い香りの湯気が、出口を得て全身に纏わりつく。見れば、湯舟には乳白色の湯が張ってあった。今日は昼から閉店までのシフトで足が疲れていて、ちょうど湯舟にも浸かりたいと思っていたから有難い。私は手早く化粧を落とし、次いで髪と全身を洗うと、ふんわり優しく香る湯を湛えた湯舟に、身体を沈めた。
「……っあ~~~……最っっっ高……」
広い湯舟に浸かってうんと伸びをした私は、温めの湯の心地好さに、思わず嘆息して独りごちる。凝り固まっていた筋肉が弛緩していくのを感じて、私は湯舟の縁に頭を乗せて肩まで湯に浸かると、そっと目を閉じた。
あの日以来──色々な事が変わった。
看板を背負わされているとはいえ、一ディーラーであったはずの私が、支配人と副支配人が不在のときは日報を書かされるようになったし。
店の経営について、クロコダイルから意見を求められるようにもなったし。
脱衣所のリネンクローゼットには、「部屋着に色気がねェ」と宣うクロコダイルにより用意されたバスローブが置かれるようになったし。
(──ベッドも、撤去されたし)
クロコダイルが留守で、私が仕事に忙殺されていた、ある日。仕事を終えてへとへとで部屋に帰ると、いつの間にか、私の憩いの場であったエキストラベッドが撤去されていた。
已む無くその日からクロコダイルのベッドを借りていたのだが、店へと戻って来たクロコダイルにベッドがなくなったことを訴えても、「必要ねェだろう」と一蹴されてしまって。それからというもの、私は広々としたロングのキングサイズベッドに、小さく小さく身体を折り畳んで眠っている。
(──キス、だって)
これまでも、クロコダイルと私が戯れに口付けを交わすことは幾度かあった、が。寝起きを共にするようになってからは、朝一番か寝る前──或はその両方──と、少なくとも1日1回は必ずキスを強要されている。無論、キスだけでは済まないこともあるし、クロコダイルの方から髪や額に唇を落とすだけのときもある。そういうときの彼はどこか酷く優しく感じられて──愛されているのかもしれない、と、馬鹿な私は思い上がってしまうのだ。
(──そんなわけ、ないのにね)
ザバッと湯舟からあがり、脱衣所に用意しておいたふかふかのバスタオルで身体を拭う。薄くボディクリームを塗った素肌にバスローブを羽織ると、私は洗い髪のまま、部屋へと向かった。
「──女の風呂ってのは、どうしてこう時間がかかるんだかな」
「クロコダイルが特別早いだけだってば。私は至って普通です」
ドアを開けるなり飛んでくる嫌味に、私はつっけんどんに返事をする。言葉の割には声に責めるような響きはなく、クロコダイルはクハ、と小さく笑ってみせた。そういえば、最近では部屋に入るときにノックもしなくなった。
ソファに座って葉巻を吹かしながらニュース・クーを読んでいたクロコダイルは、空いた自分の右隣をポンポン、と手で叩く。私はそこに座ると、ん、と頭を差し出した。
「この俺をドライヤー代わりに使うなんざ、肝が据わってやがるな、お前って奴は」
「元はと言えば、そっちが最初にやりだしたことでしょ? 便利なんだもん」
葉巻を灰皿に置いたクロコダイルが髪に指を通すと、途端に水分を奪われたそれらは渇いていく。初めのうちはパッサパサにされちゃうのでは、とヒヤヒヤしていたのだが、奪う水分量は上手く調節出来るらしい。潤いは適度に保ちつつサラサラになるので、風呂上りのささやかなこの時間を、私は密かに楽しみにしていた。
「ほら──終いだ」
「ふふ。ありがと」
小さく笑って顔を上げると、クロコダイルと視線がかち合った。あ、と思うより先にクロコダイルの右手は頭から左頬へと滑り、そのまま唇を奪われる。舌を絡めて覆い被さってきたクロコダイルに身体を押し沈められ、ギシ、と革張りのソファが軋んだ。
「──明日は遅番だったか」
「──え? うん、そうだけど……」
唇を離して唐突に尋ねたクロコダイルは、私の答えにそうか、と短く呟く。そして彼は徐にソファから立ち上がると、キスだけで炙ったマシュマロになっている私をひょい、と抱え上げた。
「……っ!? ちょっ、何?!」
「この間、あそこで狭ェと文句を垂れてやがったのはそっちだろう」
そう言って彼はスタスタとベッドに向かって歩いて行くと、躊躇なく、身を固くしている私をそこへ放り落とす。うぎゃ、と色気のない悲鳴をあげてシーツの海に不時着した私の姿を見て、クロコダイルはクハ、と笑った。その口の端にはいつの間にか、小さな四角い袋が咥えられている。それを見つけた私は、鼻の奥がツンとするのを感じた。
悟られぬように、慌てて両の腕で目元を隠す。それに気付いているのかいないのか──気付いていたとて、彼は何とも思わないのだろうが──、するすると腰紐が解かれる気配がする。ぎゅっと瞑った暗闇の中で私は、時折自分の意思とは関係なく溢れてしまう声を発しながら、彼の猛る欲望を、小さく震える身体でただ受け止めていた。
*****
──1ヶ月前
目覚まし時計がけたたましい音を立てて、光の届かない地下に、朝の訪れを声高に叫ぶ。弾かれたように目を開いて、私は飛び起きた。サイドボードの上で鳴り続ける時計を引っ掴んでベルを止め、慌ててその盤面を見る。長針と短針は、ぴったり7時を指し示していた。
「焦ったぁ……寝過ごしたかと思った……」