世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
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「なんか最近綺麗になったよなー、ミス・アニヴェルセル」
「へ?!」
仕事を終えて、女性従業員用の更衣室で日報を書いていた私は、ディーラー仲間の声に驚いて顔を上げた。声の主は、同い年で割と仲の良い、シエロ。見ればまだ着替えの最中で、男勝りの性格に似合わず豊満な身体に、私は思わず目を逸らした。
「あ! それ、私も思ってました!! 何かあったんですか?!」
うきうきと弾んだ声で同調するのは、私より2つ年下のディーラー、フィオーレちゃん。彼女もまた着替えの最中ながら、私のいるテーブルまでやってきて、目を輝かせながら顔を覗き込んでくる。
「べ、別に……いつもと何も変わらないよ? っていうか、綺麗にもなってないし……」
「え~、ウッソだぁ!」
「怪しいなー……」
2人は自分達が着替えの途中だということを忘れてしまったのか、追及の手を緩めない。俄に賑やかになった更衣室で、私は困り果てて曖昧に笑う。そんな中、これまで静観を決め込んできた1人の女性ディーラーが口を開いた。
「男……ね? ミス・アニヴェルセル……?」
「「「……!」」」
唐突に、とんでもない燃料を投下したのは、ディーラー仲間の中では最年長のネーヴェさんだった。ミステリアスな魅力で男性客から人気の彼女は、ゆったりと妖艶な笑みを浮かべながら私達3人の輪の中に加わると、私の喉元から顎へ、人差し指をツーッと滑らせた。
「……っ!」
「ふふっ、いい反応……女が綺麗になる理由なんて、それ以外にないじゃない?」
「ね、ネーヴェさん……っ! からかわないでください……!!」
くすくすと笑いながら、ネーヴェさんはくるりと踵を返す。話を切り上げてくれるのかとほっとしたのも束の間、彼女は更なる燃料を投下した。
「問題は……相手、ね……」
ぼそりと呟かれた言葉に反応して、シエロとフィオーレちゃんがごくり、と喉を鳴らす。3人は無言で視線を交わして頷き合うと、シエロのせーの!という掛け声を合図に、一斉に口を開いた。
「葉巻の海兵!」「ドフラミンゴ様!」「ミス・オールサンデー……かしら?」
三者三様の答えに、皆が顔を見合わせる。危惧していた人物の名前が出ず、ほっと胸を撫で下ろした私を後目に、3人は思い思いに自分の予想の根拠を語りだした。
「待ってくださいシエロさん……『葉巻の海兵』って誰ですか……?」
「そこからかよ! オープン初日にミス・アニヴェルセルが連れてきた海兵がいたろ!!」
「ああ、あの人……いや、でも絶対ドフラミンゴ様ですって! あの超・絶俺様!!って感じの強引さ……あれにオチない女なんていませんよ!」
「それを言うなら、そんな強引な男から女を守った、あの葉巻の海兵にこそおちちまうっての! 恋愛に興味のないあたしでもかっこいい!!って思っちまったぐらいだし!」
「っていうか……」
「ああ……問題はそこじゃねぇな……ネーヴェさん! あんた今何つった?!」
「え? ミス・オールサンデー、よ? だって2人、よく一緒にいるし……街でデートしてるらしい姿も見掛けたことがあるわ。ミス・オールサンデーは同性から見てもとっても魅力的な方だし……有り得なくはないわよ?」
「「あ~、成程……って! あんたが最初に『男』って言うたんやないかい!」」
「あら、そうだったかしら? うふふ……」
3人が、フィオーレちゃんなどはキャラクターが変わってしまう程の激論を交わしている間に、私は日報を書き終えていた。パンパン!と大きく2回手を叩き、皆の耳目を集める。
「はいはい、皆さん。お楽しみのところ悪いんですが、もう店閉めますよ! さ、着替えた着替えた!!」
えー、とぶつくさ言いながらも、私が腕組みをして時計を気にするふりをしてみせると、皆各自のロッカーに散り散りになって着替え始める。シエロが何やら、続きはこの後飲みに行って話そうと提案していて、フィオーレちゃんもネーヴェさんもそれに乗るようだった。まったく、困ったものだ。
着替え終わった3人は、お疲れ様でした、と口々に言って、裏口から店を出る。私は彼女達に手を振って、裏口の鍵を内側から閉めた。
「さて、と」
ぽつりと独りごちて、店内を見渡す。つい1時間程前までの賑やかさが嘘のように静まり返ったフロアは、なんとも寂しいものだ。
(──あれから1ヶ月、か……)
日報に書いた日付を見ながら、私はクロコダイルに連れられて砂漠を歩き、流砂の檻に落とされたあの夜のことを思い返していた。
(──あの時、私は)
クロコダイルに用済みだと言われながらも、私は今でもレインディナーズのディーラーとして、変わらず店に立ち続けている。クロコダイルからそうするように言われた訳でもなく、そうせざるを得なかった、というところが本当のところだが、クロコダイルはその事について何も口を挟んでは来なかった。
クロコダイルはあの日から2週間余り、この店に帰って来なかった。加えて支配人であるロビンさんも出張ということで、店は副支配人と私の2人が中心になって回さなくてはならなくなった。オーナーと支配人不在の中でも何とか店を回したことで、スタッフ同士の連携はより強まることになったのだが、なし崩し的にディーラーを続ける事になってしまったのが気にかかり、私はこのところ、実にもやもやしたものを胸に抱えていた。
「──おい」
「!」
ぼんやりと物思いに耽っていたところに声を掛けられて、私は弾かれたように振り返る。そこには件の「男」が、葉巻を吹かし、腕組みをしながら立っていた。
「──遅ェと思って来てみりゃァ、もう仕事は終わってるじゃねェか。何をしていやがる」
「ん、ちょっと……店のことで話し込んでて。あと戸締まり確認するだけ」
ナチュラルに、嘘をついてしまった。だがクロコダイルはそんな事は気にも留めず、そうか、と言って、手をこちらへと差し出す。そこへ私が日報を手渡すと、クロコダイルは無言で受け取り、隅から隅まで目を走らせた。
「……スロットの稼働率が悪いようだな」
「そうかもね。うちのお客様達は皆、お気に入りのディーラーがいて、その子に会うために来てるようなところがあるから……スロットは、その子の卓が埋まってる間の時間潰し程度にしかなってない感はあるかなぁ」
入口の戸締まりを確認しながら、私は店に出ていて感じたことを伝える。クロコダイルは成程、と呟くと、フロアをぐるりと見渡した。その目はいたって真剣な、経営者の目をしている。私が戻ると、彼はフロアに目をやりながら尋ねた。
「へ?!」
仕事を終えて、女性従業員用の更衣室で日報を書いていた私は、ディーラー仲間の声に驚いて顔を上げた。声の主は、同い年で割と仲の良い、シエロ。見ればまだ着替えの最中で、男勝りの性格に似合わず豊満な身体に、私は思わず目を逸らした。
「あ! それ、私も思ってました!! 何かあったんですか?!」
うきうきと弾んだ声で同調するのは、私より2つ年下のディーラー、フィオーレちゃん。彼女もまた着替えの最中ながら、私のいるテーブルまでやってきて、目を輝かせながら顔を覗き込んでくる。
「べ、別に……いつもと何も変わらないよ? っていうか、綺麗にもなってないし……」
「え~、ウッソだぁ!」
「怪しいなー……」
2人は自分達が着替えの途中だということを忘れてしまったのか、追及の手を緩めない。俄に賑やかになった更衣室で、私は困り果てて曖昧に笑う。そんな中、これまで静観を決め込んできた1人の女性ディーラーが口を開いた。
「男……ね? ミス・アニヴェルセル……?」
「「「……!」」」
唐突に、とんでもない燃料を投下したのは、ディーラー仲間の中では最年長のネーヴェさんだった。ミステリアスな魅力で男性客から人気の彼女は、ゆったりと妖艶な笑みを浮かべながら私達3人の輪の中に加わると、私の喉元から顎へ、人差し指をツーッと滑らせた。
「……っ!」
「ふふっ、いい反応……女が綺麗になる理由なんて、それ以外にないじゃない?」
「ね、ネーヴェさん……っ! からかわないでください……!!」
くすくすと笑いながら、ネーヴェさんはくるりと踵を返す。話を切り上げてくれるのかとほっとしたのも束の間、彼女は更なる燃料を投下した。
「問題は……相手、ね……」
ぼそりと呟かれた言葉に反応して、シエロとフィオーレちゃんがごくり、と喉を鳴らす。3人は無言で視線を交わして頷き合うと、シエロのせーの!という掛け声を合図に、一斉に口を開いた。
「葉巻の海兵!」「ドフラミンゴ様!」「ミス・オールサンデー……かしら?」
三者三様の答えに、皆が顔を見合わせる。危惧していた人物の名前が出ず、ほっと胸を撫で下ろした私を後目に、3人は思い思いに自分の予想の根拠を語りだした。
「待ってくださいシエロさん……『葉巻の海兵』って誰ですか……?」
「そこからかよ! オープン初日にミス・アニヴェルセルが連れてきた海兵がいたろ!!」
「ああ、あの人……いや、でも絶対ドフラミンゴ様ですって! あの超・絶俺様!!って感じの強引さ……あれにオチない女なんていませんよ!」
「それを言うなら、そんな強引な男から女を守った、あの葉巻の海兵にこそおちちまうっての! 恋愛に興味のないあたしでもかっこいい!!って思っちまったぐらいだし!」
「っていうか……」
「ああ……問題はそこじゃねぇな……ネーヴェさん! あんた今何つった?!」
「え? ミス・オールサンデー、よ? だって2人、よく一緒にいるし……街でデートしてるらしい姿も見掛けたことがあるわ。ミス・オールサンデーは同性から見てもとっても魅力的な方だし……有り得なくはないわよ?」
「「あ~、成程……って! あんたが最初に『男』って言うたんやないかい!」」
「あら、そうだったかしら? うふふ……」
3人が、フィオーレちゃんなどはキャラクターが変わってしまう程の激論を交わしている間に、私は日報を書き終えていた。パンパン!と大きく2回手を叩き、皆の耳目を集める。
「はいはい、皆さん。お楽しみのところ悪いんですが、もう店閉めますよ! さ、着替えた着替えた!!」
えー、とぶつくさ言いながらも、私が腕組みをして時計を気にするふりをしてみせると、皆各自のロッカーに散り散りになって着替え始める。シエロが何やら、続きはこの後飲みに行って話そうと提案していて、フィオーレちゃんもネーヴェさんもそれに乗るようだった。まったく、困ったものだ。
着替え終わった3人は、お疲れ様でした、と口々に言って、裏口から店を出る。私は彼女達に手を振って、裏口の鍵を内側から閉めた。
「さて、と」
ぽつりと独りごちて、店内を見渡す。つい1時間程前までの賑やかさが嘘のように静まり返ったフロアは、なんとも寂しいものだ。
(──あれから1ヶ月、か……)
日報に書いた日付を見ながら、私はクロコダイルに連れられて砂漠を歩き、流砂の檻に落とされたあの夜のことを思い返していた。
(──あの時、私は)
クロコダイルに用済みだと言われながらも、私は今でもレインディナーズのディーラーとして、変わらず店に立ち続けている。クロコダイルからそうするように言われた訳でもなく、そうせざるを得なかった、というところが本当のところだが、クロコダイルはその事について何も口を挟んでは来なかった。
クロコダイルはあの日から2週間余り、この店に帰って来なかった。加えて支配人であるロビンさんも出張ということで、店は副支配人と私の2人が中心になって回さなくてはならなくなった。オーナーと支配人不在の中でも何とか店を回したことで、スタッフ同士の連携はより強まることになったのだが、なし崩し的にディーラーを続ける事になってしまったのが気にかかり、私はこのところ、実にもやもやしたものを胸に抱えていた。
「──おい」
「!」
ぼんやりと物思いに耽っていたところに声を掛けられて、私は弾かれたように振り返る。そこには件の「男」が、葉巻を吹かし、腕組みをしながら立っていた。
「──遅ェと思って来てみりゃァ、もう仕事は終わってるじゃねェか。何をしていやがる」
「ん、ちょっと……店のことで話し込んでて。あと戸締まり確認するだけ」
ナチュラルに、嘘をついてしまった。だがクロコダイルはそんな事は気にも留めず、そうか、と言って、手をこちらへと差し出す。そこへ私が日報を手渡すと、クロコダイルは無言で受け取り、隅から隅まで目を走らせた。
「……スロットの稼働率が悪いようだな」
「そうかもね。うちのお客様達は皆、お気に入りのディーラーがいて、その子に会うために来てるようなところがあるから……スロットは、その子の卓が埋まってる間の時間潰し程度にしかなってない感はあるかなぁ」
入口の戸締まりを確認しながら、私は店に出ていて感じたことを伝える。クロコダイルは成程、と呟くと、フロアをぐるりと見渡した。その目はいたって真剣な、経営者の目をしている。私が戻ると、彼はフロアに目をやりながら尋ねた。