抱いた感情
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「さっきまでお前が立ち寄っていた島のカジノ──Heaven's Bellの女ディーラー、ネーナが行方を眩ませた。カジノの支配人が海軍に通報してきたんだが、聞けばネーナはお前と2人っきりで、V.I.P.ルームにいたって言うじゃねェか。お前……何か知ってるだろう?」
スモーカーの声には、明らかに疑いの色が含まれている。当たり前だ、行方が分からなくなる直前に一緒にいたのは、今まさに取り調べている目の前の男なのだから。それを「何か知っているか」といった訊ね方をするところに、私はこの男が中佐まで登り詰めてきた所以を見た気がした。
「ネーナか。確かに俺はその店に行ったし、その女とも一緒にいた。だがソイツが今どこにいるのかまでは知らねェな」
「そうか。ならあの壁の穴はどう説明するんだ? 石の壁にあんなデカい穴を開けるなんざ、女の力じゃァ考えられねェだろうが」
追求する声が鋭さを増す。それと同時に、私の鼓動も一層煩さを増した。
「あぁ、あの穴を開けたのは俺だ。だが女にはそこから逃げ出されてな、その後の行方は知らねェ。島内の何処かに隠れてるんじゃねェか?」
「ほぅ。それが本当だとして、何故穴を開ける必要があった? 何故女は逃げ出した? ──お前が連れ去ろうとしたからじゃねェのか!」
スモーカーが核心を突く。外の空気がビリッと張り詰めた感覚に、私は体を震わせた。もういっそ、ここから飛び出してしまった方がいいのではないか。私が不意を突き、クロコダイルがその右手で男に触れれば──顔も知らない海兵相手に頭の中で恐ろしいことを想像しながら、私は何故そうまでしてクロコダイルに捕まってほしくないのかを考えていた。クローゼットの中で色んな思いがグルグルと渦巻く最中、クロコダイルは余裕たっぷりにその口を開いた。
「何故穴を開けたかって? 人目につく扉からではなく、秘密裏に外に出たかったからに決まってるだろう。スモーカー君」
「だから何故、わざわざ壁に穴を開けるような真似をしてまで、秘密裏に外に出ようとしたのかと──」
「皆まで言わせるな、ネンネの坊っちゃんめ」
「……なんだと?」
クロコダイルの挑発に、スモーカーの声に混じる苛立ちの色が、更に濃くなる。だがそんなことは気にも留めていないかのように、クロコダイルは言葉を続けた。そして私は、その言葉に──両の耳を塞がざるを得なかった。
「あのカジノでは、客が勝てば指名したディーラーを『好きにしていい』という裏のルールがあってな」
どうして、知っているの。
「俺はその女ディーラーとの勝負に勝って、外で楽しもうと抜け出した──そうしたら、まんまと逃げられた。情けねェ話だがな」
どうして、そんな低俗な嘘をつくの。
私の戸惑いなどお構いなしに、クロコダイルはフン、と鼻を鳴らす。これまで被害を訴えていた店側にそのような実態があることを知ってか、スモーカーは唖然としているようだった。
「さて──ここまで恥を晒しても、満足してくれないのかね? スモーカー君」
「…………それを、証明できるものは?」
「残念ながらそれはねェが──いいのか? カジノの景品としてディーラー達を売っている店の支配人が、そんな店から逃げ出した1人の女ディーラーを探している──連れ戻されたら、一体その女はどうなるんだろうな?」
「……ッ!」
ゴツゴツと大きな靴音が慌ただしく遠ざかり、ドアがバタン!と乱暴に閉じられる音がする。少し時間をおいて、クローゼットの戸が開かれた。射し込んでくる光は、ギュッと瞑った目にも否応なしに眩しさを伝える。クローゼットの中で、私は小さく丸まり、蹲っていた。
「ネーナ」
「……知ってたの……?」
蹲ったまま、顔もあげずに呟く私の肩に、クロコダイルの右手が添えられる。質問には答えない。それが肯定の意味だと分かった瞬間、私の目には涙が溢れてきた。
*****
幼い頃に両親を失い、行くあてのなかった私を拾ってくれたのが、支配人だった。彼は最初こそとても良くしてくれていたが、私の体が「女性」の様相を呈してきた頃から、その態度は一変した。
──お前も大人になったのだから、自分の食い扶持ぐらい自分で稼げるようになりなさい。
初めは真っ当なことを言って諭された。私も、いつまでも甘えてはいられない、と、彼の言う通りにHeaven's Bellでディーラーとして働きだした。そしてそれが、彼への恩返しになると信じていた。
──お前って奴は、なんでカードもろくに切れねェんだ! おかげで海賊風情にバカみてェに勝ち逃げされて、商売あがったりじゃねェか!!
お世話になっているのに迷惑をかけてしまっている。申し訳ないと思うその気持ちが、私を支配人の言うことなら何でも聞く、傀儡へと変貌させた。
──また負けたのか?! 本当に使えねェ奴だな! せめて女の武器でも使って、相手を骨抜きにして常連にさせるぐらい出来ねェのかよ!?
──他のディーラーもやってることだ、お前1人だけが特別だと、何故思えるんだ?!
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。謝りながら、恩を仇で返してしまっている自分を呪いながら、毎日を過ごした。自分を目当てに店に来る客がつき始めたときは、自分でも店に貢献出来ている!と勘違いしてしまうくらい、私は必要とされたがっていた。見かねたステラが手を差し伸べてくれるまで、暫くそんな状態は続いていた。
今思えば、少し考えれば分かったことだった。Heaven's Bellの両替レートは、他店のものより少し割高だった。それでも客が途絶えなかったのは、うちが老舗だという以外に、「そういうサービス」を行っていたからに他ならない。支配人はそのレートに上乗せした分で、まんまと私腹を肥やしていたのだ。
ステラのお陰で目を覚ました私は、強くなろうと決めた。ステラの技術を教わり、真似をし、どんどん強くなっていった。強くなると自信が芽生えた。けれどその自信は後ろ暗い過去の上に成り立ったもので──私はずっと、逃げ出したいと思っていた。
「ネーナ」
再び名前を呼ばれる。今度は右手に力が込められ、痛い程肩を強く掴まれる。私は黙って俯いたまま、その手に自分の左手を重ねた。
「あの店の裏の顔は、前にステラから聞いていた。あんな風になったのは、先代の支配人が死んで、今の男が後を継いでかららしい。ステラはそんな店を以前のように格式ある店に戻したいと言って、1人奮闘していた」
