I'm down.
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反射的に、飛び出していた。
眼下の女は、既に口元まで砂に埋まっている。あと僅かで砂は鼻まで覆い隠し、女の命を奪うだろう。それで、終わり。俺の野望を阻む懸念の芽は摘まれる。それなのに。
──何故、笑いやがる。
ネーナが笑ったのを見た瞬間、脳裏にはかつて海賊王と呼ばれた男の姿が浮かんだ。あの男とこの女では、何もかもが違う。富も、名声も、力も、何一つ持っていないこの女が。
──死を、受け入れたっていうのか……?
俄には信じがたかった。海賊や海軍など、死が身近な境遇にあるでもなし、店ではいつも屈託なく笑っているような女が、いざそれに直面したときに笑ってみせられる程、「覚悟」を持って生きているとは思えなかったからだ。
「──クソッ……!」
左腕を砂に変え、今にも流砂の渦に呑み込まれようとしているネーナの身体に向かって、勢いよく伸ばす。かろうじてまだ砂に埋もれていなかったコートの襟をフックに掛けて力任せに引っ張ると、布を貫く感触と共に、少しだけネーナの身体が浮いた。すかさず、右腕でその小さな身体を抱き寄せる。砂の縛めから解き放たれたネーナは、砂が気管に入ったのか、ゲホゴホと激しく咳き込んだ。
「……なん、で……?」
噎せて涙目になりながら、ネーナは辛うじてそれだけ呟くと、気を失った。俺は黙ったまま、夜風に乗ってレインベースへと向かって飛ぶ。
──なんで、だと……?
そんなもの、こっちが聞きてェ──。胸の中でそう独りごちて、俺はぐっとネーナを抱える腕に力を込めた。
追い風に乗じてレインベースへと帰ってきた俺は、レインディナーズの裏通りに降り立った。街の中心部に聳え立つ時計台を見遣れば、まだ0時は回っていない。ネーナを抱えたこの状態で店の裏口から戻れば、閉店前の店内でいらぬ混乱を引き起こすことは火を見るよりも明らかだった。
(「あっち」の入口を使うか……)
このレインディナーズには、俺とミス・オールサンデーしか知らない出入口がもう1つある。店内を通らずに地下へと行けるその入口は、来るべきユートピア作戦のために、B・W の人間の出入りにのみ使うものだ。この俺も、今はまだ「レインディナーズのオーナー」として振る舞うことの方が多いので、ほとんど使うことがない。
バンチでも通れる大きな通路を抜けて、広間へと出る。ミス・オールサンデーがおらず、俺とネーナ2人きりの地下空間は酷く静かだった。
はた、と足を止める。そこは浴室の前だった。砂に塗れたままでベッドに寝かせるわけにもいかず、俺はペチペチと、腕の中で横たわる女の頬を叩いた。
「……ん、う……」
「──起きろ」
「……クロコダイル……ここは……?」
「レインディナーズだ。先にシャワーを浴びて来い。砂だらけのまま部屋にあげるわけにはいかねェ」
そう言って、抱きかかえていたネーナを下ろしてやる。少し足元をふらつかせながらも分かった、と小さく応えたネーナは、浴室に入るとドアを閉めた。それを見届けて、俺は先に部屋へと戻る。
コートを脱いで、ソファの背凭れに掛ける。ローテーブルには読みかけのニュース・クーが放り置かれていたが、今更続きを読む気にはなれなかった。
タイを緩め、ベッドの縁に座る。サイドボードからシガーケースを取り出すと、葉巻を1本取り出して火を点けた。ふぅっと煙を吐き出しながら、さてどうしたものか、と独りごちる。
(──反射的に助けちまったが、アイツが海軍と繋がっている疑いが消えたわけじゃァねェ)
現に、ネーナの口からは、ミス・オールサンデーから聞いた通り、クザンの名前が出てきた。ステラに聞いた、ネーナの出自が不明だということも。涙しながら語った、その過去も。スモーカーといやに親しげなことも。疑れば、いくらでも疑うことは出来る。
そこまで考えて、俺はふと気付いた。
──「疑れば」、だと……?
そもそも俺は、他人を信用することを旨としない。相手がそれに足るだけの力を持っていなければ、信用して任せた仕事でミスが起きる。それなら初めから、「失敗するかもしれない」と疑って、失敗したとしても構わないように、予め用意をしておくべきなのだ。
──それが何故、ネーナのことは「信用している」ことが前提になっていやがる……。
いつだったか、ネーナに言われた、「私はサー・クロコダイルっていう1人の人間を信用しているの」、という言葉を思い出す。俺に触れれば涸らされるかもしれないというのに、気にせず右手に触れたこと。初めは戸惑いながらも、今では全くといっていい程、俺に対して危機感を持たずに隣のベッドで眠っていること。数え上げればきりがない程、アイツはどうしようもなく、俺を信用している。
──海賊を信用するなんざ、碌なことにはならねェぞ、と思っていたが……
それは信頼を寄せられる側にも、同じことが言えるようだ。アイツの笑顔に、こうも絆されてしまうとは。
自分の信条に従うのなら、ネーナには疑わしい部分があり過ぎる。そうなると、もう一度奴を殺さなければならなくなるが……それが今の自分に出来そうもないことは、もう認めざるをえなかった。そうなると、残された道は1つしかない。
コンコンコン。
ドアをノックする音が聞こえて、俺は入れ、と短く応じる。が、いくら待ってもネーナは部屋へ入ってこない。何をしていやがる、と立ち上がりドアを開けてやった、そこには──
「……どういう風の吹き回しだ?」
「ちょ、違……っ! み、見ないで……!!」
バスタオル1枚を身体に巻いて、肌を紅潮させたネーナが立っていた。ドアを開けた俺の脇をするりと抜け、パタパタと部屋へ入ると、ネーナは一目散にクローゼットへ向かった。その後ろ姿を見て、成程、外から帰って直でシャワーを浴びに浴室へ行ったため、着替えを用意していなかったのだ、と理解する。
ドアを閉めて心臓の高鳴りを落ち着かせていると、ウォークインクローゼットの戸が空いた。クローゼットから出てきたネーナは、最近流行りのブランド“ドスコイパンダ”の半袖Tシャツにショートパンツというラフな格好だった。いつもは何とも思わないその格好も、先程の姿を見てしまった後では、赤く上気した膝小僧ですら直視することが出来ない。俺は新しい葉巻を取るふりをしながらネーナから目を逸らすと、ベッドに腰掛けた。
眼下の女は、既に口元まで砂に埋まっている。あと僅かで砂は鼻まで覆い隠し、女の命を奪うだろう。それで、終わり。俺の野望を阻む懸念の芽は摘まれる。それなのに。
──何故、笑いやがる。
ネーナが笑ったのを見た瞬間、脳裏にはかつて海賊王と呼ばれた男の姿が浮かんだ。あの男とこの女では、何もかもが違う。富も、名声も、力も、何一つ持っていないこの女が。
──死を、受け入れたっていうのか……?
俄には信じがたかった。海賊や海軍など、死が身近な境遇にあるでもなし、店ではいつも屈託なく笑っているような女が、いざそれに直面したときに笑ってみせられる程、「覚悟」を持って生きているとは思えなかったからだ。
「──クソッ……!」
左腕を砂に変え、今にも流砂の渦に呑み込まれようとしているネーナの身体に向かって、勢いよく伸ばす。かろうじてまだ砂に埋もれていなかったコートの襟をフックに掛けて力任せに引っ張ると、布を貫く感触と共に、少しだけネーナの身体が浮いた。すかさず、右腕でその小さな身体を抱き寄せる。砂の縛めから解き放たれたネーナは、砂が気管に入ったのか、ゲホゴホと激しく咳き込んだ。
「……なん、で……?」
噎せて涙目になりながら、ネーナは辛うじてそれだけ呟くと、気を失った。俺は黙ったまま、夜風に乗ってレインベースへと向かって飛ぶ。
──なんで、だと……?
そんなもの、こっちが聞きてェ──。胸の中でそう独りごちて、俺はぐっとネーナを抱える腕に力を込めた。
追い風に乗じてレインベースへと帰ってきた俺は、レインディナーズの裏通りに降り立った。街の中心部に聳え立つ時計台を見遣れば、まだ0時は回っていない。ネーナを抱えたこの状態で店の裏口から戻れば、閉店前の店内でいらぬ混乱を引き起こすことは火を見るよりも明らかだった。
(「あっち」の入口を使うか……)
このレインディナーズには、俺とミス・オールサンデーしか知らない出入口がもう1つある。店内を通らずに地下へと行けるその入口は、来るべきユートピア作戦のために、
バンチでも通れる大きな通路を抜けて、広間へと出る。ミス・オールサンデーがおらず、俺とネーナ2人きりの地下空間は酷く静かだった。
はた、と足を止める。そこは浴室の前だった。砂に塗れたままでベッドに寝かせるわけにもいかず、俺はペチペチと、腕の中で横たわる女の頬を叩いた。
「……ん、う……」
「──起きろ」
「……クロコダイル……ここは……?」
「レインディナーズだ。先にシャワーを浴びて来い。砂だらけのまま部屋にあげるわけにはいかねェ」
そう言って、抱きかかえていたネーナを下ろしてやる。少し足元をふらつかせながらも分かった、と小さく応えたネーナは、浴室に入るとドアを閉めた。それを見届けて、俺は先に部屋へと戻る。
コートを脱いで、ソファの背凭れに掛ける。ローテーブルには読みかけのニュース・クーが放り置かれていたが、今更続きを読む気にはなれなかった。
タイを緩め、ベッドの縁に座る。サイドボードからシガーケースを取り出すと、葉巻を1本取り出して火を点けた。ふぅっと煙を吐き出しながら、さてどうしたものか、と独りごちる。
(──反射的に助けちまったが、アイツが海軍と繋がっている疑いが消えたわけじゃァねェ)
現に、ネーナの口からは、ミス・オールサンデーから聞いた通り、クザンの名前が出てきた。ステラに聞いた、ネーナの出自が不明だということも。涙しながら語った、その過去も。スモーカーといやに親しげなことも。疑れば、いくらでも疑うことは出来る。
そこまで考えて、俺はふと気付いた。
──「疑れば」、だと……?
そもそも俺は、他人を信用することを旨としない。相手がそれに足るだけの力を持っていなければ、信用して任せた仕事でミスが起きる。それなら初めから、「失敗するかもしれない」と疑って、失敗したとしても構わないように、予め用意をしておくべきなのだ。
──それが何故、ネーナのことは「信用している」ことが前提になっていやがる……。
いつだったか、ネーナに言われた、「私はサー・クロコダイルっていう1人の人間を信用しているの」、という言葉を思い出す。俺に触れれば涸らされるかもしれないというのに、気にせず右手に触れたこと。初めは戸惑いながらも、今では全くといっていい程、俺に対して危機感を持たずに隣のベッドで眠っていること。数え上げればきりがない程、アイツはどうしようもなく、俺を信用している。
──海賊を信用するなんざ、碌なことにはならねェぞ、と思っていたが……
それは信頼を寄せられる側にも、同じことが言えるようだ。アイツの笑顔に、こうも絆されてしまうとは。
自分の信条に従うのなら、ネーナには疑わしい部分があり過ぎる。そうなると、もう一度奴を殺さなければならなくなるが……それが今の自分に出来そうもないことは、もう認めざるをえなかった。そうなると、残された道は1つしかない。
コンコンコン。
ドアをノックする音が聞こえて、俺は入れ、と短く応じる。が、いくら待ってもネーナは部屋へ入ってこない。何をしていやがる、と立ち上がりドアを開けてやった、そこには──
「……どういう風の吹き回しだ?」
「ちょ、違……っ! み、見ないで……!!」
バスタオル1枚を身体に巻いて、肌を紅潮させたネーナが立っていた。ドアを開けた俺の脇をするりと抜け、パタパタと部屋へ入ると、ネーナは一目散にクローゼットへ向かった。その後ろ姿を見て、成程、外から帰って直でシャワーを浴びに浴室へ行ったため、着替えを用意していなかったのだ、と理解する。
ドアを閉めて心臓の高鳴りを落ち着かせていると、ウォークインクローゼットの戸が空いた。クローゼットから出てきたネーナは、最近流行りのブランド“ドスコイパンダ”の半袖Tシャツにショートパンツというラフな格好だった。いつもは何とも思わないその格好も、先程の姿を見てしまった後では、赤く上気した膝小僧ですら直視することが出来ない。俺は新しい葉巻を取るふりをしながらネーナから目を逸らすと、ベッドに腰掛けた。