砂の墓標
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クロコダイルの背中まであと数メートルといったところで、砂漠を渡る風にひらめくコートの後ろ姿に、声を掛ける。クロコダイルは黙ったまま、何処か遠くを見ているようだった。葉巻の煙が風に乗って、強い香りをこちらに運んでくる。もう少し傍に寄ろうと足を踏み出したとき、クロコダイルの声がそれを制した。
「──昼間、何をしていた」
しばらくぶりに聞いた彼の声は冷たく、私は思わず歩みを止める。ロビンさんとお茶の約束をしているのは伝えてあったが、それが反故になったことを聞いたのだろうか。それなのに帰ってくるのが遅かったことに、この男は不機嫌になっているようだった。
(そしてそれが、あの客への態度になったんだとしたら)
存外可愛いところもあるなぁ、と、私は小さく笑う。それに気付いてか、クロコダイルは再び、今度は明らかに怒気を孕んだ声で尋ねた。
「──何をしていたんだ、と聞いている」
「何って……体調を崩したっていう海兵さんを助けてあげたら、その人が奢ってくれるっていうから、ちょっとご相伴に預かってただけだよ。確かに、帰りは遅くなっちゃったけど……」
申し訳なさそうに言ってはみるが、そもそも父親と幼子じゃあるまいし、帰りが遅くなったことをいちいち咎められる謂れはない。ましてもともとの予定より遅くなったとはいえ、私が店に帰り着いたのは20時を少し過ぎたくらいだ。門限を定めているわけでもないのに、どうしてこんなに不機嫌を押し付けられなければならないのか。そう考えていると、だんだんと怒りが湧いてきた。
「あのねぇ。不機嫌になるのは勝手だけど、それをお客様にまで分かるように態度に出すのは、ちょっと大人としてどうかと思う。皆どうかしたの、って気にしてくださってたんだから」
「──黙れ」
怒りついでに、さっきまで言おう言おうと思って忘れていたことをぶちまけると、それに返ってきたのは明確な「殺意」だった。ギロリ、と捕食者の目で睨め付けられて、私は思わず1歩後ずさる。クロコダイルはそんな私を逃すまいとしてか、こちらへと向き直った。
「──その海兵の名は」
「…………ク、クザン、さん……」
「──成程、な」
じりじりと迫ってくる威圧感に、声が震える。クロコダイルの中で何に合点がいったのかは分からなかったが、私の答えに、彼は自嘲気味に笑った。
「──ミス・アニヴェルセル」
唐突に偽名で呼ばれて、私は返事をすることも忘れ、ただ彼の目を見つめ返す。少しでも目を逸らせば、喉笛を噛み千切られる。そんな恐怖感が、全身を支配していた。
「お前の働きのお陰で、レインディナーズはレインベースでも随一のカジノになった──これまで、充分にやってくれたな」
クロコダイルはそう言うと、笑った。変わらず殺意を滲ませた目で、口の端だけ吊り上げて。その言葉に、私は全てを悟った。
「だがそれも、これで終いだ──“
「──!」
彼が右手を振り上げ地面に突き立てた、瞬間。足元が崩れ落ちる。突然の浮遊感に成す術もなく、身体はあっという間に腰まで砂に呑みこまれる。視線を廻らせてみれば、辺りは一面、私の身体を中心にすり鉢状に窪んでいて、周囲の細かい砂粒が、砂時計のようにサラサラと落ちて来ていた。
顔を上げると、クロコダイルが穴の縁に佇んでいる。葉巻をふかしながらこちらを見下ろす彼は、先程までと打って変わって、どこか苦しそうな表情をしていた。
──あんな顔をさせてしまう程のことを、私はしてしまったんだ。
恐怖感は、既に消え去っていた。そこにあるのはただ、申し訳なさ。
正直、自分が何をしでかしたのかは、今こんな状況になってさえも、分かっていない。けれど、そんな事はもうどうでもよかった。この命は彼に預けたもので、彼がそれを奪おうというのなら、私に否やを言える権利はないのだから。それならば。
──そんな顔、しないで。
あなたが、決めた事なんでしょう? そしてそれは、私のような無力な女には、抗うこともできない。殺そうと思った相手を、もうあと何分もしない間に始末できるというのに。
身体は既に、胸まで砂に沈んでいた。脚も、腕も、圧倒的質量を持った砂の重みで、微塵も動かせない。服の中にも砂は入り込み、全身が鉛のように重くなって、それが更に砂の流れを速くさせる。このまま私の全てが砂の中に埋もれ、消えてしまうのも、時間の問題だった。
クロコダイルと、視線がかち合う。苦しげに歪められたその顔に、胸が痛んだ。
──もう、これ以上。
苦しまないで。そう思って、私は笑った。いつか、あなたが向日葵のようだと言ってくれた笑顔で。首まで埋まりそうになりながらも、最後の力を振り絞って、笑った。
......To be continued.
