Great power of the MARINE
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「──ま、なんとかなるでしょ……っと……?」
突如、目の前が真っ暗になって、青雉はその長い脚を折って地面に片膝をついた。
──頭がクラクラする。砂漠地帯の暑い日差しの中を、自らの能力をフルに使い、海面に氷の道を張りつつ、身体を冷やしながらやっとのことで渡ってきたのだ、無理もない。海軍大将である彼の力をもってしても、気候と能力の相性というものは、どうにか出来るものではなかった。
(あらら……こりゃァちょっと、ヤバいかもしんねェな……)
自転車が支えになって辛うじて倒れずにいられているものの、全身からは汗が噴き出し、能力で身体を冷やそうにも、そのような力は既に残ってはいない。少しでも日陰に移動しよう、そう思ったときだった。
「大丈夫ですか?!」
揺れる視界の向こうから、焦りの色を含んだ声が聞こえた。声色からして、その主は女性であるらしい。彼女は青雉の答えを待たずに、彼の手から自転車を手放させると、優しくそれを横倒しに置いた。そして青雉の左腕を持ち上げると、それを自分の肩に乗せて、長身の男がふらつくのに一緒に持って行かれないように、ぐ、と支える自らの腕に力を入れた。
「とりあえず、日陰に行きましょう。ゆっくりでいいんで」
安心させようとしているのか、彼女は優しい声音で青雉に話し掛ける。青雉はああ、と短く応えると、彼女の歩みに合わせてゆっくりと足を踏み出した。
数分かけて、2人は建物の影に入った。座りますよ、と女が言い、青雉もそれに合わせて腰を屈める。地面に腰を下ろして壁に寄り掛かり、目を閉じる。日向よりは幾分か暑さが和らぎ、深呼吸をしていると、暗い視界にもだんだんと光を感じられるようになってきた。
「大丈夫ですか?」
「あー……大丈夫大丈夫。ありがとな、お嬢ちゃん」
青雉が目を開けると、目の前には黒髪のふわっとした癖毛が目を引く、思色の瞳をした女が立っていた。彼女は不安そうな顔で青雉のことを見下ろしていたが、青雉が目を開けると、一転してぱっと明るい表情になった。その顔にどこか見覚えがあるような気がして、青雉はおや、と眉を顰める。そんな彼の様子は気にも留めず、彼女は自転車取ってきますね、と言うと、小走りに青雉の自転車のもとへと駆けていく。自転車を携えて戻ってきた彼女は、スタンドを立てて壁際に置くと、青雉の傍にしゃがみ込んだ。
「良かった、顔色もだんだん良くなってきましたね。最初にお兄さんを見たときにはびっくりしたんですよ、あまりにも顔が真っ青だったんで」
「あららら……心配かけて悪かったな、助かったよ。よっこらせ……っと」
「わわわっ! ダメですよ、無理しちゃ!!」
礼を言って青雉が立ち上がろうとすると、女は慌ててそれを止める。両手で肩を強く押さえつけられ、青雉は参ったな、と思いながらも再び大人しく壁に凭れ掛かった。
「もう少し、どこかで水分を摂るなりして休んだ方がいいですよ。ちょっと行ったところにカフェがありますから、そこまで送りましょうか?」
「そうだな、そうするよ。何から何まで悪いね、お嬢ちゃん」
「いえいえ。あ、ちょっとだけ待ってもらってもいいですか?」
そう言うと、女は懐から子電伝虫を取り出した。慣れた手つきでダイヤルすると、プルプルプル……と呼び出し音が鳴る。少し間を置いてガチャ、と相手が受話器を取る音がすると、子電伝虫の向こうから、知性を感じさせる凛とした女性の声が聞こえてきた。
『もしもし?』
「あ、ミス・オールサンデーですか? ミス・アニヴェルセルです」
ミス・アニヴェルセル。その名前を聞いて、青雉はまたもおや、と思った。彼女の顔も、名前も、どこか覚えがあるような気がするのだけれど、忘れっぽい彼の頭の中には未だぼんやりと靄が掛かっていて、どうにもその正体を思い出すことが出来ない。思案に耽る彼を余所に、彼女達は話を続けた。
『ええ。どうしたの? 私はそろそろ待ち合わせ場所に着くのだけれど』
「え?! 本当ですか?! あちゃ~……どうしようかなぁ……」
『? どうかしたの?』
どうやら、ミス・アニヴェルセルという目の前の女と電話の相手は、これから待ち合わせをしているらしい。そして、その待ち合わせ時間というのはもうすぐのようだ。そういうことなら、と立ち上がろうとする青雉をチラチラと横目で見やりながら、ミス・アニヴェルセルはダメです、とでも言うように首を振った。
「いえ、それが──私ももう待ち合わせ場所には着いているんですが、そこでさっき、暑さで倒れそうになっていた人を見掛けまして。少しは回復したんで、どこか涼しい所まで送って行ってあげようと思ったんですけど……」
『あら、そうだったの。優しいのね。私は別に構わないわよ? 待っているわ』
「ホントですか?! すみません……あっ、見えました! ミス・オールサンデー!!」
辺りをキョロキョロとしていた彼女が、声をあげて大きく手を振る。待ち合わせの相手が現れたらしい。彼女が手を振る方向を見ると、白いテンガロンハットを被ったスタイル抜群の女性が、こちらに向かって歩いてきていた──が。
『──!』
まだ切っていなかった子電伝虫の向こうから息を呑む気配がして、青雉は訝しげに女を見た。長い黒髪が揺れ、女はくるりと踵を返す。ミス・アニヴェルセルがえ、と言う間に、その後ろ姿は近くの角を曲がって消えた。
「ミス・オールサンデー? どうしたんですか?」
『いえ、ちょっと──図書館で、他にも調べたい事があったのを思い出したの。時間がかかりそうだから、今日の約束はなしにしましょう?』
「あらら、そうですか……残念。分かりました、じゃあ私はこの方を送ったら、先に帰りますね」
『ええ、本当にごめんなさいね』
「いいですよ、お気になさらず! それじゃ、また」
ガチャ、と受話器を置く音がして、通話は切れた。ミス・アニヴェルセルは子電伝虫を懐へとしまうと、さてと、と青雉の方に向き直った。
「そういうことなんで、行きましょうか!」
そう言うと、彼女は立ち上がった。さ、行きましょ、と言って青雉に手を差し伸べてきたが、さすがにそれは照れ臭くて、青雉は大丈夫、と言いながら、壁に手をついて立ち上がる。
「いいのか? 何か約束をしてたんじゃ……」
「んー、お茶の約束だったんですけどね。しょうがないです、ミス・オールサンデーは忙しい方なので」
眉を下げて苦笑いをする彼女が少し気の毒になった青雉は、ミス・アニヴェルセルの肩をポン、と叩いた。
