抱いた感情
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ワインを煽りながら、私はどこか上機嫌なクロコダイルに尋ねた。彼はグラスに口を付けながら、視線だけをこちらに向け、事も無げに答える。
「用も何も、そこが俺の拠点だ。砂の王国──俺の能力とはとても相性がいい」
「能力──ってことは、やっぱり……?」
「あぁ──俺は“悪魔の実”、“スナスナの実”の能力者だ」
何となくだが、察しはついていた。室内で巻き起こった砂嵐に、夜を駆ける砂塵。どれも普通なら有り得ないことだが、それら全てを「有り得るもの」たらしめるのが、悪魔の実の能力だ。
「成程ね……あの壁を崩したのは? あれも砂の能力なの?」
「クハハハハ……いいところに気が付いたな」
クロコダイルは笑うと、右手でテーブルの花瓶に飾られていた大輪の花の中から一輪を抜き取る。そしてそれを私の目の前に掲げると──途端、今まで瑞々しく咲き誇っていたその花は、しおしおと枯れてしまった。
「……!」
「砂を操れるだけがスナスナの実の能力じゃァねェ。俺の右手は全ての物に渇きを与える──これこそが、俺の能力の真髄だ」
「へぇ……成程ねぇ……」
私はクロコダイルの右手を両手で包み込み、触れながらしげしげと眺める。
「クハハハハ……なんだ、お前もミイラになりたいのか?」
「いや、それは困るけど──でも、命までは取らないんでしょう?」
「海賊なんざ、信用するもんじゃァねェぜ?」
「『海賊』は、ね。私はサー・クロコダイルっていう1人の人間を信用しているの」
私は物怖じせず、じっとクロコダイルの目を見つめた。クロコダイルは物好きな奴だ、と笑うと、ふい、と私から目を逸らした。
「だが、その度胸──やはりお前が適任だ、ネーナ」
「? どういうこと?」
クロコダイルはグラスに残っていたワインを一息に煽って、言った。
「お前には、俺のカジノでディーラーをやってもらおう」
思いがけない言葉に、私はえ、と目を丸くする。扱いこそ悪くないとはいえ、私は攫われた身。よもやディーラーとして再びカジノに立てる日が来ようとは、夢にも思っていなかったからだ。
「レインベースという街に、俺がオーナーのカジノがある。お前には、そこの看板ディーラーになってもらう」
2杯目のワインを注ぎながら、クロコダイルは言う。私もグラスを空け、2杯目を自分で注いだ。
「それは構わないけど……私でいいの?」
「ああ──何か不満でもあるのか?」
「不満というより、不安。だって私、あなたに負けたじゃない。看板ディーラーに足る実力とは、到底思えないんだけど……」
ワインを口にしながらむぅ、とむくれる私を見て、クロコダイルはクハハハ、と小さく笑った。
「なんだ、そんなことを気にしていたのか?」
「『そんなこと』、だなんて。ディーラーの端くれとして言わせてもらうけど、『命』を賭けた勝負に負けたってのは由々しき事態なんだから──なんなら、ステラを無理矢理にでも連れて来れば良かったんじゃないの?」
「クハハハ……なるほど、嫉妬か」
クロコダイルはニヤリと笑ってみせ、違う、と言おうとした私の顔を、右手でグイと引き寄せる。
「一度でも勝負の世界から退いた奴に興味はねェ──俺が欲しかったのは、命懸けの勝負でさえも、楽しむことが出来るような人間だ。お前はそういうディーラーだと思ったから連れてきた」
親指と人差し指で私の頬をぎゅぅっと摘まみながら、クロコダイルは愉快そうに笑った。私はその手から逃げようともがいたが、全く力が及ばず、目だけで抗議する。その顔を見て、クロコダイルは口元に意地の悪い笑みを浮かべたまま、その指を離した。
「それに、俺は華のあるディーラーを雇いたかったんだ。ステラはダメだな、今じゃすっかり丸々として──あれじゃ花ってより何かの実だ、実」
「ちょっ……失礼よ!」
そう言いながらも、私は思わず吹き出してしまう。私が笑顔になったのを見て、クロコダイルは満足気に頷いた。
「やはりお前で正解だ。薔薇の気高さや、百合みたいな上品さ、牡丹のような華やかさといったものはねェが……向日葵のようなその明るさは、レインベースの賑やかな雰囲気によく似合うだろう」
顔が熱を帯びるのが分かる。気高くも、上品でも、華やかでもないと言われているのに、腹が立ったりはしなかった。いつだって太陽の方を向いて咲く向日葵の花は、陽に照らされて同じように顔を熱くするのだろうか。そんなことをぼんやりと思った。
──ドンドンドンドン!
船室のドアが乱暴にノックされたのは、そんなときだった。心臓が大きく跳ねる。潜り込んだのがバレたのかとおたおたする私に目配せをして、クロコダイルはクローゼットを指差した。私は頷き、音をさせないよう注意しながら、クローゼットの中へとするりと体を潜り込ませる。内側から戸を閉めると、クロコダイルの遠ざかっていく足音が聞こえてきた。
「何の用だ?」
「──」
ドアを開けずに話をしているのだろう、ノックをしてきた人物の声までは聞こえない。しかし、チッ、とクロコダイルの大きめな舌打ちが聞こえたかと思うと、ドアの開く音と、ゴツゴツと固いブーツの靴底が床を踏みしめる音がした。
「これはこれは。このところどんどん力を付けて昇進していると噂のスモーカー中佐じゃないか。お目にかかれて光栄だ」
「……気色の悪ィご機嫌取りはやめろ」
クロコダイルの声と共に、不機嫌そうな声が聞こえてくる。声の主はスモーカー中佐というらしい。私はクローゼットの戸に耳を寄せて、聞き耳を立てた。
「クハハハハ……ご機嫌取り? 俺がそんなものする訳がねェだろう。中佐如きになった程度で調子に乗るんじゃねェぞ──と、忠告してやっているんだ」
「テメェ……!」
外の空気が張り詰める。一触即発の様相に、心臓の音が煩く鳴り響くのを感じた。
「……俺はテメェを取り調べに来たんだ、王下七武海、サー・クロコダイルさんよ。クロだったときにゃァ、その権利は剥奪だ──分かってんのか?」
「クハハハ……何の容疑だって言うんだ? 心当たりが多過ぎて分からねェなァ」
さっきから、クロコダイルは相手を煽るようなことばかり言っている。追い返す気はないのかと、頭が痛くなってきた。正気を保つために、私はギュッと目を閉じ、耳の感覚だけを研ぎ澄ませる。いつクローゼットの戸が開け放たれても構わないように、私はベストの内側にベルトで引っ掛けられた銃に、手を伸ばした。