Fallin' Fallin'
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耳慣れた女の声が俺の名を叫ぶのと、乾いた破裂音が、ほとんど同時に、店内に響き渡った。
女共の甲高い悲鳴。
賊の親玉の咆哮。
どしゃり、と濡れた床に人が倒れ込む音。
バキガキゴキッ、と骨の軋む音。
海賊の手下共の呻き声。
それら全てが引鉄となり、俺は瞬時に右腕を砂に変えて、カジノフロアの中心で我が物顔をしていた大男の首を捕らえた。男がひ、と息を呑むのが、伸ばした腕越しに伝わる。俺はぐん、と腕を引き寄せると、男を自らの目の前で宙吊りにした。じたばたと身を捩りながら、怯えた瞳がこちらを見下ろしている。
「──テメェのような能力に感けた馬鹿共にはほとほと嫌気が差しちゃァいたが、“王下七武海”に喧嘩を売った度胸だけは認めてやろう。特別に、死に方は選ばせてやる。干からびてェか、それとも切り裂かれてェか?」
「ひ……! た、助け……」
ぐしゃり。
2つの選択肢を与えてやったというのに、それ以外を選ぼうとするとは、愚かな男だ。左腕の鉤爪が貫いた男の身体は、右腕の能力によって見るも無惨に干乾び、その傷痕からは血の1滴すらも落ちてはいない。元の半分以下の重さになったその身体を雑に打ち捨てると、俺は足元に横たわったずぶ濡れの女の背に呼び掛けた。
「──おい」
女は黙ったまま、動かない。
海賊の手下共は、ニコ・ロビンが能力によって仕留めたようだった。身体から生えた腕に関節技を極められた男共の鈍い呻き声に混じって、客達の安堵の声が上がり始める。ざわめきが歓声へと変わり始めた頃、俺の背後では、ニコ・ロビンが子電伝虫を使って、近くの海軍基地に連絡を取っていた。
「──おい、ネーナ」
沸き起こった歓声で周りの連中には聞こえないのをいいことに、俺は偽名ではないその名を呼ぶ。羽織ったロングコートの裾が汚れるのも厭わず、俺は水で濡れたままの床に片膝を付いて、その小さな身体を揺さぶった。
「おい──」
「……ぅ」
短く、か細く、声が漏れた。ぺちぺちと右手で軽く頬を叩くと、ぴくりと眉が動く。ゆっくりと、長い睫毛に縁取られた目が開き、思色をした瞳が俺の姿を捉えると、女は小さく口元を緩ませて、呟いた。
「……良かった……今度は、守れた……」
ネーナは安堵したように微笑むと、再び目を閉じ、意識を手放した。ぎゅっ、と。心臓のずっと奥の方を掴まれたような感覚に、俺は顔を顰める。
通報を受けた海兵達が店に到着し、海賊共が連行されていく。サングラスを掛け、ハットを目深に被って素顔を隠したニコ・ロビンがその対応に当たっていた。助かった、と喜びに沸く人々の中で、俺だけが、眉間に皺を深く寄せて顔を歪ませていた。
「──オーナー、ちょっといいかしら」
呼ばれて振り返ると、ニコ・ロビンが立っていた。その少し後方には、1人の海兵が控えている。丸眼鏡を掛けた生真面目そうなその男は、肩から「正義」の2文字が入ったコートを羽織っており、俺と目が合うと、掌を後方へ向ける海軍独特の敬礼をしてみせた。
「ミス・アニヴェルセルの様子はどう?」
「ああ──軽い脳震盪を起こしているようだが、無事だ」
「そう、良かった……。念の為、医者に診てもらった方がいいかもしれないわね」
「ああ──あの男は?」
「通報を受けて派遣されてきた海軍大佐よ。調書を取りたいようなのだけれど」
男を見れば、左手にクリップボード、右手にペンを持ち、きょろきょろと店内に視線を廻らせている。面倒だが、ダンスパウダーの存在が明るみに出た可能性が僅なりともある今、ここは協力的な態度を見せておくべきだろう。
「分かった。先にコイツを寝かせて、医者を呼んでくる。適当に現場を見せておけ。時間にはまだ早いが、店仕舞いだ。ディーラーの連中にも、明日以降の営業についてはまた連絡すると伝えて、今日はもう帰らせろ」
「ええ、分かったわ」
ニコ・ロビンはそう言って、男の元へと戻る。ニコ・ロビンの言葉に、男が分かりました、と言って頷いたのを見届けると、俺はネーナの方へと向き直った。そして右腕で上半身を抱え、左腕は鉤爪で傷付けてしまわないよう気を付けながら両膝の下に潜らせると、その小さな身体を抱き上げた。
(──小せェな)
こんな小さな身体で、その倍以上はあったであろう体格の男に立ち向かおうとしたのか。海賊であり、王下七武海である俺を、守ろうとしたのか。馬鹿な女だ、本当に。
ネーナが俺の名を叫んだ、瞬間。賊の意識はそちらへと向いた。それと同時に、ポーカーテーブルの陰から跳び出しながらネーナが放った銃弾は、驚く程正確に、男の脾臓の辺りを貫いた。その1発の銃弾が作り出した隙が、俺に反撃の機を与えたのだ。
──ネーナのことだけれど。あなた、これからどうするつもりなの?
いつだったか、ニコ・ロビンに言われた事が、頭を過る。
偽名だとは言ってあるが、我が社のコードネームにもし得る名前を、コイツには与えてある。アルバーナの連中にも気に入られているし、銃の腕も、俺に対する忠誠心も、申し分ない。この女はいつだって、その命を躊躇いなく俺のために捨てようとするだろう。この女が“ユートピア作戦”の遂行に当たって素晴らしい手駒の1つに成り得ることは、目に見えて明らかだった。
それなのに。
(何故こうも、コイツを失うことが、怖くてたまらねェ──)
ネーナがあの大男と自分との間に跳び出してきた時からずっと、背筋に冷たいものが伝っている。それなのに、胸の奥はじんわりと熱い。この感覚に名前があるとするならば、それは恐らく──
認めざるを得なくて、それでも認めたくなくて、俺は腕の中の温もりを睨み付ける。抱き留めた腕に少しだけ、力を込めながら。
......To be continued.