恋心あてもなく今
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どっちかなんて、分かる筈がない。人の心に白黒はっきりつける事など、土台無理な話なのだから。クロコダイルのことが好き、だからドフラミンゴのことは嫌い。そう簡単にいかない程度には、私は隣に座る男と長い時間を共にしてきた。
そして皮肉にも、クロコダイルへの気持ちが恋であると自覚したのと同時に、私は気が付いていた。ドフラミンゴと出会ってすぐの頃、店に来る度に練習の成果を見せてみろと言って、人の目に慣れることから教えてくれた、あの優しい時間。そのとき感じていた胸の温かさもまた、恋だったのだ、と。
顔を上げて、ドフラミンゴを見る。丁度彼の目の前に、ダイヤ柄のカッティングが綺麗に施されたオールド・ファッションド・グラスが、コトリと置かれた。5本の長い指がその縁を捕らえ、口元へと運ぶ。そのしなやかな指が、好きだった。
「──1つ、聞きたいんだけど」
「──ああ、何だ?」
甘い毒を含んだような低い声が、好きだった。小さく呟いた言葉にも、ちゃんと反応を返してくれる──そんなところが、好きだった。だから。
「最後にHeaven's Bellで会ったとき、どうして──泣いていたの?」
私は知りたかった。理解したかった。「王下七武海の1人でV.I.P.客」であるドンキホーテ・ドフラミンゴではなく、1人の人間としての、彼を。
ピン、と。彼の周囲の空気が張り詰めるのを感じる。口を真一文字に結んだドフラミンゴの手の中からカラン、と融けた氷がグラスの縁に当たる優しい音がした。今まで適度な距離感で存在していたバーテンダーも、その空気を察知してかバックヤードへと引っ込んでしまう。やっぱり今のナシ、と言おうと口を開きかけたとき、一瞬早く、ドフラミンゴが呟いた。
「──マリージョアに、雪が降ったからだ」
その答えは、到底私には理解出来ず。私は溜息を呑みこんで、代わりに静かに目を伏せた。
薄々、勘付いてはいた。この男の胸の奥には、誰も立ち入ることが許されていない場所があって。その代わり、彼も他人のそういう部分に触れることはない。そういう関係を続けることは、楽だが寂しくもあった。
「……そう」
これ以上、深入りするのは止めよう。そう決めて、私はグラスに残った甘い琥珀を飲み干す。彼が多くを語らないのなら、こちらが喋り過ぎるのも野暮というものだ。私達はずっとそういう関係だったのだし、それが今日になって突然変わるということもない。
バックヤードに向かってすみません、と声を掛ける。いそいそとやって来たバーテンダーに空いたカクテルグラスを差し出し、私は最後の1杯を頼んだ。彼はそのカクテルの名前を聞くと、静かに頷いてよく磨かれたカクテルグラスを手に取る。
私の意図を察してか、隣ではドフラミンゴが小さく溜息を吐いていた。だが、その口元には静かに笑みが浮かべられている。
隙間なく氷が敷き詰められたシェイカーに、3種類の異なる液体が注がれる。ストレーナーとトップを被せて、中年の男性バーテンダーは見せ場とばかりにシェイクを始めた。氷が軽やかに踊る音が、店内に響く。最初はゆっくり、段々と早く。シェイクが終わり、カクテルグラスに注がれたその液体は、綺麗な薄紫色をしていた。
「フッフッ! 『出来ない相談』、か──本当に、イイ女になっちまいやがって」
「お褒めに預かり、光栄です」
カウンターに差し出されたカクテルグラスを受け取った私は、にっこりとドフラミンゴに微笑みかけた。ブルームーン。何年かに一度の蒼い満月をイメージしたそのカクテルは、奇しくもつい先日顔を埋めたクロコダイルのアスコットタイによく似た色をしていて。それに気付いただけで、私の心臓は忙しなく脈打つ。最初から出来る相談なんてなかったのだ、今の自分には。
ふふっ、と小さく笑った私を、ドフラミンゴはカウンターに頬杖をついて眺める。どうやらこれ以上口説こうとするのは諦めてくれたらしい。昔に似た、静かで優しい時間が流れる。私は安心して、それまではろくすっぽ分からずに飲んでいた酒の味を、今度はしっかり楽しもうと注力する。バイオレットリキュールの甘くて華やかな香りに、レモンのスッキリとした酸味。
「美味しい」
口をついて出た素直な言葉に、ドフラミンゴもバーテンダーも、そっと笑う。享楽の街の夜は、斯くも優しく更けていった。
......To be continued.