恋心あてもなく今
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「よォ……待ちくたびれたぜ」
「……終わるまで待つって言ったのはそっちでしょ」
「フッフッフッ! 可愛げのねェ女だな」
ドフラミンゴは、店から程近いショットバーで私のことを待っていた。薄明りの店内に他に客はおらず、TDから流れるジャズの優しい音色が、疲れた体に染み渡る。入口から一番遠いカウンター席に陣取った男から間を1つ空け、私はスツールに腰掛けた。
「──オイ。なんで間を空ける? もっと近くに来いよ」
「アンタみたいな大男の隣は狭苦しくてしょうがないの」
「フッフ! それがいいんじゃねェか」
わざとらしくハンドバッグを間の席に置き、私は絶対領域を作り出す。つれねェな、とつまらなそうに吐き捨てて、ドフラミンゴは先に頼んでいたグラスを空けた。
「何にいたしましょうか?」
「ジントニックを」
「こっちにも、ブラー・ミストを貰えるか」
かしこまりました、と言って、中年の男性バーテンダーはタンブラーとロックグラスを手に取った。てきぱきとしていながら優雅さも感じられるその動きは、ディーラーにも通じるところがある。見ていれば、何か学べる事があるかもしれない。私は不躾かな、と思いながらも、その無駄のない一挙手一投足を目で追った。
(──そういえば、こうやって誰かの動きを真似てみるっていうのを教わったのは、コイツからだったっけ……)
ふと、隣に座る男と出会ったばかりの頃を思い出す。ほんの数年前のことなのに、あの頃とは関係が変わってしまった今となっては、当時の静かで温かな時間が、ひどく懐かしく思えた。
ぼんやりと在りし日を懐かしんでいた私の前に、どうぞ、という声と共にタンブラーが差し出された。グラスと氷、そこに満たされた酒が、光を反射して輝く。ドフラミンゴにもグラスが手渡され、私達は小さくグラスを掲げて乾杯した。こくり、と、しゅわしゅわ気泡の沸き立つグラスの中身を口に含む。キリッとした味わいと炭酸の刺激が喉を駆け抜け、疲れた体に心地良い。ふぅ、と一息ついた私を見て、ドフラミンゴは視線をこちらへと向ける。
「今日は疲れたろ? ホテルを取ってある、そっちで飲み直すか?」
「口説き方が直接的過ぎて論外。出直してきて」
ピシャリと言い放つと、ドフラミンゴは笑う。拒絶されているのに楽しげな彼の姿を見て、彼のこんな表情はいつぶりだろうか、と思った。
「──そもそも、どうしてここに私がいるって知ったの? Heaven's Bellの誰にも何も言わずに出てきたのに」
「フッフ! そりゃァ、愛だろ」
「……」
私が睨み付けると、ドフラミンゴは笑って続けた。
「フフッ……分かった、正直に話そう。俺も突然、ここまで育て上げてきた女を横から掻っ攫われてイラついてたところだ──もう、形振り構っちゃいられねェんでな」
そう言ってこちらに視線を向けた彼の顔は真剣そのもので。私は気圧されないように、カウンターの上でギュッと拳を握りしめた。
ドフラミンゴの言葉を、私は黙って聞いていた。一言も発せず、酒も飲まず。唇は渇き、タンブラーの中でカラン、と氷が音を立てる。掌の熱がグラスへ奪われていくのと同時に、脳の芯までもが冷えていくのを、私は感じていた。
ドフラミンゴが支配人に、私に客を取らせないように言って、その分金を払っていたこと。私に彼女の持つ技術の全てを叩き込むよう、ステラに言っていたこと。私が店からいなくなったことで、取引の材料を失った支配人からドフラミンゴに連絡が来たこと。支配人が、最後に一緒にいたのはクロコダイルだと言って疑っていたこと。王下七武海同士の誼で、クロコダイルがカジノをオープンする事を知っていたドフラミンゴが、まさか、と思って確認しに店に来たこと。全て初めて耳にすることで、私は言葉を失った。
「……っ!」
呼吸すらも、上手に出来ない。逃げ出したいと思っていたあの環境──あれは全て、この男が私を守る為にやっていたことだったなんて。
不意に視線を感じて振り向くと、バーテンダーが難しい顔でこちらを見ていた。彼はすぐに目を逸らしたが、その時になって初めて、掌の中のタンブラーがじっとりと汗をかいていることに気が付く。氷もすっかり融けてしまっていて、折角作ったのにこれでは気分が悪いだろうな、と思った私は一息にそれを呷った。
「すみません、ハンターをいただけますか?」
「かしこまりました」
バーテンダーがグラスを下げ、ミキシング・グラスとバー・スプーンを手に取った。
「フフッ……『予期せぬ出来事』、か──正に今のお前の気持ちを表してるんだろうな?」
一瞬、ドフラミンゴが何を言っているのか分からずに戸惑うが、カクテル言葉の話だと気付いて、私はそうね、と曖昧に返事をする。知らなかったとはいえ、私は彼を裏切るような事をしてしまっていたのだ。ステラに感じていた恩も、元を辿ればこの男の進言によるものなのだと思うと、罪悪感に目が眩む思いがする。
「ドフラミンゴ、その──」
「おっと」
ぬっと長い腕が伸びてきて、人差し指が唇に触れた。出てきかけた言葉が押し戻されるのと同時に、バーテンダーがカクテルグラスを差し出す。私はドフラミンゴに対してのごめんなさいも、バーテンダーに対してのありがとうも言えないまま、ただ隣に座る男のことを見つめた。
「フッフッ! 謝罪はナシだ──知らなかったことを謝る必要はねェ。それに──」
唇に触れた指が、ふに、とその柔らかさを楽しむかのように動く。指先に視線を落とすと、それは唇から離れて、今度は大きな掌が、私の右頬を包み込んだ。
「謝られると、これで終いになっちまう気がするんでな」
「……っ」
サングラスの奥に隠れた瞳が、切なげに揺れるのが分かる。頬に触れた掌から、体温と途方もない愛しさが伝わる。この男は、心までも操れるんだろうか。そんなはずがない事は分かっていながら、私はカイロウセキ製の銃弾を忍ばせたポケットに、そっと触れた。
「俺の事が嫌いか? ネーナ」
真っ直ぐに見つめられて、私は目を逸らす。そして小さく首を横に振った。
「じゃあ、好きか?」
そう訊ねる声に、愉悦の響きはない。答えを分かっているかのように冷静なその言葉に、私はまた、首を横に振った。
「フッフッ! どっちなんだ? オイ」
ドフラミンゴは笑って頬から手を離す。僅かに残ったロックグラスの中身を一息に呷った彼は、バーテンダーを呼んでラスティーネイルを頼んだ。私が来る前にどれだけ飲んでいたのかは分からないが、どうやらその1杯を最後にするらしい。私はカウンターに肘をつき、手を組んだところへ額を乗せた。
「……終わるまで待つって言ったのはそっちでしょ」
「フッフッフッ! 可愛げのねェ女だな」
ドフラミンゴは、店から程近いショットバーで私のことを待っていた。薄明りの店内に他に客はおらず、TDから流れるジャズの優しい音色が、疲れた体に染み渡る。入口から一番遠いカウンター席に陣取った男から間を1つ空け、私はスツールに腰掛けた。
「──オイ。なんで間を空ける? もっと近くに来いよ」
「アンタみたいな大男の隣は狭苦しくてしょうがないの」
「フッフ! それがいいんじゃねェか」
わざとらしくハンドバッグを間の席に置き、私は絶対領域を作り出す。つれねェな、とつまらなそうに吐き捨てて、ドフラミンゴは先に頼んでいたグラスを空けた。
「何にいたしましょうか?」
「ジントニックを」
「こっちにも、ブラー・ミストを貰えるか」
かしこまりました、と言って、中年の男性バーテンダーはタンブラーとロックグラスを手に取った。てきぱきとしていながら優雅さも感じられるその動きは、ディーラーにも通じるところがある。見ていれば、何か学べる事があるかもしれない。私は不躾かな、と思いながらも、その無駄のない一挙手一投足を目で追った。
(──そういえば、こうやって誰かの動きを真似てみるっていうのを教わったのは、コイツからだったっけ……)
ふと、隣に座る男と出会ったばかりの頃を思い出す。ほんの数年前のことなのに、あの頃とは関係が変わってしまった今となっては、当時の静かで温かな時間が、ひどく懐かしく思えた。
ぼんやりと在りし日を懐かしんでいた私の前に、どうぞ、という声と共にタンブラーが差し出された。グラスと氷、そこに満たされた酒が、光を反射して輝く。ドフラミンゴにもグラスが手渡され、私達は小さくグラスを掲げて乾杯した。こくり、と、しゅわしゅわ気泡の沸き立つグラスの中身を口に含む。キリッとした味わいと炭酸の刺激が喉を駆け抜け、疲れた体に心地良い。ふぅ、と一息ついた私を見て、ドフラミンゴは視線をこちらへと向ける。
「今日は疲れたろ? ホテルを取ってある、そっちで飲み直すか?」
「口説き方が直接的過ぎて論外。出直してきて」
ピシャリと言い放つと、ドフラミンゴは笑う。拒絶されているのに楽しげな彼の姿を見て、彼のこんな表情はいつぶりだろうか、と思った。
「──そもそも、どうしてここに私がいるって知ったの? Heaven's Bellの誰にも何も言わずに出てきたのに」
「フッフ! そりゃァ、愛だろ」
「……」
私が睨み付けると、ドフラミンゴは笑って続けた。
「フフッ……分かった、正直に話そう。俺も突然、ここまで育て上げてきた女を横から掻っ攫われてイラついてたところだ──もう、形振り構っちゃいられねェんでな」
そう言ってこちらに視線を向けた彼の顔は真剣そのもので。私は気圧されないように、カウンターの上でギュッと拳を握りしめた。
ドフラミンゴの言葉を、私は黙って聞いていた。一言も発せず、酒も飲まず。唇は渇き、タンブラーの中でカラン、と氷が音を立てる。掌の熱がグラスへ奪われていくのと同時に、脳の芯までもが冷えていくのを、私は感じていた。
ドフラミンゴが支配人に、私に客を取らせないように言って、その分金を払っていたこと。私に彼女の持つ技術の全てを叩き込むよう、ステラに言っていたこと。私が店からいなくなったことで、取引の材料を失った支配人からドフラミンゴに連絡が来たこと。支配人が、最後に一緒にいたのはクロコダイルだと言って疑っていたこと。王下七武海同士の誼で、クロコダイルがカジノをオープンする事を知っていたドフラミンゴが、まさか、と思って確認しに店に来たこと。全て初めて耳にすることで、私は言葉を失った。
「……っ!」
呼吸すらも、上手に出来ない。逃げ出したいと思っていたあの環境──あれは全て、この男が私を守る為にやっていたことだったなんて。
不意に視線を感じて振り向くと、バーテンダーが難しい顔でこちらを見ていた。彼はすぐに目を逸らしたが、その時になって初めて、掌の中のタンブラーがじっとりと汗をかいていることに気が付く。氷もすっかり融けてしまっていて、折角作ったのにこれでは気分が悪いだろうな、と思った私は一息にそれを呷った。
「すみません、ハンターをいただけますか?」
「かしこまりました」
バーテンダーがグラスを下げ、ミキシング・グラスとバー・スプーンを手に取った。
「フフッ……『予期せぬ出来事』、か──正に今のお前の気持ちを表してるんだろうな?」
一瞬、ドフラミンゴが何を言っているのか分からずに戸惑うが、カクテル言葉の話だと気付いて、私はそうね、と曖昧に返事をする。知らなかったとはいえ、私は彼を裏切るような事をしてしまっていたのだ。ステラに感じていた恩も、元を辿ればこの男の進言によるものなのだと思うと、罪悪感に目が眩む思いがする。
「ドフラミンゴ、その──」
「おっと」
ぬっと長い腕が伸びてきて、人差し指が唇に触れた。出てきかけた言葉が押し戻されるのと同時に、バーテンダーがカクテルグラスを差し出す。私はドフラミンゴに対してのごめんなさいも、バーテンダーに対してのありがとうも言えないまま、ただ隣に座る男のことを見つめた。
「フッフッ! 謝罪はナシだ──知らなかったことを謝る必要はねェ。それに──」
唇に触れた指が、ふに、とその柔らかさを楽しむかのように動く。指先に視線を落とすと、それは唇から離れて、今度は大きな掌が、私の右頬を包み込んだ。
「謝られると、これで終いになっちまう気がするんでな」
「……っ」
サングラスの奥に隠れた瞳が、切なげに揺れるのが分かる。頬に触れた掌から、体温と途方もない愛しさが伝わる。この男は、心までも操れるんだろうか。そんなはずがない事は分かっていながら、私はカイロウセキ製の銃弾を忍ばせたポケットに、そっと触れた。
「俺の事が嫌いか? ネーナ」
真っ直ぐに見つめられて、私は目を逸らす。そして小さく首を横に振った。
「じゃあ、好きか?」
そう訊ねる声に、愉悦の響きはない。答えを分かっているかのように冷静なその言葉に、私はまた、首を横に振った。
「フッフッ! どっちなんだ? オイ」
ドフラミンゴは笑って頬から手を離す。僅かに残ったロックグラスの中身を一息に呷った彼は、バーテンダーを呼んでラスティーネイルを頼んだ。私が来る前にどれだけ飲んでいたのかは分からないが、どうやらその1杯を最後にするらしい。私はカウンターに肘をつき、手を組んだところへ額を乗せた。