抱いた感情
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Heaven's Bellを抜け出して、月夜の空中散歩を終えた私達は、島の港へと降り立った。何艘もの船が停泊している中に、海軍の巨大な軍艦もある。この辺りでは普段は巡視艇ぐらいしか見ないので、何かあったのだろうかと不安になっていた私に、クロコダイルが唐突に言った。
「お前には、俺についてアラバスタまで来てもらう」
アラバスタ。名前だけは聞いたことがある。確か、国土のほとんどが砂漠だという、世界政府加盟国の1つだ。
「アラバスタ──というと、あの、“偉大なる航路 ”にある?」
「そうだ。聞きたいことは多々あるだろうが、出航まで時間がねェ。後でちゃんと説明してやるから、ここで少し待て」
そう言って、クロコダイルは右手で私の手を引き、灯台の足下へと連れて来た。彼の言う通り、私の頭の中にはたくさんの疑問符が渦巻き、聞きたいことは山程あった。だが、彼の右手から伝わる体温が、かろうじて私に平静を保たせていた。
「先に俺だけが船に乗って、頃合いを見てお前を連れに戻る」
「それは構いませんが……一緒に戻ることに、何か不都合でも?」
「生憎──俺の船は、『アレ』なもんでな」
クロコダイルの視線の先には、さっき見た軍艦が停まっている。海賊なのに、船は軍艦……? また頭の中に1つ、疑問符が増えた。
「昨日まで、聖地・マリージョアで王下七武海の会議があってな。その送迎船だ。攫ってきた以上、お前をおおっぴらに連れては行けねェが──出航後に、闇に紛れて連れに戻ることなら出来る」
「……成程。今度は月夜の海上散歩、といったところですね?」
「そうだ。察しが良いな」
繋いでいた手を離し、肩をポン、と叩くと、クロコダイルは真っ直ぐ船へと向かって歩き出した。
(軍艦……か)
正直なところ、あれには乗りたくなかった。あの「葉巻の海兵さん」に出会った日のことを思い出してしまう。遠い日の記憶。忘れてしまいたいのに、未だに色までも鮮やかに思い出すことが出来る、両親を失った日の記憶──。
(「あれ」に乗るのが嫌なら、今のうちに逃げてしまおうか。今ならまだ、店に戻って何とでも言い訳が出来る──)
一瞬浮かんだ考えに、私は1人で首を横に振る。そうした後のクロコダイルの報復が怖いから? 違う。約束を違えることがディーラーとしての矜持に関わるから? それも少しはあるけど、大きな理由ではない。
──彼に、ついて行きたい。
出会ってまだほんの数時間だが、クロコダイルの姿には、何故かそう思わせるに足るものがあった。心に芽生えた覚悟は恐怖心を上回り、私を灯台の下に押し留める。
「女将さん、ごめんなさい。今までありがとう──さよなら」
呟いた言葉は闇に溶けて、消えていく。きっと彼女の許に届くことはない。それでも、これから起こることの全ては、私自身が、自分の意思で決めたことだと確認するために、呟かずにはいられなかった。
四半刻ほど経って再び現れた砂嵐は、人の形を取った後、少し驚いたように私を見つめた。逃げているかもしれない、そういう思いがあったのだろうか。だがすぐにその目から驚きの色は消え去って、彼は少しだけ目尻を下げて笑うと、またその鉤爪で、私の腰を抱く。
「行くぞ」
心なしか優しく言って巻き上がった砂塵は、海上を滑るように飛び、すぐに軍艦に追いついた。見張りの海兵の目を盗み、甲板にするりと降り立つ。クロコダイルの船室まで、2人で足音をさせないように──クロコダイルは砂になって浮いているので心配ないのだが──注意しながら向かう。
軍艦に潜入してから少し経ったところで、クロコダイルがある船室の前で歩みを止めた。振り返って目で合図をする。目的地はここらしい。静かにドアを開いた隙間から、私が先に、続いてクロコダイルが部屋に滑り込む。パタン、とドアの閉まる音がした瞬間。私達は目を見合わせ、声を殺しながら器用に笑った。
「──ちょっと警備がザル過ぎませんか? 天下の王下七武海様とはいえ、客人を乗せているっていうのに」
「自分達の力を過信してやがるんだ。そのくせ俺にはビビって、用があるときでなきゃここには近寄りもしねェ。安心して寛げ」
そう言われて部屋を見渡してみると、そこは船の上とは思えないほど豪華な船室だった。
まず目をひくのは、ロングサイズのキングベッド。数日客をもてなすだけでそんなに必要か?と思わずにはいられない、広々としたクローゼット。猫脚の丸テーブルには生花が飾られ、ワインも赤と白が1本ずつ用意されている。テーブル脇の棚に並べられた食器は、どれも高級そうだ。
圧倒されている私を後目に、クロコダイルはコートをハンガーに掛けてクローゼットにしまうと、おい、と一声掛けてテーブルと揃いの椅子を引いてくれる。私は恐縮です、と慌てて一礼をして、それに腰掛けた。
「さて、聞きたいことがあるなら何でも聞け。話してやる。ワインは飲めるのか? ネーナ」
「いえ、そんな! お気遣いなく、クロコダイル様──」
タンッ、とワイングラスをテーブルに2客置き、クロコダイルは私を睨み付ける。その迫力に気圧されて、私は胸の前に小さく両手を挙げて、降参のポーズを取った。
「ネーナ。ここはカジノじゃねェんだ、俺を客扱いする必要はもうない。敬語は止めろ。様付けもだ」
「は、はい……」
「『はい』、だと?」
「…………う、うん……?」
「良いだろう。もう一度聞く。ネーナ、ワインは飲めるのか?」
「……うん、クロコダイル……」
尻すぼみに声が小さくなっていく私を見て、クロコダイルは満足気に笑った。
テーブルに置かれたワインのラベルには、客人用に作られたオリジナルの物なのだろう、海軍のマークが描かれている。どちらがいい、と聞かれ、私は白を選んだ。クロコダイルは赤にするらしい。鉤爪でボトルネックを押さえながら、器用にソムリエナイフを扱い、2本とも栓を開ける。ボトルの口から雫を滴らせずに片手でワインを注ぐ様は、さながらかつてソムリエをやっていたかのようだ。
2客のグラスにワインが注がれ、芳醇な香りが部屋に広がる。クロコダイルは今までいた島があったであろう方角を向くと、グラスを掲げた。
「優秀なディーラーを失ったHeaven's Bellに、乾杯」
「……酷い人」
言葉とは裏腹に、私に彼を咎めるつもりは毛頭ない。クスッと笑って彼に倣いグラスを掲げた私を見て、彼の目尻は心なしか下がっていた。
「アラバスタって、あの砂漠の国でしょう? そこに何の用があるの?」
「お前には、俺についてアラバスタまで来てもらう」
アラバスタ。名前だけは聞いたことがある。確か、国土のほとんどが砂漠だという、世界政府加盟国の1つだ。
「アラバスタ──というと、あの、“
「そうだ。聞きたいことは多々あるだろうが、出航まで時間がねェ。後でちゃんと説明してやるから、ここで少し待て」
そう言って、クロコダイルは右手で私の手を引き、灯台の足下へと連れて来た。彼の言う通り、私の頭の中にはたくさんの疑問符が渦巻き、聞きたいことは山程あった。だが、彼の右手から伝わる体温が、かろうじて私に平静を保たせていた。
「先に俺だけが船に乗って、頃合いを見てお前を連れに戻る」
「それは構いませんが……一緒に戻ることに、何か不都合でも?」
「生憎──俺の船は、『アレ』なもんでな」
クロコダイルの視線の先には、さっき見た軍艦が停まっている。海賊なのに、船は軍艦……? また頭の中に1つ、疑問符が増えた。
「昨日まで、聖地・マリージョアで王下七武海の会議があってな。その送迎船だ。攫ってきた以上、お前をおおっぴらに連れては行けねェが──出航後に、闇に紛れて連れに戻ることなら出来る」
「……成程。今度は月夜の海上散歩、といったところですね?」
「そうだ。察しが良いな」
繋いでいた手を離し、肩をポン、と叩くと、クロコダイルは真っ直ぐ船へと向かって歩き出した。
(軍艦……か)
正直なところ、あれには乗りたくなかった。あの「葉巻の海兵さん」に出会った日のことを思い出してしまう。遠い日の記憶。忘れてしまいたいのに、未だに色までも鮮やかに思い出すことが出来る、両親を失った日の記憶──。
(「あれ」に乗るのが嫌なら、今のうちに逃げてしまおうか。今ならまだ、店に戻って何とでも言い訳が出来る──)
一瞬浮かんだ考えに、私は1人で首を横に振る。そうした後のクロコダイルの報復が怖いから? 違う。約束を違えることがディーラーとしての矜持に関わるから? それも少しはあるけど、大きな理由ではない。
──彼に、ついて行きたい。
出会ってまだほんの数時間だが、クロコダイルの姿には、何故かそう思わせるに足るものがあった。心に芽生えた覚悟は恐怖心を上回り、私を灯台の下に押し留める。
「女将さん、ごめんなさい。今までありがとう──さよなら」
呟いた言葉は闇に溶けて、消えていく。きっと彼女の許に届くことはない。それでも、これから起こることの全ては、私自身が、自分の意思で決めたことだと確認するために、呟かずにはいられなかった。
四半刻ほど経って再び現れた砂嵐は、人の形を取った後、少し驚いたように私を見つめた。逃げているかもしれない、そういう思いがあったのだろうか。だがすぐにその目から驚きの色は消え去って、彼は少しだけ目尻を下げて笑うと、またその鉤爪で、私の腰を抱く。
「行くぞ」
心なしか優しく言って巻き上がった砂塵は、海上を滑るように飛び、すぐに軍艦に追いついた。見張りの海兵の目を盗み、甲板にするりと降り立つ。クロコダイルの船室まで、2人で足音をさせないように──クロコダイルは砂になって浮いているので心配ないのだが──注意しながら向かう。
軍艦に潜入してから少し経ったところで、クロコダイルがある船室の前で歩みを止めた。振り返って目で合図をする。目的地はここらしい。静かにドアを開いた隙間から、私が先に、続いてクロコダイルが部屋に滑り込む。パタン、とドアの閉まる音がした瞬間。私達は目を見合わせ、声を殺しながら器用に笑った。
「──ちょっと警備がザル過ぎませんか? 天下の王下七武海様とはいえ、客人を乗せているっていうのに」
「自分達の力を過信してやがるんだ。そのくせ俺にはビビって、用があるときでなきゃここには近寄りもしねェ。安心して寛げ」
そう言われて部屋を見渡してみると、そこは船の上とは思えないほど豪華な船室だった。
まず目をひくのは、ロングサイズのキングベッド。数日客をもてなすだけでそんなに必要か?と思わずにはいられない、広々としたクローゼット。猫脚の丸テーブルには生花が飾られ、ワインも赤と白が1本ずつ用意されている。テーブル脇の棚に並べられた食器は、どれも高級そうだ。
圧倒されている私を後目に、クロコダイルはコートをハンガーに掛けてクローゼットにしまうと、おい、と一声掛けてテーブルと揃いの椅子を引いてくれる。私は恐縮です、と慌てて一礼をして、それに腰掛けた。
「さて、聞きたいことがあるなら何でも聞け。話してやる。ワインは飲めるのか? ネーナ」
「いえ、そんな! お気遣いなく、クロコダイル様──」
タンッ、とワイングラスをテーブルに2客置き、クロコダイルは私を睨み付ける。その迫力に気圧されて、私は胸の前に小さく両手を挙げて、降参のポーズを取った。
「ネーナ。ここはカジノじゃねェんだ、俺を客扱いする必要はもうない。敬語は止めろ。様付けもだ」
「は、はい……」
「『はい』、だと?」
「…………う、うん……?」
「良いだろう。もう一度聞く。ネーナ、ワインは飲めるのか?」
「……うん、クロコダイル……」
尻すぼみに声が小さくなっていく私を見て、クロコダイルは満足気に笑った。
テーブルに置かれたワインのラベルには、客人用に作られたオリジナルの物なのだろう、海軍のマークが描かれている。どちらがいい、と聞かれ、私は白を選んだ。クロコダイルは赤にするらしい。鉤爪でボトルネックを押さえながら、器用にソムリエナイフを扱い、2本とも栓を開ける。ボトルの口から雫を滴らせずに片手でワインを注ぐ様は、さながらかつてソムリエをやっていたかのようだ。
2客のグラスにワインが注がれ、芳醇な香りが部屋に広がる。クロコダイルは今までいた島があったであろう方角を向くと、グラスを掲げた。
「優秀なディーラーを失ったHeaven's Bellに、乾杯」
「……酷い人」
言葉とは裏腹に、私に彼を咎めるつもりは毛頭ない。クスッと笑って彼に倣いグラスを掲げた私を見て、彼の目尻は心なしか下がっていた。
「アラバスタって、あの砂漠の国でしょう? そこに何の用があるの?」
