DONQUIXOTE
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「二極化、するのです。『金を積めば手に入るかもしれないのなら、とびきりのイイ女を』──そう思う人間と、『折角高い金を払うのだから、確実に手に入る相手を』と思う人間に」
ハッとして顔を上げると、そこには悲しげに顔を歪めるステラの姿があった。目が潤み、その大きな瞳に映ったドフラミンゴの姿が揺らぐ。
「ネーナは──カードを上手く切れずに客に怒られているようなあの娘は、どちらだと思います──?」
喉が、ひり付くようだった。
ステラに手招きされてV.I.P.ルームへと入ってきた女は、その視界にドフラミンゴの姿を認めると、びくりと肩を震わせた。ほら、と先輩から背中を押された彼女は、ゆっくりと客の席へと近付き、ぺこりと頭を下げる。
「ネーナと申します……。お、お招きにあずかり光栄に存じます、ドフラミンゴ様」
顔を上げた女は、口角を上げてドフラミンゴに微笑みかけた。だが、その目にありありと浮かぶ緊張と動揺の色は隠しきれていなかった。
「フフッ! ああ──ステラ、お前はもう下がっていいぞ」
ドフラミンゴがそう告げると、ステラは微笑んで一礼し、部屋から出る。ネーナは驚いてその背中を目で追ったが、無情にも、扉はガゴォン……と、その重量を感じさせる低い音を立てて閉じられた。
「さて──」
ドフラミンゴが呟くと、ネーナは慌てて扉から視線を彼へと戻す。不安に揺れるその瞳は、彼の後をよくついて回っていた幼い日の弟の姿を思い起こさせた。
「ネーナ、だったか」
「は、はいっ……!」
「フッフッ! まあそう怯えるな……何も取って食おうってわけじゃァねェ」
安心させようと思って言ったつもりが、「食う」という単語に彼女はごくりと息を呑む。そういう顔をさせてェ訳じゃねェんだがな、と、ドフラミンゴは苦笑した。どうすれば、この女は笑うだろうか。思案を廻らせながらドフラミンゴは長い脚を組み替え、口を開く。
「──さっきの騒動を見てたんだが……お前、カードを切るのが苦手なのか」
「えっ?! は、はい……恥ずかしながら……」
「フフッ! とんだダメディーラーだな? オイ」
「返す言葉もございません……」
消え入りそうな声で、ネーナは俯く。客の前でポーカーフェイスを貫けないのも、ディーラーとしてあるまじき姿だとは思うのだが、見方を変えれば素直な反応で可愛いとも言えるだろう。コイツは磨けば光るかも分からねェ、とドフラミンゴは腕組みをしながら思った。
「フッフッフ! まあいい、ちょっとやってみせろ」
「えっ……でも……」
「いいから。俺は遊ばねェ、見てるだけだ。そうだな──20回、切ってみろ」
「は、はい……」
テーブルに置かれたカードを手に取り、ネーナはたどたどしい手付きでカードを切り始める。カシュ、カシュ、と紙同士の擦れ合う音が、2人きりのV.I.P.ルームに響いた。
(カードを切るってのは、そんなに難しいことか……?)
ファミリーでちょっとした時間にカードで遊んだりすることもあるが、カードをぶちまける事などあまりないように思う。他のカジノ店に行ったこともあるが、そこでは自動のシャッフラーを使っていた。この店もそうしたらいいのに、と思ったが、看板にネオンも使わないような歴史と格式あるこの店には、あまり機械的な物は入れたがらないのかもしれない。
「あっ」
そんな事を思っていると、ネーナが小さく悲鳴を上げた。パッと声のした方を見れば、彼女の手からカードが──さながらマジシャンのシルクハットから飛び出した鳩達のように──バラバラと宙を舞って落ちた。
「あぁ……」
どうしたらそんなダイナミックなばら撒き方が出来るんだ、とドフラミンゴは唖然とする。がっくりと肩を落として溜息を吐いたネーナが、そんな彼の視線に気付き、照れたように笑った。その笑顔が、しょっちゅうドジを踏んでは笑われていた、弟の姿に重なって。
「フフッ……フッフッフッフッフッ!」
ドフラミンゴは、笑った。腹を抱え、目頭を押さえながら、笑った。
「フフッ……! ここまで壊滅的だと、逆に面白ェのになァ? あの客も、ケツの穴の小せェ男だぜ」
「ケ……ッ?!」
ドフラミンゴの言葉に真っ赤になったネーナを見て、客を取ってる割には初心なんだな、と思う。道端で客引きをする娼婦のように明け透けなのもどうかとは思うが、あまりからかってやるのも可哀想だ。ドフラミンゴは座ったまま腰を屈めて、自分の足元に落ちたカードを拾ってやる。
「そうだな──俺はディーラーなんざやった事はねェが、肩に力が入り過ぎだ。それに、手元を見過ぎる癖があるみたいだな。ステラのやり方を見た事はあるんだろ?」
「え? えぇ……」
「なら、それを思い浮かべながらやるといい。自分が看板ディーラーになったような気持ちで、ゆっくりやってみろ。ほら」
ドフラミンゴが拾ったカードを手渡してやると、ネーナはありがとうございます、と言って表情を和らげた。なんだかローやデリンジャーに戦い方を教えていた頃を思い出すな、と思うとなんだか可笑しくなり、ドフラミンゴの顔にいつものそれとは違う、柔らかい笑みが浮かぶ。ネーナは少し驚いたような表情でドフラミンゴのことを見つめ、小さく笑うとテーブルの上に散らばったカードを集め始めた。
「……ふぅ」
カードを集め終えたネーナは、トントンとそれをテーブルで叩いて整えると、深呼吸をしてスッと目を閉じた。
首、肩、腕──見るからに力み過ぎていたそれらが弛緩していく。カードの束をギュッと握っていた手も、力が抜け、掌にカードが乗り、そこに指が添えられているだけの状態になる。背筋を伸ばし、顎を軽く引いて目を開けたネーナは、まるで別人のように凛としていた。
(これは──)
化けるどころじゃねェぞ、と、ドフラミンゴは茫然とする。少しのアドバイスでこれだけ変わるのならば、あとは技術さえつけば、いずれコイツがステラに代わって看板を背負う日も近いかもしれない。
(──その時は)
容姿は確かにステラの方が上だ。だが、今までダメディーラーだった女が突然、ステラに並ぶ優美な立ち振る舞いと、ディーラーとしての技術を手に入れたとすれば。嘗ての姿を知る客であれば、そのギャップに驚き、惹かれていくであろうことは容易に想像がついた。
