DONQUIXOTE
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(ああいうのは、クロコダイルみてェな男が好みそうだな)
彼女のような隙のない女は、ああいう取り澄ました男にこそ似合いだろう。頭の中で2人を並べてみれば、確かに合うように思えた。
他人の相性の如何は容易く想像が出来るのに、自分の好みとなると、難しい。ドレスローザの女達のように情熱的なのも悪くないが、如何せんそういう女からは国で熱視線を送られ過ぎているせいで、いい加減飽き飽きしている。
(せっかく
ダンッ!
突然聞こえた大きな音に振り返る。そこにはポーカーテーブルでふんぞり返る酔っ払いらしき男と、ソイツにペコペコと頭を下げる女ディーラーの姿があった。
「おいおい姉ちゃんよォ、テメェさっきから何回カードばら撒いてんだよ! ちっともゲームが進まねェじゃねェか!! どうなってんだ、この店は!」
「も、申し訳ありません……っ!」
その騒ぎに、支配人はステラに視線を投げて寄越す。ステラが頷き、そのテーブルに近寄ると、酔っ払いは態度を180度変えて、ステラに甘えるように声を掛けた。
「お客様、申し訳ありません。この娘は私の後輩でして──私の指導不足で、ご迷惑をおかけしております」
「ステラぁ~。今日はお前がV.I.P.につくっていうからよォ、こちとら我慢してこの女のテーブルについたってのに、この女ろくすっぽ楽しませることも出来ねェんだよォ。やっぱこの店じゃ、お前以外はカスだな! カス!!」
ステラにべったりと寄り掛かった男の向こうに、泣きそうな顔をして俯く女の姿が見えた。その姿に、ドフラミンゴはひゅ、と息を呑む。
空気を含んでふわふわと柔らかそうに躍る、癖のある烏の濡れ羽色をした髪。目を覆い隠しそうな程伸ばされた前髪からチラリと覗く瞳は、泣きそうな表情に似合わず燃えるような思色をしていた。髪の色こそ違えど、その少年のようなあどけなさを宿した面立ちは──彼の、今は亡き弟の幼い頃の姿にそっくりであった。
ゆらり、と音のした方へ向かおうとするドフラミンゴを不審に思って、ディアマンテはその視線の先にいる女を見た。そしてドフラミンゴと同様に、息を呑む。ドフラミンゴと長い付き合いであるディアマンテには、彼がその女の姿に何を重ねたのか、すぐに理解出来た。
「おい、ドフィ……!」
ディアマンテの制止も聞かず、ドフラミンゴは女の受け持つポーカーテーブルに歩み寄る。そしてステラにしな垂れかかっている酔っ払いの背後に立つと、スッとその右手を男の頭上に掲げた。
「──あァン?」
ドフラミンゴの長身が、灯りを遮って影となり、男に覆いかぶさる。男は急に視界が暗くなったことを不審がり、振り向いた。そこにあったのは、色の濃いサングラスを掛けたにんまり顔。数年前までその顔の載った手配書が全世界に配られ、その莫大な懸賞金の額に誰もが恐れ慄いた、目の前の男。だが可哀想に、すっかり酔っ払っていた彼には、男が誰であったか、脳内の記憶を検索するということが出来なかった。
「なんだ、テメェは? 俺に何か文句でもあんのかァ?」
「フフ……! この俺に喧嘩を売れるとは……酒は飲んでも飲まれるもんじゃねェなァ、オイ」
「なんだとォ? ……ぐあぁッ!?」
ドフラミンゴがその長い指をスイ、と躍らせると、ステラの肩を抱いていた男の右腕が、人として有り得ない方向に捩じ上げられた。男は痛みに顔を歪ませながらドフラミンゴを睨み付けるが、その腕は宙に浮いたままで、男には指一本触れていない。抗議するべき相手が誰なのかを見定められず、男は辺りをキョロキョロと見回しながら喚いた。
「誰だ?! 何しやがる! 痛ェ……!! 俺の腕を離しやがれ!」
「──お客様」
ギャラリーがなんだなんだとざわつき始めたのを見て、ステラがポン、と男の肩に手をやる。それを合図に、ドフラミンゴは自身の能力を解いた。縛めを解かれた男の腕がガクンと落ちたと同時に、男の酔いはすっかり醒めたようだった。額に脂汗を浮かべて、ハ、ハ、と肩で短く息をする男。ステラはしゃがんで、スツールに座ったまま力無く項垂れる男の顔を見上げた。
「随分酔っておいでのようですね──この店には、私以外にも素晴らしいディーラーが揃っております。それが分かるようになるまでは、お酒と、当店にお越しいただくのはご遠慮いただいた方がよろしいかと」
客相手にきっぱりと言い切った女ディーラーの瞳は、研ぎ澄まされたナイフのような美しさを湛えていた。男は暫し呆然としていたが、その目に冷静さが戻ってくると、黙って立ち上がり、店の出口へと歩みを進める。詫びの言葉もねェのか、と、ドフラミンゴがその背中に蹴りを入れようとした、その時。
「あ、あのっ」
振り絞るような、震え声。だが、どこかしっかりとした意思を含んだ声が、男に投げ掛けられた。男は歩みを止め、振り返る。男が立ち止まったのを認めて、安堵したような表情を浮かべながら、パタパタと駆け寄る女。それは、騒動の発端となったディーラーだった。
彼女は男に近付くと、深々と腰を折り、頭を下げた。
「今日は、楽しい時間をご提供出来ず、申し訳ありませんでした。今度こそはお客様にご満足いただけるように頑張りますので──」
言葉を区切り、女が姿勢を正す。彼女は男の目を真っ直ぐに見据え、その口を開いた。
「是非また、来てくださいね」
女は眉を下げて、照れたような、困ったような顔で笑った。男はその笑顔にぐ、と唇を噛み締めると、気が向いたらな、と小さく呟いて、足早に店を出て行った。
「──ドフィ」
背後から声を掛けられて、ドフラミンゴは我に還る。そこには呆れ顔のディアマンテと、ハンカチで冷や汗を拭いながらぺこぺこと頭を下げる支配人の姿があった。
「申し訳ありません、お見苦しいところをお見せしてしまいまして──」
「いや、構わねェ。それより支配人、ちょっと聞きてェんだが──」
「──おい待て、ドフィ!」
ディアマンテは、支配人に話し掛けるドフラミンゴの視線が、未だどこか彼の弟に似た女に注がれているのを見咎めた。その胸に刻まれたのが、哀しみなのか、憎しみなのか──ディアマンテにそれを知る術はないが、「あの一件」が、ドフラミンゴの心に大きな影響を与えたことを知る彼としては、その興味は出来ることなら抱いて欲しくないものであった。
だが、彼の思いも空しく、ドフラミンゴはそれを口にした。
「さっきの女──あれは、何て名だ?」
(ネーナ、か──)
