DONQUIXOTE
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だだっ広い部屋に、ゆったりと椅子に腰掛けて本を読む男が1人。男はチラ、とこちらを一瞥すると、興味なさげに再び本へと目を落とした。顔を真一文字に横切る傷痕から、男の正体は名乗られずともすぐに分かる。
サー・クロコダイル。その実力を海軍から早くに危険視され、十数年前に王下七武海入りした男だ。元の懸賞金は8100万ベリーとそれ程高くはないが、その評価が王下七武海加入後は更新されていないことを考えれば、その額だけで今現在の力を推し量るのは危険極まりない。ドフラミンゴは黙って読書に耽るその男を刺激しないように、机を挟んで反対側の席に着いた。
(他の連中は、まだ来てやがらねェのか……?)
王下七武海はその名の通り、7人のメンバーで構成される。今回新たにそれに加わった自分以外には6人いるはずなのだが、もう間もなく会議の時間になるというのに、まだ5人も足りていない。ドフラミンゴは不審がるが、唯一着席しているクロコダイルには、それを気にする様子は一切なかった。
部屋の柱時計が鳴り、会議の開始時間になったことを告げる。それと同時に、海軍本部大参謀・つると元帥・センゴク、その他中将数名が部屋に入ってきた。つると中将達はドフラミンゴとクロコダイルの背後の席に控え、センゴクは2人の正面に立つ。少しでも妙な動きをしてみろ、その時は──そんな意思が窺える配置に、ドフラミンゴは顔を顰めた。
「ふん、またこれだけか──困ったものだ」
センゴクが深々と溜息を吐く。クロコダイルは読んでいた本をパタリと閉じ、テーブルに置いた。タイトルからして、ビジネスに関する本のようだった。
「クハハ……海賊に良識なんざ求めるモンじゃねェよ、センゴク。1人来ただけマシだろう? さっさと始めようぜ」
「フッフ……テメェ、ちょっと待ちやがれ。1人、だと? ビジネス書なんか読んでる割に、数も数えられねェのかよ」
ドフラミンゴとクロコダイル、2人の海賊の視線がかち合う。その瞬間、弾かれるように中将達が立ち上がった。
「お待ち!」
中将達を制止したのは、凛とした女の声だった。強者揃いの海軍にあって、女だてらに大参謀と呼ばれる「つるの一声」に、海賊2人と中将達はピタリとその動きを止める。
「アンタらじゃあ、アイツらには傷一つ付けられないよ。新兵じゃないんだ、力を見誤って無駄死にするのはおよし」
申し訳ありません、と謝って、中将達は席に戻る。つるはまったく、と1つ溜息を吐くと、今度は動きを止めつつも睨み合ったままの海賊達を窘めた。
「クロコダイル。大人げない嫌がらせはおやめ、みっともない」
「……チッ」
舌打ちしたクロコダイルをドフラミンゴが笑うと、つるはアンタもだよドフラミンゴ、と釘を刺した。
「王下七武海に入って1週間で、その権利を剥奪されたいかい? 嫌ならこんな安い挑発、笑って聞き流しな」
「フッフッフ! 相変わらず手厳しいな、おつるさんは」
つるとドフラミンゴは、彼が海に出て名を上げ始めた頃から、追いつ追われつの関係だ。彼女の部隊は女海兵ばかりで編成されているとはいえ精鋭揃いで、毎回とても苦しめられた。その執念と、知略を尽くした戦術にはドフラミンゴも一目置いている。それ故、海兵と海賊という立場であっても、ドフラミンゴはつるには頭が上がらなかった。
「おつるさん、構わんよ。王下七武海の称号を得たとて、海賊は海賊……海のクズ共だ。わしらの本拠地であるここで潰し合ってくれるなら、むしろ好都合……七武海に相応しくない2人がその地位を捨てて、他の海賊がその席に座る。それだけのことだ」
センゴクの火に油を注ぐような言葉に、ドフラミンゴとクロコダイルはギロリ、と目の前の大男を睨む。「仏のセンゴク」──その二つ名からイメージされるものからは程遠い冷たい視線が、2人を威圧した。
「アンタも無闇に煽るんじゃないよ、センゴク! 面倒事はごめんだよ!! 他にも仕事が立て込んでるんだ、さっさと終わらせてもらえないかい」
「フッフ! おつるさんよ、俺以外にも追ってる海賊がいるってのか? 妬けちまうぜ」
つるの方を向いて笑うドフラミンゴを睨み付けながら、センゴクが1つ咳払いをする。つるにほら、と促されて、ドフラミンゴは舌打ちをしてセンゴクの方へと向き直った。
「あー……それでは、会議を始める。ステンレス、資料を配ってくれ」
「はい」
ステンレスと呼ばれた男が、クロコダイルとドフラミンゴに資料を手渡した。数枚綴りのそれの表紙には、赤いインクで「部外秘」とゴム印が押されている。
「……ふん」
「……」
ドフラミンゴは受け取ってすぐそれをテーブルに放ったが、クロコダイルは黙って頁を捲り、目を走らせる。そんな2人の対照的な様子に、センゴクはドフラミンゴの方を向いて溜息を1つ吐いた。
「……表紙を開いてくれ。資料の1頁目に書いてあるが、今回王下七武海に新たなメンバーが加わった」
資料を見ろ、と言わんばかりに、センゴクがわざわざ頁数を口に出して話を進める。ドフラミンゴは舌打ちをして、渋々資料を手に取り頁を捲った。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。今現在、主に拠点としている場所はない為──」
「いや、待てセンゴク──」
ドフラミンゴがセンゴクの言葉を遮る。センゴクは面倒臭そうに視線をやりながらも、なんだドフラミンゴ、と言ってその発言を促した。
「近いうちに、拠点にしようと思っている場所がある。海賊討伐の命を出す時は、その近海にしてくれ」
「そうか。今現在のメンバーと縄張りが重ならないようであれば許可しよう。どこに拠点を置くつもりだ?」
「──“ドレスローザ”だ」
それを聞いて、センゴクがステンレスに海図を見るよう指示を出す。ステンレスは海図を開き、ドレスローザを中心としてコンパスで円を描いた。
「──問題ありません」
「そうか。ではドレスローザ周辺200海里においては、お前が海賊討伐を担うように。その他の公海における討伐令は、ドレスローザに近いものを優先的にお前に回すことにする」
「ああ、それでいい」
王下七武海は、「収穫」の数割を政府に納めることが義務づけられる代わりに、海賊及び未開の地に対する海賊行為が特別に許されている。それ故、討伐の対象とする海賊が被ってしまって私闘の原因とならないように、縄張りも厳密に定められている。縄張りは早い者勝ちになるため、どうしてもドレスローザに拠点を置きたい理由があるドフラミンゴとしては、既にそこを縄張りとしているメンバーがいなかったことは幸いだった。
