権利と義務と我儘と
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「……どういうつもりだ」
お昼休憩を貰って一度地下に戻った私は、先に部屋でソファに腰掛け葉巻を吸っていたクロコダイルに、ドアを開けるなり地を這うような低い声で凄まれた。私はベストを脱ぎ、ソファの背に掛ける。仕事モードをオフにして、クロコダイルの隣に腰掛けた。
「どうもこうも……この店の看板ディーラーとして、店の品位を落とさないための行動をしたつもりだけど」
「……あんな奴の言うことなんざ、軽く往なしておきゃいいんだ」
「それは、負け犬の烙印を押されても良かった、ってこと?」
ふーっ、と長く煙を吐き出したクロコダイルの横顔を見つめて、私は問いかける。どういう意味だ、とでも言うように、クロコダイルは目だけをこちらに向けた。
「ここはカジノよ? 客は皆、勝つ気でここに来る。戦略的に勝負から降りることはあっても、それを貴方や私がしてしまっては、とんだ名折れだと思うけど?」
私の言葉にクロコダイルは小さく舌打ちして、葉巻を灰皿に押し付ける。ソファからのそりと立ち上がると、彼は黙ったまま部屋を出て行った。
ドフラミンゴは、つくづく人の心の隙をつくのが上手いと思う。クロコダイルと私の間に男女の関係がないと見るや、彼にはその恋路を邪魔する権利がないことを盾に、口説きにかかる。きっとクロコダイルの性格上、一度自分で言ったことを撤回することは彼の美学に反する、ということも分かった上で、それをしているのだろう。言葉尻を上手く捕らえて、噂でなく真実なら構わないだろう?などと言って二の句を告げられなくさせたのは、こう言ってはなんだが、実に見事だった。
あの場面で、クロコダイルが何が何でもダメだ、と突っ撥ねていたとすれば。それは私を守ることにはなれど、彼にとっては耐え難い屈辱になっていただろう。私へのデートの誘いに、オーナーの権限を越えて彼が可否を下すことは、さながら子供が仲の良い友人に「自分以外の子とは仲良くしちゃダメ!」と我儘を言うようなものだ。そんな姿を見れば、ドフラミンゴはどれだけ喜ぶことか。
(私が誘いを受けるも、クロコダイルが醜態を晒すも──どちらにせよアイツを喜ばせる結果になるのなら)
せめて彼には、気高いままであって欲しい。そう願うことも、ディーラーの権限を越えた我儘なのかもしれないけれど。
ドフラミンゴは、私の返事を聞くと満足して店を出て行った。去り際に、終わったら連絡しろ、と言って渡された子電伝虫の番号を書いたメモは、今はベストのポケットに入っている。カジノの夜は長い、本当にそれまで待っているつもりなのだろうか。少しだけ疑念を抱きながら、私はお昼を食べてホールに戻ろう、と財布を取って部屋を出た。
一度地下からホールへと出て、裏口へと向かう。裏口のドアを開けると眩しい陽光が射し込み、私は目を細めた。
「……おう。休憩か」
「スモーカーさん」
裏口を出てすぐの所に立っていたスモーカーさんは、我慢していたのだろう、葉巻を2本も咥えてその煙を堪能していた。私はそんな彼に、深々とお辞儀をする。
「さっきは、その……ありがとうございました」
「あー……その事なんだが。ちょっと話せねェか? 飯は? もう食ったのか?」
「あ、っと……これからです」
「ならちょうどいい。部下からいい店を教えてもらったんだ、そこへ行こう」
言うが早いか、スモーカーさんは通りに向かってスタスタと歩き出す。私は正義の文字を負うその背中を、小走りに追い掛けた。
スモーカーさんは休憩時間の残りを気にしてくれているのか、足早に人混みを掻き分けて進んで行く。心なしか、擦れ違う人達が私達を避けて歩いているように感じるのは、スモーカーさんの纏う威圧感のせいだろうか。お陰で細い路地に入った所にあったその店へは、すぐに辿り着くことができた。
スモーカーさんが木製のドアを押し開けると、カランカラン、と可愛らしいベルの音が鳴って、いらっしゃい!と元気よく店主らしき男性が挨拶する。路地にあるためか、時間の割に店は混んでおらず、私達は店の隅のテーブル席へと掛けた。この街に来て1週間余り。時間があるときには街を散策してまわっていたのだが、ここに入るのは初めてだ。水を持って来たウェイトレスにランチセットを2つ頼むと、彼女は笑顔でありがとうございます!と言って、厨房へと戻っていった。
「それにしても、スゴい人出だったな。疲れたろ?」
「そうですね。Heaven's Bellもここまで混んだことはなかったので、私も驚きました」
賑やかさに圧倒されて、ナチュラル・ハイになっていたのだろう。疲れただろうと聞かれて初めて、そういえば、と体が疲労感を訴えてくる。私はテーブルの下でトントンと脹脛を叩いた。そんな私を見て、スモーカーさんは年寄りじゃねェんだから、と言って笑う。笑うと優しい目になるんだな、と新しい発見をして、私は思わず嬉しくなった。
「あと……そうだな、店では別の名前を使っているなら、最初からそう言っておいてくれ」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
そういえば、と私はハッとする。ネーナという名で私を幼い頃から見知っていたスモーカーさんからすれば、ミス・アニヴェルセル、なんて言われても最初は何のことやら分からなかったことだろう。私はぺこりと頭を下げて謝る。
「いや、まあ、それはいいんだが……」
急に歯切れが悪くなったスモーカーさんに、私は頭を上げて真っ直ぐ向き合う。話したいことというのは、当然さっきのことだろう。助けてくれたお礼というわけではないが、聞かれたことは正直に話そう。私は水を一口飲んで、カラカラに渇いた喉を潤した。
「さっきは悪かったな、助けるのが遅くなって」
「いえ、突然でしたし……むしろあの混雑の中、助けに来ていただけただけありがたいです」
スモーカーさんはバツが悪そうに頭を掻く。キスされるのを未然に防げなかったことを謝ってくれているのに、アイツいつもあんな感じなんで平気です、などとは流石に言えなくて、私はへらりと曖昧に笑った。そんな私を見て、スモーカーさんも笑う。
「──俺が助けに行ったこと自体、野暮だったか。やっぱりああいう時は、恋人に真っ先に助けてもらいたかったんじゃねェか?」
「あー……それ、なんですけど」
そういえば、昨日クロコダイルが「俺の女」発言をしていたんだったな。真実を話そう、と思っていると、ウェイトレスがサラダを持って来た。私が一度言葉を切ると、スモーカーさんはどうしたんだ、とでも言いたげに、怪訝な顔をしてみせた。
お昼休憩を貰って一度地下に戻った私は、先に部屋でソファに腰掛け葉巻を吸っていたクロコダイルに、ドアを開けるなり地を這うような低い声で凄まれた。私はベストを脱ぎ、ソファの背に掛ける。仕事モードをオフにして、クロコダイルの隣に腰掛けた。
「どうもこうも……この店の看板ディーラーとして、店の品位を落とさないための行動をしたつもりだけど」
「……あんな奴の言うことなんざ、軽く往なしておきゃいいんだ」
「それは、負け犬の烙印を押されても良かった、ってこと?」
ふーっ、と長く煙を吐き出したクロコダイルの横顔を見つめて、私は問いかける。どういう意味だ、とでも言うように、クロコダイルは目だけをこちらに向けた。
「ここはカジノよ? 客は皆、勝つ気でここに来る。戦略的に勝負から降りることはあっても、それを貴方や私がしてしまっては、とんだ名折れだと思うけど?」
私の言葉にクロコダイルは小さく舌打ちして、葉巻を灰皿に押し付ける。ソファからのそりと立ち上がると、彼は黙ったまま部屋を出て行った。
ドフラミンゴは、つくづく人の心の隙をつくのが上手いと思う。クロコダイルと私の間に男女の関係がないと見るや、彼にはその恋路を邪魔する権利がないことを盾に、口説きにかかる。きっとクロコダイルの性格上、一度自分で言ったことを撤回することは彼の美学に反する、ということも分かった上で、それをしているのだろう。言葉尻を上手く捕らえて、噂でなく真実なら構わないだろう?などと言って二の句を告げられなくさせたのは、こう言ってはなんだが、実に見事だった。
あの場面で、クロコダイルが何が何でもダメだ、と突っ撥ねていたとすれば。それは私を守ることにはなれど、彼にとっては耐え難い屈辱になっていただろう。私へのデートの誘いに、オーナーの権限を越えて彼が可否を下すことは、さながら子供が仲の良い友人に「自分以外の子とは仲良くしちゃダメ!」と我儘を言うようなものだ。そんな姿を見れば、ドフラミンゴはどれだけ喜ぶことか。
(私が誘いを受けるも、クロコダイルが醜態を晒すも──どちらにせよアイツを喜ばせる結果になるのなら)
せめて彼には、気高いままであって欲しい。そう願うことも、ディーラーの権限を越えた我儘なのかもしれないけれど。
ドフラミンゴは、私の返事を聞くと満足して店を出て行った。去り際に、終わったら連絡しろ、と言って渡された子電伝虫の番号を書いたメモは、今はベストのポケットに入っている。カジノの夜は長い、本当にそれまで待っているつもりなのだろうか。少しだけ疑念を抱きながら、私はお昼を食べてホールに戻ろう、と財布を取って部屋を出た。
一度地下からホールへと出て、裏口へと向かう。裏口のドアを開けると眩しい陽光が射し込み、私は目を細めた。
「……おう。休憩か」
「スモーカーさん」
裏口を出てすぐの所に立っていたスモーカーさんは、我慢していたのだろう、葉巻を2本も咥えてその煙を堪能していた。私はそんな彼に、深々とお辞儀をする。
「さっきは、その……ありがとうございました」
「あー……その事なんだが。ちょっと話せねェか? 飯は? もう食ったのか?」
「あ、っと……これからです」
「ならちょうどいい。部下からいい店を教えてもらったんだ、そこへ行こう」
言うが早いか、スモーカーさんは通りに向かってスタスタと歩き出す。私は正義の文字を負うその背中を、小走りに追い掛けた。
スモーカーさんは休憩時間の残りを気にしてくれているのか、足早に人混みを掻き分けて進んで行く。心なしか、擦れ違う人達が私達を避けて歩いているように感じるのは、スモーカーさんの纏う威圧感のせいだろうか。お陰で細い路地に入った所にあったその店へは、すぐに辿り着くことができた。
スモーカーさんが木製のドアを押し開けると、カランカラン、と可愛らしいベルの音が鳴って、いらっしゃい!と元気よく店主らしき男性が挨拶する。路地にあるためか、時間の割に店は混んでおらず、私達は店の隅のテーブル席へと掛けた。この街に来て1週間余り。時間があるときには街を散策してまわっていたのだが、ここに入るのは初めてだ。水を持って来たウェイトレスにランチセットを2つ頼むと、彼女は笑顔でありがとうございます!と言って、厨房へと戻っていった。
「それにしても、スゴい人出だったな。疲れたろ?」
「そうですね。Heaven's Bellもここまで混んだことはなかったので、私も驚きました」
賑やかさに圧倒されて、ナチュラル・ハイになっていたのだろう。疲れただろうと聞かれて初めて、そういえば、と体が疲労感を訴えてくる。私はテーブルの下でトントンと脹脛を叩いた。そんな私を見て、スモーカーさんは年寄りじゃねェんだから、と言って笑う。笑うと優しい目になるんだな、と新しい発見をして、私は思わず嬉しくなった。
「あと……そうだな、店では別の名前を使っているなら、最初からそう言っておいてくれ」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
そういえば、と私はハッとする。ネーナという名で私を幼い頃から見知っていたスモーカーさんからすれば、ミス・アニヴェルセル、なんて言われても最初は何のことやら分からなかったことだろう。私はぺこりと頭を下げて謝る。
「いや、まあ、それはいいんだが……」
急に歯切れが悪くなったスモーカーさんに、私は頭を上げて真っ直ぐ向き合う。話したいことというのは、当然さっきのことだろう。助けてくれたお礼というわけではないが、聞かれたことは正直に話そう。私は水を一口飲んで、カラカラに渇いた喉を潤した。
「さっきは悪かったな、助けるのが遅くなって」
「いえ、突然でしたし……むしろあの混雑の中、助けに来ていただけただけありがたいです」
スモーカーさんはバツが悪そうに頭を掻く。キスされるのを未然に防げなかったことを謝ってくれているのに、アイツいつもあんな感じなんで平気です、などとは流石に言えなくて、私はへらりと曖昧に笑った。そんな私を見て、スモーカーさんも笑う。
「──俺が助けに行ったこと自体、野暮だったか。やっぱりああいう時は、恋人に真っ先に助けてもらいたかったんじゃねェか?」
「あー……それ、なんですけど」
そういえば、昨日クロコダイルが「俺の女」発言をしていたんだったな。真実を話そう、と思っていると、ウェイトレスがサラダを持って来た。私が一度言葉を切ると、スモーカーさんはどうしたんだ、とでも言いたげに、怪訝な顔をしてみせた。
