唇泥棒注意報
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なかなかその姿を見つけられずに焦り始めた私の背後から、のんびりとした声が掛かる。振り返ると、通りを隔てた斜向かいの酒場の壁に寄りかかって、スモーカーさんは葉巻を吸っていた。
「ちょうど良かった、探してたんです!」
「あ? 何かあったのか?」
「ちょっと、店の中の方を手伝ってもらいたくて」
「そうか。持ち場を離れると伝えてくる。少し待っていてくれ」
持ち場も何も、貴方サボってたでしょうよ……と言いかけた私を置き、スモーカーさんはその身を煙に変えて、手近な場所にいた海兵の元へ向かう。部下だったのか、敬礼をした海兵と少し言葉を交わして、スモーカーさんはまた煙になって戻ってきた。
「待たせたな」
「いいえ、行きましょう!」
「……! お、おい……!!」
開店まであまり時間がない。急がなくちゃ、と私はスモーカーさんの手を取って走り出した。皮の手袋を嵌めたその手は、大きくて分厚い。戸惑うように開いたままだった掌が、観念して私の手を握り返すと、じんわりと柔らかな体温が伝わってきた。
「お待たせしました、ミス・オールサンデー!」
店に舞い戻り、私はスモーカーさんの手を引いてロビンさんの元へと向かう。ロビンさんとクロコダイルが振り向いて、私とスモーカーさんの顔、そして繋がれた手を交互に見る。その視線に気が付いて、慌てて手を離すが、時既に遅し。ロビンさんはあら、とでも言いたげに目をぱちくりとさせ、クロコダイルは心底不機嫌そうに顔を歪めていた。
「ありがとう、ミス・アニヴェルセル。そちらは?」
「……? ──あー、海軍本部中佐のスモーカーだ。店内の警備をすればいいのか?」
「ご協力くださりありがとうございます、スモーカー中佐。今日はオープン初日なので、オーナーが入口でご挨拶に立たせていただくのだけれど、この人、女性に人気なものだから……混雑してしまわないように、人を流して欲しいんです」
「……成程」
頭に巻いたスカーフを、何故か私が店を出るときよりきつめに巻いたロビンさんは、目以外はほとんど隠してしまっていた。人見知りなのかな、と、私は首を傾げる。
そんなロビンさんから説明を受けたスモーカーさんは、自分が呼び立てられた理由に、呆れたように肩を竦める。こんなことお願いしちゃって悪かったかなぁ、としゅんとする私の左肩に、ポン、と大きな掌が乗せられた。振り返ると、そこにはクロコダイルが険しい顔で立っている。
「……おい。よりにもよって、何でコイツを連れて来やがった」
「何でって……知った顔でしたし、それに……」
スモーカーさんがロビンさんと話しているのを確認して、私はクロコダイルに耳を貸すように求める。怪訝な表情のまま屈むクロコダイルの耳元に、私は手を添えてそっと囁いた。
「人払いには、ああいう強面の人の方が適任かな、と」
「……クハハッ、違いねェ」
クロコダイルの表情が少し和らいだので、私はホッとする。開店の時間が近付いてきていた。
「お前は今日はポーカー担当だったか」
「はい。ルーレットには劣りますが、これも得意な種目です」
「そうか……楽しめよ」
「はいっ!」
私は元気良く返事をして、持ち場であるポーカーテーブルへと足を向けた。
良かった、割と普通に出来てる。このままずっと気まずくなってしまうのではないかと不安だった気持ちが払拭され、思わず笑みが零れた。近付き過ぎたくないけど、離れたくはない。そんな我儘を許してくれるクロコダイルを、私の心はより一層欲してしまうのだけれど。
ポーカーテーブルにつき、私は背筋を伸ばして深呼吸をした。店内に5カ所あるポーカーテーブルの中でも、今日私のつくテーブルは他より1段高く作られており、フロア全体を見渡すことが出来る。ぐるりと視線を廻らせると、開店まで5分を切って、ディーラー達の表情は引き締まっていた。
入口ではクロコダイルとスモーカーさんが並んで立っている。2人ともしかめっ面で、一言二言、何か言葉を交わしているようだ。そんな2人にロビンさんが何やら声を掛けると、クロコダイルが扉の前に立ってフロアの側を向き、ディーラー達全員の顔を見渡して声を張った。
「──時間だ。気を引き締めろ。レインディナーズ、開店だ」
「「「はい!」」」
ディーラー達の返事が合図となって、入口の外に控えていたドアボーイが扉を開く。フロアに外からの陽光が射し込み、扉の正面に立つクロコダイルを照らす。クロコダイルが深く一礼する。一礼3秒。クロコダイルはゆっくりと顔を上げると、客に向かって開店の挨拶を述べた。
「ようこそ、レインディナーズへ」
その声に合わせ、私達ディーラーは揃って一礼する。1、2、3。心の中で数えて頭を上げると、客の列がゆっくりと動き出した。
最前列にいた貴族らしき男性と連れのご婦人が、クロコダイルに握手を求める。その後ろに控えているのは、若い女性グループだ。こちらは明らかにクロコダイル目当てなのだろう。全員がうっとりと彼に熱い視線を送っている。
男性達が握手を終えて店内へと歩を進めると、彼女達はわっとクロコダイルに群がった。ちり、と胸の奥が焼け付くように痛む。そんな私の想いを知ってか知らずか、スモーカーさんがずいっと女性達の前に進み出た。女性達は一瞬邪魔臭そうにスモーカーさんを見るが、その威圧感に気圧されたのか、そそくさとその場から離れる。私はその様子を見守りながら、やっぱりスモーカーさんを連れて来て正解だった、と小さく笑った。
「お嬢さん、私と勝負してもらえるかね?」
「勿論です、お客様」
先程の男性がキャッシャーでの両替を終えて、ポーカーテーブルへとやって来る。私は笑顔でそれを迎え、カードへと手を伸ばした。その姿を離れた場所から見つめる視線があることには、ついぞ気付かずに。
ぞくぞくと客が店内に入ってくる。私のテーブルはすぐに埋まってしまい、他のディーラー達のテーブルにも客がつき始めるが、今のところ混乱はない。カードを配りながらちらりと入口に目をやれば、クロコダイルは握手を求められればそれに応え、終わるとすぐスモーカーさんが客を流し、ロビンさんがキャッシャーへと案内する、という流れが出来上がっているようだった。
「……ダメだな、フォールドだ」
「うーん……コール、かなぁ……」
「ビビッてんじゃねェよ、おい! 俺はレイズだぜ!!」
参加者達の声に呼応して、私はカードをオープンする。歓声と溜息。このゲームの勝者に、ギャラリーからも惜しみない拍手が贈られる。その賑やかな様子に、私は満足して微笑んだ。
