Chu!
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(変に兄貴分ぶらないといいんだが……)
もしそうなったら煩くてしょうがないだろうな、と想像して、俺は小さく1つ、溜息を吐いた。
粗方の内容は話し終えたのだろう、俺にはその過去も、スモーカーとの関係性も、十分に伝わっていた。だがネーナの唇は止まることを知らない。俺より長く一緒に生活していたステラでさえ知らなかったことなのだ。恐らく、こんな風にアウトプットするのはこれが初めてなのだろう。1つ1つ整理するように、或いは過去を清算するかのように紡がれる言葉は、どこか懺悔のような響きも孕んでいた。
気の済むまで吐き出させてやろう、と思ってからどれ位経っただろうか。ネーナの唇が漸く言葉を紡ぐのを止め、ふ、と短く息を吐いた。気が済んだか、と隣に目をやった、刹那。ネーナの頬に一粒、涙が伝った。
女の涙は苦手だ。俺に寄って来るのは、自分如きがこの海賊の心を射止められるわけがない、それなら一夜限りの相手でも構わない、というような賢しい女が多かったが、それでもやはり割り切れずに泣き出す女がたまにいた。そういう女を俺はどうしていたか。簡単なことだ。「黙れ」、そう言って鉤爪を突き付ける。それだけで、女は自分が誰を相手にしていたかを思い出し、悲鳴と涙を自分の体内へと押し戻すものだ。
(それが、どうだ)
ネーナの瞳から零れ落ちたそれは、何故だろうか、不思議と美しく思えた。砂漠の夜空を翔る箒星のように、その白い頬を伝った雫。流星を捕まえようとする子供のように、思わず手を伸ばしてそれに触れる。掌が水分を吸ってじわりと重く、硬くなる。苦手な感覚だが、俺は構わずにそれを拭った。
俺の行動と言葉で自分が泣いていることに気が付いたネーナは、初めは驚いていた。自分では受け入れた過去だと思っていたのだろう。だがそれはあくまで押し殺していただけで、ネーナの中ではまだ消化しきれていなかった。過去との柵の中にいない俺の前では泣けるのだ、という事実は、ネーナには何年分かの涙を吐き出させる機会を、俺には──不謹慎ながら──スモーカーに対しての優越感を与えた。
はらはらと止まることを知らず流れ落ちる涙。子供のようにしゃくりあげて泣く姿。それは俺の苦手としていた泣く女の姿そのものであったはずなのだが、ネーナに関しては何故だかいじらしく思えて、思わずその腕を引いて抱き留めてしまう。その後はといえば、気の利いた慰めの言葉なんぞ掛けられるわけがないから、狸寝入りする外なかったのだが。
胸の辺りから、すん、と鼻を啜る音が聞こえた。漸く泣き止んだようだ。さて、起きた「ふり」をするとしようか──
「ごめん、クロコダイル……!」
突然謝られて、何のことだか分からず俺は起きるタイミングを見失う。思わずピクリ、と一瞬体に力が入ってしまったが、狸寝入りだとバレた様子はなさそうだった。
そうこうしているうちにもぞもぞと、ネーナが胸をよじ登るようにしてゆっくり体勢を起こし始めた。ますます起きられなくなって、俺は固く目を瞑る。視覚を遮断している分敏感になった聴覚が、ドクドクと脈打つ心臓の音を捕らえて煩い。起こさないように、なんて考えてゆっくり動いているなら、最初から寝てなんかいない俺にそんな気遣いは無用だから早く離れろ、と言いたかった。
す、と体が離れる。これもまた起こさないようにとの気遣いなのだろう、今までその体を抱き留めていた右腕をそっと膝に乗せて、ひと仕事終えたかのようにネーナは小さく息を吐く。やっと起きられるか、と思ったが、目を閉じていてもなお感じる不躾な視線に、俺の体は未だ緊張を解くとこを許されなかった。
(おい、人の寝顔をじろじろ眺めるんじゃねェ……!)
だんだんと苛立ってきた俺の左頬に、つ、と何かが触れる。それは顔を横切る忌々しい傷跡をそっとなぞった。何を、と思った、次の瞬間。
鼻頭に触れる、柔らかな「何か」。指とはまた違うその感触のソレは、ちゅ、と小さく音を立てて離れた。その正体に察しがついて、俺は口の端が緩みそうになるのを必死に堪える。一見少年のような姿をしているくせに、なかなか可愛げのあることをする奴だ。
ソファの座面が微かに軋み、ネーナが立ち上がる気配がする。俺はそっと目を開け、ネーナがベッドの方へと歩いて行こうとするのを認めると、その背中に声を掛けた。
「寝顔にキスするなんざ、お前もちょっとは色気のあることするじゃねェか」
「わ!?」
腕を掴んで引っ張ると、ネーナはいとも簡単にソファに尻もちをつく。振り返った顔は驚きに満ちていて、頬はほんのりと赤みが差している。その表情に、俺は嗜虐心を擽られた。
「く、クロコダイル……! いつから起きて……?!」
「さあ……いつからだろうな?」
初めから眠ってなんぞいなかったのだと明かせば、この女は怒るだろうか。敢えてしらばっくれてみせると、ネーナは唇をキュッと結んでむくれる。恥ずかしいのか、腕を引いてこの場から逃げようと試みてはいるが、俺はそれを許さない。聞いたところで邪魔にしかならない感情だと理解していながら、この女の先程の行動に隠された気持ちを知りたいと思うのは、何故なのだろう。俺はネーナを体ごと振り向かせて、対面するように座らせる。必死に顔を逸らそうとするが、首まで真っ赤になった横顔を、俺はじっと見つめた。
「い、色気とかそういうのじゃないから! その、なんていうか、色々話してちょっとは落ち着いたから、そのお礼っていうか!」
絞り出した声は上擦って、動揺が露になっている。さっきまでは真っ直ぐに感情をぶつけてきたっていうのに、こういうところでは逃げようとしやがるか。
(だが、ネーナ。お前はミスを犯した──)
俺は腕を掴んでいた右手を離すと、逃げられないように今度は左腕で体ごと抱き留める。すかさず自由になった右手でコーヒーカップを手に取り、すっかり冷えてしまったその中身を一気に飲み干す。そして俺は、コーヒーカップをテーブルに置くと、相変わらずそっぽを向くネーナの顔を、右手でグイ、とこちらに向けさせた。
「これは、俺からの礼だ。美味いコーヒーを淹れてくれたことに対する──な」
お前は自ら、「礼=キス」という方程式を示したんだ。「ありがとう」、なんて礼の言葉は俺には素直に口に出せそうにはないが。唇でそれを伝えて良いのなら、これ程楽なことはない。
