Chu!
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お前って奴は、一体どういう神経をしているんだ? 平然と声を掛けてきやがって。こっちはお前のおかげであの忌々しい海兵に恥を晒し、正体不明の異物感に苛立っているというのに。
頭に浮かんだ恨み言は、喉の奥に張り付いて出てくることはなかった。無言を返してしまったことをマズかったか、と思うが、今から生返事をするだけにしても、既にタイムラグが生じてしまっている。とりあえず落ち着こう。まだ何をどういう風に聞こうか、考えが纏まっていない。無言のままコートを脱ぎ、ソファに座りこんで葉巻に火を点ける。計画性が大事だと思った割には無計画に部屋に入ってしまったことを、俺は今更ながらに後悔していた。
「明日はいよいよオープンだね」
「……」
「ちょっと緊張するけど、楽しみだなぁ。クロコダイルは?」
「……」
俺の様子をおかしいと感じているのだろう、ネーナが矢継ぎ早に話しかけてくる。ふつふつと苛立つ気持ちが湧きあがってくるが、葉巻の煙を長く吐き、それを鎮める。コイツが気を使っているのは痛い程分かるし、だからといって考えもなしにスモーカーのことを聞くのは気が引けた。気持ちを落ち着けてからでないと、正直何を口走るか分かったもんじゃない。どんな風に聞けばコイツの口から自分の聞きたいことをスマートに導き出せるだろうか。この正体不明の苛立ちを、ネーナには悟られることなく。
しばらくすると、ネーナはだんまりを決め込んだ俺を置いて、部屋を出て行った。どこへ行ったのだろうか。俺がずっと無視するもんだから機嫌を損ねてしまったか? それはそれで困る。後を追った方がいいだろうか──
はた、と気付く。何故俺はこんなにもあの女に心を乱されているんだ。看板ディーラーになり得る人材を求めていたときに出会った、少しばかり度胸のある女。それ以外に、興味をそそられるものなど何もなかったはずなのに。
(アイツがこの店に必要だと思ったから連れてきた、それだけだ。ニコ・ロビンと同じ──アイツには、利用価値がある)
だから機嫌を損ねるわけにはいかない、それは筋が通るように思えた。だがスモーカーとの関係性は、俺がそれを知らなければアイツのディーラーとしての仕事に支障が出る、というわけではない。無駄を省き、効率良く目的を遂行していくことを旨としている俺としては、これ以上ない無駄な感情。その感情の名は──
(──嫉妬、だと?)
それに思い当たった時、部屋のドアが開き、ネーナが戻ってきた。反射的にそちらに視線をやる。コーヒーカップが2つ乗ったトレンチを手に戻ってきたネーナの姿を見て、俺の心臓は早鐘を打っていた。
ネーナがトレンチをテーブルに置くと、ふんわりとコーヒーの良い香りが漂った。葉巻との相性に拘って、俺が自ら取り寄せたものだ。それを、何故、今? 疑問に思っていると、ネーナが頭を勢いよく深々と下げた。
「クロコダイル、ごめんなさい!」
「……あァ?」
突然の謝罪の言葉。訳が分からず、ついぶっきらぼうに返事をしてしまう。だが本当に何を謝られているのか分からないのだから、しょうがない。
「F-ワニの準備! 遅くなっちゃったのに私、謝りもせずにそのままで……本当にごめんなさい!」
「……おいおい、何の話だ?」
とりあえず、コイツが俺に対して謝っている理由は分かった。だが、それを何故、今のこのタイミングで? 思わず怪訝な表情になると、ネーナはおずおずと顔を上げてこちらを見る。なんだ? その悪戯して怒られるんじゃないかとビクビクしている仔犬みたいな目は。やめろ。
「いや、なんだかいつもと様子が違ったから。昼間のF-ワニの準備が遅くなったこと、怒ってるのかな、と思って謝ったんだけど……」
違うの?とでも言いたげな目。そこで漸く、自分があまりに分かりやすく不機嫌だったことに気が付く。そしてこの女は、それを昼間の自分の不手際のせいかと気に病んで謝ってきた、と……
「……クッ、ハッハッハッハッハッ!」
思わず、笑いが零れる。極力スマートに昼間のことを聞き出そうとしていたのに、機嫌が悪いのがバレバレだった上に、女の方から謝らせてしまうなんて、無様なもんだ。そして、そんな俺に対して、この女は──
「お前って奴は、本当に人間が真っ直ぐに出来てるんだな」
「……? はぁ……」
なんて素直なんだろう。F-ワニのことを怒っているのか、と先に確認するでもなく、まず謝る。自分がこうだ!と思ったことはすぐにやらないと気が済まない性質なのだろう。そこに打算や言い訳は一切ない。ただ真っ直ぐ、俺の機嫌を直したい、という気持ちが現れた行動。それはとても心地の良いものだった。
「……コーヒーを淹れてきてくれたのか」
「あぁ、うん。考え事なら、頭がしゃきっとするかなー、って思って」
「そうか。悪ィな」
「うーん……こういうときは『ありがとう』って言ってほしいんだけど」
「フン……そうかよ」
スッと胸の奥の澱みが消え、俺はネーナと少し言葉を交わす。ネーナの淹れてきたコーヒーを一口飲むと、程好い苦味と酸味が口の中に広がった。成程確かに、思考がクリアになっていく。
「俺もお前の真っ直ぐさに倣って、率直に聞かせてもらう。正直に答えろ」
「え? ……うん、分かった」
お前のような女には、回りくどい駆け引きなんざ必要ないんだな。きっとカジノでもそうなのだろう。この女に勝ちたければ、真っ向勝負を挑む。それしかない。
す、と短く息を吸い、俺は真っ直ぐネーナの目を見据えて言った。
「お前、あの男──スモーカーとは、どういう関係なんだ?」
化粧をしていなくても健康的な赤みを帯びた、血色の良い唇。それが訥々と紡ぎ出すのは、幼い日の凄惨な過去。伏し目がちに膝頭の辺りを見つめるネーナの横顔を眺めながら、俺は戸惑いを禁じ得なかった。
ネーナを攫った後に連絡を取ったステラから、その出自が不明であることは聞いていた。だがそんな過去があり、ましてそこにスモーカーとの繋がりがあるなどとは思いもよらなかった。
その口ぶりから、ネーナはスモーカーに対して恨みを抱くでもなく、ただ当時良くしてくれた海兵の中の1人、程度にしか思っていないことは分かった。そんなところも真っ直ぐなのか、と妙に感心してしまう。
(だが、スモーカーの方は)
例えネーナから赦されたとしても、そのときの後悔が消えることはないだろう。去り際の言葉からしても、あの男がネーナに対して妹を心配する兄のような気持ちを抱いていることは容易に想像が出来た。
