傷とキス
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それを聞いたらもう、止められなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、わんわんと声を上げて。私は漸く、幼い頃からずっと堪えていた涙を流すことが出来たのだ。
明けない夜がないように、枯れない涙もない。どれくらいそうしていたかは分からないが、漸く涙が止まる。瞼は熱を持ち、目の下がヒリヒリしていた。
泣いている間にクロコダイルに腕を引かれた私の体は、その胸に凭れ掛かるような形になっていた。ふと見れば、その胸元に巻かれたアスコットタイの色が、所々濃く変わっている。無意識に頬を押し付けていたその感触を思い出し、私は青ざめた。柔らかく滑らかなその肌触り。恐らく、私に手が出せるような値段ではないだろう。
「ごめん、クロコダイル……!」
咄嗟に謝ろうと顔を上げた私の前には、無防備に目を閉じて小さく呼吸をするクロコダイルの姿があった。右腕で胸にしな垂れかかるように抱き寄せられた状況が、私の鼓動を早くさせる。
(なんでこの状況で寝れちゃうんだろ……)
リラックスしてもらえているという嬉しさと、意識されていないという寂しさが綯交ぜになって、思わず苦笑いする。目覚めさせてしまわないように、私はゆっくりと姿勢を起こした。体を起こしていくにつれて、顔と顔とがだんだんと近付いていく。目を覚まさないだろうか、と様子を窺っていると、ふと彼の整った顔を真一文字に横切る傷痕が目に留まった。一生消えない、傷。私と同じだ。
(この傷には、どんな「過去」があるんだろう)
聞けば教えてくれるだろうか? いや──知る必要などないのかもしれない。この傷にどんな過去があったとしても、私もまた、彼と一緒にこれからを歩んでいく。それはもう、Heaven's Bellでの勝負に負けて、クロコダイルに命を預けた時点で決まっていることなのだから。
そっと傷痕を指でなぞる。歪に引き攣ったそれは、どこから見ても隙のない、一見完璧に見える彼にも、不完全な部分があるという象徴のように思えた。
(私の「傷」を埋めてくれた、お礼)
心の中で呟き、私はその傷痕の鼻を横切る部分に唇を寄せる。まだ目を覚まさないクロコダイルに、私は小さく微笑んだ。
(さて。どうしようかな、これ)
すっかり寝入っている様子のクロコダイルに、私は溜息を吐く。この体格差ではベッドまで運べるわけがないし、かといってそのままにしておいて風邪でもひかれたら、明日のオープンに支障をきたしてしまう。とりあえず毛布でも掛けてあげるかな。そう思って、ベッドに向かおうとした──その時。
「寝顔にキスするなんざ、お前もちょっとは色気のあることするじゃねェか」
「わ!?」
グイ、と腕を引っ張られて、私はソファに尻もちをつく。振り返れば、クロコダイルがその顔いっぱいに意地の悪い笑みを浮かべていた。
「く、クロコダイル……! いつから起きて……?!」
「さあ……いつからだろうな?」
しらばっくれるその表情は、なんだかとても楽しそうだ。私はあまりの恥ずかしさにその場から逃げようと試みるが、腕をしっかり掴まれていて叶わない。あろうことかそのまま体ごと振り向かされて、対面する形になる。必死に顔を逸らすが、それでも横っ面にクロコダイルの視線を感じて、首まで熱くなった。なんとかこの状況を打破しようと、私は声を振り絞る。
「い、色気とかそういうのじゃないから! その、なんていうか、色々話してちょっとは落ち着いたから、そのお礼っていうか!!」
「ほう……? そうか。それなら──」
そう言って、クロコダイルは私の腕を掴んでいた右手を離す。やっと自由になったかと思えば、今度は左腕で体ごと抱き締められていた。その数瞬の間に、クロコダイルは右手でコーヒーカップを手に取り、すっかり冷えてしまったであろうその中身を一気に飲み干す。そしてコーヒーカップをテーブルに置くと、右手でグイ、と私の顔を自分の方へと向かせた。
「これは、俺からの礼だ。美味いコーヒーを淹れてくれたことに対する──な」
唇に、ひんやりとした苦味が触れる。続いて感じる、コーヒーと葉巻の香り。冷めたコーヒーの温度から唇本来の温かさを感じるようになった頃になってようやく、それはちゅ、と遠慮がちな音を立てて離れた。
「──~~~……!」
「クハハハ! 本当に色気のあるキスってのは、こうやってするもんだ」
クロコダイルは満足気に笑うと、立ち上がってクローゼットへと向かう。着替えて寝るつもりなのだろう。私はといえば、その腕の呪縛から解き放たれても身動ぎが出来ずにいた。キスだけで腰が砕けてしまっただなんて、絶対に知られてなるものか。
......To be continued.
