海兵と少女
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その日は生憎の雨模様だったが、任務の合間に与えられた束の間の休息に、海兵達は意気揚々と船を降りていく。両親に、プレゼントに何でも好きなものを買ってあげる、と言われた私は、嬉しくて我先にと街へ駆け出した。おもちゃ屋を見つけてショーウィンドウにへばりつき、店の中を眺めていると、待ってネーナ、と背後から呼び止める声がした。
──その直後。港に乾いた破裂音が響き渡った。
振り返った私の目に飛び込んできたのは、目を爛々と輝かせて両親に襲いかかる、海賊らしき身形の男達の姿だった。茫然としていた私は、おもちゃ屋の主人の手によって店の中に匿われた。怒号、悲鳴、銃声、剣戟の音。店の主人に耳を塞がれていても聞こえてくるそれらの音の中に、私は勇ましく戦う両親の声を探した。だが、いつまで待ってもそれが聞こえてくることはなかった。
どれくらいの時間が経っただろうか。外から聞こえてくるのは激しい雨音だけになった。私は店の主人が制止するのを振り切って、外に出た。悪者を征伐して誇らしげに微笑む両親の姿を探す。だが、そこにあったのは力なく横たわった2人の姿だった。
フラフラと両親の元へと近付く。私が頽れて膝を地面につき、ピシャン、と泥が跳ねても彼らが目を覚ますことはなかった。周りでは、負傷した海兵達が次々と船に運ばれていく。助けて、と言おうとしたが、言葉が喉に張り付いて出てこない。それでも誰かに気付いてもらおうと、辺りを見回したときだった。あの海兵と──目が、合った。
「あのとき俺は、お前に気付いていながら、担いでいた負傷した仲間のことを優先して船に戻ってしまった。後で戻ったときにはお前はもういなくなっていて──ずっと後悔していたんだ。本当に、済まなかった」
「そんな……謝らないでください。確かに、あれから色んなことはありましたけど……私は今、こうして元気でいるんですから」
実際、目の前の男があの日の海兵さんだと分かっても、私の胸には何の感慨も湧いては来なかった。
両親との別れはあまりに突然だったが、それまで1人で寂しい時間を過ごすことの多かった私には、幸か不幸か、両親のいない環境が慣れたものであったこと。幼いが故に「死」というものが理解出来ず、理解出来る頃には自分もある程度成長し、それを乗り越えるだけの心の強さを持てていたこと。そして今、こうやって当時の話を聞いても、自分が彼の立場でも、少しでも助かる見込みのある方を優先するだろうな、と感じること。それら全てが、私の中に恨みなどといった気持ちを起こさせずにいてくれた。
「それに──私、貴方に感謝してもいいくらいです。あのとき私が逃げ出したから、Heaven's Bellに拾ってもらって、ディーラーになれた」
──そして、クロコダイルに出会えた。
この出会いは、あの日おもちゃ屋で見かけて、これをプレゼントに貰いたい、と思ったオルゴールよりも輝いていて、かけがえのないものだ。
私の言葉を聞いて、男は顔を上げる。その眉間にはまだ深い皺が寄っていて、悲しげな表情を作っていたが、私が微笑んでみせると、やっとその眉間の皺は少し数を減らした。まだ何か、心に引っ掛かるものがあるのだろうか。
「そうか──お前は今、幸せなんだな」
呟いた声はとても優しくて、彼の誠実さを感じさせた。眉間の皺は相変わらずだが、これが彼の普通の表情なのだろう。強面の顔に、葉巻。それに加えてこんなところまでクロコダイルに似なくても、と、私は思わず笑ってしまう。
「だが──Heaven's Bellでディーラーになれて幸せだってんなら、なんだってお前は、今ここにいるんだ?」
「そ、それは──」
それを説明するには、クロコダイルとの勝負の経緯を話さないといけないだろうか。捜索願が出されていないとはいえ、それを話すとクロコダイルの身に何か不都合があるのではないか。自分の意思でついてきたと言うにしろ、その根幹にある芽吹いたばかりの自分のこの気持ちを、ほぼ初対面の海兵に話すには気が引ける。私があれこれと思考を廻らせていると、突然私の視界を大きな影が遮った。
「それは、コイツが俺の女になったからだ──スモーカー君」
突然の言葉に驚いて立ち上がり、声のした方を振り返ると、クロコダイルが眉間にこれでもかという程皺を寄せて立っていた。
「ちょ……っ! クロコダイル?!」
「なかなか戻らないと思って見に来てみれば、堂々と他の男と逢引か? 良い度胸だな、ネーナ」
そう言うと、クロコダイルは私の腕をグイ、と引いて自分の背後へと追いやる。怒っているのかと思ってコートの裾を引っ張ると、クロコダイルは肩越しに心配するな、とでも言いたげな視線を投げて寄越した。
「スモーカー君──君が狙った獲物はとことん追い詰める猟犬のように執念深いことは聞いていたが、王下七武海に楯突こうとする愚か者だとは思わなかったな」
「ふざけろ。海賊は海賊だ──王下七武海だろうが、俺が海兵である限り、擦り寄ったりする事はねェよ」
2人の間に走る緊張感と、スモーカーという名前。この2つには覚えがあった。記憶を手繰り寄せ、漸く気付く。彼は船でクロコダイルの元を訪れた海兵ではないか。捜索願は取り下げられているのに、嘘の証言をしたことを取り繕おうとして、言うに事欠いて「俺の女」だなんて。これ以上、無暗に海兵に喧嘩を売る必要はない、と、私はさっきよりも強くクロコダイルのコートの裾を引っ張った。
「待ってクロコダイル! その人は私を連れ戻しに来たんじゃない!! 捜索願は、とっくに取り下げられてるんだから!」
「──何だと?」
「彼女の言う通りだ。ネーナのことは個人的に探してはいたが──俺は別件でここに来たんだ」
「別件?」
「なに、明日はおたくの店がオープンするんで、混乱が生じないために警備の海兵を増やしますから、どうぞご安心を──ってなことを伝えにきただけだ。管轄外の俺まで駆り出されて迷惑極まりないがな。まあ──」
そう言って、スモーカーさんはクロコダイルの背後に隠れていた私のことを見る。
「探し物が見つかったんで、運が良かったとも言える」
じゃあな、と言って去ろうとする背中には、あの頃にはまだなかった「正義」の2文字が誇らしげに掲げられている。私はクロコダイルの背後から飛び出し、その背中に呼び掛けた。
「スモーカーさん! 見つけてくれて、ありがとうございました!!」
振り返った彼の顔は驚きに彩られていた。恨まれることはあっても、感謝されるとは思っていなかったのだろう。スモーカーさんは指で頬をぽりぽりと掻くと、困ったように笑った。
「ソイツに愛想が尽きたら、いつでも海軍に来いよ」
