海兵と少女
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その日、レインベースはいつも以上に賑わっていた。
クロコダイルがオーナーのカジノ・レインディナーズのオープンを翌日に控え、街には様々な人達が溢れ返っていた。行儀良く遊んでくれそうな、貴族達。遊んで行く程の金はないのか、店の外観を写真に撮るだけの、物見遊山の観光客。ギャンブラー気取りのごろつき。柄の悪そうな連中もちらほら見掛けるのと同時に、街には海兵達の姿もいつもより多くあった。
(今日でこれなら、明日はもっとスゴいんだろうなぁ)
出掛けるからF-ワニの準備をしておけ、とクロコダイルに言われて、私はF-ワニに水と餌をやりに店の外に出ていた。すっかり私に懐いて、餌を手ずから食べてくれるようになったF-ワニは、とても可愛く思える。餌を貪る大きな口の横からちょいちょい、と鼻先を撫でてやると、目を細めてグルグルと喉を鳴らす姿が愛らしくて、私は餌をやり終えた後もしばらくそうして遊んでいた。
「そこのアンタ、ちょっと聞きてェんだが」
「──はい?」
ふと背後から声を掛けられて振り返ると、そこには1人の男が立っていた。強面で、葉巻を2本も咥えたその男は、私の顔を見ると目を丸くして驚いたような表情になる。なんだろう、と私が首を傾げると、男はこの街ではクロコダイルとロビンさんしか知らないその名で、私のことを呼んだ。
「──お前、Heaven's Bellのネーナだな?」
「──!?」
反射的に私は1歩後ずさって、隠していた銃嚢に手を掛ける。銃を抜こうとしたその瞬間、私の身体は「何か」に捕らえらえれて宙に浮いていた。
「ホワイト・アウト!」
「……くっ……!」
「落ち着け……! 俺は海兵だが、お前を連れ戻しに来たわけじゃない。話がある。逃げたりしないと約束してくれるか?」
海兵というのを聞いて、背中に冷や汗が伝う。だが、連れ戻しに来たのではないという言葉が表す通り、大人しくしていれば解放してくれるつもりらしく、私の身体を捕らえる「何か」──恐らく煙のようなもの──が締め付ける力は、それ程強くはない。私がこくん、と頷くと、男は私を地面に優しく下ろしてくれた。
私の身の危険を感じ取ったらしいF-ワニが、傍らで牙を剥き出しにしてグルルルルル……!と喉を鳴らしていた。私は息を整えると、大丈夫だから、と声を掛けながらその鼻頭を撫でてやる。安心したのか、F-ワニが大人しくなったのを見届けて、海兵は店を囲む堀の石塀にどっかりと腰を下ろした。私が動かずにじっとその様子を窺っていると、男は自分の隣を顎でしゃくってみせる。ここに座れ、ということなのだろう。私はおずおずと男に近付き、その隣にそっと腰掛けた。
私は恐れていた。
海兵を、ではない。クロコダイルに連れ出された身としては、自分が悪事を働いたわけではないのだから、捕まったりすることはないからだ。私が恐れていたこと。それは、クロコダイルが私を攫った罪で捕らえられてしまうことだった。
私が隣に座っても、葉巻をふかして黙ったままの海兵の横顔をそっと盗み見る。一見すれば、クロコダイルと同じかそれ以上に強面の男。だがその表情にはどこか困惑の色が見てとれた。私の正体に気付いていながら連れ戻しに来たのではないとすれば、一体何を話そうというのだろう? 私が黙ったままでいると、男はがしがしと頭を掻き毟った。
「あー、クソッ……何から話せばいいんだか……とりあえず、お前が何故ここにいるのかは後で聞かせてもらうが、連れ戻しに来たわけじゃねェってのは本当だ。お前に出されていた捜索願は、Heaven's Bellの現支配人が取り下げたからな」
「女将さんが……?」
そもそも私が行方を眩ませたとき、捜索願を出したのは捕まった元支配人だった。だが女将さんがそれをわざわざ取り消したというのは、私はHeaven's Bellにとって必要のない存在だったということなのだろうか。自分の意思で店を飛び出したくせに、私の胸には一抹の寂しさが過った。
「ああ。元の支配人が逮捕されたのは知っているな?」
「はい……ニュース・クーで見ました」
支配人と彼のしてきた行いを思い出して、私は顔を伏せる。この男は知っているのだ、私がどういう女だかを。彼の目に、私はどう映っているのだろう? 彼だけではない、クロコダイルの目にも。私の存在は、彼の綺麗な黄金色の瞳を汚してはいないだろうか。不意に不安になって、私は小さく肩を震わせた。そんな私の様子に気付いてか、男は申し訳なさそうに声を潜める。
「すまん、嫌なことを思い出させちまったな。これについては、お前に謝らないといけねェんだ──それで、俺はお前を個人的に探していた」
「……? 貴方に謝ってもらうことなんて、私、何も……」
「あるんだ、ネーナ」
突然、名前で呼ばれたのに驚いて男の方を見ると、彼もこちらをじっと見つめていた。その眼差しはあまりに真っ直ぐで、思わず気圧されそうになる。見れば、彼は吸っていた葉巻をぎゅうっと手で握り潰していた。火傷しますよ、と慌てて言おうとした私を遮って、彼は突然、その頭を深々と下げた。
「ちょ……っ!?」
「Heaven's Bellでお前を酷い目に遭わせてしまったのは俺の責任だ。大事な先輩──エドさんとライアさんの娘であるお前を」
「……! どうして両親の名前を……?!」
ふと、思い出す。雨の中、力なく横たわる両親。冷たくなった体。大声で泣いてその名を呼んでも、起きることはない。途方に暮れていたとき、現れた青年。強い葉巻の香り。真っ直ぐこちらを見つめる眼差し。それは見紛うことなく、今私を見つめているそれと同じだった。
*****
私の両親は海兵だった。小さい頃から2人は仕事が忙しくて、なかなか家族3人が揃うことはなく、私はよく基地の宿舎で1人留守番をしていたものだ。寂しくはあったが、市民の平和を守る両親の姿は、子供心に誇らしくもあった。
私の誕生日が近くなった、ある日。両親が任務のために基地を離れ、軍艦に乗ることになった。せっかくの誕生日にまで寂しい想いをさせたくない、と考えてくれた両親は、上官に頼み込んで、私も一緒に船に乗れるようにしてくれた。初めて見る大きな船、私をかっこいい敬礼と温かい笑顔で出迎えてくれた凛々しい海兵達の姿に、心が躍ったことを、今でもはっきりと覚えている。
誕生日当日。上官の計らいで、その日は島に停泊して休息を取るということになり、私達3人は親子水入らずで過ごす時間を貰った。
クロコダイルがオーナーのカジノ・レインディナーズのオープンを翌日に控え、街には様々な人達が溢れ返っていた。行儀良く遊んでくれそうな、貴族達。遊んで行く程の金はないのか、店の外観を写真に撮るだけの、物見遊山の観光客。ギャンブラー気取りのごろつき。柄の悪そうな連中もちらほら見掛けるのと同時に、街には海兵達の姿もいつもより多くあった。
(今日でこれなら、明日はもっとスゴいんだろうなぁ)
出掛けるからF-ワニの準備をしておけ、とクロコダイルに言われて、私はF-ワニに水と餌をやりに店の外に出ていた。すっかり私に懐いて、餌を手ずから食べてくれるようになったF-ワニは、とても可愛く思える。餌を貪る大きな口の横からちょいちょい、と鼻先を撫でてやると、目を細めてグルグルと喉を鳴らす姿が愛らしくて、私は餌をやり終えた後もしばらくそうして遊んでいた。
「そこのアンタ、ちょっと聞きてェんだが」
「──はい?」
ふと背後から声を掛けられて振り返ると、そこには1人の男が立っていた。強面で、葉巻を2本も咥えたその男は、私の顔を見ると目を丸くして驚いたような表情になる。なんだろう、と私が首を傾げると、男はこの街ではクロコダイルとロビンさんしか知らないその名で、私のことを呼んだ。
「──お前、Heaven's Bellのネーナだな?」
「──!?」
反射的に私は1歩後ずさって、隠していた銃嚢に手を掛ける。銃を抜こうとしたその瞬間、私の身体は「何か」に捕らえらえれて宙に浮いていた。
「ホワイト・アウト!」
「……くっ……!」
「落ち着け……! 俺は海兵だが、お前を連れ戻しに来たわけじゃない。話がある。逃げたりしないと約束してくれるか?」
海兵というのを聞いて、背中に冷や汗が伝う。だが、連れ戻しに来たのではないという言葉が表す通り、大人しくしていれば解放してくれるつもりらしく、私の身体を捕らえる「何か」──恐らく煙のようなもの──が締め付ける力は、それ程強くはない。私がこくん、と頷くと、男は私を地面に優しく下ろしてくれた。
私の身の危険を感じ取ったらしいF-ワニが、傍らで牙を剥き出しにしてグルルルルル……!と喉を鳴らしていた。私は息を整えると、大丈夫だから、と声を掛けながらその鼻頭を撫でてやる。安心したのか、F-ワニが大人しくなったのを見届けて、海兵は店を囲む堀の石塀にどっかりと腰を下ろした。私が動かずにじっとその様子を窺っていると、男は自分の隣を顎でしゃくってみせる。ここに座れ、ということなのだろう。私はおずおずと男に近付き、その隣にそっと腰掛けた。
私は恐れていた。
海兵を、ではない。クロコダイルに連れ出された身としては、自分が悪事を働いたわけではないのだから、捕まったりすることはないからだ。私が恐れていたこと。それは、クロコダイルが私を攫った罪で捕らえられてしまうことだった。
私が隣に座っても、葉巻をふかして黙ったままの海兵の横顔をそっと盗み見る。一見すれば、クロコダイルと同じかそれ以上に強面の男。だがその表情にはどこか困惑の色が見てとれた。私の正体に気付いていながら連れ戻しに来たのではないとすれば、一体何を話そうというのだろう? 私が黙ったままでいると、男はがしがしと頭を掻き毟った。
「あー、クソッ……何から話せばいいんだか……とりあえず、お前が何故ここにいるのかは後で聞かせてもらうが、連れ戻しに来たわけじゃねェってのは本当だ。お前に出されていた捜索願は、Heaven's Bellの現支配人が取り下げたからな」
「女将さんが……?」
そもそも私が行方を眩ませたとき、捜索願を出したのは捕まった元支配人だった。だが女将さんがそれをわざわざ取り消したというのは、私はHeaven's Bellにとって必要のない存在だったということなのだろうか。自分の意思で店を飛び出したくせに、私の胸には一抹の寂しさが過った。
「ああ。元の支配人が逮捕されたのは知っているな?」
「はい……ニュース・クーで見ました」
支配人と彼のしてきた行いを思い出して、私は顔を伏せる。この男は知っているのだ、私がどういう女だかを。彼の目に、私はどう映っているのだろう? 彼だけではない、クロコダイルの目にも。私の存在は、彼の綺麗な黄金色の瞳を汚してはいないだろうか。不意に不安になって、私は小さく肩を震わせた。そんな私の様子に気付いてか、男は申し訳なさそうに声を潜める。
「すまん、嫌なことを思い出させちまったな。これについては、お前に謝らないといけねェんだ──それで、俺はお前を個人的に探していた」
「……? 貴方に謝ってもらうことなんて、私、何も……」
「あるんだ、ネーナ」
突然、名前で呼ばれたのに驚いて男の方を見ると、彼もこちらをじっと見つめていた。その眼差しはあまりに真っ直ぐで、思わず気圧されそうになる。見れば、彼は吸っていた葉巻をぎゅうっと手で握り潰していた。火傷しますよ、と慌てて言おうとした私を遮って、彼は突然、その頭を深々と下げた。
「ちょ……っ!?」
「Heaven's Bellでお前を酷い目に遭わせてしまったのは俺の責任だ。大事な先輩──エドさんとライアさんの娘であるお前を」
「……! どうして両親の名前を……?!」
ふと、思い出す。雨の中、力なく横たわる両親。冷たくなった体。大声で泣いてその名を呼んでも、起きることはない。途方に暮れていたとき、現れた青年。強い葉巻の香り。真っ直ぐこちらを見つめる眼差し。それは見紛うことなく、今私を見つめているそれと同じだった。
*****
私の両親は海兵だった。小さい頃から2人は仕事が忙しくて、なかなか家族3人が揃うことはなく、私はよく基地の宿舎で1人留守番をしていたものだ。寂しくはあったが、市民の平和を守る両親の姿は、子供心に誇らしくもあった。
私の誕生日が近くなった、ある日。両親が任務のために基地を離れ、軍艦に乗ることになった。せっかくの誕生日にまで寂しい想いをさせたくない、と考えてくれた両親は、上官に頼み込んで、私も一緒に船に乗れるようにしてくれた。初めて見る大きな船、私をかっこいい敬礼と温かい笑顔で出迎えてくれた凛々しい海兵達の姿に、心が躍ったことを、今でもはっきりと覚えている。
誕生日当日。上官の計らいで、その日は島に停泊して休息を取るということになり、私達3人は親子水入らずで過ごす時間を貰った。