相対する2人
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普段の私は、ホールで圧倒的な強さを誇る。新人時代はカードの切り方もままならないような有様だったのだが、寮で隣同士の部屋だったかつての看板ディーラー・ステラが、その技術をみっちり叩き込んでくれたお蔭で、段々と勝てるようになっていった。ステラは出来の悪い私をとても可愛がってくれて、客のあしらい方やイカサマ──負けが込んで逆上した客から身を守る術まで教えてくれた。
職を選ぶ権利などない中で始めた生業だったが、ステラのおかげで上手く立ち回ることが出来るようになってからは、仕事が楽しくなってきた。楽しくなってきてからは、イカサマを使わなくても勝てるようになってきた。看板の名を受け継いだのはその頃だ。ステラは私の成長を見届けて華々しく引退し、今では寮で「女将さん」と呼ばれている。
今夜の客は、元々ディーラーとしてステラを指名してきたらしい。それが既に引退していることが分かり、私にお鉢が廻ってきたというわけだ。客が40代ぐらいだとそういうことが多い。
今では見る影もなくなってしまったが、ディーラー時代のステラはそりゃあ美しかった。その美貌はカジノ島内随一とされ、当時はスタイルも抜群。しなやかな細い指からボールが放たれるのを見た客は、その夜はルーレット台から離れられない──と言わしめた程だ。
容姿もディーラーとしての腕前も随一だったステラを想像しながら私に会った客は、皆一様に馬鹿にしたように鼻を鳴らす。自分で言うのもなんだが、顔立ちは整っている方だと思う。だがかつてのステラのような美女、というわけではなく、どちらかと言えば中性的で、少年と呼ぶ方がしっくり来るようなタイプだ。あの男の言う「自分でも勝てそう」、という雰囲気は、そこに起因するものでもあると思う。
だが私は、そんな客には容赦しない。初めは少し勝たせて喜ばせておいて、後で滅多斬りにする。その姿を見て初めて、客は理解する。「あぁ、確かにあの女の技を受け継いでいる」、と。
V.I.P.ルームは、勝ち負けはともかくとして、キャラヴェル船1隻程度の金を積めば使える。少し小金がある程度の成金相手なら、そうやって弄んでやっても支配人に文句は言われない。だが、「あの男」や今日の客はそうはいかない。
俄かに扉の外が騒がしくなり、客をホールまで出迎えにあがるよう、支配人が私を呼ぶ声がした。
港から店まで続く石畳には、レッドカーペットが敷かれている。
店内中のディーラー達がゲームの手を止め、ウェルカムフロアとホールを隔てる扉に向かって姿勢を正す。
客達も、今夜あの女と勝負をするのは誰なのかと、一斉に視線を扉に注ぐ。
ピン──と、空気が張り詰める音がした。扉はまだ開いてもいないというのに、「彼」がそこに来たことがすぐに感じ取れた。圧倒的な存在感と緊張感に、私は身震いする。
ガゴォン、と鈍い音がして、ドアボーイがゆっくりと扉を開いた。開き切った瞬間、男性客からは歓声、女性客からは嬌声が上がる。地鳴りのようなどよめきの中、私は臆することなく「彼」の眼を見据えて、その圧に気圧されないように、腹の奥から声を発した。
「お待ちしておりました。ようこそ、Heaven's Bellへ──サー・クロコダイル様」
恭しく一礼するディーラー達と、“王下七武海”の登場に沸く、ホールの客達。そんな中にあって眉一つ動かさなかった男が、看板ディーラーからの歓迎を受けて、ようやく口角を上げて笑った。
「クハハ……流石にあの女の後継者だけあるな。胆が据わっていやがる」
笑い声を聞いた瞬間、反射的に「あぁ、この男も私を愚弄するのか」と思った。だが彼が笑った理由が、自分とステラとを比べて馬鹿にするものではなかったことに、私は些か驚いた。一見しただけでステラと同列に見てもらえたことが嬉しくて、頬が紅潮するのが鏡を見なくても分かる。
「フン……外野が煩くてしょうがねェ。部屋に案内してもらえるか、お嬢ちゃん」
「し、失礼致しました。こちらへどうぞ」
ほんの少しだが、声が震えた。出迎えたときには落ち着いたものだったのに、その後の彼の態度一つで動揺し、案内が遅れてしまったことを恥ずかしく思う。ホールを横切り、V.I.P.ルームへと先導しながら、私は右斜め後ろを歩くホール中の視線を捉えて離さない今日の客の様子を、チラと横目で窺った。
一分の乱れもなく撫でつけられた、艶やかな黒髪。妖しく揺らめく琥珀色の瞳。顔を一文字に横切る、生々しい傷痕。右耳にだけ着けられた金のピアス。鼻腔を擽る、強い葉巻の香り。均整のとれた体躯を包み込む上等なパラダイス・グリーンのファーコートは、色味が少し異なるオレンジで統一されたシャツとベストに良く似合う。右手には大きな石付きの指輪が、左手には一振りで喉笛を掻き切れそうな鋭い鉤爪が嵌められている。首元に巻かれたメヌエットのアスコットタイは、きっと滑らかな触り心地なのだろう。オフブラックのパンツと丁寧に磨き上げられた金の装飾入りの革靴は、その主の長い脚をより一層際立たせる。まるで隙といったもののない、完璧な出立であった。
(王下七武海も、「アイツ」みたいな奴らばかりじゃないんだ……)
私の口元から思わず零れた笑みを、クロコダイルは見逃さなかった。
「……? 何が可笑しい」
「いえ──先程から、女性のお客さま方の視線が刺さって痛いもので」
本当のことだ。歩き出したときから、背中にビシビシと嫉妬と羨望の眼差しを感じている。クロコダイルが小さくクハハ、と笑い、ちょうど部屋の前に辿り着いた。待ち構えていたドアボーイが扉を開ける。そのとき、クロコダイルの左手の鉤爪が、私の肩を捕らえた。同時に、ホール中の女性客達の間から、悲鳴が上がる。
「クハハハハ……これで扉を閉めたら、女共はゲームどころじゃなくなるだろうな?」
「──ええ。皆様気もそぞろで、今夜は私共が大勝させていただけるかもしれませんね」
私はニッコリと笑ってみせると、ドアボーイを促して扉を閉めさせた。
「改めまして、本日お相手を務めさせていただきます、ネーナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
ポーカーテーブルに立ち、私は改めて挨拶をする。目の前の海賊──とてもそうは見えないのだが──は、指輪で彩られた右手で左手の鉤爪を軽く叩き、小さく金属音を鳴らす。彼なりの拍手、なのだろう。
「V.I.P.ルーム内は喫煙も可能です。シガーカッターをご用意致しましょうか?」
「いいや、自分の物があるから構わんが──何故葉巻だと?」
「香りが違いましたから。この部屋にいらっしゃるお客様でも、葉巻を嗜まれる方は滅多にはおりませんので」
「クハハ、そうだったか」
