英雄と王
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綺麗に整頓された机に、革張りのソファ。足元に敷かれた絨毯は、靴で踏んでも足裏にその柔らかい感触を感じられる程だ。ロングサイズのキングベッドの上には、見慣れたコートが無造作に放り投げられている。
「──ここって、クロコダイルの部屋じゃ……?」
「ああ、そうだが?」
「まさか、一緒の部屋を使え、と?」
「そうだ。不服か?」
事も無げに言ってのける彼に、こちらもつい、ふーんそっかー、と流してしまいそうになるが、私は慌てて頭を振った。
「いやいやいや! 不服とかじゃなくて、普通にダメでしょ!!」
「ほう、何がダメなんだ? 具体的に言ってみろ」
「何が、って……」
無意識に、視線がベッドを捉える。途端に私の顔が赤くなるのを、目敏い海賊は見逃さなかった。
「成程。思わず赤面してしまうような事を期待している、というわけか」
「違……っ!」
反論しようとする私を尻目に、クロコダイルはすたすたと部屋に入っていく。ベッドサイドに立ち、ちょいちょい、と私に手招きをしてみせる彼に、私は警戒心を露にした視線を送る。いいから早く来い、と言われておずおずと近付いていくと、そこにはキングベッドの影に隠れて、小さな──私には充分なサイズだが──エキストラベッドが置かれていた。気まずさにまた顔を赤らめる私を見て、クロコダイルがクハハ、と小さく笑う。
「残念ながら、お前はこっちだ。これでも嫌なら、この先の書庫か、倉庫で暮らしてもらうことになるが──」
「喜んでこちらにお邪魔させていただきます」
即答した私を見て、クロコダイルがまた笑う。同時に、いつの間にやら私達2人の様子を見に来ていたらしいロビンさんが、部屋の入口からこちらを見ながらクスクスと笑う。2人に笑われていながら、不思議と不快な気持ちにはならなかった。私はこの地下特有のひんやりした空気の部屋で、何か温かいものを、胸に感じ始めていた。
「ミス・オールサンデー」
「なぁに? ボス」
「予定変更だ。今夜の会食にはネーナと出掛ける」
「あらそう、分かったわ。じゃあ私は、副支配人と打ち合わせをしておくわね」
「ああ」
会食?と会話についていけない私を放置して、2人の間でトントン拍子に話が纏まっていく。ぽかんとしている私に、よろしくね、とだけ声を掛けて、ロビンさんは部屋から立ち去って行った。
「さて……準備するぞ」
「いやいや、その前に会食って何」
思わずビシリとツッコミを入れてしまう。クロコダイルは驚いたように目を見開くと、壁際の本棚から1冊の分厚い本を取り出した。
「『かいしょく【会食】〔名・自サ変〕集まって一緒に食事をすること』だ。そんなことも知らないのか?」
「そうじゃなくて! どこで誰との会食なのかって聞いてるの!!」
絶対わざとだ、と、私はクロコダイルを睨む。だが本人はいたって真剣だったようで、ああ、と今気付いたかのような顔をしてみせたかと思うと、口の端を上げてニヤリと笑った。
「さァな……行けば分かる」
「えええ……」
その笑みが意味するところを図りかねて、私は不安になる。不安の元凶はというと、広いウォークインクローゼットに入って何やらごそごそしている。何をしているのかと背後に回ると、ばふっと布製の何かが私の視線を覆った。
「それに着替えろ」
もぞもぞと視線を覆い隠すそれを引き剥がす。その正体は、薄紫色のゆったりとしたワンピースだった。同じ色の大きなスカーフもある。
「そんな格好で会食には連れて行けないからな。この国の伝統装束だ、ガラビアという。それで問題ないだろう」
クロコダイルの言葉で、その会食の場が格式ばったところなのであろうことが窺える。私自身、この格好でまた外を出歩くのはさすがに恥ずかしかったので、渡りに船、とばかりに頷く。深緑色の服を手に出てきたクロコダイルと入れ替わりに、私はクローゼットへと潜り込む。一応、覗かないでね、と声を掛けて、私は服を着替えた。
慣れない格好から早く着替えてしまいたかった私は、これまた慣れないけれど、露出が抑えられている分心穏やかでいられる伝統装束のワンピースに着替え終わって、クローゼットから抜け出る。スカーフだけ着け方が分からなかったので、教えて、とクロコダイルに声を掛けようとして、私は息を飲んだ。
深緑色をした貫頭衣仕立ての服を着て、頭に同じ色のスカーフをゆったりと巻いたクロコダイルが、私の気配に気付いて振り返る。シンプルなその出で立ちは、今までの装いとは打って変わって、彼自身の美しさを引き立てていた。その姿はまるで──
「王様みたい……」
思わず口をついて出た私の言葉を聞いて、クロコダイルは目を見張る。何かまずいことを言っただろうか、と不安になった私に彼は歩み寄り、ぼそりと呟いた。
「お前には──未来が見えているのか……?」
「え? それって、どういう──」
聞き返そうとした私の手からスカーフが奪われ、また視界がそれで遮られる。ちょっと、と抗議の声をあげる前に、クロコダイルの手はそれを器用に私の頭に巻き付けた。
「わ」
「こうやって着るんだ。覚えておけ」
鏡に映った自分の姿を見ながら、そういえば、街中でこれと同じ格好をした人をよく見かけたな、と思い返す。なんだか自分もこの国の一員になれたような気がして、私は少し嬉しくなった。
「何をニヤニヤしている。行くぞ」
「……うんっ!」
どこに連れて行かれるのかは分からないままだったが、私は少し機嫌を良くして、先に部屋を出たクロコダイルの背中を追った。
行先を告げられないまま、クロコダイルと2人、砂漠でF-ワニの背に揺られてどれ位の時間が経っただろうか。陽はとっくに暮れ、空には月がその姿を現している。月明かりに照らされたクロコダイルの横顔の美しさに、私は何度となく息を呑んだ。
(まったく、どこに連れて行かれるっていうんだろう……?)
ふと気付くと、遠くF-ワニの進む先に大きな建物が見えてきていた。あれが目的地なのだろうか、と、私は目を凝らす。カジノの煌びやかなネオンとは異なり、どこか柔らかい明かりに照らされて見えてきたその姿は、どこかで見覚えがあった。
「あれが、今日の会食の会場なの?」
「ああ、そうだ」
「なんか、アレに似てる。昔読んだ、砂漠の国が舞台の絵本に出てきた、王宮」
「ほう、よく分かったじゃないか」
え、と思った頃には、ちょうどその建物の全容が明らかになっていた。
