憂える向日葵
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返事を聞いて満足したのか、クロコダイルは一方的に受話器を置いて会話を終わらせる。ついさっきまで女性の存在にやきもきしていた私だったが、ミス・オールサンデーには同情を禁じ得なかった。
電話を終えると、クロコダイルは葉巻に火を点け、椅子に腰掛けて本を読み始めた。私はベッドからその横顔を眺める。ミス・オールサンデーって誰なの? その短い一言は、喉に張り付いたまま、出てきてはくれなかった。
「ミス・オールサンデーは」
「!」
思いがけずクロコダイルの口からその名が出てきて、私は驚いた。黙って頷くと、クロコダイルは先を続ける。
「俺のカジノの支配人だ。お前とも仕事をするようになる。会ったら挨拶しておけ」
「……そうなんだ。分かった」
それだけ?と聞きたい気持ちを抑え込んで、私は再び頷く。自分のカジノで支配人を任せるということは、彼女のことを信頼はしているのだろう。そこにある感情は信頼だけなのか、知りたいけれど、聞く勇気は私にはなかった。
「ミス・オールサンデーって、どんな人?」
漸く絞り出した言葉は本当に聞きたいことではなく、そうは言っても興味はあることだった。クロコダイルはちら、とこちらを一瞥すると、本をパタリと閉じて葉巻をふかした。
「そうだな……掴めねェ女だ。何を考えているか分からなくて、いけ好かねェ」
「そうなの? 支配人を任せてるぐらいだから、親しいものかと……」
「親しい? クハハ……笑わせるな。アイツは俺の寝首を掻きかねん女だぞ? 仕事が出来るから側に置いている──ただそれだけだ」
ちくり、と、胸の奥に針で刺されたような痛みが走る。私も同じように思われているのだろうな、と思う。それでもいいと決めたはずなのに、いちいち傷付く自分の心の弱さが恨めしい。そんなことを考えているうちに、会話も止まる。クロコダイルはまた本を開き、黙々と読書に勤しんでいる。こんな風に会話もままならないんじゃ、「特別」になんてなれっこない──。
「──よし、決めたぞ」
「──?」
突然、クロコダイルが声をあげる。さっきまでの電話とは打って変わってどこか弾んだ調子を感じさせるその声は、私に向かって投げ掛けられた。
「今日からお前は、『ミス・アニヴェルセル』だ」
「ミス・アニ……え?」
「『ミス・アニヴェルセル』、だ。言ってみろ」
「ミス・アニヴェルセル……?」
急に彼が何を言い出したのかが分からなくて、私はぽかん、とする。しかし彼は満足そうに頷くと、突然の言葉の意味を教えてくれた。
「これを見ろ」
「ニュース・クーがどうかしたの? ……!」
ニュース・クーは、4つの海と“
【“
あの海兵──スモーカーが動いたのだろうか。その記事には、支配人のこれまでの行いと、新しい支配人が女将さんになったこと、そして事件が発覚するきっかけとなった失踪したディーラーとして、私の名前と顔写真が載っていた。
「アラバスタにお前を知る者はいないとはいえ、カジノのディーラーでネーナと言やァ、ギャンブラーを名乗るような連中の中にはピンとくる奴もいるかもしれねェ。だが手配書のように写真が配られるわけでもなし、顔はすぐに忘れられていくだろう。ひとまず、偽名だけ名乗っておけ」
「──分かった」
居場所も、名前も捨てた。寂しくないわけがない。けれど、新しい居場所と名前を、今共にいる男に貰った。寂しさは消えることはないが、覆い隠すことならできる。私を向日葵に例えたその人のためにも、私は笑顔でいなければならない。そう思った。
「さて──そろそろ着く頃合か」
もうすぐ昼に差し掛かろうかという頃。クロコダイルは椅子から立ち上がり、クローゼットからコートを引っ張り出して言った。ベッドの縁に腰掛けていた私も、一緒になって立ち上がる。
「いや、お前は──ここだ」
そう言うと、クロコダイルはテーブルクロスを捲った。テーブルの下に入れ、ということなのだろうか。
「お前を連れては降りられねェ。また連れに戻る。それまでここに身を潜めていろ」
「──分かった」
船に乗るときもこんな会話をしたな、と思いながら、私はテーブル下に潜り込んで膝を抱えて座る。クロコダイルはそんな私の姿を見て、いい子だ、と笑ってテーブルクロスを下ろした。
ゴォン、と鈍い振動があったかと思うと、ほぼ同時に船室のドアがノックされる。船の到着を告げに、海兵がやって来たのだろう。私は反射的に息を殺す。ドアを開ける音に続いて、若い海兵の声が聞こえてきた。
「サー・クロコダイル様! 只今本艦は、アラバスタ王国・ナノハナ港へと帰着いたしました!」
「あぁ、ご苦労」
ドアが閉まり、2人分の足音が遠ざかっていく。やがて、主のいなくなった船室は静寂に包まれた。クロコダイルがどういう手筈で迎えに来てくれるのかは打ち合わせなかったが、信じて待つより他はない。私は無意識のうちに、より一層体を縮こまらせた。
少しの後、ギィ、とドアの開く音がした。次いで聞こえてきた呑気な口笛の音に、私の体は強張る。
「おっ、綺麗じゃないか。クロコダイル様は部屋をいつも綺麗に使ってくれるから、ありがたいなぁ」
どうやら、船室の掃除に来たらしい。足音が近付いてきたかと思うと、近くでバサバサと布を翻すような音がした。
「シーツと枕カバー、あとはテーブルクロス、と……」
ぎくり、と心臓が跳ねた。このままでは見つかってしまう。私が見つかってしまったら、クロコダイルはどうなる? スモーカーも話していたが、恐らく私を連れ去った罪で、王下七武海の権利は剥奪されるだろう。勿論それだけには止まらず、海軍に捕まってしまうかもしれない。
(そんなの嫌だよ、クロコダイル……!)
私は懐の銃にそっと手を掛け、すぐにでも立ち上がれるように、少し腰を浮かせた。
──その時だ。船の側面を巨人が殴ったかのような衝撃が、艦全体を揺るがした。俄に海兵達の動きが慌ただしくなる。
「なんだ?! 敵襲か?!」
