相対する2人
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遠くで私を呼ぶ声がする。
誰? ──ううん、誰だっていい。どうかここから私を攫って。この狭くて息苦しい世界から、私を連れ去って──
「ネーナ! いい加減起きな!!」
古いが頑丈な造りの木製のドアをガツガツと鳴らしていたドアノッカーの音はいつの間にか止み、ベッドサイドには鍵束と箒を持って仁王立ちした女将さんと、最近隣の部屋に入ってきた新人の少女が、女将さんの横に大きな体に隠れるようにして立っていた。
「ふあぁ……アンタ、起こしに来てくれたの? ありがと」
1つ大きな欠伸をして上体を起こし、少女に微笑みかけると、睡眠を邪魔立てして叱られるのではないかと危惧していたらしい、暗く淀んだその表情は、目に見えてパッと明るくなる。少女は一礼して、パタパタと小走りに部屋を出ていった。
「支配人にどやされる前に来てやったってのに、あたしにゃ礼もなしかい?」
「まさか。いつもありがと、女将さん」
ふん、と鼻を鳴らして、女将さんはてきぱきと窓を開け、どきな、と言うと容赦なく広すぎるベッドからシーツを剥がし始めた。ベッドから投げ出された私はうわ、と声を上げる。その身体はあられもなく一糸纏わぬ姿だったのだが、女将さんは気にも留めない。私はもう一眠りするのを諦めて、大人しく洗面所で顔を洗い、化粧を済ませるとクローゼットを開けた。
「今夜もV.I.Pのおでましだーっつって、支配人ったら朝から張り切ってるよ。全く、暑苦しいったらありゃしない」
「まぁ、昨日今日だけで3ヶ月分ぐらいの売上にはなるだろうからねぇ」
下着をつけ、パリッと糊の効いたブラウスに袖を通す。女将さんが毎日洗い立てを用意してくれるので、それを着るだけで眠気が醒めて、気持ちが引き締まる思いがする。続いて細身の黒のパンツを穿き、同じく黒のベストを羽織る。鏡を見ながらタイを結び、手首にカフスを着けたなら、準備は万端だ。
「ふん、今日もきまってるじゃないか」
「まぁ、こんなんでも一応うちの看板なもんで」
はん、と背後で笑う声。私はルームシューズを脱いで仕事用の革靴に履き変えると、行ってきまぁすと間の抜けた声を女将さんに掛け、振り返らずに部屋を出た。
“南の海 ”に小さいながらもいくつも浮かぶ享楽の島、カジノ島。私はその中で最も歴史ある店、「Heaven's Bell」の看板ディーラーとして店を背負って立つ人間だ。一度私が店に立てば、そこは酒場より決闘場より熱気を帯びる。
──「自分でも勝てそう」、そう思わせる雰囲気を、お前は持ってるよ。
いつだったか、「あの男」に言われたことがある。ディーラーとして喜んでいいのか悪いのか、よく分からずに曖昧に笑うと、男は続けた。
──だが、勝てねェ。お前はそれを当たり前のように振る舞う。それを見て、客は思うんだ。「この女が負ける様を見てみたい」、ってな。
スカした女の乱れる姿が見たくて口説くのと一緒だ、と男は笑う。反応に困っていると、男はその長い指を私の顎に這わせ、おもむろに唇を塞いだ。
──まぁ……俺はそのどちらをも、知ってるわけだがな?
殆ど顔を離さないままそう言って笑う男の鼻先を見つめながら、私はそうね、と小さく頷く。そのまま大人しく組み敷かれながら、私は思った。
(まぁ……V.I.P.だから勝たせてやらないと、って、サービスしてるだけなんだけどねぇ……)
もう何度目かになる回想。そして毎回、こう思って溜息を吐く。
(それで気分良くなってもらえてるみたいだからいいけど、自分が強いって勘違いしてる様は、なんていうか……)
ハタ、と気付く。前回までの回想で自分が抱いていた思いとは、この先に続く言葉が変わっていることに。
(……「可愛い」って、なんだ……)
以前は滑稽に思っていたはずだ。ポーカーテーブルにふんぞり返り、取り巻きを数人連れて「サービス」という名の勝負に興じ、私が負けてやっては取り巻き達に流石だなんだとちやほやされていた、あの男を。それが──
(まぁ、あんな姿、見せられちゃなぁ……)
いけ好かない男だけど、少々絆されちゃってもしょうがないよね……? と自分に言い訳をしながら、私は昨夜の男の姿を思い返していた。
*****
昨夜、男は珍しく1人で店に来た。
いつものように一頻りポーカーを楽しんだ後、いつものように私の部屋を訪れ、いつものようにウィスキーを用意しようとする私を、いつものように邪魔して背後から抱き締めた──
──と思ったら、いつもその後は乱暴に唇を塞がれる段なのだが、昨夜の男は私の肩に顔を埋め、黙りこくった。いつもとは違うその様子に、私が身動ぎも出来ずにいると、肩に一筋、温かいものが伝うのが分かった。
「──どうしたの?」
私の問い掛けには答えず、男はただギュ、と私の体を抱き留める腕に力を込める。私はそんな男の腕にそっと手を添えると、気が済むまでそうさせておいてやろうと、もう一方の手に持ったままだったウィスキーボトルを置いた。
しばらくそうしていて男は満足したのか、フーッと長く息を吐くと、気を取り直すかのように天を仰いで笑った。その後はいつも通り。最初は笑いながら、そのうち時折切なそうに顔を歪ませ、最後には切羽詰ったように息を吐く。そして私が眠りにつくかつかないかのうちに窓から出ていく──はずだったのだが。
(昨夜はずっと──頭、撫でてくれてたのかな……)
覚えているのは眠りにつくまで。だが、目覚めたときにはまだシーツに男の体温が残っていた。いつもとは明らかに違った昨夜の男の様子を思い返し、何故だか体の奥が熱くなる。
「こら、ネーナ! 何を呆けてるんだ!! 開店まで時間がないんだぞ!? さっさと掃除を終わらせて持ち場につけ!」
いけない、ボーッとしてた。支配人に怒鳴られて、我に還る。
開店前の掃除には、看板ディーラーだろうが関係なく駆り出される。女将さんの言っていた通り、支配人は二夜連続のV.I.P.のご来店に張り切っているらしく、他のディーラー達にも檄と唾が飛ぶ。私は今日の自分の持ち場であるV.I.P.ルームの大きく重い扉を、脚立を使って上から下までしっかり磨きあげ、その艶に満足したところで部屋に入った。
V.I.P.ルームは、宝樹アダム製の重厚な扉とは裏腹に、部屋自体はそこまで広くない。だがその室内は、ポーカーテーブルやルーレット、スロットマシン等──全てのカジノゲームが楽しめるようになっている。そこで1人の客と1人のディーラーが、一夜の夢に興じるのだ。
誰? ──ううん、誰だっていい。どうかここから私を攫って。この狭くて息苦しい世界から、私を連れ去って──
「ネーナ! いい加減起きな!!」
古いが頑丈な造りの木製のドアをガツガツと鳴らしていたドアノッカーの音はいつの間にか止み、ベッドサイドには鍵束と箒を持って仁王立ちした女将さんと、最近隣の部屋に入ってきた新人の少女が、女将さんの横に大きな体に隠れるようにして立っていた。
「ふあぁ……アンタ、起こしに来てくれたの? ありがと」
1つ大きな欠伸をして上体を起こし、少女に微笑みかけると、睡眠を邪魔立てして叱られるのではないかと危惧していたらしい、暗く淀んだその表情は、目に見えてパッと明るくなる。少女は一礼して、パタパタと小走りに部屋を出ていった。
「支配人にどやされる前に来てやったってのに、あたしにゃ礼もなしかい?」
「まさか。いつもありがと、女将さん」
ふん、と鼻を鳴らして、女将さんはてきぱきと窓を開け、どきな、と言うと容赦なく広すぎるベッドからシーツを剥がし始めた。ベッドから投げ出された私はうわ、と声を上げる。その身体はあられもなく一糸纏わぬ姿だったのだが、女将さんは気にも留めない。私はもう一眠りするのを諦めて、大人しく洗面所で顔を洗い、化粧を済ませるとクローゼットを開けた。
「今夜もV.I.Pのおでましだーっつって、支配人ったら朝から張り切ってるよ。全く、暑苦しいったらありゃしない」
「まぁ、昨日今日だけで3ヶ月分ぐらいの売上にはなるだろうからねぇ」
下着をつけ、パリッと糊の効いたブラウスに袖を通す。女将さんが毎日洗い立てを用意してくれるので、それを着るだけで眠気が醒めて、気持ちが引き締まる思いがする。続いて細身の黒のパンツを穿き、同じく黒のベストを羽織る。鏡を見ながらタイを結び、手首にカフスを着けたなら、準備は万端だ。
「ふん、今日もきまってるじゃないか」
「まぁ、こんなんでも一応うちの看板なもんで」
はん、と背後で笑う声。私はルームシューズを脱いで仕事用の革靴に履き変えると、行ってきまぁすと間の抜けた声を女将さんに掛け、振り返らずに部屋を出た。
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──「自分でも勝てそう」、そう思わせる雰囲気を、お前は持ってるよ。
いつだったか、「あの男」に言われたことがある。ディーラーとして喜んでいいのか悪いのか、よく分からずに曖昧に笑うと、男は続けた。
──だが、勝てねェ。お前はそれを当たり前のように振る舞う。それを見て、客は思うんだ。「この女が負ける様を見てみたい」、ってな。
スカした女の乱れる姿が見たくて口説くのと一緒だ、と男は笑う。反応に困っていると、男はその長い指を私の顎に這わせ、おもむろに唇を塞いだ。
──まぁ……俺はそのどちらをも、知ってるわけだがな?
殆ど顔を離さないままそう言って笑う男の鼻先を見つめながら、私はそうね、と小さく頷く。そのまま大人しく組み敷かれながら、私は思った。
(まぁ……V.I.P.だから勝たせてやらないと、って、サービスしてるだけなんだけどねぇ……)
もう何度目かになる回想。そして毎回、こう思って溜息を吐く。
(それで気分良くなってもらえてるみたいだからいいけど、自分が強いって勘違いしてる様は、なんていうか……)
ハタ、と気付く。前回までの回想で自分が抱いていた思いとは、この先に続く言葉が変わっていることに。
(……「可愛い」って、なんだ……)
以前は滑稽に思っていたはずだ。ポーカーテーブルにふんぞり返り、取り巻きを数人連れて「サービス」という名の勝負に興じ、私が負けてやっては取り巻き達に流石だなんだとちやほやされていた、あの男を。それが──
(まぁ、あんな姿、見せられちゃなぁ……)
いけ好かない男だけど、少々絆されちゃってもしょうがないよね……? と自分に言い訳をしながら、私は昨夜の男の姿を思い返していた。
*****
昨夜、男は珍しく1人で店に来た。
いつものように一頻りポーカーを楽しんだ後、いつものように私の部屋を訪れ、いつものようにウィスキーを用意しようとする私を、いつものように邪魔して背後から抱き締めた──
──と思ったら、いつもその後は乱暴に唇を塞がれる段なのだが、昨夜の男は私の肩に顔を埋め、黙りこくった。いつもとは違うその様子に、私が身動ぎも出来ずにいると、肩に一筋、温かいものが伝うのが分かった。
「──どうしたの?」
私の問い掛けには答えず、男はただギュ、と私の体を抱き留める腕に力を込める。私はそんな男の腕にそっと手を添えると、気が済むまでそうさせておいてやろうと、もう一方の手に持ったままだったウィスキーボトルを置いた。
しばらくそうしていて男は満足したのか、フーッと長く息を吐くと、気を取り直すかのように天を仰いで笑った。その後はいつも通り。最初は笑いながら、そのうち時折切なそうに顔を歪ませ、最後には切羽詰ったように息を吐く。そして私が眠りにつくかつかないかのうちに窓から出ていく──はずだったのだが。
(昨夜はずっと──頭、撫でてくれてたのかな……)
覚えているのは眠りにつくまで。だが、目覚めたときにはまだシーツに男の体温が残っていた。いつもとは明らかに違った昨夜の男の様子を思い返し、何故だか体の奥が熱くなる。
「こら、ネーナ! 何を呆けてるんだ!! 開店まで時間がないんだぞ!? さっさと掃除を終わらせて持ち場につけ!」
いけない、ボーッとしてた。支配人に怒鳴られて、我に還る。
開店前の掃除には、看板ディーラーだろうが関係なく駆り出される。女将さんの言っていた通り、支配人は二夜連続のV.I.P.のご来店に張り切っているらしく、他のディーラー達にも檄と唾が飛ぶ。私は今日の自分の持ち場であるV.I.P.ルームの大きく重い扉を、脚立を使って上から下までしっかり磨きあげ、その艶に満足したところで部屋に入った。
V.I.P.ルームは、宝樹アダム製の重厚な扉とは裏腹に、部屋自体はそこまで広くない。だがその室内は、ポーカーテーブルやルーレット、スロットマシン等──全てのカジノゲームが楽しめるようになっている。そこで1人の客と1人のディーラーが、一夜の夢に興じるのだ。
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