North Star

 「よーい、ドン!」
 壮年の教師の大きな声を合図に一斉に走り出す子どもたち。その中に大和はいた。短い手足を懸命に振って力強く地面を蹴る。野球をする時に履くスパイクに比べて足裏が平らな運動靴はグラウンドの細かな砂利に滑るようでもどかしい。小学六年生の平均的な身長に届かない大和は自分より背の高い同級生に囲まれ、トップとの差は開く一方だ。大和の右足が白線を踏む。小さく一つため息をついた。
 「大和、カード」
 ペアの生徒がストップウォッチ片手に大和にA4サイズの厚紙を差し出す。厚紙には記録用紙が貼り付けられており、たった今走った50メートル走のタイムが記録されている。
 「おん、ありがとう」
 大和はカードを受け取り記録を確認した。
 9.5秒。
 去年より確実に速くなった。しかし小学六年生の平均には到底届かない。運動において身長というのは非常に重要だ。大和の身長と同年代男子の平均身長との差が50メートル走のタイムに大きな影響を与えていると言ってしまえばそこまでだった。しかし、身長が伸びれば自然と足も速くなると楽観視は出来ない。野球選手にとって足の速さは大切だ。いくら球を打てても塁に届かなければ得点に繋がらないのだから。このまま身長が伸びなかったらどうしようと、少し憂鬱な気持ちになる。
 大和と入れ替わりでスタートライン側の列に加わったペアのタイムを測るために順番が来るのをぼんやりと待っていた大和の脳内に浮かんだのは、最近メールのやり取りをするようになった綾瀬川の姿だった。リトルの交流試合の時に見た綾瀬川はシニアの先輩たちにも負けない背の高さで、手足は殊更すらりと長かった。
 (綾瀬川くんの学校は、もう新体力テストやったんかなぁ)
 初めて存在を知った時から"新"なので、いつから新でいつまで新なのだろうと思わないでも無いが、全国の学生にお馴染みのテストは遠く離れた関東の学校でも同様に行われるはずだ。
 (家に帰ったらメールで聞いてみよう)
 少し気持ちが上昇した大和は、列の先頭に来たペアに気付き、慌ててストップウォッチを手にゴールラインの横に陣取った。
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