短編
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ミシンの規則正しい駆動音が静かな空間に一定のリズムを刻んでいる。
三ツ谷は手元の生地から目を離さないまま、迷いのない手つきでミシンを動かす。その横でななしは仕上がったばかりの型紙を丁寧に畳んでいる。
「三ツ谷、こっちの端の処理、これで合ってる?」
ななしが差し出した布地を三ツ谷はミシンの動きを止めて覗き込んだ。わずかに近づいた距離から、微かに熱を帯びた空気が伝わる。
「どれ? あー、綺麗に縫えてんじゃん。でもここ、もうひと針内側攻めると、裏返したとき形がパキッとするぜ」
「本当だ。なんか、ちょっと丸くなっちゃうなと思ってた」
「感覚で覚えていくしかねぇからな、こういうのは。ほら、貸してみ」
三ツ谷はななしの手から自然に布を引くと、自分のミシンの押さえ金の下に滑り込ませた。迷いのない手つきで針を落とし、一瞬で直線を縫い上げる。その横顔をななしは無意識に見つめていた。
「よし、これで完璧。やってみ?」
「うん、ありがとう」
受け取る際、指先がわずかに触れ合った。
ほんの一瞬だったが、互いに視線を落とすタイミングが重なる。三ツ谷は小さく鼻で笑うと自身の作業に戻るために椅子を引き直した。
「ななしさ、最近手際良くなったよな。最初の頃なんて、針に糸通すだけで日が暮れそうだったのに」
「それは言い過ぎ。でも、三ツ谷の教え方がいいのは認める」
「調子いいこと言うね。じゃあ、次の課題はこれな」
手渡されたのは少し厚手のデニム生地だった。重なる部分の処理が難しそうな代物を見て、ななしは少しだけ眉を寄せる。
「うわ、難易度上げてきた」
「お前ならできると思って。嫌か?」
悪戯っぽく笑う三ツ谷の視線を受け、ななしは首を振った。
「ううん、やる。置いていかれたくないし」
「置いてかねぇよ」
作業に戻りながら、三ツ谷がボソリと呟いた。
窓の外ではオレンジ色から深い紫へと空の色が移り変わり始めていた。
作業に没頭するあまり、二人の間の会話は一時的に途切れていたが気まずさは一切ない。むしろ互いの存在を確認し合うような、静かで濃密な時間が流れていた。
「……三ツ谷、ちょっと休憩しない?」
ななしがハサミを置くと、三ツ谷も背中を伸ばして首の骨を軽く鳴らした。
「そうだな。もうこんな時間か」
三ツ谷はポケットから小さな飴の包みを二つ取り出し、一つをななしに向かって軽く投げた。綺麗な放物線を描いたそれを、ななしは両手で受け止める。
「ありがとう。三ツ谷っていつも何か持ってるよね」
「ルナとマナにせがまれるからな。それに、甘いもん食うと頭回るだろ」
包みを開けて口に含むと、甘酸っぱい味が広がった。三ツ谷も自分の分の飴を口に放り込み、窓枠に軽く腰を掛ける。沈みゆく夕日が彼の輪郭を柔らかく縁取っていた。
「なぁ、ななし」
「ん?」
「お前さ、卒業してもこういうの続けるわけ?」
唐突な問いにななしは三ツ谷の顔を見た。彼は外の景色を眺めており、その表情の真意は読み取れない。
「どうかな。でも、三ツ谷に教えてもらったことは忘れたくないな」
「……そっか」
三ツ谷は視線を窓の外からななしへと移した。その瞳の奥にある熱にななしは一瞬だけ息を呑む。言葉にできない感情が、じわじわと二人の間の距離を埋めていくようだった。
「忘れるなよ、絶対」
念を押すような低い声が静かな教室に響いた。それは普段の快活な彼の声よりもどこか切実で、確かな質量を持ってななしの胸に届く。
「忘れないよ。三ツ谷が教えてくれたんだから」
「ならいいけど。お前、たまにフラッとどっか行きそうなんだよな」
「そんなことないよ。ここにいるよ」
ななしの一歩踏み込んだ言葉に三ツ谷は驚いたように目を見張った。しかし、すぐに柔らかく目元を緩め、窓枠から下りてななしの目の前まで歩み寄ってくる。
靴音が床に響くたびに心臓の鼓動が早くなるのをななしは自覚していた。
三ツ谷の手が、ゆっくりと伸びてくる。
彼の指先がななしの髪に触れ、そのまま耳の後ろへと滑り落ちた。ただそれだけの動作なのに、触れられた肌から全身へ熱が伝染していくような錯覚を覚える。
「髪、糸くずついてた」
「あ……ありがと」
「顔、赤いぞ?」
三ツ谷の顔がさらに近づく。
彼の吐息が届きそうな距離で、お互いの視線が完全に絡み合っていた。
「み、三ツ谷のせいかも」
その呟きが落ちた瞬間、家庭科室のすべての音が消え去ったかのような錯覚が落ちてきた。
三ツ谷の指先が、ななしの耳の後ろで止まっている。ほんの数ミリの隙間を残して静止した指からは、彼の皮膚が持つ確かな体温が微かに伝わってきた。動くことも、引くこともできないまま、二人の視線は至近距離で膠着している。
「……お前、そういうの」
三ツ谷が低く掠れた声を漏らした。
「無自覚に言ってんなら、本気でタチ悪いぞ」
「無自覚じゃない、かも」
ななしが視線を逸らさずに応じると、三ツ谷は小さく息を吐き出し、額に手を当てて天を仰いだ。耳の裏が、夕日の赤よりも深く染まっているのがわかる。彼は困ったように眉を八の字に曲げ、それから降参するように笑った。
「あー、クソ。完全にやられた」
三ツ谷がゆっくりと手を下ろすと、その手のひらは髪ではなく、ななしの肩に優しく置かれた。衣服越しに伝わる手の重みが妙にリアルで、呼吸のタイミングすら分からなくなる。
「ほら、片付けっぞ。これ以上ここにいたら、俺の理性がもたねぇ」
「……理性がどうかしたの?」
「聞くな。自分で言っといて恥ずかしいんだから」
三ツ谷はわざとらしく大きな動作で、机の上のハサミや型紙を片付け始めた。しかし、その手元はいつもより少しだけぎこちない。
ななしも慌てて自分の荷物をまとめ、裁縫箱の蓋を閉めた。パチン、という金具の音が静まり返った室内にやけに大きく響く。
施錠を済ませて校舎を出ると、外はすっかり薄暗くなっていた。
冷え始めた空気の中で隣を歩く三ツ谷の存在感が、先ほどよりもずっと濃く感じられる。
「寒くねぇ?」
「うん、平気。動いてたからかな」
「ならいいけど。風邪引かれたら、俺がマナとルナに怒られるからな」
「なんで二人に?」
「ななしを連れ回すなって、あいつら結構うるさいんだよ」
歩道を進むにつれ、街灯が一つ、また一つと灯っていく。
光の下を通るたび地面に伸びる二人の影が近づき重なり、また離れていく。その一連の動きに、胸の奥がじわりと締め付けられるような、心地よい痛みが伴った。
「ななし」
不意に三ツ谷が立ち止まった。
街灯の光が彼の斜め後ろから差し込んでいる。
逆光になった彼の表情はよく見えないが、まっすぐにこちらを見つめている気配だけが肌を通じて伝わってきた。
「なに?」
「俺さ…ずっと、お前のこと特別だと思ってた。ただのダチとか、そういう枠じゃなくてさ。お前が顔出すようになってから、作業効率めちゃくちゃ落ちてんだよ、実は」
「え……そうなの? なんかごめん…」
「気にすんな。手元見てるフリして、お前のことばっか見てた。お前が針先見つめてるときの横顔とか、上手く縫えて嬉しそうにしてるときの顔とか。……全部、俺だけのものにできたらいいのにって、ずっと考えてた」
三ツ谷の言葉は、飾らない彼の本音だった。
少しラフで、けれど一言ずつに確かな熱がこもっている。
三ツ谷はゆっくりとななしとの距離を詰めた。
お互いの靴先が触れ合うほどの距離。
「俺、結構独占欲も強い方なんだわ。お前が他の奴と楽しそうに話してっと、普通にイラつくし」
「三ツ谷が……?」
「おう。見えねぇだろ? でもそうなんだよ。だからさ」
三ツ谷の手がななしの右手を包み込んだ。
指が一本ずつ絡み合い、互いの体温が完全に混ざり合っていく。心臓の鼓動が、その繋いだ手を通じて相手に伝わってしまいそうなほど強く、速く脈打っていた。
「もう、ただのダチの顔して隣にいるの限界。……俺の彼女になってくんねぇかな」
彼の瞳の奥にある真剣な光。
そこには一切の迷いがなく、ただななしの存在だけを求めているのが伝わってきた。
「……うん。わたしも、三ツ谷の隣にいたい」
ななしが応えると、三ツ谷は張り詰めていた糸が切れたように深く安堵した息を漏らした。
「よかった……。断られたらどうしようかと本気で焦ったわ」
「三ツ谷でも緊張することあるんだね」
「当たり前だろ。相手がお前なんだから」
そう言って三ツ谷は繋いだ手にさらに力を込め、ななしの体を優しく引き寄せた。
包み込まれるような抱擁。
彼の胸に顔が埋まり互いの呼吸の音が重なり合う。
街の雑音はすべて遠ざかり、ただ目の前の存在のぬくもりと脈打つ確かな鼓動だけが、この世界のすべてのように感じられた。
ゆっくりと体を離した三ツ谷は照れ隠しのように小さく笑って、今度はどちらからともなく指を絡ませるようにして再び歩き出す。
しばらくそのままの歩調で歩いていたが、三ツ谷がふと足を止め繋がれた手を少し持ち上げて見つめる。
「なぁ、これ、明日から学校でもやっていいわけ?」
「え……? 学校ではちょっと、恥ずかしいかも」
「なんだよそれ。俺はもう隠す気ねぇんだけどな」
そう言ってニカッと笑う三ツ谷の顔は、いつもの頼れる彼の表情に戻っていた。けれど握られた手のひらから伝わってくる熱だけは、先ほどまでの濃密な時間の余韻をたっぷりと孕んでいる。
「でもさ、これでお前の課題、もっと厳しく見れるわ」
「えっ、そっち?」
「おう。俺の彼女なんだから、並の腕じゃ帰さねぇ。覚悟しとけよ」
「スパルタだ……」
「嘘。お前が嫌がることはしねぇよ」
三ツ谷は繋いだ手を軽く振りながら、また歩き出す。
「一歩ずつ、お前のペースでいいからさ。ずっと隣にいろよ」
「うん。よろしくね、隆くん」
不意に名前で呼んでみると、三ツ谷は一瞬だけ驚いたように目を見張り、それから片手で顔を覆った。
「……お前、本当にタチ悪い」
街灯の下、赤くなった耳を隠そうと早足になる彼に引っ張られながら、ななしはこらえきれずに笑声をこぼした。
三ツ谷は手元の生地から目を離さないまま、迷いのない手つきでミシンを動かす。その横でななしは仕上がったばかりの型紙を丁寧に畳んでいる。
「三ツ谷、こっちの端の処理、これで合ってる?」
ななしが差し出した布地を三ツ谷はミシンの動きを止めて覗き込んだ。わずかに近づいた距離から、微かに熱を帯びた空気が伝わる。
「どれ? あー、綺麗に縫えてんじゃん。でもここ、もうひと針内側攻めると、裏返したとき形がパキッとするぜ」
「本当だ。なんか、ちょっと丸くなっちゃうなと思ってた」
「感覚で覚えていくしかねぇからな、こういうのは。ほら、貸してみ」
三ツ谷はななしの手から自然に布を引くと、自分のミシンの押さえ金の下に滑り込ませた。迷いのない手つきで針を落とし、一瞬で直線を縫い上げる。その横顔をななしは無意識に見つめていた。
「よし、これで完璧。やってみ?」
「うん、ありがとう」
受け取る際、指先がわずかに触れ合った。
ほんの一瞬だったが、互いに視線を落とすタイミングが重なる。三ツ谷は小さく鼻で笑うと自身の作業に戻るために椅子を引き直した。
「ななしさ、最近手際良くなったよな。最初の頃なんて、針に糸通すだけで日が暮れそうだったのに」
「それは言い過ぎ。でも、三ツ谷の教え方がいいのは認める」
「調子いいこと言うね。じゃあ、次の課題はこれな」
手渡されたのは少し厚手のデニム生地だった。重なる部分の処理が難しそうな代物を見て、ななしは少しだけ眉を寄せる。
「うわ、難易度上げてきた」
「お前ならできると思って。嫌か?」
悪戯っぽく笑う三ツ谷の視線を受け、ななしは首を振った。
「ううん、やる。置いていかれたくないし」
「置いてかねぇよ」
作業に戻りながら、三ツ谷がボソリと呟いた。
窓の外ではオレンジ色から深い紫へと空の色が移り変わり始めていた。
作業に没頭するあまり、二人の間の会話は一時的に途切れていたが気まずさは一切ない。むしろ互いの存在を確認し合うような、静かで濃密な時間が流れていた。
「……三ツ谷、ちょっと休憩しない?」
ななしがハサミを置くと、三ツ谷も背中を伸ばして首の骨を軽く鳴らした。
「そうだな。もうこんな時間か」
三ツ谷はポケットから小さな飴の包みを二つ取り出し、一つをななしに向かって軽く投げた。綺麗な放物線を描いたそれを、ななしは両手で受け止める。
「ありがとう。三ツ谷っていつも何か持ってるよね」
「ルナとマナにせがまれるからな。それに、甘いもん食うと頭回るだろ」
包みを開けて口に含むと、甘酸っぱい味が広がった。三ツ谷も自分の分の飴を口に放り込み、窓枠に軽く腰を掛ける。沈みゆく夕日が彼の輪郭を柔らかく縁取っていた。
「なぁ、ななし」
「ん?」
「お前さ、卒業してもこういうの続けるわけ?」
唐突な問いにななしは三ツ谷の顔を見た。彼は外の景色を眺めており、その表情の真意は読み取れない。
「どうかな。でも、三ツ谷に教えてもらったことは忘れたくないな」
「……そっか」
三ツ谷は視線を窓の外からななしへと移した。その瞳の奥にある熱にななしは一瞬だけ息を呑む。言葉にできない感情が、じわじわと二人の間の距離を埋めていくようだった。
「忘れるなよ、絶対」
念を押すような低い声が静かな教室に響いた。それは普段の快活な彼の声よりもどこか切実で、確かな質量を持ってななしの胸に届く。
「忘れないよ。三ツ谷が教えてくれたんだから」
「ならいいけど。お前、たまにフラッとどっか行きそうなんだよな」
「そんなことないよ。ここにいるよ」
ななしの一歩踏み込んだ言葉に三ツ谷は驚いたように目を見張った。しかし、すぐに柔らかく目元を緩め、窓枠から下りてななしの目の前まで歩み寄ってくる。
靴音が床に響くたびに心臓の鼓動が早くなるのをななしは自覚していた。
三ツ谷の手が、ゆっくりと伸びてくる。
彼の指先がななしの髪に触れ、そのまま耳の後ろへと滑り落ちた。ただそれだけの動作なのに、触れられた肌から全身へ熱が伝染していくような錯覚を覚える。
「髪、糸くずついてた」
「あ……ありがと」
「顔、赤いぞ?」
三ツ谷の顔がさらに近づく。
彼の吐息が届きそうな距離で、お互いの視線が完全に絡み合っていた。
「み、三ツ谷のせいかも」
その呟きが落ちた瞬間、家庭科室のすべての音が消え去ったかのような錯覚が落ちてきた。
三ツ谷の指先が、ななしの耳の後ろで止まっている。ほんの数ミリの隙間を残して静止した指からは、彼の皮膚が持つ確かな体温が微かに伝わってきた。動くことも、引くこともできないまま、二人の視線は至近距離で膠着している。
「……お前、そういうの」
三ツ谷が低く掠れた声を漏らした。
「無自覚に言ってんなら、本気でタチ悪いぞ」
「無自覚じゃない、かも」
ななしが視線を逸らさずに応じると、三ツ谷は小さく息を吐き出し、額に手を当てて天を仰いだ。耳の裏が、夕日の赤よりも深く染まっているのがわかる。彼は困ったように眉を八の字に曲げ、それから降参するように笑った。
「あー、クソ。完全にやられた」
三ツ谷がゆっくりと手を下ろすと、その手のひらは髪ではなく、ななしの肩に優しく置かれた。衣服越しに伝わる手の重みが妙にリアルで、呼吸のタイミングすら分からなくなる。
「ほら、片付けっぞ。これ以上ここにいたら、俺の理性がもたねぇ」
「……理性がどうかしたの?」
「聞くな。自分で言っといて恥ずかしいんだから」
三ツ谷はわざとらしく大きな動作で、机の上のハサミや型紙を片付け始めた。しかし、その手元はいつもより少しだけぎこちない。
ななしも慌てて自分の荷物をまとめ、裁縫箱の蓋を閉めた。パチン、という金具の音が静まり返った室内にやけに大きく響く。
施錠を済ませて校舎を出ると、外はすっかり薄暗くなっていた。
冷え始めた空気の中で隣を歩く三ツ谷の存在感が、先ほどよりもずっと濃く感じられる。
「寒くねぇ?」
「うん、平気。動いてたからかな」
「ならいいけど。風邪引かれたら、俺がマナとルナに怒られるからな」
「なんで二人に?」
「ななしを連れ回すなって、あいつら結構うるさいんだよ」
歩道を進むにつれ、街灯が一つ、また一つと灯っていく。
光の下を通るたび地面に伸びる二人の影が近づき重なり、また離れていく。その一連の動きに、胸の奥がじわりと締め付けられるような、心地よい痛みが伴った。
「ななし」
不意に三ツ谷が立ち止まった。
街灯の光が彼の斜め後ろから差し込んでいる。
逆光になった彼の表情はよく見えないが、まっすぐにこちらを見つめている気配だけが肌を通じて伝わってきた。
「なに?」
「俺さ…ずっと、お前のこと特別だと思ってた。ただのダチとか、そういう枠じゃなくてさ。お前が顔出すようになってから、作業効率めちゃくちゃ落ちてんだよ、実は」
「え……そうなの? なんかごめん…」
「気にすんな。手元見てるフリして、お前のことばっか見てた。お前が針先見つめてるときの横顔とか、上手く縫えて嬉しそうにしてるときの顔とか。……全部、俺だけのものにできたらいいのにって、ずっと考えてた」
三ツ谷の言葉は、飾らない彼の本音だった。
少しラフで、けれど一言ずつに確かな熱がこもっている。
三ツ谷はゆっくりとななしとの距離を詰めた。
お互いの靴先が触れ合うほどの距離。
「俺、結構独占欲も強い方なんだわ。お前が他の奴と楽しそうに話してっと、普通にイラつくし」
「三ツ谷が……?」
「おう。見えねぇだろ? でもそうなんだよ。だからさ」
三ツ谷の手がななしの右手を包み込んだ。
指が一本ずつ絡み合い、互いの体温が完全に混ざり合っていく。心臓の鼓動が、その繋いだ手を通じて相手に伝わってしまいそうなほど強く、速く脈打っていた。
「もう、ただのダチの顔して隣にいるの限界。……俺の彼女になってくんねぇかな」
彼の瞳の奥にある真剣な光。
そこには一切の迷いがなく、ただななしの存在だけを求めているのが伝わってきた。
「……うん。わたしも、三ツ谷の隣にいたい」
ななしが応えると、三ツ谷は張り詰めていた糸が切れたように深く安堵した息を漏らした。
「よかった……。断られたらどうしようかと本気で焦ったわ」
「三ツ谷でも緊張することあるんだね」
「当たり前だろ。相手がお前なんだから」
そう言って三ツ谷は繋いだ手にさらに力を込め、ななしの体を優しく引き寄せた。
包み込まれるような抱擁。
彼の胸に顔が埋まり互いの呼吸の音が重なり合う。
街の雑音はすべて遠ざかり、ただ目の前の存在のぬくもりと脈打つ確かな鼓動だけが、この世界のすべてのように感じられた。
ゆっくりと体を離した三ツ谷は照れ隠しのように小さく笑って、今度はどちらからともなく指を絡ませるようにして再び歩き出す。
しばらくそのままの歩調で歩いていたが、三ツ谷がふと足を止め繋がれた手を少し持ち上げて見つめる。
「なぁ、これ、明日から学校でもやっていいわけ?」
「え……? 学校ではちょっと、恥ずかしいかも」
「なんだよそれ。俺はもう隠す気ねぇんだけどな」
そう言ってニカッと笑う三ツ谷の顔は、いつもの頼れる彼の表情に戻っていた。けれど握られた手のひらから伝わってくる熱だけは、先ほどまでの濃密な時間の余韻をたっぷりと孕んでいる。
「でもさ、これでお前の課題、もっと厳しく見れるわ」
「えっ、そっち?」
「おう。俺の彼女なんだから、並の腕じゃ帰さねぇ。覚悟しとけよ」
「スパルタだ……」
「嘘。お前が嫌がることはしねぇよ」
三ツ谷は繋いだ手を軽く振りながら、また歩き出す。
「一歩ずつ、お前のペースでいいからさ。ずっと隣にいろよ」
「うん。よろしくね、隆くん」
不意に名前で呼んでみると、三ツ谷は一瞬だけ驚いたように目を見張り、それから片手で顔を覆った。
「……お前、本当にタチ悪い」
街灯の下、赤くなった耳を隠そうと早足になる彼に引っ張られながら、ななしはこらえきれずに笑声をこぼした。
