◯◯しないと出られない部屋
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深い闇の底に沈んだような、重厚な静寂が支配する空間。
気がついた時には石造りのクラシカルな壁に囲まれた、奇妙な部屋の真ん中に立ち尽くしていた。
「……ここ、どこだろう。さっきまで、散歩をしていたはずなのに」
「おや。僕以外にも、この迷宮に招かれた迷い子がいたとは」
背後から響いた、低く、地鳴りのように心地よい声音。
驚いて振り返ると、そこには夜の闇をそのまま体現したような、圧倒的な存在感を放つマレウスが佇んでいた。
「ツノ太郎……!? どうしてここに」
「僕にも分からない。リリアたちの気配も完全に遮断されている。どうやら、ただの悪戯にしては少々、手の込んだ魔術回路が敷かれているようだ」
マレウスは眉をひそめ、部屋の唯一の出口である重厚な鉄黒の扉へと歩み寄った。
彼が近づいた瞬間、扉の表面に、怪しい緑色の光を放つ文字が、まるで茨の蔦のようにじわじわと這い回りながら浮かび上がっていく。
10箇所キスしないと出られない部屋
「……じゅっ箇所の、くちづけ……?」
ななしは文字を読み終えた瞬間、一気に耳の裏まで熱くなるのを感じて、その場に一歩後退りした。
いつも夜の散歩の途中で出会う、優しくて少し浮世離れした友人。そんなマレウスと、十回もキスをしなければ出られないという事実に、胸の奥が激しく警鐘を鳴らし始める。
「なるほど。十箇所の口づけ、か。人間の生み出す呪術には、時折こうした風変わりな対価を求めるものがあるが……まさか、僕たちがその対象に選ばれるとは」
マレウスは特に取り乱す様子もなく、むしろ興味深そうにその文字を眺めている。
「ツノ太郎、あの……魔法でこの扉を壊すことはできないの?」
「試してはみたが、僕の魔力をそのまま吸収して、結界の強度に変換しているようだ。力任せに破ろうとすれば、部屋自体が崩壊して、中にいるヒトの子の身が危うい」
マレウスはゆっくりと振り返り、ななしとの距離を縮めた。
ななしは胸の前で両手をきつく握りしめ、視線をあちこちへと彷徨わせた。
「じゃあ、本当に……その、文字の通りにするしか、ないってこと?」
「嫌か? ななし。僕が相手では、不満だろうか」
「そういうわけじゃ……ただ、その……緊張するっていうか」
「ふふ、そうか。ならば安心するといい。僕も、お前以外の者にこのような真似をするつもりはないからな」
マレウスがふっと、優しく笑みを漏らした。
彼は長い指先を伸ばしななしの震える肩にそっと触れた。
「……ななし。そんなに身を固くしなくてもいい。まずは、どこから始めようか」
部屋の明かりが彼の魔力の高まりに呼応するように、ほんの少しだけ輝きを増したような錯覚を覚える。
ななしは恥ずかしさのあまり俯いたが、マレウスの指先が優しく顎を持ち上げ、その真っ直ぐな視線から逃げることを許さなかった。
「ツノ太郎……」
「まずは、お前のその、愛らしい額からだ。……いいか?」
顎を掬い上げるマレウスの指先は思いのほか優しく、そして酷く熱い。
逃げ場をなくした視線の先で、ななしの鼓動は早鐘を打つようにその速度を上げていた。衣服の擦れるかすかな音さえ、静寂が満ちる部屋の中ではやけに大きく響く。
「ツノ太郎……本当に、するんだよね」
「おや、まだ心の準備ができていないか? だが、ここから出るためには部屋の定めたルールに従う他ないようだ。僕としても、ヒトの子をこのような不気味な場所に長居させたくはない」
マレウスの声音は、いつもオンボロ寮の庭先で交わすものと変わらず穏やかで朗らかだ。
しかし、ゆっくりと近づいてくる彼の顔が視界を塞ぐにつれ、そこから放たれる圧が、じわじわとななしの身体感覚を麻痺させていく。
「……少し失礼する」
前髪をそっと割る長い指が肌に触れた瞬間、ななしは小さく身を震わせた。
直後、額に柔らかく落とされた一度目の口づけ。
ほんの僅かに触れただけの軽い感触。
それなのに触れられた皮膚の裏側から、脳の芯まで痺れるような残熱がじわりと駆け抜けていく。
「ふむ……。どうやら、僕たちの行為は正しくカウントされているようだ」
「う、うん……。あと、九回、だね」
「次は……そうだな。その、赤く染まった頬にしよう」
マレウスは楽しげに目を細めると、今度は両手でななしの頬を包み込んだ。
彼の大きな手のひらから伝わる熱が、恥ずかしさで火照るななしの肌と混ざり合い、境界線が溶けていくような錯覚に陥る。
二度目、三度目の口づけが、左右の頬に深く刻み込まれるように落とされた。
唇が離れるたびに、マレウスの纏う気配が、いつものそれから徐々に獲物を追い詰める捕食者の熱へと変質していくのをななしは本能的に察知していた。
「ツノ太郎……なんだか、部屋の空気が、熱い気がする……」
「おや。僕の魔力が、無意識のうちに漏れ出してしまっているのかもしれないな。ヒトの子は繊細だと聞く。苦しいか、ななし」
「苦しくはない、けど……その、頭がぼんやりしてきて……」
「ならば、僕に身を委ねるといい。倒れないよう、しっかり支えてやろう」
マレウスは低く囁くと、ななしの腰にそっと腕を回し自らの胸元へと引き寄せた。密着した身体を通して、彼の強靭な体躯の硬さと熱量がダイレクトに伝わってくる。
四度目はななしの手の甲。
五度目は、その手首の細く脈打つ場所。
マレウスが唇を寄せるたびに、ななしの胸の奥の熱は、じわじわと、けれど確実に濃密なものへと塗りつぶされていった。
六度目の口づけが、ななしの白く強張った鎖骨の窪みへと落とされた。
マレウスの強靭な腕に腰を抱きすくめられた状態で、ななしの意識は、肌に直に伝わる彼の圧倒的な質量と熱量にただただ翻弄されていた。
羞恥に震えていたはずの身体は、彼から絶え間なく注ぎ込まれる、夜の眷属としての重みに心地よい降伏を告げている。
「……ツノ、太郎……あの、もう、どこが何回目か、わからなくなって……」
「構わない。お前は僕の熱だけを感じていればいい」
マレウスの囁きはどこか楽しげで、それでいて有無を言わせない絶対的な覇気を孕んでいた。
うなじの生え際に落とされた七度目、そして耳の後ろを深く食んだ八度目の口づけ。
唇が直接肌を割るたびに互いの熱い吐息が溶け合い、狭い空間の酸素がじわじわと奪われていくのが分かった。
マレウスを占めていたのは、結界を解除するという目的だけではなかった。いつも自分の強大な魔力を恐れず、隣に笑ってくれた人間の少女。その愛らしい彼女を誰の目にも触れさせず、この閉ざされた空間のなかで自分だけの色彩で塗りつぶしたいという底知れない独占欲だった。
妖しく揺らめく彼の気配が、ななしの全身へと燃え移っていく。
ななしは、迫り来る圧倒的な引力に翻弄されながらも、もう逃げることを諦め、彼の大きな肩にそっと細い手を回した。その微かな応えが、マレウスの胸の奥の鎖を完全に解き放つ。
「九度目は、お前の瞼に。……そして、最後は」
「ツノ太、郎……ん……っ」
十度目、名前を呼ぶ声は正面から重なり合った唇によって完全に塞がれた。
脳裏が鮮やかに弾け、ななしの全身が心地よい痺れに包まれる。
マレウスの唇は驚くほど情熱的で、そして貪欲だった。
恥ずかしさに強張るななしの唇を、彼は何度も形を確かめるように深く深く、吸い上げるように食んだ。絡められた指先にはさらに強い力が込められ、衣服の擦れる音だけが、二人の甘い呼吸の合間に小さく響く。
深く、どこまでも深い夜の底へと沈んでいくような感覚のなかで、ななしの身体から完全に力が抜けた。
それは恐怖からではなく、マレウスという絶対的な存在にすべてを委ね、心からの安心を得たことによる、甘やかな降伏だった。彼の激しい、けれど心地よい心臓の音をすぐ近くに聴きながら、ななしはただ彼の熱に溶かされていた。
カチリ――。
二人の唇が静かに離れた瞬間、鍵の開く音が響き、外界へと続く道が確かに開かれた。
しかしマレウスはその腕を緩めようとはしなかった。
自分の胸元で、すっかり赤くなって息を整えているななしの背中を、彼はなおも愛おしそうに強く抱きしめる。
「……扉が開いたな。だが、まだ僕の胸の火は燻ったままだ。……ななし、このまま、もう少しだけ僕に付き合ってくれるだろう?」
開かれた扉の向こうの景色を一度も見ることなく、マレウスは愛しい少女をさらに深く抱き寄せた。
気がついた時には石造りのクラシカルな壁に囲まれた、奇妙な部屋の真ん中に立ち尽くしていた。
「……ここ、どこだろう。さっきまで、散歩をしていたはずなのに」
「おや。僕以外にも、この迷宮に招かれた迷い子がいたとは」
背後から響いた、低く、地鳴りのように心地よい声音。
驚いて振り返ると、そこには夜の闇をそのまま体現したような、圧倒的な存在感を放つマレウスが佇んでいた。
「ツノ太郎……!? どうしてここに」
「僕にも分からない。リリアたちの気配も完全に遮断されている。どうやら、ただの悪戯にしては少々、手の込んだ魔術回路が敷かれているようだ」
マレウスは眉をひそめ、部屋の唯一の出口である重厚な鉄黒の扉へと歩み寄った。
彼が近づいた瞬間、扉の表面に、怪しい緑色の光を放つ文字が、まるで茨の蔦のようにじわじわと這い回りながら浮かび上がっていく。
10箇所キスしないと出られない部屋
「……じゅっ箇所の、くちづけ……?」
ななしは文字を読み終えた瞬間、一気に耳の裏まで熱くなるのを感じて、その場に一歩後退りした。
いつも夜の散歩の途中で出会う、優しくて少し浮世離れした友人。そんなマレウスと、十回もキスをしなければ出られないという事実に、胸の奥が激しく警鐘を鳴らし始める。
「なるほど。十箇所の口づけ、か。人間の生み出す呪術には、時折こうした風変わりな対価を求めるものがあるが……まさか、僕たちがその対象に選ばれるとは」
マレウスは特に取り乱す様子もなく、むしろ興味深そうにその文字を眺めている。
「ツノ太郎、あの……魔法でこの扉を壊すことはできないの?」
「試してはみたが、僕の魔力をそのまま吸収して、結界の強度に変換しているようだ。力任せに破ろうとすれば、部屋自体が崩壊して、中にいるヒトの子の身が危うい」
マレウスはゆっくりと振り返り、ななしとの距離を縮めた。
ななしは胸の前で両手をきつく握りしめ、視線をあちこちへと彷徨わせた。
「じゃあ、本当に……その、文字の通りにするしか、ないってこと?」
「嫌か? ななし。僕が相手では、不満だろうか」
「そういうわけじゃ……ただ、その……緊張するっていうか」
「ふふ、そうか。ならば安心するといい。僕も、お前以外の者にこのような真似をするつもりはないからな」
マレウスがふっと、優しく笑みを漏らした。
彼は長い指先を伸ばしななしの震える肩にそっと触れた。
「……ななし。そんなに身を固くしなくてもいい。まずは、どこから始めようか」
部屋の明かりが彼の魔力の高まりに呼応するように、ほんの少しだけ輝きを増したような錯覚を覚える。
ななしは恥ずかしさのあまり俯いたが、マレウスの指先が優しく顎を持ち上げ、その真っ直ぐな視線から逃げることを許さなかった。
「ツノ太郎……」
「まずは、お前のその、愛らしい額からだ。……いいか?」
顎を掬い上げるマレウスの指先は思いのほか優しく、そして酷く熱い。
逃げ場をなくした視線の先で、ななしの鼓動は早鐘を打つようにその速度を上げていた。衣服の擦れるかすかな音さえ、静寂が満ちる部屋の中ではやけに大きく響く。
「ツノ太郎……本当に、するんだよね」
「おや、まだ心の準備ができていないか? だが、ここから出るためには部屋の定めたルールに従う他ないようだ。僕としても、ヒトの子をこのような不気味な場所に長居させたくはない」
マレウスの声音は、いつもオンボロ寮の庭先で交わすものと変わらず穏やかで朗らかだ。
しかし、ゆっくりと近づいてくる彼の顔が視界を塞ぐにつれ、そこから放たれる圧が、じわじわとななしの身体感覚を麻痺させていく。
「……少し失礼する」
前髪をそっと割る長い指が肌に触れた瞬間、ななしは小さく身を震わせた。
直後、額に柔らかく落とされた一度目の口づけ。
ほんの僅かに触れただけの軽い感触。
それなのに触れられた皮膚の裏側から、脳の芯まで痺れるような残熱がじわりと駆け抜けていく。
「ふむ……。どうやら、僕たちの行為は正しくカウントされているようだ」
「う、うん……。あと、九回、だね」
「次は……そうだな。その、赤く染まった頬にしよう」
マレウスは楽しげに目を細めると、今度は両手でななしの頬を包み込んだ。
彼の大きな手のひらから伝わる熱が、恥ずかしさで火照るななしの肌と混ざり合い、境界線が溶けていくような錯覚に陥る。
二度目、三度目の口づけが、左右の頬に深く刻み込まれるように落とされた。
唇が離れるたびに、マレウスの纏う気配が、いつものそれから徐々に獲物を追い詰める捕食者の熱へと変質していくのをななしは本能的に察知していた。
「ツノ太郎……なんだか、部屋の空気が、熱い気がする……」
「おや。僕の魔力が、無意識のうちに漏れ出してしまっているのかもしれないな。ヒトの子は繊細だと聞く。苦しいか、ななし」
「苦しくはない、けど……その、頭がぼんやりしてきて……」
「ならば、僕に身を委ねるといい。倒れないよう、しっかり支えてやろう」
マレウスは低く囁くと、ななしの腰にそっと腕を回し自らの胸元へと引き寄せた。密着した身体を通して、彼の強靭な体躯の硬さと熱量がダイレクトに伝わってくる。
四度目はななしの手の甲。
五度目は、その手首の細く脈打つ場所。
マレウスが唇を寄せるたびに、ななしの胸の奥の熱は、じわじわと、けれど確実に濃密なものへと塗りつぶされていった。
六度目の口づけが、ななしの白く強張った鎖骨の窪みへと落とされた。
マレウスの強靭な腕に腰を抱きすくめられた状態で、ななしの意識は、肌に直に伝わる彼の圧倒的な質量と熱量にただただ翻弄されていた。
羞恥に震えていたはずの身体は、彼から絶え間なく注ぎ込まれる、夜の眷属としての重みに心地よい降伏を告げている。
「……ツノ、太郎……あの、もう、どこが何回目か、わからなくなって……」
「構わない。お前は僕の熱だけを感じていればいい」
マレウスの囁きはどこか楽しげで、それでいて有無を言わせない絶対的な覇気を孕んでいた。
うなじの生え際に落とされた七度目、そして耳の後ろを深く食んだ八度目の口づけ。
唇が直接肌を割るたびに互いの熱い吐息が溶け合い、狭い空間の酸素がじわじわと奪われていくのが分かった。
マレウスを占めていたのは、結界を解除するという目的だけではなかった。いつも自分の強大な魔力を恐れず、隣に笑ってくれた人間の少女。その愛らしい彼女を誰の目にも触れさせず、この閉ざされた空間のなかで自分だけの色彩で塗りつぶしたいという底知れない独占欲だった。
妖しく揺らめく彼の気配が、ななしの全身へと燃え移っていく。
ななしは、迫り来る圧倒的な引力に翻弄されながらも、もう逃げることを諦め、彼の大きな肩にそっと細い手を回した。その微かな応えが、マレウスの胸の奥の鎖を完全に解き放つ。
「九度目は、お前の瞼に。……そして、最後は」
「ツノ太、郎……ん……っ」
十度目、名前を呼ぶ声は正面から重なり合った唇によって完全に塞がれた。
脳裏が鮮やかに弾け、ななしの全身が心地よい痺れに包まれる。
マレウスの唇は驚くほど情熱的で、そして貪欲だった。
恥ずかしさに強張るななしの唇を、彼は何度も形を確かめるように深く深く、吸い上げるように食んだ。絡められた指先にはさらに強い力が込められ、衣服の擦れる音だけが、二人の甘い呼吸の合間に小さく響く。
深く、どこまでも深い夜の底へと沈んでいくような感覚のなかで、ななしの身体から完全に力が抜けた。
それは恐怖からではなく、マレウスという絶対的な存在にすべてを委ね、心からの安心を得たことによる、甘やかな降伏だった。彼の激しい、けれど心地よい心臓の音をすぐ近くに聴きながら、ななしはただ彼の熱に溶かされていた。
カチリ――。
二人の唇が静かに離れた瞬間、鍵の開く音が響き、外界へと続く道が確かに開かれた。
しかしマレウスはその腕を緩めようとはしなかった。
自分の胸元で、すっかり赤くなって息を整えているななしの背中を、彼はなおも愛おしそうに強く抱きしめる。
「……扉が開いたな。だが、まだ僕の胸の火は燻ったままだ。……ななし、このまま、もう少しだけ僕に付き合ってくれるだろう?」
開かれた扉の向こうの景色を一度も見ることなく、マレウスは愛しい少女をさらに深く抱き寄せた。
