お誕生日おめでとう
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「はい、これ」
差し出された白い小さな箱をエペルは不思議そうに見つめた。
リボンはかけられていないが丁寧な包装が施されている。
「え、僕に?」
「そう、誕生日おめでとう」
「……ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」
エペルは器用に指先を動かし、包み紙を破らないように剥がしていく。中から現れたのは、ずっしりとした重みのある真鍮製の小さなマルチツールだった。いくつかの工具が折りたたまれて収納されている、実用的ながらもアンティークな風合いのものだ。
「これ、もしかして……」
「エペル、こういうの好きかなって思って」
ツールを手のひらに載せて光に透かしながら、エペルは嬉しそうに目を細めた。
「すごいな。これ、すごくいいやつじゃん。……あ、触ってもいい?」
「どうぞ。エペルのために選んだんだから」
カチリと小さな金属音が響く。
ツールを広げると、独特の鈍い光が部屋の明かりを反射した。それはただの飾り物ではなく道具としての機能美と、どこか無骨な格好良さを含んでいる。
「わあ……、すごく格好いい。重さも丁度いいし手に馴染む」
「少し小ぶりで持ちやすいものを選んだの。エペルは手が綺麗だから、大きいやつだと使いにくいかなって思って」
「ありがとう。僕、こういうの本当に好き。よく僕の好み分かったね」
「いつも一緒にいるからね。何が好きで、何に興味があるかくらいは分かるよ」
エペルはツールを大切そうに握りしめ、視線を落とした。
その口元が照れたように小さく綻んでいる。
「いつも一緒、か……。そうだね。君には何でも見透かされてる気がする」
「そんなことないよ。エペルが分かりやすいだけ」
「失礼だなあ。僕だってこれでも、いろいろ隠してることあるんだよ?」
「たとえば?」
じっと顔を覗き込むと、エペルは少しだけ視線を彷徨わせた。
「……それは秘密。今日が僕の誕生日だからって、何でも教えてあげるわけじゃないからね」
「気になるな。いつか教えてくれる?」
「君がもっと僕のことを知りたくなったらね。……なんて」
冗談めかして笑うエペルの声は、いつもより少しだけ低く耳の奥に心地よく残る。
「このプレゼントのお礼、今すぐしたいな」
「お礼なんていいのに。誕生日なんだから」
「僕がしたいの。ほら、そこ座って」
促されるままに椅子に腰を下ろすと、エペルは手際よく湯を沸かし始めた。棚から取り出されたのは、お揃いのシンプルなマグカップ。
「紅茶でいい? それともハーブティーにする?」
「エペルのおすすめがいいな」
「わかった、ちょっと待ってて」
茶葉が躍るポットを眺めるエペルの横顔は、普段のあどけなさを残しながらも、どこか大人びて見える。切り揃えられた髪が動くたびにさらりと揺れた。
「はい、お待たせ」
テーブルに置かれたカップから、湯気とともに温かい香りが立ち上る。
「ありがとう。いただきます」
「熱いから気をつけてね」
一口含むと口いっぱいに爽やかな風味が広がった。エペルは自分のカップを両手で包み込みながら嬉しそうにこちらを見ている。
「どう? 美味しい?」
「すごく美味しい。体の中から温まる感じがする」
「よかった。君が美味しいって言ってくれると、僕まで嬉しくなるよ」
エペルは手元に置いたプレゼントを愛おしそうに指先でなぞった。指の体温が金属に伝わり、ほんの少しだけその輝きが変化していく。
「見てこれ。もう僕の手に馴染んできたみたい」
「本当だ。ずっと前から使ってたみたいに見える」
「……そうだね。君からもらったものは、ずっと前から僕のものだったみたいに、しっくりくるんだ」
さらりと言い添えられた言葉に、胸の奥が小さく跳ねた。
エペルはそれに気づいているのかいないのか、カップの縁に唇を寄せている。
「ねえ、ななしサン」
「ん?」
「今日は僕の誕生日だけど、僕の願い事、一つだけ叶えてくれる?」
「いいよ。何? わたしにできることなら」
エペルはカップを置くと、テーブルの上でそっと手を伸ばしてきた。その指先が、こちらの手の甲に触れるか触れないかの距離で止まる。
「今日はずっと僕のそばにいて。どこにも行かないで、僕だけを見てて」
悪戯っぽく笑うその表情の裏に、真剣な光が混ざっている。
エペルの言葉が室内の空気に溶けていく。手の甲に触れるか触れないかの距離にある指先から、微かな熱が伝わってくるようだった。
「急にどうしたの?」
「どうもしないよ。ただの、誕生日のわがまま」
エペルはふっと目を細めて微笑んだ。
その表情はいつもの顔立ちだが、向けられる視線にはどこか普段と違う熱が孕んでいる。
「ななしサンってさ、いつも誰かのために動いてるでしょう。学園長からのお願い事とか、他の寮の面倒なこととか」
「それは、成り行きでそうなっちゃうことが多くて」
「分かってる。でも、今日くらいは僕のことだけ考えてほしいなって思ったんだけど、駄目?」
首を少し傾げて覗き込んでくる姿に、胸の奥がどくりと跳ねる。エペルは触れそうで触れない位置にあった人差し指を、そっとこちらの手の甲に滑らせた。
「……駄目じゃないよ。今日はエペルのお祝いをする日だから」
「うん、嬉しい。じゃあ約束ね」
肌と肌が直接触れ合ったわけではないのに、衣服越しに伝わるその微かな動きだけで背筋に奇妙な緊張が走る。
エペルは満足そうに微笑むと、今度はその手を裏返し、そっとこちらの掌を上に向かせた。
「これ、本当に気に入っちゃった」
エペルは空いた方の手で、先ほどプレゼントした真鍮製のマルチツールを持ち上げる。金属の鈍い輝きが、二人の間のわずかな隙間で揺れた。
「早速使ってくれる?」
「もちろん。あ…でも、傷がついたら勿体ないかな……」
「道具なんだから、使って傷がつくのも味になって格好いいと思うよ」
「そっか、ななしサンがそう言うなら、ガシガシ使おうかな。僕の歴史をこのツールに刻んでいくみたいで、なんかいいよね」
エペルはツールの角を親指の腹でなぞりながら、少しだけ声を低くした。
「ねえ、触ってみて。僕の体温で、もうこんなに温かくなってる」
促されて、エペルの掌の上にあるツールに指先を触れる。ひんやりとしているはずの金属は、確かにエペルの肌の熱を吸い上げて驚くほど温かくなっていた。
そのまま指を離そうとした瞬間、エペルの指が滑り込んできて、こちらの指先を軽く包み込むようにして止まる。
「あ……」
「冷たい。ななしサンの手、少し冷えてる?」
「そんなことないと思うけど」
「ううん、僕のほうが温かいよ。ほら」
エペルは躊躇うことなく、今度はしっかりと掌を合わせてきた。
見た目とは裏腹に、男の子らしい少し骨張った指が、こちらの指の隙間に綺麗に噛み合う。驚いて顔を上げると、至近距離にあるエペルの瞳が、じっとこちらを射抜いていた。
「エペル?」
「……ななしサン」
お互いの吐息が届きそうな距離で名前を呼ばれる。
いつもより少しだけ低く、鼻にかかったような彼の声が耳の奥から脳を直接揺らすように響いた。
「ううん、なんでもない。……ただ、こうしてると、すごく落ち着くんだ」
繋いだ手からエペルの体温がじわじわと皮膚を伝って流れ込んでくる。心臓の鼓動が早くなっていくのが自分でも分かった。部屋の明かりが少しだけ暗くなったように錯覚するほど、目の前のエペルの存在感が、世界の中で歪に膨れ上がっていく。
「ねえ、ななしサン。僕のこと、ちゃんと男として見てくれてる?」
その問いかけに含まれた熱量に息が詰まる。
エペルは繋いだ手に少しだけ力を込め、さらに顔を近づけてきた。
囁かれた言葉の意味を咀嚼するよりも早く、エペルの指先は驚くほど力強く、こちらの自由を奪うように深く絡み合っていた。
「エペル、それは……」
「言葉に詰まるってことは、普段はあんまり意識してくれてないんだ」
少しだけ拗ねたような、だけどすべてを見透かしたような笑みがエペルの唇に浮かぶ。彼は絡めた指をさらにきつく締め直し、ゆっくりと身体を寄せてきた。
お互いの距離が完全にゼロになる。
衣服の擦れる小さな音さえ、今の静寂の中では酷く鮮明に響いた。
「ずるいよ、ななしサン。僕はいつでも、君のことをただの同級生だなんて思えないのに」
「え……?」
「気づいてなかった? 毎日一緒にいて、誰よりも近くにいるつもりなのに、君の視線が他の誰かに向くたび胸の奥がすごくざわざわするんだ」
エペルが小さく吐き出した息が、こちらの頬を微かに掠めていく。その吐息すらも熱を帯びているようで、触れられた場所からじわじわと身体が溶けていくような錯覚に陥る。
「今日は僕の誕生日だから。これくらい強引にしても、許してくれるよね」
エペルの手が頬に添えられた。
指先が肌を滑るようにして耳の後ろへと回り込む。
彼の指が触れるたびに、そこだけがじわじわと熱を帯びていくのが分かる。
「顔、すごく赤くなってる。僕のせい?」
「……エペルが、そんな顔で見るから」
「……こんな顔?」
エペルはさらに顔を近づけ、こちらの視線を完全に捕らえて離さない。至近距離で見つめ合う形になり、視界のすべてがエペルだけで満たされる。
彼の輪郭や小さく動く唇、そして自分を映し出している強い光を宿した瞳。それらすべてが頭の芯を痺れさせるほどの密度で迫ってきた。
「君のこういう顔、僕だけが知っていればいいのに」
低く掠れた声が鼓膜を優しく震わせる。
頬に添えられた手のひらから、彼のドクドクと刻まれる速い脈拍が伝わってきた。緊張しているのは自分だけではないのだと、その身体感覚が教えてくれる。
「ねえ、ななしサン。もう友だちのフリをするのは終わり」
エペルの指先がそっと髪の隙間に滑り込み、後頭部を優しく引き寄せた。
「これからは、ちゃんと一人の男として、僕のことだけを焼き付けて」
そう言い切ると同時に、エペルはゆっくりと瞼を伏せた。
二人の影が静かに重なり、部屋の空気は甘く濃密な熱で完全に満たされた。
差し出された白い小さな箱をエペルは不思議そうに見つめた。
リボンはかけられていないが丁寧な包装が施されている。
「え、僕に?」
「そう、誕生日おめでとう」
「……ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」
エペルは器用に指先を動かし、包み紙を破らないように剥がしていく。中から現れたのは、ずっしりとした重みのある真鍮製の小さなマルチツールだった。いくつかの工具が折りたたまれて収納されている、実用的ながらもアンティークな風合いのものだ。
「これ、もしかして……」
「エペル、こういうの好きかなって思って」
ツールを手のひらに載せて光に透かしながら、エペルは嬉しそうに目を細めた。
「すごいな。これ、すごくいいやつじゃん。……あ、触ってもいい?」
「どうぞ。エペルのために選んだんだから」
カチリと小さな金属音が響く。
ツールを広げると、独特の鈍い光が部屋の明かりを反射した。それはただの飾り物ではなく道具としての機能美と、どこか無骨な格好良さを含んでいる。
「わあ……、すごく格好いい。重さも丁度いいし手に馴染む」
「少し小ぶりで持ちやすいものを選んだの。エペルは手が綺麗だから、大きいやつだと使いにくいかなって思って」
「ありがとう。僕、こういうの本当に好き。よく僕の好み分かったね」
「いつも一緒にいるからね。何が好きで、何に興味があるかくらいは分かるよ」
エペルはツールを大切そうに握りしめ、視線を落とした。
その口元が照れたように小さく綻んでいる。
「いつも一緒、か……。そうだね。君には何でも見透かされてる気がする」
「そんなことないよ。エペルが分かりやすいだけ」
「失礼だなあ。僕だってこれでも、いろいろ隠してることあるんだよ?」
「たとえば?」
じっと顔を覗き込むと、エペルは少しだけ視線を彷徨わせた。
「……それは秘密。今日が僕の誕生日だからって、何でも教えてあげるわけじゃないからね」
「気になるな。いつか教えてくれる?」
「君がもっと僕のことを知りたくなったらね。……なんて」
冗談めかして笑うエペルの声は、いつもより少しだけ低く耳の奥に心地よく残る。
「このプレゼントのお礼、今すぐしたいな」
「お礼なんていいのに。誕生日なんだから」
「僕がしたいの。ほら、そこ座って」
促されるままに椅子に腰を下ろすと、エペルは手際よく湯を沸かし始めた。棚から取り出されたのは、お揃いのシンプルなマグカップ。
「紅茶でいい? それともハーブティーにする?」
「エペルのおすすめがいいな」
「わかった、ちょっと待ってて」
茶葉が躍るポットを眺めるエペルの横顔は、普段のあどけなさを残しながらも、どこか大人びて見える。切り揃えられた髪が動くたびにさらりと揺れた。
「はい、お待たせ」
テーブルに置かれたカップから、湯気とともに温かい香りが立ち上る。
「ありがとう。いただきます」
「熱いから気をつけてね」
一口含むと口いっぱいに爽やかな風味が広がった。エペルは自分のカップを両手で包み込みながら嬉しそうにこちらを見ている。
「どう? 美味しい?」
「すごく美味しい。体の中から温まる感じがする」
「よかった。君が美味しいって言ってくれると、僕まで嬉しくなるよ」
エペルは手元に置いたプレゼントを愛おしそうに指先でなぞった。指の体温が金属に伝わり、ほんの少しだけその輝きが変化していく。
「見てこれ。もう僕の手に馴染んできたみたい」
「本当だ。ずっと前から使ってたみたいに見える」
「……そうだね。君からもらったものは、ずっと前から僕のものだったみたいに、しっくりくるんだ」
さらりと言い添えられた言葉に、胸の奥が小さく跳ねた。
エペルはそれに気づいているのかいないのか、カップの縁に唇を寄せている。
「ねえ、ななしサン」
「ん?」
「今日は僕の誕生日だけど、僕の願い事、一つだけ叶えてくれる?」
「いいよ。何? わたしにできることなら」
エペルはカップを置くと、テーブルの上でそっと手を伸ばしてきた。その指先が、こちらの手の甲に触れるか触れないかの距離で止まる。
「今日はずっと僕のそばにいて。どこにも行かないで、僕だけを見てて」
悪戯っぽく笑うその表情の裏に、真剣な光が混ざっている。
エペルの言葉が室内の空気に溶けていく。手の甲に触れるか触れないかの距離にある指先から、微かな熱が伝わってくるようだった。
「急にどうしたの?」
「どうもしないよ。ただの、誕生日のわがまま」
エペルはふっと目を細めて微笑んだ。
その表情はいつもの顔立ちだが、向けられる視線にはどこか普段と違う熱が孕んでいる。
「ななしサンってさ、いつも誰かのために動いてるでしょう。学園長からのお願い事とか、他の寮の面倒なこととか」
「それは、成り行きでそうなっちゃうことが多くて」
「分かってる。でも、今日くらいは僕のことだけ考えてほしいなって思ったんだけど、駄目?」
首を少し傾げて覗き込んでくる姿に、胸の奥がどくりと跳ねる。エペルは触れそうで触れない位置にあった人差し指を、そっとこちらの手の甲に滑らせた。
「……駄目じゃないよ。今日はエペルのお祝いをする日だから」
「うん、嬉しい。じゃあ約束ね」
肌と肌が直接触れ合ったわけではないのに、衣服越しに伝わるその微かな動きだけで背筋に奇妙な緊張が走る。
エペルは満足そうに微笑むと、今度はその手を裏返し、そっとこちらの掌を上に向かせた。
「これ、本当に気に入っちゃった」
エペルは空いた方の手で、先ほどプレゼントした真鍮製のマルチツールを持ち上げる。金属の鈍い輝きが、二人の間のわずかな隙間で揺れた。
「早速使ってくれる?」
「もちろん。あ…でも、傷がついたら勿体ないかな……」
「道具なんだから、使って傷がつくのも味になって格好いいと思うよ」
「そっか、ななしサンがそう言うなら、ガシガシ使おうかな。僕の歴史をこのツールに刻んでいくみたいで、なんかいいよね」
エペルはツールの角を親指の腹でなぞりながら、少しだけ声を低くした。
「ねえ、触ってみて。僕の体温で、もうこんなに温かくなってる」
促されて、エペルの掌の上にあるツールに指先を触れる。ひんやりとしているはずの金属は、確かにエペルの肌の熱を吸い上げて驚くほど温かくなっていた。
そのまま指を離そうとした瞬間、エペルの指が滑り込んできて、こちらの指先を軽く包み込むようにして止まる。
「あ……」
「冷たい。ななしサンの手、少し冷えてる?」
「そんなことないと思うけど」
「ううん、僕のほうが温かいよ。ほら」
エペルは躊躇うことなく、今度はしっかりと掌を合わせてきた。
見た目とは裏腹に、男の子らしい少し骨張った指が、こちらの指の隙間に綺麗に噛み合う。驚いて顔を上げると、至近距離にあるエペルの瞳が、じっとこちらを射抜いていた。
「エペル?」
「……ななしサン」
お互いの吐息が届きそうな距離で名前を呼ばれる。
いつもより少しだけ低く、鼻にかかったような彼の声が耳の奥から脳を直接揺らすように響いた。
「ううん、なんでもない。……ただ、こうしてると、すごく落ち着くんだ」
繋いだ手からエペルの体温がじわじわと皮膚を伝って流れ込んでくる。心臓の鼓動が早くなっていくのが自分でも分かった。部屋の明かりが少しだけ暗くなったように錯覚するほど、目の前のエペルの存在感が、世界の中で歪に膨れ上がっていく。
「ねえ、ななしサン。僕のこと、ちゃんと男として見てくれてる?」
その問いかけに含まれた熱量に息が詰まる。
エペルは繋いだ手に少しだけ力を込め、さらに顔を近づけてきた。
囁かれた言葉の意味を咀嚼するよりも早く、エペルの指先は驚くほど力強く、こちらの自由を奪うように深く絡み合っていた。
「エペル、それは……」
「言葉に詰まるってことは、普段はあんまり意識してくれてないんだ」
少しだけ拗ねたような、だけどすべてを見透かしたような笑みがエペルの唇に浮かぶ。彼は絡めた指をさらにきつく締め直し、ゆっくりと身体を寄せてきた。
お互いの距離が完全にゼロになる。
衣服の擦れる小さな音さえ、今の静寂の中では酷く鮮明に響いた。
「ずるいよ、ななしサン。僕はいつでも、君のことをただの同級生だなんて思えないのに」
「え……?」
「気づいてなかった? 毎日一緒にいて、誰よりも近くにいるつもりなのに、君の視線が他の誰かに向くたび胸の奥がすごくざわざわするんだ」
エペルが小さく吐き出した息が、こちらの頬を微かに掠めていく。その吐息すらも熱を帯びているようで、触れられた場所からじわじわと身体が溶けていくような錯覚に陥る。
「今日は僕の誕生日だから。これくらい強引にしても、許してくれるよね」
エペルの手が頬に添えられた。
指先が肌を滑るようにして耳の後ろへと回り込む。
彼の指が触れるたびに、そこだけがじわじわと熱を帯びていくのが分かる。
「顔、すごく赤くなってる。僕のせい?」
「……エペルが、そんな顔で見るから」
「……こんな顔?」
エペルはさらに顔を近づけ、こちらの視線を完全に捕らえて離さない。至近距離で見つめ合う形になり、視界のすべてがエペルだけで満たされる。
彼の輪郭や小さく動く唇、そして自分を映し出している強い光を宿した瞳。それらすべてが頭の芯を痺れさせるほどの密度で迫ってきた。
「君のこういう顔、僕だけが知っていればいいのに」
低く掠れた声が鼓膜を優しく震わせる。
頬に添えられた手のひらから、彼のドクドクと刻まれる速い脈拍が伝わってきた。緊張しているのは自分だけではないのだと、その身体感覚が教えてくれる。
「ねえ、ななしサン。もう友だちのフリをするのは終わり」
エペルの指先がそっと髪の隙間に滑り込み、後頭部を優しく引き寄せた。
「これからは、ちゃんと一人の男として、僕のことだけを焼き付けて」
そう言い切ると同時に、エペルはゆっくりと瞼を伏せた。
二人の影が静かに重なり、部屋の空気は甘く濃密な熱で完全に満たされた。
