歌詞シリーズ
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オンボロ寮の談話室に持ち込んだノートPCの画面に映る文字列をイデアは無言で追っていた。隣に座るななしの距離がいつもより近い。
「イデア先輩、ここのコードどうしてもエラー吐いちゃうんです」
ななしが画面を指差す。
その指先がイデアの袖口に一瞬だけ触れた。
イデアはびくりと肩を跳ね上げフードを深く被り直す。
「……あー、そこ。構文規則が根本的に違ってる。拙者が昨日渡したメモちゃんと読んだ? 読んでないでしょ」
「読みましたよ! ちゃんと三回は読み返しました。でも実際に打ち込んでみると頭がこんがらがっちゃって」
「三回読んでこれとか、どんだけポンコツ脳内メモリなわけ……。はぁ、貸して。僕が直接書き直すから」
キーボードを引き寄せ指を走らせる。
タイピングの音だけが二人の間の沈黙を埋めた。
ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ななしが使っているシャンプーの匂いだ。
ななしが画面を覗き込もうと、さらに距離を詰めてきたせいで香りが一気に濃くなる。
「わ、すごい。本当に魔法みたい」
「……お世辞とかいらないから。ほらこれで直ったはず。デバッグ走らせてみて」
「ありがとうございます、やっぱりイデア先輩は頼りになります!」
嬉しそうに声を弾ませるななしの横顔をイデアは視線の端で捉えた。画面に照らされたその表情が妙に眩しい。胸の奥がわずかにチクリと痛んだ。
「そういうお世辞はやめてくださらんか。僕の繊細な心には荷が重いんで」
「ふふ、すみません。でも、本当に助かりました」
ななしはそう言って悪戯っぽく微笑む。
その笑顔を見るたびにイデアの心臓は奇妙なリズムを刻み始める。
他者との関わりを極力避けて生きてきたはずなのに、この場所だけはなぜか居心地が悪くない。
「……ななし氏、ちょっと距離近くない? 僕のパーソナルスペース完全に侵食されてるんだけど」
「え? あ、ごめんなさい。画面が見えづらくて、つい」
ななしが少しだけ体を引く。
その瞬間、先ほどまで感じていた体温が遠ざる代わりに肌寒さが押し寄せた。イデアは自嘲気味に長く息を吐き出す。
全部この距離感のせいだ。
この無防備で、境界線の薄いななしのせいに違いない。
時計の針が深夜の一時を回る頃、談話室の空気は目に見えない熱を帯び始めていた。夜の静寂が二人の声を普段よりも小さく、そして親密なものに変えていく。
「イデア先輩。先輩は、どうしていつもそんなに夜更かしなんですか?」
「……愚問ですな。ネトゲのコアタイムが深夜だからに決まってるでしょ。陽キャが寝静まったこの時間こそ、僕ら陰キャの本番なわけ」
「そっか。でも、こうして先輩と二人で夜更かしするの、わたし結構好きです」
唐突な言葉にイデアの指先がピタリと止まる。
心臓が大きく脈打った。
耳の奥で自分の血流の音がうるさいほどに響く。
「な、ななな、何言ってるわけ!? 寝言は寝てから言ってくだされ! 脳内バグってんじゃないの!?」
「バグってないですよ。だってイデア先輩、なかなか部屋から出てきてくれないし。こうしてゆっくり話せるの、この時間だけだから」
ななしは膝を抱えじっとイデアを見つめている。
その瞳には画面の光とは違う熱のようなものが宿っているように見えた。
じわじわと身体の芯から熱が広がっていく。
それは魔力の暴走でも発熱でもない。
もっとタチの悪い何かだ。
「……ななし氏は本当に、そういうことを平気で言う」
「え?」
「僕が、どんな気持ちでここにいるか、何も知らないくせに」
絞り出すような声は驚くほど低かった。
ななしの視線がイデアの唇へと向けられる。
ほんの数十センチの距離。
お互いの吐息が微かに触れ合う。
空気が密に重くなっていくのが分かった。
ななしがそっと手を伸ばし、イデアのジャージの袖を今度はしっかりと掴んだ。
「イデア先輩の気持ち……教えてくれないから、分からないです」
「教えたらななし氏は逃げるでしょ。僕みたいな陰キャのドロドロした感情なんて耐えられるわけがない」
「逃げません。先輩のこと、もっと知りたいです」
その言葉が導火線に火をつけた。
掴まれた袖からななしの指先の熱が、衣類を通して皮膚へと伝わってくる。冷え切っていたはずのイデアの身体が急速に熱を帯びていく。
視界が狭くなり、目の前のななしの存在だけが異常なほどの解像度で浮かび上がった。
もう引き返せない。
イデアがノートPCを乱暴に閉じる大きな音が部屋に響いた。途端に周囲は暗闇に包まれ、月光と暖炉の残り火の赤だけが二人を照らす。
「……後悔しても、知らないから」
イデアはななしの手首を掴み己の方へと引き寄せた。
驚いたななしの小さな声がイデアの胸の中に吸い込まれていく。
引き寄せた身体は想像以上に柔らかく、そして熱かった。
「イデア、先輩……っ」
「うるさい。全部、ななし氏のせいだから。僕の平穏な日常を壊して、こんな風に狂わせたのは、全部」
内側から湧き上がる衝動が理性を完全に焼き尽くしていく。
ななしを見つめるイデアの瞳はいつもと違い、獲物を捕らえた獣のように鋭い。頭のてっぺんから足の先までななしの存在だけで満たされていく感覚。
触れた肌の滑らかさ、耳元で刻まれる不規則な呼吸、すべてが濃密に脳髄へと直接流れ込んでくる。
「ねえ、僕をどうしたいわけ? ここまで煽っておいて、お預けなんて、そんな生温いこと許されると思ってんの?」
「あおって、ないです……っ。わたしは、ただ……」
「ただ、何? 言わなきゃ分からない。僕の耳元でちゃんと声にして」
イデアの髪が彼の感情の高ぶりを証明していた。
ななしの首筋に顔を埋めると、甘い匂いと体温が容赦なくイデアの理性を削り取っていく。自分の内側がななしという存在によってドロドロに溶かされていくのが分かった。
拒絶される恐怖よりも、このまま全てを奪い去りたいという独占欲が完全に上回っていた。
「……逃がさない。もう、絶対に」
低く囁いた声は夜の闇に深く深く沈んでいった。
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Song by REIKO
「イデア先輩、ここのコードどうしてもエラー吐いちゃうんです」
ななしが画面を指差す。
その指先がイデアの袖口に一瞬だけ触れた。
イデアはびくりと肩を跳ね上げフードを深く被り直す。
「……あー、そこ。構文規則が根本的に違ってる。拙者が昨日渡したメモちゃんと読んだ? 読んでないでしょ」
「読みましたよ! ちゃんと三回は読み返しました。でも実際に打ち込んでみると頭がこんがらがっちゃって」
「三回読んでこれとか、どんだけポンコツ脳内メモリなわけ……。はぁ、貸して。僕が直接書き直すから」
キーボードを引き寄せ指を走らせる。
タイピングの音だけが二人の間の沈黙を埋めた。
ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ななしが使っているシャンプーの匂いだ。
ななしが画面を覗き込もうと、さらに距離を詰めてきたせいで香りが一気に濃くなる。
「わ、すごい。本当に魔法みたい」
「……お世辞とかいらないから。ほらこれで直ったはず。デバッグ走らせてみて」
「ありがとうございます、やっぱりイデア先輩は頼りになります!」
嬉しそうに声を弾ませるななしの横顔をイデアは視線の端で捉えた。画面に照らされたその表情が妙に眩しい。胸の奥がわずかにチクリと痛んだ。
「そういうお世辞はやめてくださらんか。僕の繊細な心には荷が重いんで」
「ふふ、すみません。でも、本当に助かりました」
ななしはそう言って悪戯っぽく微笑む。
その笑顔を見るたびにイデアの心臓は奇妙なリズムを刻み始める。
他者との関わりを極力避けて生きてきたはずなのに、この場所だけはなぜか居心地が悪くない。
「……ななし氏、ちょっと距離近くない? 僕のパーソナルスペース完全に侵食されてるんだけど」
「え? あ、ごめんなさい。画面が見えづらくて、つい」
ななしが少しだけ体を引く。
その瞬間、先ほどまで感じていた体温が遠ざる代わりに肌寒さが押し寄せた。イデアは自嘲気味に長く息を吐き出す。
全部この距離感のせいだ。
この無防備で、境界線の薄いななしのせいに違いない。
時計の針が深夜の一時を回る頃、談話室の空気は目に見えない熱を帯び始めていた。夜の静寂が二人の声を普段よりも小さく、そして親密なものに変えていく。
「イデア先輩。先輩は、どうしていつもそんなに夜更かしなんですか?」
「……愚問ですな。ネトゲのコアタイムが深夜だからに決まってるでしょ。陽キャが寝静まったこの時間こそ、僕ら陰キャの本番なわけ」
「そっか。でも、こうして先輩と二人で夜更かしするの、わたし結構好きです」
唐突な言葉にイデアの指先がピタリと止まる。
心臓が大きく脈打った。
耳の奥で自分の血流の音がうるさいほどに響く。
「な、ななな、何言ってるわけ!? 寝言は寝てから言ってくだされ! 脳内バグってんじゃないの!?」
「バグってないですよ。だってイデア先輩、なかなか部屋から出てきてくれないし。こうしてゆっくり話せるの、この時間だけだから」
ななしは膝を抱えじっとイデアを見つめている。
その瞳には画面の光とは違う熱のようなものが宿っているように見えた。
じわじわと身体の芯から熱が広がっていく。
それは魔力の暴走でも発熱でもない。
もっとタチの悪い何かだ。
「……ななし氏は本当に、そういうことを平気で言う」
「え?」
「僕が、どんな気持ちでここにいるか、何も知らないくせに」
絞り出すような声は驚くほど低かった。
ななしの視線がイデアの唇へと向けられる。
ほんの数十センチの距離。
お互いの吐息が微かに触れ合う。
空気が密に重くなっていくのが分かった。
ななしがそっと手を伸ばし、イデアのジャージの袖を今度はしっかりと掴んだ。
「イデア先輩の気持ち……教えてくれないから、分からないです」
「教えたらななし氏は逃げるでしょ。僕みたいな陰キャのドロドロした感情なんて耐えられるわけがない」
「逃げません。先輩のこと、もっと知りたいです」
その言葉が導火線に火をつけた。
掴まれた袖からななしの指先の熱が、衣類を通して皮膚へと伝わってくる。冷え切っていたはずのイデアの身体が急速に熱を帯びていく。
視界が狭くなり、目の前のななしの存在だけが異常なほどの解像度で浮かび上がった。
もう引き返せない。
イデアがノートPCを乱暴に閉じる大きな音が部屋に響いた。途端に周囲は暗闇に包まれ、月光と暖炉の残り火の赤だけが二人を照らす。
「……後悔しても、知らないから」
イデアはななしの手首を掴み己の方へと引き寄せた。
驚いたななしの小さな声がイデアの胸の中に吸い込まれていく。
引き寄せた身体は想像以上に柔らかく、そして熱かった。
「イデア、先輩……っ」
「うるさい。全部、ななし氏のせいだから。僕の平穏な日常を壊して、こんな風に狂わせたのは、全部」
内側から湧き上がる衝動が理性を完全に焼き尽くしていく。
ななしを見つめるイデアの瞳はいつもと違い、獲物を捕らえた獣のように鋭い。頭のてっぺんから足の先までななしの存在だけで満たされていく感覚。
触れた肌の滑らかさ、耳元で刻まれる不規則な呼吸、すべてが濃密に脳髄へと直接流れ込んでくる。
「ねえ、僕をどうしたいわけ? ここまで煽っておいて、お預けなんて、そんな生温いこと許されると思ってんの?」
「あおって、ないです……っ。わたしは、ただ……」
「ただ、何? 言わなきゃ分からない。僕の耳元でちゃんと声にして」
イデアの髪が彼の感情の高ぶりを証明していた。
ななしの首筋に顔を埋めると、甘い匂いと体温が容赦なくイデアの理性を削り取っていく。自分の内側がななしという存在によってドロドロに溶かされていくのが分かった。
拒絶される恐怖よりも、このまま全てを奪い去りたいという独占欲が完全に上回っていた。
「……逃がさない。もう、絶対に」
低く囁いた声は夜の闇に深く深く沈んでいった。
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Song by REIKO
