歌詞シリーズ
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薄暗い部屋の隅で冷却ファンの低いうなりだけが響いている。
ディスプレイの放つ青白い光が床に座り込む二人の影を長く引き延ばしていた。お菓子の空き袋と、炭酸飲料の缶がいくつも転がっている。
「ななし氏、それ。僕の限定ノベルティのマグカップなんだけど」
イデアは膝を抱えたまま、長い前髪の隙間からこちらを睨んだ。
髪の先端が感情の揺らぎに合わせて小さくちりちりと爆ぜる。
「あ、すみません。使いやすくてつい」
ななしは手元にあった温かいココアを一口すする。
イデアの視線はマグカップを持つななしの指先に一瞬だけ固定され、それからひどく慌てたように画面へと戻された。
「別に、怒ってないし。ただそれ、僕の口が触れたかもしれないやつだし……。いや、洗ってあるけど! 洗ってあるけどさぁ! そういうの、普通は気にするでしょ、異性として」
「イデア先輩相手なら、別に気にしませんよ」
「そういうセリフ、オタクはすぐ真に受けるからやめてくださらんか。死んじゃう。拙者のガラスのハートは限界突破寸前だから」
イデアはわざとらしくキーボードを強く叩く。
カチカチという乾いた音が、狭い部屋にやけに大きく響いた。
外は雨が降っている。窓ガラスを叩く規則的な雨音が、二人の間の沈黙を少しずつ埋めていく。
「先輩、次のステージ、どうします?」
「あー、そこは右ルート。トラップあるから、僕の後ろについてきて。ほら、早く」
言われるがままにコントローラーを動かす。
画面の中のキャラクターが二頭身でちょこまかと動き回るのを見つめながら、ななしは少しだけ体をイデアの方へと寄せた。
ほんの数センチ、距離が縮まる。
「……近い。近いです、ななし氏」
「画面、ちょっと見えにくくて」
「嘘おっしゃい。そもそもオンボロ寮に部屋あるでしょ。なんでわざわざ拙者の部屋にくるわけ?」
文句を言いながらも、イデアがそれ以上離れようとしないことを、ななしは知っている。彼の青い髪が心なしかいつもより温度を増しているように見えた。
◇
ゲームの画面が「GAME OVER」の文字を表示する。
どちらからともなくコントローラーを床に置いた。
部屋の空気は、いつの間にかじっとりと重くなっている。
雨のせいで湿度が上がっただけではない。二人の距離が、先ほどよりも明らかに近くなっていた。
「あー、もう。今日の乱数は最悪。全部ななし氏が近くにいるせいで、僕の集中力がデバフ受けてるせいだし」
イデアは体育座りのまま、顔を膝に埋める。
しかし、その隙間から覗く耳の先端が、髪の炎と同じように赤く染まっているのが丸見えだった。
「わたしのせいですか?」
「そうだよ、完全にななし氏のせい。自覚ないの? タチ悪いわぁ。僕みたいな陰キャをこんな密室で揺さぶって、何が楽しいわけ?」
「ただ、先輩と一緒にいたいだけです」
その言葉が落ちた瞬間、イデアの身体がびくりと跳ねる。
彼がゆっくりと顔を上げた。
暗がりの中、互いの吐息が届くほどの距離。イデアの瞳がディスプレイの光を反射して怪しく、そして切なげに光っている。
「……そういうこと、簡単に言わないで。僕、本当に勘違いするから」
「勘違いじゃなかったら、どうします?」
ななしが手を伸ばす。
その指先が、床についていたイデアの手の甲に触れた。
ひんやりとしているかと思った彼の肌は、驚くほど熱を持っていた。
イデアは逃げようとしなかった。ただ、カタカタと小さく震える手をななしの指がそっとなぞる。
「ひえ……っ、あ、熱い……。いや、僕じゃなくて、ななし氏の手が。何これ、なんでそんなに温かいわけ? ずるいじゃん」
「先輩、血圧低そうなのに、体温高いんですね」
「違う。僕の心拍数がバグってるだけ。これ、絶対に心臓の限界値超えてる。ほら、聞こえるでしょ、この不整脈」
イデアは自分の胸元を片手で押さえる。
衣服越しでも分かるほど、彼の胸は激しく上下していた。
感情の波が、言葉ではなく、確かな身体の熱となって二人の間に満ちていく。ななしの指先から伝わる体温が、イデアの血流をさらに加速させているようだった。
イデアが、繋がれたままの手にぐっと力を込めた。
細くて長い指が、ななしの指の隙間に滑り込んでいく。
肉体同士が深く絡み合うような、濃密な感触。
部屋の空気は完全に二人の熱に支配されていた。
「ねえ、君はさ、僕をどうしたいの?」
イデアの声は先ほどまでの早口とは打って変わって、低く、掠れていた。どこか諦めたような、それでいて縋るような響き。
「どうもしません。ここにいるだけです」
「ずるい。底なし沼に引きずり込んでおいて、自分だけ安全圏にいるつもり?」
彼の内面にあるドロドロとした独占欲と依存心が、言葉の端々から溢れ出している。イデアはななしの顔をじっと見つめた。その視線はまるで、魂の奥底まで暴こうとするかのように執拗で濃密だった。
「知ってるよ。君が他の寮の奴らと話してる時、どんな顔してるか。僕に向ける笑顔とは違う、まともな、陽キャ向けの顔。……それが、すごく嫌」
「イデア先輩」
「呼ぶな。名前を呼ばれるだけで、脳内の伝達物質が異常分泌されて頭おかしくなりそう。……うそ、ほんとは、もっと呼んでほしい」
矛盾した感情が、彼の胸の中で渦巻いている。
イデアは繋いだ手を自分の口元へと引き寄せた。
そしてななしの親指の付け根に、そっと自身の唇を押し当てる。
柔らかく、ひどく熱い感触がななしの肌に刻み込まれた。
「僕のこと、ちゃんと見て。画面の中を見るみたいに、一時的な消費じゃなくて。君の現実の、一番深いところに、僕を置いて」
彼の青い髪が一瞬だけ強く輝いて、それからふっと光を落とした。
薄暗い部屋の真ん中で、二人の境界線が曖昧になっていく。
イデアの瞳に映る自分の姿だけが、この世界のすべてであるかのように、ななしは深く、彼の熱の中に沈んでいった。
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Song by Tele
ディスプレイの放つ青白い光が床に座り込む二人の影を長く引き延ばしていた。お菓子の空き袋と、炭酸飲料の缶がいくつも転がっている。
「ななし氏、それ。僕の限定ノベルティのマグカップなんだけど」
イデアは膝を抱えたまま、長い前髪の隙間からこちらを睨んだ。
髪の先端が感情の揺らぎに合わせて小さくちりちりと爆ぜる。
「あ、すみません。使いやすくてつい」
ななしは手元にあった温かいココアを一口すする。
イデアの視線はマグカップを持つななしの指先に一瞬だけ固定され、それからひどく慌てたように画面へと戻された。
「別に、怒ってないし。ただそれ、僕の口が触れたかもしれないやつだし……。いや、洗ってあるけど! 洗ってあるけどさぁ! そういうの、普通は気にするでしょ、異性として」
「イデア先輩相手なら、別に気にしませんよ」
「そういうセリフ、オタクはすぐ真に受けるからやめてくださらんか。死んじゃう。拙者のガラスのハートは限界突破寸前だから」
イデアはわざとらしくキーボードを強く叩く。
カチカチという乾いた音が、狭い部屋にやけに大きく響いた。
外は雨が降っている。窓ガラスを叩く規則的な雨音が、二人の間の沈黙を少しずつ埋めていく。
「先輩、次のステージ、どうします?」
「あー、そこは右ルート。トラップあるから、僕の後ろについてきて。ほら、早く」
言われるがままにコントローラーを動かす。
画面の中のキャラクターが二頭身でちょこまかと動き回るのを見つめながら、ななしは少しだけ体をイデアの方へと寄せた。
ほんの数センチ、距離が縮まる。
「……近い。近いです、ななし氏」
「画面、ちょっと見えにくくて」
「嘘おっしゃい。そもそもオンボロ寮に部屋あるでしょ。なんでわざわざ拙者の部屋にくるわけ?」
文句を言いながらも、イデアがそれ以上離れようとしないことを、ななしは知っている。彼の青い髪が心なしかいつもより温度を増しているように見えた。
◇
ゲームの画面が「GAME OVER」の文字を表示する。
どちらからともなくコントローラーを床に置いた。
部屋の空気は、いつの間にかじっとりと重くなっている。
雨のせいで湿度が上がっただけではない。二人の距離が、先ほどよりも明らかに近くなっていた。
「あー、もう。今日の乱数は最悪。全部ななし氏が近くにいるせいで、僕の集中力がデバフ受けてるせいだし」
イデアは体育座りのまま、顔を膝に埋める。
しかし、その隙間から覗く耳の先端が、髪の炎と同じように赤く染まっているのが丸見えだった。
「わたしのせいですか?」
「そうだよ、完全にななし氏のせい。自覚ないの? タチ悪いわぁ。僕みたいな陰キャをこんな密室で揺さぶって、何が楽しいわけ?」
「ただ、先輩と一緒にいたいだけです」
その言葉が落ちた瞬間、イデアの身体がびくりと跳ねる。
彼がゆっくりと顔を上げた。
暗がりの中、互いの吐息が届くほどの距離。イデアの瞳がディスプレイの光を反射して怪しく、そして切なげに光っている。
「……そういうこと、簡単に言わないで。僕、本当に勘違いするから」
「勘違いじゃなかったら、どうします?」
ななしが手を伸ばす。
その指先が、床についていたイデアの手の甲に触れた。
ひんやりとしているかと思った彼の肌は、驚くほど熱を持っていた。
イデアは逃げようとしなかった。ただ、カタカタと小さく震える手をななしの指がそっとなぞる。
「ひえ……っ、あ、熱い……。いや、僕じゃなくて、ななし氏の手が。何これ、なんでそんなに温かいわけ? ずるいじゃん」
「先輩、血圧低そうなのに、体温高いんですね」
「違う。僕の心拍数がバグってるだけ。これ、絶対に心臓の限界値超えてる。ほら、聞こえるでしょ、この不整脈」
イデアは自分の胸元を片手で押さえる。
衣服越しでも分かるほど、彼の胸は激しく上下していた。
感情の波が、言葉ではなく、確かな身体の熱となって二人の間に満ちていく。ななしの指先から伝わる体温が、イデアの血流をさらに加速させているようだった。
イデアが、繋がれたままの手にぐっと力を込めた。
細くて長い指が、ななしの指の隙間に滑り込んでいく。
肉体同士が深く絡み合うような、濃密な感触。
部屋の空気は完全に二人の熱に支配されていた。
「ねえ、君はさ、僕をどうしたいの?」
イデアの声は先ほどまでの早口とは打って変わって、低く、掠れていた。どこか諦めたような、それでいて縋るような響き。
「どうもしません。ここにいるだけです」
「ずるい。底なし沼に引きずり込んでおいて、自分だけ安全圏にいるつもり?」
彼の内面にあるドロドロとした独占欲と依存心が、言葉の端々から溢れ出している。イデアはななしの顔をじっと見つめた。その視線はまるで、魂の奥底まで暴こうとするかのように執拗で濃密だった。
「知ってるよ。君が他の寮の奴らと話してる時、どんな顔してるか。僕に向ける笑顔とは違う、まともな、陽キャ向けの顔。……それが、すごく嫌」
「イデア先輩」
「呼ぶな。名前を呼ばれるだけで、脳内の伝達物質が異常分泌されて頭おかしくなりそう。……うそ、ほんとは、もっと呼んでほしい」
矛盾した感情が、彼の胸の中で渦巻いている。
イデアは繋いだ手を自分の口元へと引き寄せた。
そしてななしの親指の付け根に、そっと自身の唇を押し当てる。
柔らかく、ひどく熱い感触がななしの肌に刻み込まれた。
「僕のこと、ちゃんと見て。画面の中を見るみたいに、一時的な消費じゃなくて。君の現実の、一番深いところに、僕を置いて」
彼の青い髪が一瞬だけ強く輝いて、それからふっと光を落とした。
薄暗い部屋の真ん中で、二人の境界線が曖昧になっていく。
イデアの瞳に映る自分の姿だけが、この世界のすべてであるかのように、ななしは深く、彼の熱の中に沈んでいった。
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Song by Tele
