問題児たちはオンボロ寮の合鍵が欲しい
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
オンボロ寮を囲む枯れ木が、夜風に揺れてガサガサと不穏な音を立てる。
月明かりさえ届かないほど深い夜、ななしが談話室の窓から外を覗くと、そこにはいつものように黒い影が佇んでいた。茨の谷の次期王、マレウス・ドラコニア。彼は夜の散歩の途中に、ふらりとこの寂れた寮へ立ち寄るのが常だった。
「今夜も風が心地よいな、ななし。……中へ入っても構わないだろうか」
マレウスが穏やかに、しかしどこか期待を込めた眼差しで問いかける。ななしが扉を開けると、彼は静かな足取りで中へ踏み込んできた。
「いらっしゃいツノ太郎! ちょうどいいところに。これ見てください。今、誰に預けるか検討中なんです」
ななしはテーブルの上に置かれた、金属特有の鈍い光を放つ四つの合鍵を指し示した。学園長から手渡された、オンボロ寮の合鍵だ。
「これは……鍵か」
「うん、学園長から何かあった時のために信頼できる人に渡しなさいってもらったの」
マレウスの瞳が好奇心に満ちて細められる。
彼は長い指先で、鍵の表面を愛おしむようにそっとなぞった。
マレウスにとって、このオンボロ寮は自分の肩書きを忘れ、一人の客として招かれる稀有な場所だ。もしこの鍵を手にすることができれば、それは彼にとって、この特別な空間への永住権を得たも同義である。
「ななし。この鍵を一本、僕に預けることを検討してはくれないだろうか。夜の散歩の折、ヒトの子が眠りに就いている間でも、僕がこの寮の周囲を見守ることができる」
マレウスの提案は、彼なりの最大の親愛だった。
彼の魔力をもってすれば、この寮を鉄壁の守護で包むことなど造作もない。マレウスの胸中には、自分なら誰よりもこの寮を、そしてななしを完璧に守れるという自負があった。
しかし、ななしは申し訳なさそうに、鍵をそっと手の中に握り込んだ。
「ごめんねツノ太郎。まだちょっと誰に預けるか迷ってて……」
「……何故だ? 僕の力が不足しているとでも?」
マレウスの声に、隠しきれない寂しさが混じる。
周囲の空気が、彼の感情に呼応するようにわずかに冷え込んだ。
「ツノ太郎は夜の散歩でよくオンボロ寮に来てくれるじゃないですか。もしツノ太郎に鍵を渡しちゃったら、今日みたいにお出迎えすることができなくなっちゃうかなって。わたしツノ太郎には『いらっしゃい』って言いたいんですよ。合鍵渡しちゃったら、その楽しみがなくなっちゃうかなーって悩んでて」
ななしは、本気でその瞬間を大切に思っているような顔で笑った。マレウスの強大な魔力や地位など、彼女にとっては鍵を渡さない理由にはなり得ない。ただ、彼を来客として迎え入れる喜びを、誰にも譲りたくないだけなのだ。
マレウスは目を見開き、言葉を失った。
「……そうか、ヒトの子は僕との対話を望んでいるのだな」
突き放されたのではない。
自分との繋がりの形を、彼女なりに大切にしようとしている。その純粋すぎる理屈に、マレウスのプライドは心地よく霧散していった。
「くくっ……ははは! なるほど、ヒトの子らしい答えだ」
マレウスは愉快そうに喉を鳴らして笑った。
窓の外で雷鳴が轟くこともなく、ただ穏やかな笑い声が室内に響く。
「ならば、もう少し悩むといい。ななしの言う通り、鍵を預かるまではこれからもこの扉を叩くことにしよう。ヒトの子が僕を迎え入れてくれる、その瞬間を僕もしっかりと味わおう」
彼は椅子に腰を下ろし、ななしが淹れた温かい茶の香りを愉しんだ。鍵という形ある絆は手に入らなかったが、代わりに鍵よりもずっと強固な約束を確認できた。
「だが、ななし。もし万が一、僕以外の誰かにその鍵を渡すという結論に至ったなら……その時は、僕も考えがある。……その覚悟はしておくといい」
悪戯っぽく微笑むマレウスの瞳は、検討段階という言葉の裏にある、手に入らなかった鍵への執着を隠しきれていなかった。
月明かりさえ届かないほど深い夜、ななしが談話室の窓から外を覗くと、そこにはいつものように黒い影が佇んでいた。茨の谷の次期王、マレウス・ドラコニア。彼は夜の散歩の途中に、ふらりとこの寂れた寮へ立ち寄るのが常だった。
「今夜も風が心地よいな、ななし。……中へ入っても構わないだろうか」
マレウスが穏やかに、しかしどこか期待を込めた眼差しで問いかける。ななしが扉を開けると、彼は静かな足取りで中へ踏み込んできた。
「いらっしゃいツノ太郎! ちょうどいいところに。これ見てください。今、誰に預けるか検討中なんです」
ななしはテーブルの上に置かれた、金属特有の鈍い光を放つ四つの合鍵を指し示した。学園長から手渡された、オンボロ寮の合鍵だ。
「これは……鍵か」
「うん、学園長から何かあった時のために信頼できる人に渡しなさいってもらったの」
マレウスの瞳が好奇心に満ちて細められる。
彼は長い指先で、鍵の表面を愛おしむようにそっとなぞった。
マレウスにとって、このオンボロ寮は自分の肩書きを忘れ、一人の客として招かれる稀有な場所だ。もしこの鍵を手にすることができれば、それは彼にとって、この特別な空間への永住権を得たも同義である。
「ななし。この鍵を一本、僕に預けることを検討してはくれないだろうか。夜の散歩の折、ヒトの子が眠りに就いている間でも、僕がこの寮の周囲を見守ることができる」
マレウスの提案は、彼なりの最大の親愛だった。
彼の魔力をもってすれば、この寮を鉄壁の守護で包むことなど造作もない。マレウスの胸中には、自分なら誰よりもこの寮を、そしてななしを完璧に守れるという自負があった。
しかし、ななしは申し訳なさそうに、鍵をそっと手の中に握り込んだ。
「ごめんねツノ太郎。まだちょっと誰に預けるか迷ってて……」
「……何故だ? 僕の力が不足しているとでも?」
マレウスの声に、隠しきれない寂しさが混じる。
周囲の空気が、彼の感情に呼応するようにわずかに冷え込んだ。
「ツノ太郎は夜の散歩でよくオンボロ寮に来てくれるじゃないですか。もしツノ太郎に鍵を渡しちゃったら、今日みたいにお出迎えすることができなくなっちゃうかなって。わたしツノ太郎には『いらっしゃい』って言いたいんですよ。合鍵渡しちゃったら、その楽しみがなくなっちゃうかなーって悩んでて」
ななしは、本気でその瞬間を大切に思っているような顔で笑った。マレウスの強大な魔力や地位など、彼女にとっては鍵を渡さない理由にはなり得ない。ただ、彼を来客として迎え入れる喜びを、誰にも譲りたくないだけなのだ。
マレウスは目を見開き、言葉を失った。
「……そうか、ヒトの子は僕との対話を望んでいるのだな」
突き放されたのではない。
自分との繋がりの形を、彼女なりに大切にしようとしている。その純粋すぎる理屈に、マレウスのプライドは心地よく霧散していった。
「くくっ……ははは! なるほど、ヒトの子らしい答えだ」
マレウスは愉快そうに喉を鳴らして笑った。
窓の外で雷鳴が轟くこともなく、ただ穏やかな笑い声が室内に響く。
「ならば、もう少し悩むといい。ななしの言う通り、鍵を預かるまではこれからもこの扉を叩くことにしよう。ヒトの子が僕を迎え入れてくれる、その瞬間を僕もしっかりと味わおう」
彼は椅子に腰を下ろし、ななしが淹れた温かい茶の香りを愉しんだ。鍵という形ある絆は手に入らなかったが、代わりに鍵よりもずっと強固な約束を確認できた。
「だが、ななし。もし万が一、僕以外の誰かにその鍵を渡すという結論に至ったなら……その時は、僕も考えがある。……その覚悟はしておくといい」
悪戯っぽく微笑むマレウスの瞳は、検討段階という言葉の裏にある、手に入らなかった鍵への執着を隠しきれていなかった。
