◯◯しないと出られない部屋
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学園の喧騒から離れた、常に薄暗い霧が漂う植物園の裏手。
ななしは、モストロ・ラウンジの新メニューに使う山菜の相談があるというジェイドに呼び出され足を運んでいた。
「ジェイド先輩、お待たせしました。……って、ここ湿気がすごいですね。資料室じゃなくて、わざわざここで?」
「ええ。少し珍しい品種のキノコが自生しているのを見つけまして、観察も兼ねてと考えたのですが……おや?」
ジェイドが古い石造りの扉を閉めた瞬間、周囲の景色が陽炎のように揺らぎ始めた。生い茂っていたシダ植物は瞬く間に消え、視界は無機質な真っ白な空間へと塗り替えられる。
「わっ、何これ! 誰かのいたずらですかね?」
「……困りました、扉が消失しています。どうやら最近噂になっている閉じ込められる部屋に迷い込んでしまったようです」
ジェイドは整った顔立ちに微かな困惑を浮かべ、鋭い金色の瞳で周囲を観察する。真っ白な壁に、青白い魔法の文字が浮かび上がった。
本音で話し合わないと出られない部屋
「……これはまた少々難易度の高い条件ですね」
「えー、そうですか? 私はいつでも本音で話してますよ」
ななしは楽観的に笑い飛ばし、床にぺたんと座り込んだ。
「とりあえず適当に話しちゃいましょうか」
「…………ななしさん。あなたという人は、本当に…」
ジェイドは苦笑を浮かべ彼女の向かい側に膝をついた。
「では始めましょうか。……まずは僕から。……正直に言いましょう。僕は今の今まで、この状況を面白いと考えていました」
「ジェイド先輩こういうハプニング好きそうですもんね」
「いいえ、それだけではありません。あなたと二人きりで、誰にも邪魔されずに一定時間過ごせる。その正当な理由が与えられたことに安堵している自分すらいたのですよ」
「え……?」
ななしの笑顔がわずかに固まる。
ジェイドの瞳はいつも通りの穏やかな微笑を湛えているようでいて、その奥には底知れない熱が灯っていた。
「ジェイド、先輩……?」
「さあ、次はあなたの番です。……本音ですよ、ななしさん」
「え、えーと。……私、ジェイド先輩のこと、ずっと何を考えてるか分からなくて面白い人だなって思ってました!」
「……ほう。面白い、ですか」
「はい! キノコの話をしてる時の楽しそうな顔とか、アズール先輩をさりげなくからかってる時の顔とか。……見てて飽きないし、もっと近くで見たいなって」
タイマーが刻む音が、静かな部屋に響く。
「……おや。扉はピクリとも動きませんね。……まだ一定の時間には届かないようです」
ジェイドがじりじりと距離を詰める。
「ななしさん。……僕は、あなたのその楽観的なところに、救われると同時に……ひどく焦燥感を覚えることがあるんです」
「えっ、焦燥感? 私、何か悪いことしましたか?」
「いいえ。あなたが誰にでも平等に笑顔を向けるたびに……その光を独占してしまいたいという醜い欲求が僕の理性を蝕んでいく」
ジェイドの声がいつもより一段低く響く。
「ジェイド先輩にそんなふうに思われてるなんて、全然気づかなかったです」
「ええ。あなたは鈍感ですからね。ですが、僕のこの独占欲は、あなたを困らせてしまうでしょうか?」
「困る、っていうか。……でもなんだか、嬉しいかも?……あ、これも本音ですよ! 嘘じゃないです!」
ななしは照れ隠しに笑おうとしたが、ジェイドの真剣な眼差しに、笑い声は震えて消えた。
「……嬉しい、ですか。……あなたは本当に、僕の予想を軽々と超えていかれますね」
ジェイドはそっと、ななしの頬に指先を滑らせた。
「では、さらに踏み込みましょう。僕は、アズールやフロイドの前で見せる僕と、あなたの前で見せる僕が、明確に違うことを自覚しています」
「……私、先輩の意地悪なところも、結構好きですからね」
「……。……結構ですか。……それでは足りませんね」
ジェイドの手が、ななしの首筋へと降りていく。
「ななしさん。……本音を言いましょう。僕は今、この部屋が開くことを拒んでいる自分さえいるのです。あなたが僕の言葉に、これほどまでに純粋に反応してくださるのなら。このまま一生閉ざされた中で二人きりでいたいと」
「……ジェイド、先輩……?」
「さあ。……あなたの本音も僕に差し出してください」
ななしはジェイドの冷たい指先が触れる場所から熱が広がっていくのを感じていた。
「……わたし、……ジェイド先輩に、特別に扱われるのが、本当は……怖かったんです」
「……おや。怖い、ですか?」
「はい、……先輩ってあまり感情的になったりしないので、ずっと気持ちが読めない人だなって思ってました。……わたしのことなんて、ただの観察対象とか暇つぶし相手なんだろうなって。でも、そうじゃないなら。……もし、今の言葉が全部本当なら。わたし、先輩のことが、苦しいくらいに好きです」
ななしの瞳に、薄らと涙が浮かぶ。
「……正直、逃げ出したいんじゃなくて、もっと閉じ込めてほしいって思ってしまっている自分がいるんです。……これが、わたしの……本音です」
その瞬間。
真っ白な壁がまばゆい光を放ち、タイマーが停止した。
だが、扉はまだ開かない。
「……ふふ。……扉が開いたみたいですね」
ジェイドは満足げに目を細め、ななしを抱き寄せた。
「……あは、あはは。タイミングがいいのか悪いのか」
「……ななしさん。……僕はもう、容赦はしませんよ」
「え……?」
「……あなたが『もっと閉じ込めてほしい』と言ったのです。その言葉、一生かけて僕が履行して差し上げます」
ジェイドの唇が、ななしの耳元を掠める。
「……愛していますよ、ななしさん。……この言葉に、一点の曇りもないことを、今ここで証明してもよろしいですか?」
「……えっと、その、もう少しだけ心の準備の時間がほしいかなー、なんて」
視線が合う恥ずかしさに耐えられず、ジェイドの広い胸の中に顔を埋め、彼の心臓の音を聴く。いつも冷静沈着な彼の鼓動が、自分と同じように激しく、そして狂おしく打ち鳴らされていた。
真っ白な部屋が霧のように溶け、再び植物園裏の湿った空気が二人を包み込む。
・
「……おや。……戻ってしまいましたね」
「……ですね。……あはは、キノコの観察、まだ途中でしたっけ」
「ふふ、キノコよりも、もっと興味深い対象が目の前にいますから」
ジェイドはななしの指先を、愛おしそうに一本ずつなぞった。
「……ななしさん。先ほどの本音、忘れないでくださいね。僕は一度捕まえた獲物は、決して逃さないタチですので」
「……分かってます。逃げるつもりなんて、最初からないですから」
離れぬよう繋ぎ合わされた互いの指先から、抗いようのない熱が静かに、そして深く伝わり続けていた。
「……さあ、行きましょうか。アズールに、少しばかりの言い訳を考えなくてはなりません」
「あはは! それは大変そう。わたしも一緒に、謝りに行きます!」
繋いだ手はどちらからともなく、さらに強く握り締められていた。
ななしは、モストロ・ラウンジの新メニューに使う山菜の相談があるというジェイドに呼び出され足を運んでいた。
「ジェイド先輩、お待たせしました。……って、ここ湿気がすごいですね。資料室じゃなくて、わざわざここで?」
「ええ。少し珍しい品種のキノコが自生しているのを見つけまして、観察も兼ねてと考えたのですが……おや?」
ジェイドが古い石造りの扉を閉めた瞬間、周囲の景色が陽炎のように揺らぎ始めた。生い茂っていたシダ植物は瞬く間に消え、視界は無機質な真っ白な空間へと塗り替えられる。
「わっ、何これ! 誰かのいたずらですかね?」
「……困りました、扉が消失しています。どうやら最近噂になっている閉じ込められる部屋に迷い込んでしまったようです」
ジェイドは整った顔立ちに微かな困惑を浮かべ、鋭い金色の瞳で周囲を観察する。真っ白な壁に、青白い魔法の文字が浮かび上がった。
本音で話し合わないと出られない部屋
「……これはまた少々難易度の高い条件ですね」
「えー、そうですか? 私はいつでも本音で話してますよ」
ななしは楽観的に笑い飛ばし、床にぺたんと座り込んだ。
「とりあえず適当に話しちゃいましょうか」
「…………ななしさん。あなたという人は、本当に…」
ジェイドは苦笑を浮かべ彼女の向かい側に膝をついた。
「では始めましょうか。……まずは僕から。……正直に言いましょう。僕は今の今まで、この状況を面白いと考えていました」
「ジェイド先輩こういうハプニング好きそうですもんね」
「いいえ、それだけではありません。あなたと二人きりで、誰にも邪魔されずに一定時間過ごせる。その正当な理由が与えられたことに安堵している自分すらいたのですよ」
「え……?」
ななしの笑顔がわずかに固まる。
ジェイドの瞳はいつも通りの穏やかな微笑を湛えているようでいて、その奥には底知れない熱が灯っていた。
「ジェイド、先輩……?」
「さあ、次はあなたの番です。……本音ですよ、ななしさん」
「え、えーと。……私、ジェイド先輩のこと、ずっと何を考えてるか分からなくて面白い人だなって思ってました!」
「……ほう。面白い、ですか」
「はい! キノコの話をしてる時の楽しそうな顔とか、アズール先輩をさりげなくからかってる時の顔とか。……見てて飽きないし、もっと近くで見たいなって」
タイマーが刻む音が、静かな部屋に響く。
「……おや。扉はピクリとも動きませんね。……まだ一定の時間には届かないようです」
ジェイドがじりじりと距離を詰める。
「ななしさん。……僕は、あなたのその楽観的なところに、救われると同時に……ひどく焦燥感を覚えることがあるんです」
「えっ、焦燥感? 私、何か悪いことしましたか?」
「いいえ。あなたが誰にでも平等に笑顔を向けるたびに……その光を独占してしまいたいという醜い欲求が僕の理性を蝕んでいく」
ジェイドの声がいつもより一段低く響く。
「ジェイド先輩にそんなふうに思われてるなんて、全然気づかなかったです」
「ええ。あなたは鈍感ですからね。ですが、僕のこの独占欲は、あなたを困らせてしまうでしょうか?」
「困る、っていうか。……でもなんだか、嬉しいかも?……あ、これも本音ですよ! 嘘じゃないです!」
ななしは照れ隠しに笑おうとしたが、ジェイドの真剣な眼差しに、笑い声は震えて消えた。
「……嬉しい、ですか。……あなたは本当に、僕の予想を軽々と超えていかれますね」
ジェイドはそっと、ななしの頬に指先を滑らせた。
「では、さらに踏み込みましょう。僕は、アズールやフロイドの前で見せる僕と、あなたの前で見せる僕が、明確に違うことを自覚しています」
「……私、先輩の意地悪なところも、結構好きですからね」
「……。……結構ですか。……それでは足りませんね」
ジェイドの手が、ななしの首筋へと降りていく。
「ななしさん。……本音を言いましょう。僕は今、この部屋が開くことを拒んでいる自分さえいるのです。あなたが僕の言葉に、これほどまでに純粋に反応してくださるのなら。このまま一生閉ざされた中で二人きりでいたいと」
「……ジェイド、先輩……?」
「さあ。……あなたの本音も僕に差し出してください」
ななしはジェイドの冷たい指先が触れる場所から熱が広がっていくのを感じていた。
「……わたし、……ジェイド先輩に、特別に扱われるのが、本当は……怖かったんです」
「……おや。怖い、ですか?」
「はい、……先輩ってあまり感情的になったりしないので、ずっと気持ちが読めない人だなって思ってました。……わたしのことなんて、ただの観察対象とか暇つぶし相手なんだろうなって。でも、そうじゃないなら。……もし、今の言葉が全部本当なら。わたし、先輩のことが、苦しいくらいに好きです」
ななしの瞳に、薄らと涙が浮かぶ。
「……正直、逃げ出したいんじゃなくて、もっと閉じ込めてほしいって思ってしまっている自分がいるんです。……これが、わたしの……本音です」
その瞬間。
真っ白な壁がまばゆい光を放ち、タイマーが停止した。
だが、扉はまだ開かない。
「……ふふ。……扉が開いたみたいですね」
ジェイドは満足げに目を細め、ななしを抱き寄せた。
「……あは、あはは。タイミングがいいのか悪いのか」
「……ななしさん。……僕はもう、容赦はしませんよ」
「え……?」
「……あなたが『もっと閉じ込めてほしい』と言ったのです。その言葉、一生かけて僕が履行して差し上げます」
ジェイドの唇が、ななしの耳元を掠める。
「……愛していますよ、ななしさん。……この言葉に、一点の曇りもないことを、今ここで証明してもよろしいですか?」
「……えっと、その、もう少しだけ心の準備の時間がほしいかなー、なんて」
視線が合う恥ずかしさに耐えられず、ジェイドの広い胸の中に顔を埋め、彼の心臓の音を聴く。いつも冷静沈着な彼の鼓動が、自分と同じように激しく、そして狂おしく打ち鳴らされていた。
真っ白な部屋が霧のように溶け、再び植物園裏の湿った空気が二人を包み込む。
・
「……おや。……戻ってしまいましたね」
「……ですね。……あはは、キノコの観察、まだ途中でしたっけ」
「ふふ、キノコよりも、もっと興味深い対象が目の前にいますから」
ジェイドはななしの指先を、愛おしそうに一本ずつなぞった。
「……ななしさん。先ほどの本音、忘れないでくださいね。僕は一度捕まえた獲物は、決して逃さないタチですので」
「……分かってます。逃げるつもりなんて、最初からないですから」
離れぬよう繋ぎ合わされた互いの指先から、抗いようのない熱が静かに、そして深く伝わり続けていた。
「……さあ、行きましょうか。アズールに、少しばかりの言い訳を考えなくてはなりません」
「あはは! それは大変そう。わたしも一緒に、謝りに行きます!」
繋いだ手はどちらからともなく、さらに強く握り締められていた。
