◯◯しないと出られない部屋
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サバナクロー寮の裏手にある、普段は誰も通らないような古びた倉庫。
ななしは、ラギー・ブッチに呼び止められた。
「これ、ちょっとした備品なんすけど、倉庫に入れるの手伝ってもらっていいッスか?」
「あ、ラギー先輩。いいですよ。……これを運べばいいんですね」
「いやぁ、さすがななしくん。話がはやくて助かるッス!」
ラギーはいつものシシシという笑い声を上げ、倉庫の重い扉を引いた。二人が中に足を踏み入れた瞬間――背後で扉が、まるで生き物のように勢いよく閉まった。
「……え?」
「おっと、風かな? ……って、開かないッスね。鍵、かかってなかったはずなんスけど」
ラギーがノブを回すが、扉は岩のように動かない。
直後、真っ暗だったはずの室内に魔法の掲示板が青白く浮かび上がった。
唇に10秒キスしないと出られない部屋
「……え、えええええっ!?」
ななしは掲示板を指差したまま、絶叫に近い声を上げた。
「唇を重ねるって、キス!? 10秒!? ラギー先輩、これ、なんですか! 誰かの悪戯!?」
「うわぁ……。これまた、ベタなやつに捕まりましたねぇ」
ラギーは後頭部を掻きながら、困ったように眉を下げる。だが、その瞳の奥にはいつもの抜け目のない光が宿っていた。
「どうするんスか、ななしくん。これ、やらないと一生ここから出られないみたいッスけど?」
「や、やるって……心の準備が! あ、そっか、これドッキリですよね? どこかにカメラあります?」
ななしは照れが限界に達し、顔を引き攣らせて笑い出した。
「あはは、面白いなぁ! 10秒って、結構長いですよ!? 息止まっちゃいますよ!」
「いや、笑いすぎッスよ、ななしくん。……まあ、オレとしても、こんな狭苦しい場所で干からびるのは勘弁なんスよね。ほら、サクッと済ませちゃいません?」
ラギーは飄々とした態度で一歩、距離を詰めた。
「え、えっ、今から!? あ、ちょっと待って……あはは、先輩、顔が近いですよ!」
「仕事は早めに終わらせるのがオレの主義ッス。……で、ちょっと気になったんスけど」
ラギーは掲示板を見上げ、顎に手を当てた。
「これ、10秒間って……『トータルで10秒』なんスかね? それとも『1回で10秒』なんスかね?」
「え……?」
「ほら、検証が必要ッスよ。1秒のキスを10回繰り返して扉が開くのか、それともノンストップで10秒じゃないとダメなのか。確かめたいッスねー、これは」
ラギーは悪い顔をして、シシシと笑った。
「そ、そんなの、1回で10秒に決まってますよ! わざわざ回数分ける意味ないじゃないですか! あはは、先輩ってば変なの!」
「いやいや、効率厨のオレとしては、最短ルートを探したいわけ。……とりあえず、練習がてら1秒くらい、やってみます?」
「あはは! 練習って! ラギー先輩ご冗談を……っ」
笑い声が止まった。
ラギーの手が、ななしの頬にそっと添えられたからだ。
「……じゃ、1秒。……いくッスよ」
「え、あ……」
唇に、柔らかな感触。羽が触れるような、一瞬の接触。
ななしは目を見開いたまま固まった。ラギーは顔を離し、再び掲示板を見る。
「……扉、反応なし。やっぱ1秒じゃ足りないッスね。……次は3秒を3回くらい、試してみます?」
「あ、あはは……3秒……3回。……先輩、意外と真面目に検証するんですね……」
「当り前でしょ。オレ、無駄な体力使うの嫌いなんスから」
ラギーは再び顔を近づけた。今度は少しだけ、深く。
「い、ち。……に。……さ、ん」
ななしは頭の中で秒数を数えようとしたが、ラギーの吐息が鼻先をくすぐるせいで、思考が真っ白になる。
「……ふぅ。……3秒。……どうスか、ななしくん。扉、開いた?」
「あ…………。開いてない、みたいです」
「おかしいッスね。……じゃあトータル説は消えたかな。やっぱり『1回で10秒』……ぶっ続けじゃないとダメっぽいッスよ」
ラギーの声が、わずかに低くなった。
彼はななしの腰に手を回し、自分の方へと引き寄せた。
「……ねぇ、ななしくん。笑って誤魔化すのも、もうおしまいッスよ」
「ラギー、先輩……?」
「正直、さっきの数秒だけでもオレの心臓、結構ヤバいんスけど。……自覚ある? オレも結構命がけなんスけど」
ラギーの瞳が、いつものずる賢いハイエナではなく、一人の男のそれに変わる。
「……10秒間、ちゃんとオレに預けて。……いいッスか?」
「……あは、……はい。……お願いします」
ななしはもう、笑うことはできなかった。
ラギーの顔が重なる。
今度は、逃げるような一瞬の接触ではない。
深く、絡みつくような、本気のキス。
1秒。
ななしの手が、ラギーの胸元をぎゅっと掴んだ。
2秒。
ラギーの指が、ななしの髪を愛おしそうに梳く。
3秒。
4秒。
5秒。
ラギーの熱が、唇から全身に広がっていく。
6秒。
ラギーが少しだけ、抱きしめる力を強めた。
7秒。
8秒。
9秒。
呼吸が苦しくなるのと同時に、甘い快感が押し寄せる。
そして10秒。
掲示板が激しく発光し、扉の鍵が外れる重厚な音が響いた。
条件は達成された。出口はもう、目の前にある。
……けれど、ラギーは唇を離さなかった。
11秒。12秒。15秒と口付けが続く。
「……んっ、……んぅ」
ななしが弱々しく肩を叩くと、ようやくラギーは顔を離した。彼の唇はわずかに濡れ、瞳には隠しきれない情欲が滲んでいる。
「……あーあ。10秒、とっくに過ぎちゃいましたね」
「あ、あはは……。先輩、数え間違えたんですか? ……あははは」
ななしは真っ赤な顔で必死に笑おうとしたが、ラギーの熱い視線に、笑い声は震えて消えた。
「数え間違いなわけないでしょ。オレ、計算だけは得意なんスから」
ラギーはななしの耳元に顔を寄せ、熱い吐息を吹きかけた。
「……10秒は部屋を出るためのノルマ。それ以降は、オレの残業代ってことで!」
「残業、代……? あは、あはは……。……先輩、守銭奴すぎます……」
「シシシ! なんとでも言って。でもオレの残業代、これっぽっちじゃ足りないんスよね。……ななしくん、この後学食の特製ドーナツ奢ってくれるなら、許してあげてもいいッスけど?」
「奢ってって、そもそも手伝いを頼んできたのってラギー先輩ですよね!?」
ラギーはいつもの調子に戻り、軽やかに扉を開けた。
外界の光が差し込み、二人の間に漂っていた濃密な熱気が、一瞬で霧散していく。
「……あ。開いた。……じゃあ行きますか、ななしくん」
「……はい。……ラギー先輩」
倉庫を出て、廊下を歩き出す二人。
ななしはまだ、唇に残る感触に戸惑っていた。
「……ねぇ、ななしくん」
「はい?」
「……さっきの検証結果ッスけど。……やっぱり、1回で10秒じゃないとダメだったじゃないッスか」
ラギーは立ち止まり、振り返らずに言った。
「もしまた一緒に閉じ込められたら、別の検証してみてもいいッスか?」
「え……先輩、そんなに閉じ込められたいんですか!?」
「……誤魔化さないでくださいよー。……オレ結構マジなんスから」
ラギーはぶっきらぼうにそう言うと、ななしの手を強引に引き寄せ、指を絡めた。
「……シシシ。……ななしくんの手、あったかいッスね」
「……ラギー先輩の手、……震えてますよ?」
「……うるさいッス。……計算外のことが起きすぎて、ちょっと調子狂ってるだけなんスから」
夕暮れの廊下。
繋いだ手から伝わる鼓動は、どちらのものか分からないほど、激しく重なり合っていた。ラギーの計算通りにいかない毎日はこれからもっと、騒がしく甘いものになりそうだった。
「……で、ドーナツは3個でいいよね?」
「結局わたしが奢るんですか!?」
「当り前でしょ。……お腹も心も、君で満たしたいんスから」
「……え?」
「なーんでもないッス!」
逃げるように駆け出すラギーをななしは満面の笑みで追いかけていった。唇に残った熱は、きっと一生消えることはない。
ななしは、ラギー・ブッチに呼び止められた。
「これ、ちょっとした備品なんすけど、倉庫に入れるの手伝ってもらっていいッスか?」
「あ、ラギー先輩。いいですよ。……これを運べばいいんですね」
「いやぁ、さすがななしくん。話がはやくて助かるッス!」
ラギーはいつものシシシという笑い声を上げ、倉庫の重い扉を引いた。二人が中に足を踏み入れた瞬間――背後で扉が、まるで生き物のように勢いよく閉まった。
「……え?」
「おっと、風かな? ……って、開かないッスね。鍵、かかってなかったはずなんスけど」
ラギーがノブを回すが、扉は岩のように動かない。
直後、真っ暗だったはずの室内に魔法の掲示板が青白く浮かび上がった。
唇に10秒キスしないと出られない部屋
「……え、えええええっ!?」
ななしは掲示板を指差したまま、絶叫に近い声を上げた。
「唇を重ねるって、キス!? 10秒!? ラギー先輩、これ、なんですか! 誰かの悪戯!?」
「うわぁ……。これまた、ベタなやつに捕まりましたねぇ」
ラギーは後頭部を掻きながら、困ったように眉を下げる。だが、その瞳の奥にはいつもの抜け目のない光が宿っていた。
「どうするんスか、ななしくん。これ、やらないと一生ここから出られないみたいッスけど?」
「や、やるって……心の準備が! あ、そっか、これドッキリですよね? どこかにカメラあります?」
ななしは照れが限界に達し、顔を引き攣らせて笑い出した。
「あはは、面白いなぁ! 10秒って、結構長いですよ!? 息止まっちゃいますよ!」
「いや、笑いすぎッスよ、ななしくん。……まあ、オレとしても、こんな狭苦しい場所で干からびるのは勘弁なんスよね。ほら、サクッと済ませちゃいません?」
ラギーは飄々とした態度で一歩、距離を詰めた。
「え、えっ、今から!? あ、ちょっと待って……あはは、先輩、顔が近いですよ!」
「仕事は早めに終わらせるのがオレの主義ッス。……で、ちょっと気になったんスけど」
ラギーは掲示板を見上げ、顎に手を当てた。
「これ、10秒間って……『トータルで10秒』なんスかね? それとも『1回で10秒』なんスかね?」
「え……?」
「ほら、検証が必要ッスよ。1秒のキスを10回繰り返して扉が開くのか、それともノンストップで10秒じゃないとダメなのか。確かめたいッスねー、これは」
ラギーは悪い顔をして、シシシと笑った。
「そ、そんなの、1回で10秒に決まってますよ! わざわざ回数分ける意味ないじゃないですか! あはは、先輩ってば変なの!」
「いやいや、効率厨のオレとしては、最短ルートを探したいわけ。……とりあえず、練習がてら1秒くらい、やってみます?」
「あはは! 練習って! ラギー先輩ご冗談を……っ」
笑い声が止まった。
ラギーの手が、ななしの頬にそっと添えられたからだ。
「……じゃ、1秒。……いくッスよ」
「え、あ……」
唇に、柔らかな感触。羽が触れるような、一瞬の接触。
ななしは目を見開いたまま固まった。ラギーは顔を離し、再び掲示板を見る。
「……扉、反応なし。やっぱ1秒じゃ足りないッスね。……次は3秒を3回くらい、試してみます?」
「あ、あはは……3秒……3回。……先輩、意外と真面目に検証するんですね……」
「当り前でしょ。オレ、無駄な体力使うの嫌いなんスから」
ラギーは再び顔を近づけた。今度は少しだけ、深く。
「い、ち。……に。……さ、ん」
ななしは頭の中で秒数を数えようとしたが、ラギーの吐息が鼻先をくすぐるせいで、思考が真っ白になる。
「……ふぅ。……3秒。……どうスか、ななしくん。扉、開いた?」
「あ…………。開いてない、みたいです」
「おかしいッスね。……じゃあトータル説は消えたかな。やっぱり『1回で10秒』……ぶっ続けじゃないとダメっぽいッスよ」
ラギーの声が、わずかに低くなった。
彼はななしの腰に手を回し、自分の方へと引き寄せた。
「……ねぇ、ななしくん。笑って誤魔化すのも、もうおしまいッスよ」
「ラギー、先輩……?」
「正直、さっきの数秒だけでもオレの心臓、結構ヤバいんスけど。……自覚ある? オレも結構命がけなんスけど」
ラギーの瞳が、いつものずる賢いハイエナではなく、一人の男のそれに変わる。
「……10秒間、ちゃんとオレに預けて。……いいッスか?」
「……あは、……はい。……お願いします」
ななしはもう、笑うことはできなかった。
ラギーの顔が重なる。
今度は、逃げるような一瞬の接触ではない。
深く、絡みつくような、本気のキス。
1秒。
ななしの手が、ラギーの胸元をぎゅっと掴んだ。
2秒。
ラギーの指が、ななしの髪を愛おしそうに梳く。
3秒。
4秒。
5秒。
ラギーの熱が、唇から全身に広がっていく。
6秒。
ラギーが少しだけ、抱きしめる力を強めた。
7秒。
8秒。
9秒。
呼吸が苦しくなるのと同時に、甘い快感が押し寄せる。
そして10秒。
掲示板が激しく発光し、扉の鍵が外れる重厚な音が響いた。
条件は達成された。出口はもう、目の前にある。
……けれど、ラギーは唇を離さなかった。
11秒。12秒。15秒と口付けが続く。
「……んっ、……んぅ」
ななしが弱々しく肩を叩くと、ようやくラギーは顔を離した。彼の唇はわずかに濡れ、瞳には隠しきれない情欲が滲んでいる。
「……あーあ。10秒、とっくに過ぎちゃいましたね」
「あ、あはは……。先輩、数え間違えたんですか? ……あははは」
ななしは真っ赤な顔で必死に笑おうとしたが、ラギーの熱い視線に、笑い声は震えて消えた。
「数え間違いなわけないでしょ。オレ、計算だけは得意なんスから」
ラギーはななしの耳元に顔を寄せ、熱い吐息を吹きかけた。
「……10秒は部屋を出るためのノルマ。それ以降は、オレの残業代ってことで!」
「残業、代……? あは、あはは……。……先輩、守銭奴すぎます……」
「シシシ! なんとでも言って。でもオレの残業代、これっぽっちじゃ足りないんスよね。……ななしくん、この後学食の特製ドーナツ奢ってくれるなら、許してあげてもいいッスけど?」
「奢ってって、そもそも手伝いを頼んできたのってラギー先輩ですよね!?」
ラギーはいつもの調子に戻り、軽やかに扉を開けた。
外界の光が差し込み、二人の間に漂っていた濃密な熱気が、一瞬で霧散していく。
「……あ。開いた。……じゃあ行きますか、ななしくん」
「……はい。……ラギー先輩」
倉庫を出て、廊下を歩き出す二人。
ななしはまだ、唇に残る感触に戸惑っていた。
「……ねぇ、ななしくん」
「はい?」
「……さっきの検証結果ッスけど。……やっぱり、1回で10秒じゃないとダメだったじゃないッスか」
ラギーは立ち止まり、振り返らずに言った。
「もしまた一緒に閉じ込められたら、別の検証してみてもいいッスか?」
「え……先輩、そんなに閉じ込められたいんですか!?」
「……誤魔化さないでくださいよー。……オレ結構マジなんスから」
ラギーはぶっきらぼうにそう言うと、ななしの手を強引に引き寄せ、指を絡めた。
「……シシシ。……ななしくんの手、あったかいッスね」
「……ラギー先輩の手、……震えてますよ?」
「……うるさいッス。……計算外のことが起きすぎて、ちょっと調子狂ってるだけなんスから」
夕暮れの廊下。
繋いだ手から伝わる鼓動は、どちらのものか分からないほど、激しく重なり合っていた。ラギーの計算通りにいかない毎日はこれからもっと、騒がしく甘いものになりそうだった。
「……で、ドーナツは3個でいいよね?」
「結局わたしが奢るんですか!?」
「当り前でしょ。……お腹も心も、君で満たしたいんスから」
「……え?」
「なーんでもないッス!」
逃げるように駆け出すラギーをななしは満面の笑みで追いかけていった。唇に残った熱は、きっと一生消えることはない。
