◯◯しないと出られない部屋
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ナイトレイブンカレッジの放課後。
いつも通りの喧騒に包まれているはずだった。
ななしは同級生のデュースと共に、魔法薬学の課題で使う薬草を温室へ取りに向かっていた。
「ななし、足元に気をつけろ。昨日の雨で少し滑りやすくなっているからな」
「大丈夫だよデュース! それより見て見て、あそこの草、なんか光ってない?」
「こら、勝手に触るな。……って、うわっ!?」
二人が温室の重い扉を開けた瞬間、視界が真っ白な光に包まれる。
次に目を覚ました時、そこは見慣れた温室ではなかった。
壁も、床も、天井も。どこまでも無機質な白が続く、密閉された四角い空間。家具一つないその部屋の唯一の出口である扉には、無骨な魔法の掲示板が浮かび上がっている。
ハグしないと出られない部屋
「……ハ、ハグ……!?」
デュースが掲示板の文字を読み上げた瞬間、彼の顔は一気に沸騰したかのように赤くなった。
「な、なんだこれは……。誰の悪戯だ。エースか? それとも……」
「 デュース、見て! 部屋が真っ白だよ! 雪の中にいるみたい!」
「ななし、そんなことをしている場合じゃない。閉じ込められたんだぞ」
「でもこれ、ハグすれば出られるんでしょ? 簡単じゃん!」
「簡単!? お前、何を……。そ、そんな、破廉恥なことを……っ」
デュースは拳を握りしめ、視線を泳がせる。
彼は真面目で不器用な男だった。かつて「荒れていた」自分を律し、立派な優等生になろうと日々努力している。そんな彼にとって、ななしは特別すぎる存在だった。
どんな時も明るく自分を励まし、失敗しても笑って許してくれる彼女。デュースはいつの間にか、彼女を大切な友人以上の存在として意識していた。だが、自分の気持ちを伝える勇気など、今の彼には微塵もない。
「ほら、デュース! 早くハグして外に出ようよ。魔法薬学の課題、間に合わなくなっちゃうよ?」
「ぐっ……。だ、だが……心の、から、の……とか、書いてあるし……」
「心から! してるよ! 私はデュースのこと、心から友だちだと思ってるもん!」
「友だち、か……」
デュースは微かに胸を痛めながらも、意を決して一歩踏み出した。
部屋の中央。二人の距離が縮まる。
「……い、いくぞ」
「うん!」
デュースがおずおずと両手を広げる。ななしは迷いなく、彼の胸元に飛び込んだ。ポン、と軽い音がするような乾いたハグ。
「……あれ? 開かないね」
「…………」
扉はびくともしない。掲示板の文字が虚しく光る。
『――不合格。形式的な接触では扉は開かれません――』
「厳しい! 形式的だって。もっとギュッてしないとダメなのかな?」
「ギュッ……っ!? そ、そんな、お前、密着するということか……!?」
「だってそうしないと出られないんでしょ。……デュース、私とハグするの、嫌?」
ななしが首を傾げて、少し不安げにデュースを見上げる。
「い、嫌なわけないだろう! むしろ……いや、なんでもない。……とにかく、もう一度だ」
デュースは深呼吸をし、自分に言い聞かせる。
今度は、デュースの方から腕を回した。
ななしの背中に添えられた大きな手が、微かに震えている。
「……これで、どうだ」
ななしの柔らかな体温が、制服越しに伝わってくる。彼女の髪から漂う微かな石鹸の香り。デュースの心臓は早鐘を打っていた。
「……んー、まだ開かないみたい」
「……なぜだ」
「『鼓動が重なるまで』って書いてあるし。もっと、こう……密着して、心臓の音を合わせる感じかな?」
ななしはそう言うと、デュースの胸板に耳をぴたりと押し当てた。
「わっ!?」
「あ、デュース。心臓、すっごい速いよ? 大丈夫? 」
「ち、違う! これは、その、緊張しているだけで……っ!」
「あはは、デュースってば真面目すぎ! 私も緊張してるけど、そこまでじゃないよ?」
ななしは笑いながら、デュースの腰に腕を回して強く抱きついた。
「……ほら、私の音も聞こえる? 結構速いんだよ?」
「…………っ」
デュースは言葉を失った。
腕の中に収まる、小さくて温かな体。自分を信頼しきって身を預けてくる少女。その無防備さにデュースの中で何かが弾けた。
「……ななし」
「なあに?」
「……お前は、本当に何も分かっていないんだな」
「え?」
デュースの声が、先ほどよりも低く、熱を帯びたものに変わる。彼はななしを離すどころか、さらに強く、壊さない程度の絶妙な力加減で抱きしめた。
「僕は、お前を単なる友だちとして抱きしめているわけじゃない」
「……デュース?」
「……ずっと、言いたかった。でも、怖かったんだ。お前に嫌われるのが、今の関係が壊れるのが……。でも、こんな状況に追い込まれて、お前に友だちだから簡単なんて言われて……もう、我慢できない」
デュースはななしの肩に顔を埋めた。彼の熱い吐息が、彼女の耳元をくすぐる。
「僕は、お前が好きなんだ。……課題を手伝うのも、温室へ行くのも、お前の隣にいたいからだ。他の奴がお前に馴れ馴れしくしていると、頭がどうにかなりそうになるんだ」
「デュ、デュース……それ、本当……?」
「……ああ。本気だ。立派な魔法士になってから言おうと思っていたけど、もう無理だ。……お前が好きだ、ななし」
ななしの心臓が、一気に加速した。
デュースの胸板越しに、彼の激しい鼓動が伝わってくる。
ドクン、ドクン、ドクン。自分の音と彼の音が、呼応するようにリズムを刻み始める。
「……私も。……私もだよ、デュース」
「え……?」
「私も、デュースが好き。……真面目なところも、時々昔の癖が出ちゃうところも、全部。……デュースが私のこと好きになってくれるなんて、思ってなかった」
ななしはデュースの背中に顔を押し付け、声を震わせた。
「嬉しい……。すごく嬉しいよ、デュース」
二人の鼓動が、完全に重なった。
激しく、情熱的に、お互いを求めるリズム。
その瞬間、部屋中にまばゆい光が溢れる。
扉にかけられていた重厚な鎖が、音を立てて砕け散った。
出口は開かれた。だが、二人は腕を解こうとはしなかった。
「……開いたな」
「……うん。開いたね」
「…………」
「…………」
「……ななし」
「なに?」
「……扉は開いたが。……もう少しだけ、このままでいてもいいか?」
「……うん。私も、離れたくないな」
真っ白な部屋の中で、二人はしばらくの間、お互いの温もりを確かめ合うように抱き合い続けた。遠回りをし続けてきた二人の恋は、この密室でようやく一つの形となった。
「……あ。デュース、大変!」
「どうした?」
「魔法薬学の課題! 提出まであと十五分しかない!」
「なっ……!? それは一大事だ! 急ぐぞ、ななし!」
「うん! 行こう!」
デュースはななしの手をしっかりと握り、開かれた扉の向こうへと走り出した。彼の顔はまだ少し赤かったが、その瞳には今まで以上に力強い光が宿っていた。
「……おい、ななし」
「ん?」
「……外に出ても、……その、またハグしてもいいだろうか?」
「あはは! もちろん! 毎日でもいいよ!」
「ま、毎日!? ……それは、その……精進する!」
夕暮れの廊下に二人の元気な足音と笑い声が響き渡る。あの真っ白な部屋が誰の仕業だったのか、それは二人の知るところではない。けれど、彼らにとってそれは、何よりも大切な「きっかけ」となったのである。
走り去る二人の後ろで、真っ白だった部屋は静かに幻のように消え去っていった。
いつも通りの喧騒に包まれているはずだった。
ななしは同級生のデュースと共に、魔法薬学の課題で使う薬草を温室へ取りに向かっていた。
「ななし、足元に気をつけろ。昨日の雨で少し滑りやすくなっているからな」
「大丈夫だよデュース! それより見て見て、あそこの草、なんか光ってない?」
「こら、勝手に触るな。……って、うわっ!?」
二人が温室の重い扉を開けた瞬間、視界が真っ白な光に包まれる。
次に目を覚ました時、そこは見慣れた温室ではなかった。
壁も、床も、天井も。どこまでも無機質な白が続く、密閉された四角い空間。家具一つないその部屋の唯一の出口である扉には、無骨な魔法の掲示板が浮かび上がっている。
ハグしないと出られない部屋
「……ハ、ハグ……!?」
デュースが掲示板の文字を読み上げた瞬間、彼の顔は一気に沸騰したかのように赤くなった。
「な、なんだこれは……。誰の悪戯だ。エースか? それとも……」
「 デュース、見て! 部屋が真っ白だよ! 雪の中にいるみたい!」
「ななし、そんなことをしている場合じゃない。閉じ込められたんだぞ」
「でもこれ、ハグすれば出られるんでしょ? 簡単じゃん!」
「簡単!? お前、何を……。そ、そんな、破廉恥なことを……っ」
デュースは拳を握りしめ、視線を泳がせる。
彼は真面目で不器用な男だった。かつて「荒れていた」自分を律し、立派な優等生になろうと日々努力している。そんな彼にとって、ななしは特別すぎる存在だった。
どんな時も明るく自分を励まし、失敗しても笑って許してくれる彼女。デュースはいつの間にか、彼女を大切な友人以上の存在として意識していた。だが、自分の気持ちを伝える勇気など、今の彼には微塵もない。
「ほら、デュース! 早くハグして外に出ようよ。魔法薬学の課題、間に合わなくなっちゃうよ?」
「ぐっ……。だ、だが……心の、から、の……とか、書いてあるし……」
「心から! してるよ! 私はデュースのこと、心から友だちだと思ってるもん!」
「友だち、か……」
デュースは微かに胸を痛めながらも、意を決して一歩踏み出した。
部屋の中央。二人の距離が縮まる。
「……い、いくぞ」
「うん!」
デュースがおずおずと両手を広げる。ななしは迷いなく、彼の胸元に飛び込んだ。ポン、と軽い音がするような乾いたハグ。
「……あれ? 開かないね」
「…………」
扉はびくともしない。掲示板の文字が虚しく光る。
『――不合格。形式的な接触では扉は開かれません――』
「厳しい! 形式的だって。もっとギュッてしないとダメなのかな?」
「ギュッ……っ!? そ、そんな、お前、密着するということか……!?」
「だってそうしないと出られないんでしょ。……デュース、私とハグするの、嫌?」
ななしが首を傾げて、少し不安げにデュースを見上げる。
「い、嫌なわけないだろう! むしろ……いや、なんでもない。……とにかく、もう一度だ」
デュースは深呼吸をし、自分に言い聞かせる。
今度は、デュースの方から腕を回した。
ななしの背中に添えられた大きな手が、微かに震えている。
「……これで、どうだ」
ななしの柔らかな体温が、制服越しに伝わってくる。彼女の髪から漂う微かな石鹸の香り。デュースの心臓は早鐘を打っていた。
「……んー、まだ開かないみたい」
「……なぜだ」
「『鼓動が重なるまで』って書いてあるし。もっと、こう……密着して、心臓の音を合わせる感じかな?」
ななしはそう言うと、デュースの胸板に耳をぴたりと押し当てた。
「わっ!?」
「あ、デュース。心臓、すっごい速いよ? 大丈夫? 」
「ち、違う! これは、その、緊張しているだけで……っ!」
「あはは、デュースってば真面目すぎ! 私も緊張してるけど、そこまでじゃないよ?」
ななしは笑いながら、デュースの腰に腕を回して強く抱きついた。
「……ほら、私の音も聞こえる? 結構速いんだよ?」
「…………っ」
デュースは言葉を失った。
腕の中に収まる、小さくて温かな体。自分を信頼しきって身を預けてくる少女。その無防備さにデュースの中で何かが弾けた。
「……ななし」
「なあに?」
「……お前は、本当に何も分かっていないんだな」
「え?」
デュースの声が、先ほどよりも低く、熱を帯びたものに変わる。彼はななしを離すどころか、さらに強く、壊さない程度の絶妙な力加減で抱きしめた。
「僕は、お前を単なる友だちとして抱きしめているわけじゃない」
「……デュース?」
「……ずっと、言いたかった。でも、怖かったんだ。お前に嫌われるのが、今の関係が壊れるのが……。でも、こんな状況に追い込まれて、お前に友だちだから簡単なんて言われて……もう、我慢できない」
デュースはななしの肩に顔を埋めた。彼の熱い吐息が、彼女の耳元をくすぐる。
「僕は、お前が好きなんだ。……課題を手伝うのも、温室へ行くのも、お前の隣にいたいからだ。他の奴がお前に馴れ馴れしくしていると、頭がどうにかなりそうになるんだ」
「デュ、デュース……それ、本当……?」
「……ああ。本気だ。立派な魔法士になってから言おうと思っていたけど、もう無理だ。……お前が好きだ、ななし」
ななしの心臓が、一気に加速した。
デュースの胸板越しに、彼の激しい鼓動が伝わってくる。
ドクン、ドクン、ドクン。自分の音と彼の音が、呼応するようにリズムを刻み始める。
「……私も。……私もだよ、デュース」
「え……?」
「私も、デュースが好き。……真面目なところも、時々昔の癖が出ちゃうところも、全部。……デュースが私のこと好きになってくれるなんて、思ってなかった」
ななしはデュースの背中に顔を押し付け、声を震わせた。
「嬉しい……。すごく嬉しいよ、デュース」
二人の鼓動が、完全に重なった。
激しく、情熱的に、お互いを求めるリズム。
その瞬間、部屋中にまばゆい光が溢れる。
扉にかけられていた重厚な鎖が、音を立てて砕け散った。
出口は開かれた。だが、二人は腕を解こうとはしなかった。
「……開いたな」
「……うん。開いたね」
「…………」
「…………」
「……ななし」
「なに?」
「……扉は開いたが。……もう少しだけ、このままでいてもいいか?」
「……うん。私も、離れたくないな」
真っ白な部屋の中で、二人はしばらくの間、お互いの温もりを確かめ合うように抱き合い続けた。遠回りをし続けてきた二人の恋は、この密室でようやく一つの形となった。
「……あ。デュース、大変!」
「どうした?」
「魔法薬学の課題! 提出まであと十五分しかない!」
「なっ……!? それは一大事だ! 急ぐぞ、ななし!」
「うん! 行こう!」
デュースはななしの手をしっかりと握り、開かれた扉の向こうへと走り出した。彼の顔はまだ少し赤かったが、その瞳には今まで以上に力強い光が宿っていた。
「……おい、ななし」
「ん?」
「……外に出ても、……その、またハグしてもいいだろうか?」
「あはは! もちろん! 毎日でもいいよ!」
「ま、毎日!? ……それは、その……精進する!」
夕暮れの廊下に二人の元気な足音と笑い声が響き渡る。あの真っ白な部屋が誰の仕業だったのか、それは二人の知るところではない。けれど、彼らにとってそれは、何よりも大切な「きっかけ」となったのである。
走り去る二人の後ろで、真っ白だった部屋は静かに幻のように消え去っていった。
