◯◯しないと出られない部屋
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その日は珍しく穏やかな風が吹いていた。
ななしは、エースと一緒に魔法史の課題に取り組むため、図書室の奥にある自習スペースへと向かっていた。
「ねー、エース。今日の課題、終わったら購買部で新作のアイス買いにいこ!」
「はいはい、わかったって。お前、課題よりアイスのことしか考えてないだろ」
エースは呆れたように笑いながらも、ななしの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。二人が重厚な扉を開け、一歩踏み出したその瞬間だった。
視界が白銀の魔力に包まれ、足元から感覚が消える。
「うわっ!? な、何これ!?」
「ちょ、ななし! 離れんなよ!」
エースが咄嗟にななしの腕を掴み、引き寄せた。
光が収まったとき、二人は見慣れた図書室ではない場所にいた。
壁も床も天井も、窓一つない真っ白な部屋。そして中央には、巨大な木製のテーブルがぽつんと置かれている。出口らしき扉には、お決まりのように魔法のメッセージが浮かび上がっていた。
パズルを完成させないと出られない部屋
「……パズル?」
ななしはテーブルの上に広げられた膨大な数のピースを見て、目を丸くした。
「 エース、見て! パズルだって!面白そう!」
呑気に声を上げるななしに対し、エースは顔を引き攣らせて扉を殴りつけた。
「はぁ!? ふざけんなよ! なんでパズルなんだよ!」
「え? だって、パズル楽しいじゃん。エース、苦手なの?」
「苦手とかそういう問題じゃねーの! こういう『出られない部屋』って言ったらさぁ、もっとこう……あるだろ! キスしないと出られないとか、抱き合わないと出られないとか、もっとエロいやつが普通なんじゃないの!?」
エースは叫びながら、ガシガシと自分の頭を掻き回す。
「ええ……。エース、そんなエッチなこと考えてたの?」
「健全な男の子はみんなエッチなんですー! 期待させといてパズルって、どんな嫌がらせだよ……」
エースは溜め息をつきながら、肩を落とした。
「まあまあ、エース。とりあえずやろうよ。終わらないと帰れないんだし」
「……わーったよ。やればいいんだろ、やれば」
二人はテーブルを挟んで向き合い、作業を開始した。ピースの数は一千。絵柄は……複雑なハーツラビュル寮の庭園の風景だ。バラの赤、生垣の緑、空の青。どれも似たような色ばかりで想像以上に難易度が高い。
「あ、これ端じゃない? こっちも!」
「ななし、それは空のピースだろ。こっちの噴水の横だ。ほら、貸してみ」
エースは器用に指を動かし、ななしが手こずっている部分をはめ込んでいく。
◇
一時間が経過した。
「……全然終わらない。エース、これ本当に完成するのかな」
「根気出せよ。お前、アイス買いに行くんだろ」
「頑張ります」
ななしは再びピースを漁り始めた。その無防備な横顔を、エースは横目でじっと見つめる。
二人の距離は、図らずも近くなっていく。
同じピースを掴もうとして、指が触れ合う。
「あ、ごめん」
「……気にすんな」
エースは素っ気なく答えるが、耳たぶが熱くなっているのを感じた。
◇
二時間が経過した。
パズルは半分ほど埋まっている。
「ねえ、エース。もしこれ、完成しなかったら私たちずっとここなのかな」
「……まあ、そうなるかもな」
「そっかぁ。……でも、エースと一緒なら、それもあんまり怖くないかも」
「……は?」
ななしはピースを選別しながら、ポツリと言った。
「だって、エースってなんだかんだ優しいじゃん。私が失敗しても笑いながら助けてくれるし。二人でパズルしてるのも、なんか放課後みたいで楽しいし」
ななしはエースを見て、にへらと笑った。
その無邪気な笑顔は、エースにとってどんな攻撃魔法よりも強力だった。
「……ななし、お前さ。たまにそういうこと言うよな」
「え? 何が?」
「……なんでもねーよ。ほら、手動かせ。そこ、色が違う」
「あ、ホントだ」
◇
三時間が経過した。
完成まであと数ピース。
部屋の空気が、少しずつ熱を帯びてきたような気がする。
最後のピースを手に取ろうとしたななしの手を、エースが上から重ねて止めた。
「……エース?」
「待て。最後の一枚は、ちゃんと置いてやるから」
「? うん、いいよ。どうぞ?」
エースはピースを掴んだまま、ななしをじっと見つめた。普段の余裕たっぷりな表情ではない。どこか追い詰められたような真剣な瞳。
「……あのさ、ななし。さっきオレ、言ったよな。こういう部屋はキスとかが普通だって」
「言ってたね。エロいこと考えてるって」
「……笑い事じゃねーんだわ。オレ、マジでそう思ってたから。……お前と二人きりなら、それでもいいって」
「え……?」
ななしの手が止まる。
「お前がアホすぎて気づかないから、オレもずっと黙ってたけど。……オレ、お前のこと友だちだと思ったこと、一度もねーから」
「……」
「お前のその明るいとこも、抜けてるとこも、全部……オレだけに見せてほしい。……他の奴にその笑顔見せてると、マジでイライラすんだよ」
エースの声が、少しだけ震えている。
ななしは、あまりの衝撃に言葉が出ない。
「エース……それって……」
「好きだよ、ななし。……ずっと前から。これ、パズル完成させる前に言っときたかった。……魔法のせいじゃなくて、オレ自身の言葉だって証明するために」
ななしの視界が、じわっと潤む。
「……私も」
「え?」
「私も、エースが大好き! ……エースが他の子と楽しそうにしてると、悲しくなって……。でも、エースは意地悪ばっかりするから、私のことなんて嫌いなんだって思ってた」
「……はぁ!? オレがお前を嫌うわけねーだろ! どんだけアホなんだよ!」
「だ、だってエースが意地悪なんだもん!」
二人は至近距離で言い合いをしながら、いつの間にか笑い合っていた。
お互いの気持ちが、最後のピースのようにはまった瞬間だった。
「……じゃあ、これ。一緒にはめようぜ」
エースがななしの手を包み込み、最後の一枚をパズルの中心へと導く。カチリ、と小さな音が響いた。
その瞬間、パズルが黄金色の光を放ち、扉の鎖が砕け散る。
出口が開いた。だが、二人は動かない。
「……あ。扉、開いたね」
「……だな」
エースはななしの腰に手を回し、自分の方へぐいっと引き寄せた。
「な、ななし。条件はパズル完成だったけど……。オレが最初に言った普通の方のやつ、今からしても文句ねーよな?」
「……えっ、ええ……っ!?」
「顔、真っ赤。……お前、奥手すぎるだろ」
エースは楽しそうに笑いながら、ななしの唇に自分のそれを重ねた。パズルよりもずっと甘くて、魔法よりもずっと確かな熱。
◇
数分後。
真っ白な部屋を後にした二人の手は、離れないように固く繋がれていた。
「……ねえエース、結局アイスは?」
「買わねーよ! これから二人で飯だろ、デートなんだから!」
「ええー! アイス食べたかった!」
「お前なぁ……マジで少しは余韻に浸れよ!」
夕暮れの廊下を、誰よりも幸せそうに歩いていく二人。未完成だった二人の恋は、千の欠片を超えて完璧な一つの絵へと描き直されたのだった。
ななしは、エースと一緒に魔法史の課題に取り組むため、図書室の奥にある自習スペースへと向かっていた。
「ねー、エース。今日の課題、終わったら購買部で新作のアイス買いにいこ!」
「はいはい、わかったって。お前、課題よりアイスのことしか考えてないだろ」
エースは呆れたように笑いながらも、ななしの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。二人が重厚な扉を開け、一歩踏み出したその瞬間だった。
視界が白銀の魔力に包まれ、足元から感覚が消える。
「うわっ!? な、何これ!?」
「ちょ、ななし! 離れんなよ!」
エースが咄嗟にななしの腕を掴み、引き寄せた。
光が収まったとき、二人は見慣れた図書室ではない場所にいた。
壁も床も天井も、窓一つない真っ白な部屋。そして中央には、巨大な木製のテーブルがぽつんと置かれている。出口らしき扉には、お決まりのように魔法のメッセージが浮かび上がっていた。
パズルを完成させないと出られない部屋
「……パズル?」
ななしはテーブルの上に広げられた膨大な数のピースを見て、目を丸くした。
「 エース、見て! パズルだって!面白そう!」
呑気に声を上げるななしに対し、エースは顔を引き攣らせて扉を殴りつけた。
「はぁ!? ふざけんなよ! なんでパズルなんだよ!」
「え? だって、パズル楽しいじゃん。エース、苦手なの?」
「苦手とかそういう問題じゃねーの! こういう『出られない部屋』って言ったらさぁ、もっとこう……あるだろ! キスしないと出られないとか、抱き合わないと出られないとか、もっとエロいやつが普通なんじゃないの!?」
エースは叫びながら、ガシガシと自分の頭を掻き回す。
「ええ……。エース、そんなエッチなこと考えてたの?」
「健全な男の子はみんなエッチなんですー! 期待させといてパズルって、どんな嫌がらせだよ……」
エースは溜め息をつきながら、肩を落とした。
「まあまあ、エース。とりあえずやろうよ。終わらないと帰れないんだし」
「……わーったよ。やればいいんだろ、やれば」
二人はテーブルを挟んで向き合い、作業を開始した。ピースの数は一千。絵柄は……複雑なハーツラビュル寮の庭園の風景だ。バラの赤、生垣の緑、空の青。どれも似たような色ばかりで想像以上に難易度が高い。
「あ、これ端じゃない? こっちも!」
「ななし、それは空のピースだろ。こっちの噴水の横だ。ほら、貸してみ」
エースは器用に指を動かし、ななしが手こずっている部分をはめ込んでいく。
◇
一時間が経過した。
「……全然終わらない。エース、これ本当に完成するのかな」
「根気出せよ。お前、アイス買いに行くんだろ」
「頑張ります」
ななしは再びピースを漁り始めた。その無防備な横顔を、エースは横目でじっと見つめる。
二人の距離は、図らずも近くなっていく。
同じピースを掴もうとして、指が触れ合う。
「あ、ごめん」
「……気にすんな」
エースは素っ気なく答えるが、耳たぶが熱くなっているのを感じた。
◇
二時間が経過した。
パズルは半分ほど埋まっている。
「ねえ、エース。もしこれ、完成しなかったら私たちずっとここなのかな」
「……まあ、そうなるかもな」
「そっかぁ。……でも、エースと一緒なら、それもあんまり怖くないかも」
「……は?」
ななしはピースを選別しながら、ポツリと言った。
「だって、エースってなんだかんだ優しいじゃん。私が失敗しても笑いながら助けてくれるし。二人でパズルしてるのも、なんか放課後みたいで楽しいし」
ななしはエースを見て、にへらと笑った。
その無邪気な笑顔は、エースにとってどんな攻撃魔法よりも強力だった。
「……ななし、お前さ。たまにそういうこと言うよな」
「え? 何が?」
「……なんでもねーよ。ほら、手動かせ。そこ、色が違う」
「あ、ホントだ」
◇
三時間が経過した。
完成まであと数ピース。
部屋の空気が、少しずつ熱を帯びてきたような気がする。
最後のピースを手に取ろうとしたななしの手を、エースが上から重ねて止めた。
「……エース?」
「待て。最後の一枚は、ちゃんと置いてやるから」
「? うん、いいよ。どうぞ?」
エースはピースを掴んだまま、ななしをじっと見つめた。普段の余裕たっぷりな表情ではない。どこか追い詰められたような真剣な瞳。
「……あのさ、ななし。さっきオレ、言ったよな。こういう部屋はキスとかが普通だって」
「言ってたね。エロいこと考えてるって」
「……笑い事じゃねーんだわ。オレ、マジでそう思ってたから。……お前と二人きりなら、それでもいいって」
「え……?」
ななしの手が止まる。
「お前がアホすぎて気づかないから、オレもずっと黙ってたけど。……オレ、お前のこと友だちだと思ったこと、一度もねーから」
「……」
「お前のその明るいとこも、抜けてるとこも、全部……オレだけに見せてほしい。……他の奴にその笑顔見せてると、マジでイライラすんだよ」
エースの声が、少しだけ震えている。
ななしは、あまりの衝撃に言葉が出ない。
「エース……それって……」
「好きだよ、ななし。……ずっと前から。これ、パズル完成させる前に言っときたかった。……魔法のせいじゃなくて、オレ自身の言葉だって証明するために」
ななしの視界が、じわっと潤む。
「……私も」
「え?」
「私も、エースが大好き! ……エースが他の子と楽しそうにしてると、悲しくなって……。でも、エースは意地悪ばっかりするから、私のことなんて嫌いなんだって思ってた」
「……はぁ!? オレがお前を嫌うわけねーだろ! どんだけアホなんだよ!」
「だ、だってエースが意地悪なんだもん!」
二人は至近距離で言い合いをしながら、いつの間にか笑い合っていた。
お互いの気持ちが、最後のピースのようにはまった瞬間だった。
「……じゃあ、これ。一緒にはめようぜ」
エースがななしの手を包み込み、最後の一枚をパズルの中心へと導く。カチリ、と小さな音が響いた。
その瞬間、パズルが黄金色の光を放ち、扉の鎖が砕け散る。
出口が開いた。だが、二人は動かない。
「……あ。扉、開いたね」
「……だな」
エースはななしの腰に手を回し、自分の方へぐいっと引き寄せた。
「な、ななし。条件はパズル完成だったけど……。オレが最初に言った普通の方のやつ、今からしても文句ねーよな?」
「……えっ、ええ……っ!?」
「顔、真っ赤。……お前、奥手すぎるだろ」
エースは楽しそうに笑いながら、ななしの唇に自分のそれを重ねた。パズルよりもずっと甘くて、魔法よりもずっと確かな熱。
◇
数分後。
真っ白な部屋を後にした二人の手は、離れないように固く繋がれていた。
「……ねえエース、結局アイスは?」
「買わねーよ! これから二人で飯だろ、デートなんだから!」
「ええー! アイス食べたかった!」
「お前なぁ……マジで少しは余韻に浸れよ!」
夕暮れの廊下を、誰よりも幸せそうに歩いていく二人。未完成だった二人の恋は、千の欠片を超えて完璧な一つの絵へと描き直されたのだった。
