◯◯しないと出られない部屋
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それはハーツラビュル寮の賑やかな日常の合間に、突然訪れた非日常だった。
学園の購買部からの帰り道、近道をしようと旧校舎の廊下を歩いていたななしは、前を歩く背中を見つけて声をかけた。
「ケイト先輩! お疲れ様でーす!」
「お、ななしちゃん。お疲れ〜。今日も元気だね」
ケイトはいつもの軽い調子で振り返り、スマホを片手にひらりと手を振った。
「ちょうどよかった。これからマジカメ映えしそうなスポット探そうと思ってたんだよね。ななしちゃんも付き合って――」
ケイトが言いかけたその瞬間、二人が立っていた床が淡く光り視界がぐにゃりと歪んだ。
「わわっ! なんですかこれ、地震!? それとも魔法の暴走!?」
「ちょ、ななしちゃん落ち着いて! ……って、ええ?」
光が収まったとき、二人は見知らぬ部屋にいた。
広さは六畳ほど。壁も床も天井も、清潔感がありすぎるほどに真っ白だ。家具らしいものは何もなく、ただ一つ出口と思われる重厚な扉だけが鎮座している。
「すごい! 何もない! ケイト先輩、これって新しいアトラクションですか?」
「んなわけないでしょ。……うわ、圏外だし。マジカメもアップできないとか、オレへの拷問かな?」
ケイトはスマホの電波を探すが、画面上の電波は一本も立たない。ふと、扉の中央に設置されたディスプレイが明るく光った。
唇にキスしないと出られない部屋
「……は?」
「ええーっ! キス!? ケイト先輩、キスだって書いてありますよ! 最近の流行りのやつですかね、これ!」
ななしは驚きつつも、どこか他人事のように無邪気に声を上げた。
対照的に、ケイトは一瞬で思考をフル回転させる。
(えっ、待って。キス? ななしちゃんと? ……嘘でしょ、オレ心臓もたないんだけど)
ケイトにとって、ななしは眩しすぎる存在だった。
いつも明るく素直で、裏表がない。空気を読みすぎて摩耗している自分とは正反対の彼女に、現状の関係値では満たされない重い感情を抱いていた。
(でも、ななしちゃんはオレのことノリの良い先輩くらいにしか思ってないだろうし。ここでいきなりキスなんてしたら、マジで嫌われるよね?)
「ねえねえ、ケイト先輩! どうしましょうか。……あ、もしかして、ほっぺとかでもいいんですかね?」
「……どうだろうね。魔法の判定って結構厳しいから。……ななしちゃんは、その、抵抗ないの? オレとキスするの」
「え? うーん、ケイト先輩なら全然いいですよ! 私、先輩のこと好きですし!」
ななしは至って真面目な顔で、屈託のない笑顔を向ける。
ケイトは一瞬、呼吸が止まった。
(今の好きは、どっちの好き? 後輩として? それとも……。……いや、期待しちゃダメだって)
「……その言い方はズルいなぁ。オレ、勘違いしちゃうよ?」
「勘違い? 何がですか?」
「……なんでもない。……よし、じゃあ、ほっぺで試してみる?」
ケイトはななしの隣に膝をつき、軽く顔を近づけた。
カチ、と秒針の音が響くような静寂。
ななしが目を閉じて頬を差し出す。その真っ白で柔らかな肌に、ケイトは震える唇をそっと押し当てた。
――しかし、扉はぴくりとも動かない。
ディスプレイには無情にも『判定:不十分。愛の深さが足りません』という文字が出た。
「うわぁ……厳しい! 先輩、愛が足りないって言われちゃいましたよ。私たち、もっと仲良くならないとダメなんですかね?」
「……愛、ね」
ケイトの声が、いつもより一段低くなる。
(足りないのは君のせいじゃなくて、オレの覚悟の問題なんだよ。……本当は、ほっぺどころじゃ済ませたくないって思ってるのがバレたのかな)
「ケイト先輩? どうしたんですか、難しい顔して」
「……ねえ、ななしちゃん。君ってさ、本当にオレのこと、どう思ってる?」
「え? だから、好きですよ! 明るくて優しくて、いつも助けてくれる、最高の先輩です!」
その言葉に、ケイトは自嘲気味な笑みをこぼした。
「……やっぱり先輩、か。……オレね、そんな風に言われるたびに、ちょっとだけガッカリしてたんだよね」
「えっ、どうしてですか?」
「……オレはさ、ななしちゃんに先輩として頼られるのもいいけど……一人の男として、めちゃくちゃに意識されたいって思っちゃうんだよね」
ケイトはななしの肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。
「わ、ケイト、先輩……?」
「……もう先輩って呼ぶの禁止。……オレ、本気になっちゃうよ? ななしちゃんが思ってる以上に、オレ独占欲強いんだから」
至近距離で見つめ合う。
ケイトの緑の瞳には、いつもの軽薄な光などなく、獲物を狙う獣のような熱い執着が宿っていた。
ななしは、あまりの気迫に言葉を失う。心臓が耳元でうるさいほどドクドクと脈打った。
「……ケイト、さん」
おずおずと、彼女が名前を呼ぶ。
「……ん。……今はそれで我慢してあげる」
ケイトの手がななしの頬を包み込み、親指で彼女の唇をそっとなぞった。
「……逃げてもいいよ? 今ならまだ、事故だったってことにできるし」
「……逃げません。……私も、ケイトさんのこと、ちゃんと知りたいから」
ななしが勇気を出してケイトの服の裾をぎゅっと掴む。
その瞬間、ケイトの理性が弾けた。
重なる唇。
ほっぺの時とは比べものにならない、熱くて、深い、吸い込まれるような感覚。ケイトはななしを押し倒すようにして、逃がさないよう強く抱きしめた。
「ん……ぅ、……あ、……」
「……はぁ。……ななしちゃん、……好きだよ。マジカメにも載せられないくらい、オレだけのものになってよ」
何度も、何度も、角度を変えて。
お互いの体温を確かめるように、深いキスを繰り返す。空っぽだったはずの真っ白な部屋が、二人の吐息と熱気で満たされていく。
――ガシャン。
扉の鎖が解かれる重厚な音が響いた。
扉は開いた。出口はそこにある。
だが、二人はしばらくの間、重なったまま離れようとしなかった。
「……あ。開きました、ケイトさん」
「……ホントだ。……でも、オレまだ出たくないかも」
ケイトはななしの首筋に顔を埋めて、子どものように甘えた声を出す。
「もう、……ケイトさん、わがままです!」
「いいじゃん。……だって、ようやくななしちゃんの本当の気持ち、聞けたんだもん。もう少しこのままでいさせてよ」
ケイトはななしを抱きしめたまま、満足そうに目を細めた。マジカメの画面に並ぶ「いいね」よりも、たった今、自分の腕の中で顔を赤くしている彼女の体温の方が、何億倍も価値がある。
「……ねえ、ななしちゃん。外に出ても、今の続きしていい?」
「……それは、……トレイ先輩とかリドル先輩に見つからないところなら……」
「はは、オッケー。……じゃあ、オレのとっておきの隠れ家に連れてってあげる」
ケイトは立ち上がり、ななしの手をしっかりと握った。
開かれた扉の先には、いつもの学園の景色が広がっている。
「……大好きですよ、ケイトさん」
「……オレの方が、もっとマジで大好き。……覚悟しといてね?」
夕暮れの廊下を、繋いだ手が離れないように歩いていく。あの真っ白な部屋は、素直になれない二人のために、魔法が用意した最高の舞台だったのかもしれない。
学園の購買部からの帰り道、近道をしようと旧校舎の廊下を歩いていたななしは、前を歩く背中を見つけて声をかけた。
「ケイト先輩! お疲れ様でーす!」
「お、ななしちゃん。お疲れ〜。今日も元気だね」
ケイトはいつもの軽い調子で振り返り、スマホを片手にひらりと手を振った。
「ちょうどよかった。これからマジカメ映えしそうなスポット探そうと思ってたんだよね。ななしちゃんも付き合って――」
ケイトが言いかけたその瞬間、二人が立っていた床が淡く光り視界がぐにゃりと歪んだ。
「わわっ! なんですかこれ、地震!? それとも魔法の暴走!?」
「ちょ、ななしちゃん落ち着いて! ……って、ええ?」
光が収まったとき、二人は見知らぬ部屋にいた。
広さは六畳ほど。壁も床も天井も、清潔感がありすぎるほどに真っ白だ。家具らしいものは何もなく、ただ一つ出口と思われる重厚な扉だけが鎮座している。
「すごい! 何もない! ケイト先輩、これって新しいアトラクションですか?」
「んなわけないでしょ。……うわ、圏外だし。マジカメもアップできないとか、オレへの拷問かな?」
ケイトはスマホの電波を探すが、画面上の電波は一本も立たない。ふと、扉の中央に設置されたディスプレイが明るく光った。
唇にキスしないと出られない部屋
「……は?」
「ええーっ! キス!? ケイト先輩、キスだって書いてありますよ! 最近の流行りのやつですかね、これ!」
ななしは驚きつつも、どこか他人事のように無邪気に声を上げた。
対照的に、ケイトは一瞬で思考をフル回転させる。
(えっ、待って。キス? ななしちゃんと? ……嘘でしょ、オレ心臓もたないんだけど)
ケイトにとって、ななしは眩しすぎる存在だった。
いつも明るく素直で、裏表がない。空気を読みすぎて摩耗している自分とは正反対の彼女に、現状の関係値では満たされない重い感情を抱いていた。
(でも、ななしちゃんはオレのことノリの良い先輩くらいにしか思ってないだろうし。ここでいきなりキスなんてしたら、マジで嫌われるよね?)
「ねえねえ、ケイト先輩! どうしましょうか。……あ、もしかして、ほっぺとかでもいいんですかね?」
「……どうだろうね。魔法の判定って結構厳しいから。……ななしちゃんは、その、抵抗ないの? オレとキスするの」
「え? うーん、ケイト先輩なら全然いいですよ! 私、先輩のこと好きですし!」
ななしは至って真面目な顔で、屈託のない笑顔を向ける。
ケイトは一瞬、呼吸が止まった。
(今の好きは、どっちの好き? 後輩として? それとも……。……いや、期待しちゃダメだって)
「……その言い方はズルいなぁ。オレ、勘違いしちゃうよ?」
「勘違い? 何がですか?」
「……なんでもない。……よし、じゃあ、ほっぺで試してみる?」
ケイトはななしの隣に膝をつき、軽く顔を近づけた。
カチ、と秒針の音が響くような静寂。
ななしが目を閉じて頬を差し出す。その真っ白で柔らかな肌に、ケイトは震える唇をそっと押し当てた。
――しかし、扉はぴくりとも動かない。
ディスプレイには無情にも『判定:不十分。愛の深さが足りません』という文字が出た。
「うわぁ……厳しい! 先輩、愛が足りないって言われちゃいましたよ。私たち、もっと仲良くならないとダメなんですかね?」
「……愛、ね」
ケイトの声が、いつもより一段低くなる。
(足りないのは君のせいじゃなくて、オレの覚悟の問題なんだよ。……本当は、ほっぺどころじゃ済ませたくないって思ってるのがバレたのかな)
「ケイト先輩? どうしたんですか、難しい顔して」
「……ねえ、ななしちゃん。君ってさ、本当にオレのこと、どう思ってる?」
「え? だから、好きですよ! 明るくて優しくて、いつも助けてくれる、最高の先輩です!」
その言葉に、ケイトは自嘲気味な笑みをこぼした。
「……やっぱり先輩、か。……オレね、そんな風に言われるたびに、ちょっとだけガッカリしてたんだよね」
「えっ、どうしてですか?」
「……オレはさ、ななしちゃんに先輩として頼られるのもいいけど……一人の男として、めちゃくちゃに意識されたいって思っちゃうんだよね」
ケイトはななしの肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。
「わ、ケイト、先輩……?」
「……もう先輩って呼ぶの禁止。……オレ、本気になっちゃうよ? ななしちゃんが思ってる以上に、オレ独占欲強いんだから」
至近距離で見つめ合う。
ケイトの緑の瞳には、いつもの軽薄な光などなく、獲物を狙う獣のような熱い執着が宿っていた。
ななしは、あまりの気迫に言葉を失う。心臓が耳元でうるさいほどドクドクと脈打った。
「……ケイト、さん」
おずおずと、彼女が名前を呼ぶ。
「……ん。……今はそれで我慢してあげる」
ケイトの手がななしの頬を包み込み、親指で彼女の唇をそっとなぞった。
「……逃げてもいいよ? 今ならまだ、事故だったってことにできるし」
「……逃げません。……私も、ケイトさんのこと、ちゃんと知りたいから」
ななしが勇気を出してケイトの服の裾をぎゅっと掴む。
その瞬間、ケイトの理性が弾けた。
重なる唇。
ほっぺの時とは比べものにならない、熱くて、深い、吸い込まれるような感覚。ケイトはななしを押し倒すようにして、逃がさないよう強く抱きしめた。
「ん……ぅ、……あ、……」
「……はぁ。……ななしちゃん、……好きだよ。マジカメにも載せられないくらい、オレだけのものになってよ」
何度も、何度も、角度を変えて。
お互いの体温を確かめるように、深いキスを繰り返す。空っぽだったはずの真っ白な部屋が、二人の吐息と熱気で満たされていく。
――ガシャン。
扉の鎖が解かれる重厚な音が響いた。
扉は開いた。出口はそこにある。
だが、二人はしばらくの間、重なったまま離れようとしなかった。
「……あ。開きました、ケイトさん」
「……ホントだ。……でも、オレまだ出たくないかも」
ケイトはななしの首筋に顔を埋めて、子どものように甘えた声を出す。
「もう、……ケイトさん、わがままです!」
「いいじゃん。……だって、ようやくななしちゃんの本当の気持ち、聞けたんだもん。もう少しこのままでいさせてよ」
ケイトはななしを抱きしめたまま、満足そうに目を細めた。マジカメの画面に並ぶ「いいね」よりも、たった今、自分の腕の中で顔を赤くしている彼女の体温の方が、何億倍も価値がある。
「……ねえ、ななしちゃん。外に出ても、今の続きしていい?」
「……それは、……トレイ先輩とかリドル先輩に見つからないところなら……」
「はは、オッケー。……じゃあ、オレのとっておきの隠れ家に連れてってあげる」
ケイトは立ち上がり、ななしの手をしっかりと握った。
開かれた扉の先には、いつもの学園の景色が広がっている。
「……大好きですよ、ケイトさん」
「……オレの方が、もっとマジで大好き。……覚悟しといてね?」
夕暮れの廊下を、繋いだ手が離れないように歩いていく。あの真っ白な部屋は、素直になれない二人のために、魔法が用意した最高の舞台だったのかもしれない。
