◯◯しないと出られない部屋
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オンボロ寮での昼寝から目覚めたはずだった。しかし、ななしが目を開けた先に広がっていたのは見慣れた天井ではない。
真っ白な壁、真っ白な床。家具一つない密閉された空間。唯一の出口らしき扉には重々しい鎖が巻き付き、その中央に仰々しい魔法の掲示板が浮かんでいる。
「……っ、ここは……?」
困惑するななしのすぐ隣で衣擦れの音がした。
「目が覚めたかい、ななし」
聞き慣れた、凛とした声。
ハーツラビュル寮の寮長、リドル・ローズハートがそこにいた。彼は寮服の襟を整えながら、厳しい表情で周囲を睨みつけている。
「リドル先輩! 先輩もここに……?」
「ああ。ボクも図書室で資料を探していたはずなのだが、気づけばこの有り様だ。……おそらく、強力な転移魔法に巻き込まれたのだろうね」
リドルは扉に近づき、掲示板に刻まれた文字を指差した。
「見てごらん。この扉を開けるための条件が記されている」
ななしが恐る恐るその文字を読み上げる。
愛の告白をしないと出られない部屋
「……えっ」
ななしの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。明るい性格で通っている彼女だが、こと恋愛に関しては自分の気持ちを伝えるどころか自覚するだけで精一杯だった。
「……ふん、下らない」
リドルは不機嫌そうに吐き捨てた。しかし、耳たぶが微かに赤くなっているのをななしは見逃さなかった。
リドルにとって、ななしは特別な存在だ。規律を乱す異分子として出会ったはずの彼女は、いつの間にか彼の正しいだけの世界に柔らかな色を添えていた。
「どうしたんだい、ななし。黙り込んでしまって」
「あ、いえ……その。……ええと、これって、どうすればいいんでしょうか」
「決まっているだろう。条件を満たすしかない。この部屋には窓一つない。空気の循環は魔法で保たれているようだが、長居は無用だ」
リドルは努めて冷静に振る舞う。だが、心臓の鼓動は早鐘を打っていた。
(告白……。ボクが、ななしに? そんなこと、できるわけがないだろう。……いや、そもそも彼女には想い人がいるかもしれないし、ボクのような口うるさい男が告白したところで、拒絶されるのが関の山だ)
一方のななしも、パニックに近い状態で思考を巡らせていた。
(リドル先輩に告白……! む、無理だよ、そんなの。先輩はいつも立派で、厳格で、私みたいな後輩のことなんて、きっと手のかかる生徒の一人としか思ってないはず……)
沈黙が部屋を支配する。一分が、まるで一時間のように長く感じられた。
「……ななし」
「は、はいっ!」
「……座りなさい。立ちっぱなしでは疲れる」
リドルは床に魔法でクッションを二つ出現させた。ハーツラビュルらしい赤色の刺繍が施された、ふかふかのクッションだ。二人は適度な距離を保って腰を下ろす。
「……先輩、あの」
「なんだい」
「……愛の告白って、やっぱり本気じゃないとダメなんでしょうか。こう、演技とか練習みたいな感じで言ってみるとか……」
ななしの精一杯の提案に、リドルは眉を寄せた。
「掲示板の魔法式を見る限り、言葉の表面だけを掬い取るような代物ではないね。発話者の魔力……つまり、感情の揺らぎを検知している。嘘の言葉では、この扉はびくともしないだろう」
「そんな……。じゃあ、本当に……」
「……ああ。本気でなければならない」
リドルは視線を逸らし、自分の膝の上で拳を握りしめた。
彼はいつも正解を知っている男だった。法律、校則、魔法学の公式。しかし目の前の少女に自分の胸の内を晒すという行為において、彼はどの教科書にも載っていない難問に直面していた。
「……ボクは、君に謝らなければならないことがある」
唐突なリドルの言葉に、ななしは瞬きを繰り返す。
「謝る? 何をですか?」
「ボクは君に対して、常に厳格であろうとしてきた。寮長として先輩として、君を導く責任があると思っていたからだ。……だがそれは建前だったのかもしれない」
「え……?」
「君が他の男子生徒……たとえばエースやデュースと楽しげに話しているのを見ると、ボクはひどく気分を害した。規律を乱しているわけでもないのに無意識に小言を言ってしまう自分に嫌気がさしていたんだ」
リドルの声が、少しずつ熱を帯びていく。
「それは、ボクが君を……その。……独占したいという、浅ましさから来るものだったのだと、最近ようやく気づいた」
「リドル先輩……」
ななしの胸が、どきりと跳ねた。それは彼女が密かに抱いていた感情とあまりにも似通っていたからだ。
「ななし。ボクは……ボクは、君が思っているような完璧な人間じゃない。傲慢で短気で、自分の感情をコントロールすることさえままならない、未熟な男だ。……そんな男に想われても、君は困るだけだろう?」
リドルの瞳には、切なげな色が浮かんでいた。彼は自分の想いが通じるなどとは微塵も思っていない。ただこの状況を打破するために、そして自分自身の内側に溜まった熱を吐き出すために、独白を続けている。
「……いいえ、そんなことありません!」
ななしは、思わず身を乗り出した。
「リドル先輩は誰よりも努力家で、真面目で……本当はすごく優しい人だって、私は知っています。不器用なところも、私には……その、とても素敵に見えます」
「……お世辞はいい」
「お世辞なんかじゃありません! ……私も、先輩に言わなきゃいけないことがあります」
ななしは、震える手で自分のスカートをぎゅっと掴んだ。心臓の音が耳元まで響いている。
「私も……先輩が他の女の子と話していたり、トレイ先輩と仲良く笑っていたりするのを見ると、なんだか胸が苦しくなるんです。……私だけを見てほしいなんてそんな生意気なこと、口が裂けても言えないって思ってましたけど」
「ななし……君、それは……」
リドルの瞳が大きく見開かれる。
「私は、リドル先輩が好きです。……憧れの先輩としてじゃなくて、一人の男性として、……大好きなんです」
言い切ると同時にななしは顔を伏せた。顔から火が出そうなほど熱い。部屋は静まり返り二人の呼吸だけが重なり合う。
掲示板がピカりと光った。しかし扉の鎖は外れない。
「……あ。……あ、開かない」
「……当然だ。ボクがまだ返事をしていないからね」
リドルの声は先ほどまでの迷いが消えたように低く、落ち着いていた。彼はゆっくりと立ち上がり、ななしの前で跪いた。まるで、忠誠を誓う騎士のように。
「ななし、こちらを向いてくれないか」
促され、ななしがおずおずと顔を上げる。至近距離にあるリドルの顔は今まで見たことがないほど優しく、そして情熱的な光を宿していた。
「ボクは、法律以外のことに疎い。恋愛の作法も、君を喜ばせる気の利いた台詞も、何一つ持ち合わせてはいない。……だが君を想う気持ちだけは、誰にも何物にも負けないと断言できる」
リドルが、ななしの細い手をそっと取った。彼の掌は熱く、少しだけ震えている。
「ボクは君を愛している、ななし。……ボクの隣にこれからもずっといてほしい。……これは命令ではない。ボクの、たった一つの、心からの願いだ」
その瞬間。
部屋中に目も眩むような光が溢れた。扉に巻き付いていた重厚な鎖が音を立てて砕け散る。
「……あ、開いた」
ななしが呆然と呟く。条件は満たされた。愛を告白し、それを相手が受け入れた。魔法が二人を本物だと認めたのだ。
しかし、リドルは立ち上がろうとしなかった。繋いだ手をさらに強く握り込み、彼はななしを見上げている。
「ななし。……扉が開いたということは、今の言葉に偽りはなかったということだ。……そうだね?」
「は、はい。……私の気持ちも、本物です」
「……そうか」
リドルの顔にふわりと少年のように無垢な笑みが浮かんだ。それを見た瞬間、ななしの我慢も限界を迎えた。彼女はリドルに抱きつき、その肩に顔を埋めた。
「もう……! リドル先輩、意地悪です。あんなにはっきり言わせるなんて」
「……ボ、ボクだって、必死だったんだ。君が拒絶したらボクはこの部屋で一生を終える覚悟だった」
「そんなの困ります!」
二人は真っ白な部屋の真ん中で、しばらくの間、折り重なるようにして抱き合っていた。ようやく落ち着きを取り戻したリドルが、ななしを抱き上げたまま立ち上がる。
「さあ、帰ろう。……ハーツラビュルまで送るよ。まあ、今日からはボクの目が届く場所に常にいてほしいくらいだが」
「それは……ちょっと、独占欲が強すぎませんか?」
「……異論は認めないよ。ルール違反をした不届き者から君を守るのが、ボクの役目だからね」
リドルは少しだけ赤くなった顔を背けながら、堂々と胸を張った。
扉の向こうには、いつもの学園の廊下が続いていた。しかし二人の関係は、もう以前と同じではない。
「あ、そうだ。リドル先輩」
「なんだい?」
「……好きです」
「……っ。……ああ、ボクもだ。……愛しているよ、ななし」
廊下に響く二人の足音は、以前よりもずっと、軽やかで、幸せなリズムを刻んでいた。部屋を仕掛けた犯人が誰であれ、今の二人にとっては感謝すべきキューピッドでしかなかったのである。
真っ白な壁、真っ白な床。家具一つない密閉された空間。唯一の出口らしき扉には重々しい鎖が巻き付き、その中央に仰々しい魔法の掲示板が浮かんでいる。
「……っ、ここは……?」
困惑するななしのすぐ隣で衣擦れの音がした。
「目が覚めたかい、ななし」
聞き慣れた、凛とした声。
ハーツラビュル寮の寮長、リドル・ローズハートがそこにいた。彼は寮服の襟を整えながら、厳しい表情で周囲を睨みつけている。
「リドル先輩! 先輩もここに……?」
「ああ。ボクも図書室で資料を探していたはずなのだが、気づけばこの有り様だ。……おそらく、強力な転移魔法に巻き込まれたのだろうね」
リドルは扉に近づき、掲示板に刻まれた文字を指差した。
「見てごらん。この扉を開けるための条件が記されている」
ななしが恐る恐るその文字を読み上げる。
愛の告白をしないと出られない部屋
「……えっ」
ななしの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。明るい性格で通っている彼女だが、こと恋愛に関しては自分の気持ちを伝えるどころか自覚するだけで精一杯だった。
「……ふん、下らない」
リドルは不機嫌そうに吐き捨てた。しかし、耳たぶが微かに赤くなっているのをななしは見逃さなかった。
リドルにとって、ななしは特別な存在だ。規律を乱す異分子として出会ったはずの彼女は、いつの間にか彼の正しいだけの世界に柔らかな色を添えていた。
「どうしたんだい、ななし。黙り込んでしまって」
「あ、いえ……その。……ええと、これって、どうすればいいんでしょうか」
「決まっているだろう。条件を満たすしかない。この部屋には窓一つない。空気の循環は魔法で保たれているようだが、長居は無用だ」
リドルは努めて冷静に振る舞う。だが、心臓の鼓動は早鐘を打っていた。
(告白……。ボクが、ななしに? そんなこと、できるわけがないだろう。……いや、そもそも彼女には想い人がいるかもしれないし、ボクのような口うるさい男が告白したところで、拒絶されるのが関の山だ)
一方のななしも、パニックに近い状態で思考を巡らせていた。
(リドル先輩に告白……! む、無理だよ、そんなの。先輩はいつも立派で、厳格で、私みたいな後輩のことなんて、きっと手のかかる生徒の一人としか思ってないはず……)
沈黙が部屋を支配する。一分が、まるで一時間のように長く感じられた。
「……ななし」
「は、はいっ!」
「……座りなさい。立ちっぱなしでは疲れる」
リドルは床に魔法でクッションを二つ出現させた。ハーツラビュルらしい赤色の刺繍が施された、ふかふかのクッションだ。二人は適度な距離を保って腰を下ろす。
「……先輩、あの」
「なんだい」
「……愛の告白って、やっぱり本気じゃないとダメなんでしょうか。こう、演技とか練習みたいな感じで言ってみるとか……」
ななしの精一杯の提案に、リドルは眉を寄せた。
「掲示板の魔法式を見る限り、言葉の表面だけを掬い取るような代物ではないね。発話者の魔力……つまり、感情の揺らぎを検知している。嘘の言葉では、この扉はびくともしないだろう」
「そんな……。じゃあ、本当に……」
「……ああ。本気でなければならない」
リドルは視線を逸らし、自分の膝の上で拳を握りしめた。
彼はいつも正解を知っている男だった。法律、校則、魔法学の公式。しかし目の前の少女に自分の胸の内を晒すという行為において、彼はどの教科書にも載っていない難問に直面していた。
「……ボクは、君に謝らなければならないことがある」
唐突なリドルの言葉に、ななしは瞬きを繰り返す。
「謝る? 何をですか?」
「ボクは君に対して、常に厳格であろうとしてきた。寮長として先輩として、君を導く責任があると思っていたからだ。……だがそれは建前だったのかもしれない」
「え……?」
「君が他の男子生徒……たとえばエースやデュースと楽しげに話しているのを見ると、ボクはひどく気分を害した。規律を乱しているわけでもないのに無意識に小言を言ってしまう自分に嫌気がさしていたんだ」
リドルの声が、少しずつ熱を帯びていく。
「それは、ボクが君を……その。……独占したいという、浅ましさから来るものだったのだと、最近ようやく気づいた」
「リドル先輩……」
ななしの胸が、どきりと跳ねた。それは彼女が密かに抱いていた感情とあまりにも似通っていたからだ。
「ななし。ボクは……ボクは、君が思っているような完璧な人間じゃない。傲慢で短気で、自分の感情をコントロールすることさえままならない、未熟な男だ。……そんな男に想われても、君は困るだけだろう?」
リドルの瞳には、切なげな色が浮かんでいた。彼は自分の想いが通じるなどとは微塵も思っていない。ただこの状況を打破するために、そして自分自身の内側に溜まった熱を吐き出すために、独白を続けている。
「……いいえ、そんなことありません!」
ななしは、思わず身を乗り出した。
「リドル先輩は誰よりも努力家で、真面目で……本当はすごく優しい人だって、私は知っています。不器用なところも、私には……その、とても素敵に見えます」
「……お世辞はいい」
「お世辞なんかじゃありません! ……私も、先輩に言わなきゃいけないことがあります」
ななしは、震える手で自分のスカートをぎゅっと掴んだ。心臓の音が耳元まで響いている。
「私も……先輩が他の女の子と話していたり、トレイ先輩と仲良く笑っていたりするのを見ると、なんだか胸が苦しくなるんです。……私だけを見てほしいなんてそんな生意気なこと、口が裂けても言えないって思ってましたけど」
「ななし……君、それは……」
リドルの瞳が大きく見開かれる。
「私は、リドル先輩が好きです。……憧れの先輩としてじゃなくて、一人の男性として、……大好きなんです」
言い切ると同時にななしは顔を伏せた。顔から火が出そうなほど熱い。部屋は静まり返り二人の呼吸だけが重なり合う。
掲示板がピカりと光った。しかし扉の鎖は外れない。
「……あ。……あ、開かない」
「……当然だ。ボクがまだ返事をしていないからね」
リドルの声は先ほどまでの迷いが消えたように低く、落ち着いていた。彼はゆっくりと立ち上がり、ななしの前で跪いた。まるで、忠誠を誓う騎士のように。
「ななし、こちらを向いてくれないか」
促され、ななしがおずおずと顔を上げる。至近距離にあるリドルの顔は今まで見たことがないほど優しく、そして情熱的な光を宿していた。
「ボクは、法律以外のことに疎い。恋愛の作法も、君を喜ばせる気の利いた台詞も、何一つ持ち合わせてはいない。……だが君を想う気持ちだけは、誰にも何物にも負けないと断言できる」
リドルが、ななしの細い手をそっと取った。彼の掌は熱く、少しだけ震えている。
「ボクは君を愛している、ななし。……ボクの隣にこれからもずっといてほしい。……これは命令ではない。ボクの、たった一つの、心からの願いだ」
その瞬間。
部屋中に目も眩むような光が溢れた。扉に巻き付いていた重厚な鎖が音を立てて砕け散る。
「……あ、開いた」
ななしが呆然と呟く。条件は満たされた。愛を告白し、それを相手が受け入れた。魔法が二人を本物だと認めたのだ。
しかし、リドルは立ち上がろうとしなかった。繋いだ手をさらに強く握り込み、彼はななしを見上げている。
「ななし。……扉が開いたということは、今の言葉に偽りはなかったということだ。……そうだね?」
「は、はい。……私の気持ちも、本物です」
「……そうか」
リドルの顔にふわりと少年のように無垢な笑みが浮かんだ。それを見た瞬間、ななしの我慢も限界を迎えた。彼女はリドルに抱きつき、その肩に顔を埋めた。
「もう……! リドル先輩、意地悪です。あんなにはっきり言わせるなんて」
「……ボ、ボクだって、必死だったんだ。君が拒絶したらボクはこの部屋で一生を終える覚悟だった」
「そんなの困ります!」
二人は真っ白な部屋の真ん中で、しばらくの間、折り重なるようにして抱き合っていた。ようやく落ち着きを取り戻したリドルが、ななしを抱き上げたまま立ち上がる。
「さあ、帰ろう。……ハーツラビュルまで送るよ。まあ、今日からはボクの目が届く場所に常にいてほしいくらいだが」
「それは……ちょっと、独占欲が強すぎませんか?」
「……異論は認めないよ。ルール違反をした不届き者から君を守るのが、ボクの役目だからね」
リドルは少しだけ赤くなった顔を背けながら、堂々と胸を張った。
扉の向こうには、いつもの学園の廊下が続いていた。しかし二人の関係は、もう以前と同じではない。
「あ、そうだ。リドル先輩」
「なんだい?」
「……好きです」
「……っ。……ああ、ボクもだ。……愛しているよ、ななし」
廊下に響く二人の足音は、以前よりもずっと、軽やかで、幸せなリズムを刻んでいた。部屋を仕掛けた犯人が誰であれ、今の二人にとっては感謝すべきキューピッドでしかなかったのである。
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