微睡の淵の銀鎖
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ナイトレイブンカレッジの中庭は手入れの行き届いた芝生と、樹齢数百年を数えるであろう巨木が立ち並ぶ、学園内でも特に穏やかな空気が流れる場所だ。
昼休みの喧騒も落ち着き、午後の授業が始まるまでのわずかな時間、ななしは購買部で買ったパンを片手にお気に入りのベンチへと向かっていた。
「あ……。今日も、あそこにいる」
視線の先、大きな樫の樹の根元に、銀色の髪が陽光を反射して輝いているのが見えた。
シルバーだ。彼は樹の幹に背を預け、膝を軽く立てた状態で静かに目を閉じている。特筆すべきは、その周囲だ。
彼の膝の上には茶色い毛並みのリスがちょこんと座り、両肩には青い羽の小鳥が二羽、まるでお守りをするように止まっている。足元には数匹のウサギが丸まり、彼の体温を分け合っていた。
「(本当に、おとぎ話の王子様みたい……)」
ななしは息を殺して、その幻想的な光景を見守った。
シルバーの周囲だけ、時間の流れが緩やかになっているかのように感じる。彼が呼吸をするたびに、肩の小鳥たちがふわふわと羽を揺らすのが、たまらなく愛おしい。邪魔をしてはいけないと思いつつも、ななしの足は自然と彼の方へと向いていた。
「……ん。……ななし、か」
まだ数歩距離があるというのに、シルバーがゆっくりと瞼を持ち上げた。
動物たちは逃げる様子もない。それどころか、新しく現れたななしを歓迎するように、リスがクルリと尻尾を振った。
「シルバー先輩、起こしちゃいましたか? ごめんなさい」
「いや、構わない。……動物たちが、お前が来たのを教えてくれたからな」
「えっ……?」
「ああ。……彼らは、お前のことを春の陽だまりのような人だと言っている」
「……もう、先輩。そんなお世辞、どこで覚えたんですか」
ななしは顔を赤くして、シルバーの隣の芝生に腰を下ろした。
シルバーはふっと目を細め、膝の上のリスを優しく撫でる。
「お世辞ではない。動物たちは嘘をつかないからな。……それに、俺も同意見だ。お前が来ると、この場所がさらに温かくなる気がする」
「……シルバー先輩って、たまにすごく恥ずかしいことを真顔で言いますよね」
「そうだろうか。俺はただ、感じたことを言葉にしているだけなのだが。修行が足りないということか?」
「いえ、そのままでいいです……。直されたら、それはそれで寂しいですし」
ななしが苦笑しながらパンを一口かじると、足元のウサギが興味深そうに鼻をひくつかせた。それを見たシルバーが、自分のポケットから小さな木の実を取り出し、ななしの手のひらに乗せる。
「これを。彼らにお裾分けしてやってくれ。……お前の手からなら、きっと喜んで食べるはずだ」
「あ、ありがとうございます。……おいで、うさぎさん」
ななしが木の実を差し出すと、ウサギは用心深く、けれど信頼しきった様子で、彼女の指先をくすぐりながら実を啄んだ。その様子を、シルバーはとても満足そうに穏やかな眼差しで見つめている。
「……シルバー先輩。先輩は、どうしてそんなに動物たちと仲良くなれるんですか?」
「……。……。……ふ……」
「あ、また寝た!」
質問の答えを待たずして、シルバーの頭がゆっくりとななしの肩に向かって倒れてきた。重なる肩の感覚。彼の髪がななしの頬をかすめ、柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。
肩に乗っていた小鳥たちが、今度はななしの頭の上へと飛び移った。
「(……これじゃ、わたしもシルバー先輩の一部になっちゃったみたい)」
ななしは動けずにいた。
シルバーの寝息が規則正しく刻まれ、肩から伝わる彼の鼓動が、自分の鼓動と重なっていくような錯覚に陥る。周囲の動物たちも、ななしを「仲間」だと認めたのか、彼女の足元で思い思いに寛ぎ始めた。
「……シルバー先輩……」
ななしは、少しだけ勇気を出して、自分の肩に預けられた彼の頭に、そっと自分の頭を寄せた。
静かな午後。木々の間を吹き抜ける風の音と、動物たちの小さな鳴き声だけが聞こえる。ななしは、この時間が永遠に続けばいいのにと、心の底から願わずにはいられなかった。
◇
どのくらいの時間が経っただろうか。
予鈴のチャイムが遠くで鳴り響き、シルバーがハッとして目を開けた。
「……っ! ……また、眠ってしまったのか。……すまない、ななし。……重かっただろう」
シルバーは慌てて体を起こしたが、ななしもまた、心地よい微睡みの中にいたせいで、すぐには離れることができなかった。
「……あ、いえ。……全然、重くなかったですよ」
「そうか。……だが、俺は不甲斐ないな。……お前を、退屈させてしまったのではないか?」
「そんなことないです。……シルバー先輩の寝顔を見てるの、好きですから」
「………そう、か」
シルバーは珍しく言葉に詰まり、視線を彷徨わせた。彼の耳の先端が、心なしか赤くなっているように見える。
彼は膝の上にいたリスを地面に下ろすと、ななしの方に向き直り、その手をそっと取った。
「ななし。……俺は、寝ている時間が多い分、人より世界を狭く見ているのかもしれない」
「……先輩?」
「だが、お前と一緒にいる時だけは……。……夢の中よりもずっと、色が鮮やかに見えるんだ。……動物たちも言っている。お前の隣が、俺にとって一番の安全な場所なのだと」
「……。……シルバー先輩……」
ななしは、握られた手をぎゅっと握り返した。彼の言葉は、飾られていないからこそまっすぐに彼女の胸の奥深くまで突き刺さる。
「……わたしも、先輩の隣が一番安心します。だから、また明日も、ここに来てもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。お前が来てくれるのを、俺も彼らも心待ちにしている」
シルバーは、ななしの指先を名残惜しそうに離すと、立ち上がって彼女に手を貸した。
足元の動物たちが、二人を見送るように一斉に鳴き声を上げる。それはまるで、新しい恋の始まりを祝福する、小さなオーケストラのようだった。
「……行こう、ななし。……午後の授業に遅れたら、リリア様にまた『昼寝のしすぎだ』と説教されてしまう」
「ふふ、そうですね。セベクくんにも怒られちゃうかも」
「それは……避けたいな」
並んで歩き出す二人の背中を、午後の陽光が優しく包み込む。
ななしの隣で、シルバーは時折、眠気を堪えるように瞬きを繰り返しながら、けれどしっかりと彼女の歩幅に合わせて歩き続けた。その横顔は、いつになく凛としていて、そしてどこまでも優しかった。
昼休みの喧騒も落ち着き、午後の授業が始まるまでのわずかな時間、ななしは購買部で買ったパンを片手にお気に入りのベンチへと向かっていた。
「あ……。今日も、あそこにいる」
視線の先、大きな樫の樹の根元に、銀色の髪が陽光を反射して輝いているのが見えた。
シルバーだ。彼は樹の幹に背を預け、膝を軽く立てた状態で静かに目を閉じている。特筆すべきは、その周囲だ。
彼の膝の上には茶色い毛並みのリスがちょこんと座り、両肩には青い羽の小鳥が二羽、まるでお守りをするように止まっている。足元には数匹のウサギが丸まり、彼の体温を分け合っていた。
「(本当に、おとぎ話の王子様みたい……)」
ななしは息を殺して、その幻想的な光景を見守った。
シルバーの周囲だけ、時間の流れが緩やかになっているかのように感じる。彼が呼吸をするたびに、肩の小鳥たちがふわふわと羽を揺らすのが、たまらなく愛おしい。邪魔をしてはいけないと思いつつも、ななしの足は自然と彼の方へと向いていた。
「……ん。……ななし、か」
まだ数歩距離があるというのに、シルバーがゆっくりと瞼を持ち上げた。
動物たちは逃げる様子もない。それどころか、新しく現れたななしを歓迎するように、リスがクルリと尻尾を振った。
「シルバー先輩、起こしちゃいましたか? ごめんなさい」
「いや、構わない。……動物たちが、お前が来たのを教えてくれたからな」
「えっ……?」
「ああ。……彼らは、お前のことを春の陽だまりのような人だと言っている」
「……もう、先輩。そんなお世辞、どこで覚えたんですか」
ななしは顔を赤くして、シルバーの隣の芝生に腰を下ろした。
シルバーはふっと目を細め、膝の上のリスを優しく撫でる。
「お世辞ではない。動物たちは嘘をつかないからな。……それに、俺も同意見だ。お前が来ると、この場所がさらに温かくなる気がする」
「……シルバー先輩って、たまにすごく恥ずかしいことを真顔で言いますよね」
「そうだろうか。俺はただ、感じたことを言葉にしているだけなのだが。修行が足りないということか?」
「いえ、そのままでいいです……。直されたら、それはそれで寂しいですし」
ななしが苦笑しながらパンを一口かじると、足元のウサギが興味深そうに鼻をひくつかせた。それを見たシルバーが、自分のポケットから小さな木の実を取り出し、ななしの手のひらに乗せる。
「これを。彼らにお裾分けしてやってくれ。……お前の手からなら、きっと喜んで食べるはずだ」
「あ、ありがとうございます。……おいで、うさぎさん」
ななしが木の実を差し出すと、ウサギは用心深く、けれど信頼しきった様子で、彼女の指先をくすぐりながら実を啄んだ。その様子を、シルバーはとても満足そうに穏やかな眼差しで見つめている。
「……シルバー先輩。先輩は、どうしてそんなに動物たちと仲良くなれるんですか?」
「……。……。……ふ……」
「あ、また寝た!」
質問の答えを待たずして、シルバーの頭がゆっくりとななしの肩に向かって倒れてきた。重なる肩の感覚。彼の髪がななしの頬をかすめ、柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。
肩に乗っていた小鳥たちが、今度はななしの頭の上へと飛び移った。
「(……これじゃ、わたしもシルバー先輩の一部になっちゃったみたい)」
ななしは動けずにいた。
シルバーの寝息が規則正しく刻まれ、肩から伝わる彼の鼓動が、自分の鼓動と重なっていくような錯覚に陥る。周囲の動物たちも、ななしを「仲間」だと認めたのか、彼女の足元で思い思いに寛ぎ始めた。
「……シルバー先輩……」
ななしは、少しだけ勇気を出して、自分の肩に預けられた彼の頭に、そっと自分の頭を寄せた。
静かな午後。木々の間を吹き抜ける風の音と、動物たちの小さな鳴き声だけが聞こえる。ななしは、この時間が永遠に続けばいいのにと、心の底から願わずにはいられなかった。
◇
どのくらいの時間が経っただろうか。
予鈴のチャイムが遠くで鳴り響き、シルバーがハッとして目を開けた。
「……っ! ……また、眠ってしまったのか。……すまない、ななし。……重かっただろう」
シルバーは慌てて体を起こしたが、ななしもまた、心地よい微睡みの中にいたせいで、すぐには離れることができなかった。
「……あ、いえ。……全然、重くなかったですよ」
「そうか。……だが、俺は不甲斐ないな。……お前を、退屈させてしまったのではないか?」
「そんなことないです。……シルバー先輩の寝顔を見てるの、好きですから」
「………そう、か」
シルバーは珍しく言葉に詰まり、視線を彷徨わせた。彼の耳の先端が、心なしか赤くなっているように見える。
彼は膝の上にいたリスを地面に下ろすと、ななしの方に向き直り、その手をそっと取った。
「ななし。……俺は、寝ている時間が多い分、人より世界を狭く見ているのかもしれない」
「……先輩?」
「だが、お前と一緒にいる時だけは……。……夢の中よりもずっと、色が鮮やかに見えるんだ。……動物たちも言っている。お前の隣が、俺にとって一番の安全な場所なのだと」
「……。……シルバー先輩……」
ななしは、握られた手をぎゅっと握り返した。彼の言葉は、飾られていないからこそまっすぐに彼女の胸の奥深くまで突き刺さる。
「……わたしも、先輩の隣が一番安心します。だから、また明日も、ここに来てもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。お前が来てくれるのを、俺も彼らも心待ちにしている」
シルバーは、ななしの指先を名残惜しそうに離すと、立ち上がって彼女に手を貸した。
足元の動物たちが、二人を見送るように一斉に鳴き声を上げる。それはまるで、新しい恋の始まりを祝福する、小さなオーケストラのようだった。
「……行こう、ななし。……午後の授業に遅れたら、リリア様にまた『昼寝のしすぎだ』と説教されてしまう」
「ふふ、そうですね。セベクくんにも怒られちゃうかも」
「それは……避けたいな」
並んで歩き出す二人の背中を、午後の陽光が優しく包み込む。
ななしの隣で、シルバーは時折、眠気を堪えるように瞬きを繰り返しながら、けれどしっかりと彼女の歩幅に合わせて歩き続けた。その横顔は、いつになく凛としていて、そしてどこまでも優しかった。
