TRIANGLE
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周囲に立ち並ぶ鏡の中からディアソムニア寮へと繋がる鏡の前に立った。
夜の闇をそのまま切り取ったかのように深く、微かに冷たい魔力が波紋のように揺らいでいる。
「子分……大丈夫か?」
「大丈夫、グリムはちょっと待っててね。……ちゃんと、話をしてくるから」
グリムを鏡の間の入り口近くに残し一人で光の中へと踏み込んだ。
視界が切り替わると、そこは微かな緑色の灯火に照らされた、ディアソムニア寮の厳かな入り口だった。
放課後の時間帯だというのに、どういうわけか辺りはしんと静まり返っており、厳かな静寂だけが空間を満たしていた。
「……おや。珍しい客人だな、ヒトの子よ」
ホールの奥、重厚な扉の前に佇んでいたその人が、ゆっくりとこちらを振り返ってふっと穏やかな微笑みを浮かべた。
マレウス・ドラコニア。彼がその場に立っているだけで、周囲の空気が一変して濃密な魔力に満たされるような錯覚に陥る。数日前に届いたあの丁寧な手紙と緑色のハーブティーのパッケージが一気に脳裏に蘇ってきた。
「ツノ太郎。……こんにちは」
「わざわざ僕の寮の入り口まで足を運んでくれるとは。今朝もセベクがお前に無礼を働いたと聞いて心配していたのだが……その様子だと問題なさそうだな」
マレウスは音もなくこちらへ歩み寄ってくる。
その圧倒的な美貌と、逃げ出すことを許さないような静かな絶対強者のオーラに、心臓が今までにないほど激しく脈打った。
「えっと、贈り物はありがとうございました。お茶、美味しかった」
「そうか。お前が夜、僕のことを想いながらあの温かい茶を飲んでくれたなら、これ以上の喜びはない」
マレウスは嬉しそうに目を細め、すっと手を伸ばしてくる。
その冷たくて繊細な指先があの日と同じように、ななしの髪にそっと触れた。まるで壊れやすい硝子細工を扱うかのようなその優しさが、かえって逃げ出せない深い囲い込みのように感じられて息が詰まりそうになる。
「……ツノ太郎。私、今日こそちゃんとはっきりさせようと思って、ここに来たんです」
「はっきりさせる、とは?」
そう問いかけるマレウスの指先が髪の端をなぞったまま、ぴたりと動きを止める。
その深く静かな瞳にななしの姿だけが映り込んでおり、室内の冷気とは裏腹に触れられている部分だけがじわりと熱を帯びていくようだった。
「……流されたままでいるのが、嫌だったから。レオナさんが強引に引っ張るのもツノ太郎が静かに囲い込もうとするのも、どっちも私のことを考えてくれてるって分かっちゃったから。だから、私自身の意志で決めたくて、ここに来ました」
「お前の意志、か」
マレウスは小さく呟くと髪に触れていた手を離し、今度はななしの両肩をそっと包み込むように引き寄せた。
「僕の元を選んでくれた。お前がその足で踏み込んでくれた……。それがどれほど僕を宥めてくれたか、お前には分からないだろうな」
その声にはいつもの穏やかな響きの裏に、底無しの暗い歓喜が混ざり合っている。肩を包む彼の両手は驚くほど優しく、けれど決して離さないという絶対的な拒絶の意志が込められた、逃げられない檻のようでもあった。
「……ツノ太郎。私、送ってもらったお茶の他にも、あの日届いた段ボール全部開けたよ。だから……」
「お前の部屋に、あの男の持ち込んだ贈り物があることも、僕は知っているさ」
マレウスがななしの言葉を遮るように微かに声を低くした。その瞬間、ホールの空気が凍りつくような冷徹な魔力を帯びる。
「お前が何に対怯え、何から身を守ろうとしていたのかは分かっている。だが、もうそんなものは必要ない。これからは僕がお前のすぐ後ろにいる。僕の影の中にいる限り、この世界のどんな脅威もお前に触れることは叶わないのだから」
さらりと告げられたあまりに巨大で逃げ道のない独占欲。
その重さに息が止まりそうになる。けれど世界から取り残されることを何より恐れていた孤独な夜の主が、自分という存在をここまで激しく一途に求めてくれているという事実が、不思議とななしの心を深く満たしていった。
「……本当に、いつでも後ろにいてくれる?」
「ああ。お前が望むなら、いつでも、いつまでもだ」
マレウスは満足そうに微笑むとななしの身体をそっと抱きしめた。
マレウスに包まれ、どこか古い書物や深い森を思わせる静かで落ち着く気配が一気に五感を満たしていく。
レオナのような強引な力強さではない。けれど一度捕まったら二度と光の射す場所へは戻れないような、優しくどこまでも深い沼の底へと沈んでいくような心地よさだった。
「……マレウス様。そろそろお戻りにならなければ親父殿が――」
重厚なホールの扉が静かに開きシルバーが顔を覗かせた。
けれど、その腕の中にいるななしの姿を見るなり、いつものように冷静な表情のまま、すっと扉を閉めようとする。
「待て、シルバー!」
すぐ後ろから案の定セベクが割れんばかりの大声で突っ込んできた。
扉の隙間からは心配でこっそりついてきていたグリムが「……やっぱり子分はツノ太郎に食われちまうんだゾ……」と、絶望した顔でへたり込んでいるのが見えた。
「セベク、静かにしろ。マレウス様は今、大事な話をされている」
「な、何だと!? しかし……!」
「シルバー、セベク。……少し静かにしてくれないか。せっかくの時間が台無しだ」
マレウスがななしを腕の中に抱いたまま、片方の眉を少しだけ上げて冷ややかな一瞥を二人に向けた。その一言でセベクは完全に硬直し、シルバーもそれ以上言葉を続けることはなかった。
「子分ー! 早く帰ってくるんだゾーっ!」
シルバーに宥められながらセベクとグリムが慌ただしくホールの外へと押し出されていく。
閉まった扉の向こうから、いつもの騒がしい日常が遠ざかっていく。けれどその代わりに手に入れたこの静寂と、自分を抱きしめる絶対的な存在の体温はもう何物にも代えがたいものになっていた。
「……余所見をするな。僕だけを見ていると、そう言ったはずだ」
マレウスがななしの耳元で甘く囁き、身体を優しく引き寄せる。
一度足を踏み入れたら二度と抜け出せない深い沼。けれどその温かく静かな暗闇の中で、ななしは喜んでその夜の主の腕に身を委ねていくのだった。
夜の闇をそのまま切り取ったかのように深く、微かに冷たい魔力が波紋のように揺らいでいる。
「子分……大丈夫か?」
「大丈夫、グリムはちょっと待っててね。……ちゃんと、話をしてくるから」
グリムを鏡の間の入り口近くに残し一人で光の中へと踏み込んだ。
視界が切り替わると、そこは微かな緑色の灯火に照らされた、ディアソムニア寮の厳かな入り口だった。
放課後の時間帯だというのに、どういうわけか辺りはしんと静まり返っており、厳かな静寂だけが空間を満たしていた。
「……おや。珍しい客人だな、ヒトの子よ」
ホールの奥、重厚な扉の前に佇んでいたその人が、ゆっくりとこちらを振り返ってふっと穏やかな微笑みを浮かべた。
マレウス・ドラコニア。彼がその場に立っているだけで、周囲の空気が一変して濃密な魔力に満たされるような錯覚に陥る。数日前に届いたあの丁寧な手紙と緑色のハーブティーのパッケージが一気に脳裏に蘇ってきた。
「ツノ太郎。……こんにちは」
「わざわざ僕の寮の入り口まで足を運んでくれるとは。今朝もセベクがお前に無礼を働いたと聞いて心配していたのだが……その様子だと問題なさそうだな」
マレウスは音もなくこちらへ歩み寄ってくる。
その圧倒的な美貌と、逃げ出すことを許さないような静かな絶対強者のオーラに、心臓が今までにないほど激しく脈打った。
「えっと、贈り物はありがとうございました。お茶、美味しかった」
「そうか。お前が夜、僕のことを想いながらあの温かい茶を飲んでくれたなら、これ以上の喜びはない」
マレウスは嬉しそうに目を細め、すっと手を伸ばしてくる。
その冷たくて繊細な指先があの日と同じように、ななしの髪にそっと触れた。まるで壊れやすい硝子細工を扱うかのようなその優しさが、かえって逃げ出せない深い囲い込みのように感じられて息が詰まりそうになる。
「……ツノ太郎。私、今日こそちゃんとはっきりさせようと思って、ここに来たんです」
「はっきりさせる、とは?」
そう問いかけるマレウスの指先が髪の端をなぞったまま、ぴたりと動きを止める。
その深く静かな瞳にななしの姿だけが映り込んでおり、室内の冷気とは裏腹に触れられている部分だけがじわりと熱を帯びていくようだった。
「……流されたままでいるのが、嫌だったから。レオナさんが強引に引っ張るのもツノ太郎が静かに囲い込もうとするのも、どっちも私のことを考えてくれてるって分かっちゃったから。だから、私自身の意志で決めたくて、ここに来ました」
「お前の意志、か」
マレウスは小さく呟くと髪に触れていた手を離し、今度はななしの両肩をそっと包み込むように引き寄せた。
「僕の元を選んでくれた。お前がその足で踏み込んでくれた……。それがどれほど僕を宥めてくれたか、お前には分からないだろうな」
その声にはいつもの穏やかな響きの裏に、底無しの暗い歓喜が混ざり合っている。肩を包む彼の両手は驚くほど優しく、けれど決して離さないという絶対的な拒絶の意志が込められた、逃げられない檻のようでもあった。
「……ツノ太郎。私、送ってもらったお茶の他にも、あの日届いた段ボール全部開けたよ。だから……」
「お前の部屋に、あの男の持ち込んだ贈り物があることも、僕は知っているさ」
マレウスがななしの言葉を遮るように微かに声を低くした。その瞬間、ホールの空気が凍りつくような冷徹な魔力を帯びる。
「お前が何に対怯え、何から身を守ろうとしていたのかは分かっている。だが、もうそんなものは必要ない。これからは僕がお前のすぐ後ろにいる。僕の影の中にいる限り、この世界のどんな脅威もお前に触れることは叶わないのだから」
さらりと告げられたあまりに巨大で逃げ道のない独占欲。
その重さに息が止まりそうになる。けれど世界から取り残されることを何より恐れていた孤独な夜の主が、自分という存在をここまで激しく一途に求めてくれているという事実が、不思議とななしの心を深く満たしていった。
「……本当に、いつでも後ろにいてくれる?」
「ああ。お前が望むなら、いつでも、いつまでもだ」
マレウスは満足そうに微笑むとななしの身体をそっと抱きしめた。
マレウスに包まれ、どこか古い書物や深い森を思わせる静かで落ち着く気配が一気に五感を満たしていく。
レオナのような強引な力強さではない。けれど一度捕まったら二度と光の射す場所へは戻れないような、優しくどこまでも深い沼の底へと沈んでいくような心地よさだった。
「……マレウス様。そろそろお戻りにならなければ親父殿が――」
重厚なホールの扉が静かに開きシルバーが顔を覗かせた。
けれど、その腕の中にいるななしの姿を見るなり、いつものように冷静な表情のまま、すっと扉を閉めようとする。
「待て、シルバー!」
すぐ後ろから案の定セベクが割れんばかりの大声で突っ込んできた。
扉の隙間からは心配でこっそりついてきていたグリムが「……やっぱり子分はツノ太郎に食われちまうんだゾ……」と、絶望した顔でへたり込んでいるのが見えた。
「セベク、静かにしろ。マレウス様は今、大事な話をされている」
「な、何だと!? しかし……!」
「シルバー、セベク。……少し静かにしてくれないか。せっかくの時間が台無しだ」
マレウスがななしを腕の中に抱いたまま、片方の眉を少しだけ上げて冷ややかな一瞥を二人に向けた。その一言でセベクは完全に硬直し、シルバーもそれ以上言葉を続けることはなかった。
「子分ー! 早く帰ってくるんだゾーっ!」
シルバーに宥められながらセベクとグリムが慌ただしくホールの外へと押し出されていく。
閉まった扉の向こうから、いつもの騒がしい日常が遠ざかっていく。けれどその代わりに手に入れたこの静寂と、自分を抱きしめる絶対的な存在の体温はもう何物にも代えがたいものになっていた。
「……余所見をするな。僕だけを見ていると、そう言ったはずだ」
マレウスがななしの耳元で甘く囁き、身体を優しく引き寄せる。
一度足を踏み入れたら二度と抜け出せない深い沼。けれどその温かく静かな暗闇の中で、ななしは喜んでその夜の主の腕に身を委ねていくのだった。
