TRIANGLE
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周囲に立ち並ぶ鏡の中からサバナクロー寮へと繋がる鏡の前に立った。
まるで荒野の熱気をそのまま閉じ込めたかのように微かに揺らぎ、向こう側からじりじりとした威圧感が伝わってくる。
「子分……大丈夫か?」
「大丈夫、グリムはちょっと待っててね。……ちゃんと、話をしてくるから」
グリムを鏡の間の入り口近くに残し一人で光の中へと踏み込んだ。
視界が切り替わると、そこはすっかり見慣れたサバナクロー寮の入り口が見えた。
放課後のこの時間はいつも騒がしいはずなのに、どういうわけか辺りはしんと静まり返っている。他の寮生たちの姿はどこにもなく、ただ中央の大きなソファに、いつもの気怠げな姿が横たわっていた。
「……遅ぇんだよ、草食動物」
レオナは目を閉じたまま低く掠れた声でそう呟いた。
のそりと身体を起こし、こちらを真っ直ぐに見据えてくる。その深く鋭い瞳と視線が交差した瞬間、心臓が跳ねるような緊張感が全身を走った。
「すみません、遅くなりました」
「ハッ、自覚はあんのか。数日も俺を放置して、あっちのトカゲ野郎とでもよろしくやってたか?」
ソファの背もたれに腕をかけレオナは不敵に唇を吊り上げながらも、その視線は執拗にこちらを観察している。数日前に送られてきたあの物々しい防犯グッズや手紙に書かれていた言葉が一気に現実味を帯びて脳裏にフラッシュバックした。
「………これでも、色々考えてたんです」
「考える? お前にしちゃ上出来だが、俺を待たせた罪は重いぜ。……ほら、さっさとこっちに来い」
レオナは自分の隣のスペースを軽く叩く。その仕草はいつも通り尊大だったが、その奥にある拒絶を許さないほどの強い執着が隠しようもなく漏れ出ていた。
一歩、また一歩とソファに近づく。
彼のすぐ隣に腰を下ろすと一気に距離が縮まり、あの日のラウンジで手首を掴まれたときの熱い体温が蘇るようだった。
「……あの、レオナさん」
「なんだ」
「送ってくれたプレゼント、ありがとうございました。おかげでオンボロ寮の玄関、今めちゃくちゃ頑丈になってます」
「フン、あの毛玉だけじゃ心配だからな。それとも何だ? 誰かが夜這いでもかけてくるのを期待してたか?」
「変な言い方しないでください! 私は、ただ……」
「ただ、なんだよ」
レオナが不意に、こちらに身体を傾けてくる。
逃げ出せないほどの至近距離。
「お前がのらりくらりと言い訳して逃げ回るから、下の奴らまでソワソワしてんだよ」
「そ、それは、申し訳ないと思ってます……。だから、今日こそはっきりさせようと思って、ここに来たんです」
「はっきりさせる、ねぇ……」
レオナは喉の奥で低く笑うと、すっと大きな手を伸ばしてきた。
顎をすくい上げられ視線が強制的に固定される。レオナの吐き出す息がそのまま肌に触れるような至近距離で、ななしの思考はまたしても白く染まりそうになっていた。
「だったら、お前の口から直接聞かせろ。わざわざ俺のところに来た理由をよ」
その声はどこまでも低く、けれど確実な熱を持って鼓膜を揺さぶる。
ここでいつものようにヤケクソになって冗談めかすことは、もう許されない雰囲気だった。レオナは本気でななしの退路を断ちに来ている。
「……流されたままでいるのが嫌だったからです。レオナさんが強引に引っ張るのも、ツノ太郎が静かに囲い込もうとするのも、どっちも私のことを考えてくれてるって分かっちゃったから。だから私自身の意志で決めたくて、ここに来ました」
「……で、その結果がこれかよ」
レオナの唇が歪む。
顎を掴んでいた指の力がわずかに緩んだかと思うと、今度はその大きな手のひらがななしの頬を包み込むように移動した。荒々しい体温が直に伝わってくる。
「お前がここを選んだんだ。もう今更『やっぱりやめた』は通用しねぇぞ、草食動物」
「……わかってます」
「わかってねぇよ。お前が考えてるより俺は気が短ぇんだ。あのトカゲ野郎に無防備に髪を触らせてたのを見た時、その場でラウンジごと砂に変えてやろうかって本気で思ったくらいにはな」
さらりと告げられたあまりに重い独占欲にななしの背中にゾクリとした戦慄が走る。
けれどその言葉の裏にある狂おしいほどの情熱と、自分を絶対に離したくないという切実な響きが不思議と愛おしく思えてしまった。
「だったら……これからはレオナさん専用のブラシだけ使います。あの日届いた段ボール全部開けましたから」
ななしが少しだけ視線を泳がせながらそう答えると、レオナは一瞬だけ驚いたように目を見張った。そして堪えきれないといった様子で、低く笑い声を漏らす。
「ハッ……! ほんと、お前は生意気な草食動物だ。俺を前にして、そんな口が叩けるのはお前くらいなもんだぜ」
笑いながらレオナはそのままななしの身体を強く引き寄せ、ソファの上で抱きすくめるようにして胸元に閉じ込めた。
顔が彼の胸に押し付けられ、どこか懐かしくて落ち着く気配が一気に五感を満たしていく。手荒に扱わないと言ったマレウスとは対照的に、骨が軋むほどの強い力。けれどその荒々しさこそが、レオナがななしを誰にも渡さないという絶対的な誓いのようでもあった。
「いいか、もうオンボロ寮の戸締まりなんて気にする必要はねぇ。俺の目が届くところで、一生大人しく飼われてろ」
「か、飼われるなんて、返事はしてません……っ」
「口だけは達者だな」
そう言いながらもレオナの大きな手がななしの頭を何度も優しく愛おしむように撫でていく。その指先の動きは、あの日手荒に髪をかき回した時とは違い、これ以上ないほど甘いものだった。
「……レオナさ〜ん! 戻りました、って……うわ、取り込み中ッスか!?」
ラウンジの入り口からラギーが両手にパンの袋を抱えたまま、気まずそうに足を止めた。その足元には、いつの間にかサバナクローに入り込んでいたグリムが「……やっぱり子分はレオナの餌になっちまったんだゾ……」と絶望した顔でへたり込んでいる。
「ラギー。お前、今入ってきたってことは、それなりの覚悟があんだろうな?」
レオナがななしを抱き締めたまま不機嫌極まりない視線をラギーに向ける。
「いやいや、オレはただ頼まれてたものを届けに来ただけなんスけど!? すぐ消えます、すぐ消えますから! ほら、グリムくんも!」
「子分ー! 早く帰ってくるんだゾーっ!」
パンの袋と一緒にラギーに抱き抱えられたグリムがジタバタと暴れながらラウンジの外へと連行されていく。騒がしいいつもの日常の風景。けれどその中心にあるななしのポジションは、もう二度とこれまでと同じ場所には戻らない。
「おい、余所見してんじゃねぇよ」
レオナがななしの耳元で低く囁きさらに腕の力を強める。
捕らえられたら二度と逃げ出せない絶対的な檻。
けれどその心地よい窮屈さの中で、ななしは深く深くレオナの体温に身を委ねていくのだった。
まるで荒野の熱気をそのまま閉じ込めたかのように微かに揺らぎ、向こう側からじりじりとした威圧感が伝わってくる。
「子分……大丈夫か?」
「大丈夫、グリムはちょっと待っててね。……ちゃんと、話をしてくるから」
グリムを鏡の間の入り口近くに残し一人で光の中へと踏み込んだ。
視界が切り替わると、そこはすっかり見慣れたサバナクロー寮の入り口が見えた。
放課後のこの時間はいつも騒がしいはずなのに、どういうわけか辺りはしんと静まり返っている。他の寮生たちの姿はどこにもなく、ただ中央の大きなソファに、いつもの気怠げな姿が横たわっていた。
「……遅ぇんだよ、草食動物」
レオナは目を閉じたまま低く掠れた声でそう呟いた。
のそりと身体を起こし、こちらを真っ直ぐに見据えてくる。その深く鋭い瞳と視線が交差した瞬間、心臓が跳ねるような緊張感が全身を走った。
「すみません、遅くなりました」
「ハッ、自覚はあんのか。数日も俺を放置して、あっちのトカゲ野郎とでもよろしくやってたか?」
ソファの背もたれに腕をかけレオナは不敵に唇を吊り上げながらも、その視線は執拗にこちらを観察している。数日前に送られてきたあの物々しい防犯グッズや手紙に書かれていた言葉が一気に現実味を帯びて脳裏にフラッシュバックした。
「………これでも、色々考えてたんです」
「考える? お前にしちゃ上出来だが、俺を待たせた罪は重いぜ。……ほら、さっさとこっちに来い」
レオナは自分の隣のスペースを軽く叩く。その仕草はいつも通り尊大だったが、その奥にある拒絶を許さないほどの強い執着が隠しようもなく漏れ出ていた。
一歩、また一歩とソファに近づく。
彼のすぐ隣に腰を下ろすと一気に距離が縮まり、あの日のラウンジで手首を掴まれたときの熱い体温が蘇るようだった。
「……あの、レオナさん」
「なんだ」
「送ってくれたプレゼント、ありがとうございました。おかげでオンボロ寮の玄関、今めちゃくちゃ頑丈になってます」
「フン、あの毛玉だけじゃ心配だからな。それとも何だ? 誰かが夜這いでもかけてくるのを期待してたか?」
「変な言い方しないでください! 私は、ただ……」
「ただ、なんだよ」
レオナが不意に、こちらに身体を傾けてくる。
逃げ出せないほどの至近距離。
「お前がのらりくらりと言い訳して逃げ回るから、下の奴らまでソワソワしてんだよ」
「そ、それは、申し訳ないと思ってます……。だから、今日こそはっきりさせようと思って、ここに来たんです」
「はっきりさせる、ねぇ……」
レオナは喉の奥で低く笑うと、すっと大きな手を伸ばしてきた。
顎をすくい上げられ視線が強制的に固定される。レオナの吐き出す息がそのまま肌に触れるような至近距離で、ななしの思考はまたしても白く染まりそうになっていた。
「だったら、お前の口から直接聞かせろ。わざわざ俺のところに来た理由をよ」
その声はどこまでも低く、けれど確実な熱を持って鼓膜を揺さぶる。
ここでいつものようにヤケクソになって冗談めかすことは、もう許されない雰囲気だった。レオナは本気でななしの退路を断ちに来ている。
「……流されたままでいるのが嫌だったからです。レオナさんが強引に引っ張るのも、ツノ太郎が静かに囲い込もうとするのも、どっちも私のことを考えてくれてるって分かっちゃったから。だから私自身の意志で決めたくて、ここに来ました」
「……で、その結果がこれかよ」
レオナの唇が歪む。
顎を掴んでいた指の力がわずかに緩んだかと思うと、今度はその大きな手のひらがななしの頬を包み込むように移動した。荒々しい体温が直に伝わってくる。
「お前がここを選んだんだ。もう今更『やっぱりやめた』は通用しねぇぞ、草食動物」
「……わかってます」
「わかってねぇよ。お前が考えてるより俺は気が短ぇんだ。あのトカゲ野郎に無防備に髪を触らせてたのを見た時、その場でラウンジごと砂に変えてやろうかって本気で思ったくらいにはな」
さらりと告げられたあまりに重い独占欲にななしの背中にゾクリとした戦慄が走る。
けれどその言葉の裏にある狂おしいほどの情熱と、自分を絶対に離したくないという切実な響きが不思議と愛おしく思えてしまった。
「だったら……これからはレオナさん専用のブラシだけ使います。あの日届いた段ボール全部開けましたから」
ななしが少しだけ視線を泳がせながらそう答えると、レオナは一瞬だけ驚いたように目を見張った。そして堪えきれないといった様子で、低く笑い声を漏らす。
「ハッ……! ほんと、お前は生意気な草食動物だ。俺を前にして、そんな口が叩けるのはお前くらいなもんだぜ」
笑いながらレオナはそのままななしの身体を強く引き寄せ、ソファの上で抱きすくめるようにして胸元に閉じ込めた。
顔が彼の胸に押し付けられ、どこか懐かしくて落ち着く気配が一気に五感を満たしていく。手荒に扱わないと言ったマレウスとは対照的に、骨が軋むほどの強い力。けれどその荒々しさこそが、レオナがななしを誰にも渡さないという絶対的な誓いのようでもあった。
「いいか、もうオンボロ寮の戸締まりなんて気にする必要はねぇ。俺の目が届くところで、一生大人しく飼われてろ」
「か、飼われるなんて、返事はしてません……っ」
「口だけは達者だな」
そう言いながらもレオナの大きな手がななしの頭を何度も優しく愛おしむように撫でていく。その指先の動きは、あの日手荒に髪をかき回した時とは違い、これ以上ないほど甘いものだった。
「……レオナさ〜ん! 戻りました、って……うわ、取り込み中ッスか!?」
ラウンジの入り口からラギーが両手にパンの袋を抱えたまま、気まずそうに足を止めた。その足元には、いつの間にかサバナクローに入り込んでいたグリムが「……やっぱり子分はレオナの餌になっちまったんだゾ……」と絶望した顔でへたり込んでいる。
「ラギー。お前、今入ってきたってことは、それなりの覚悟があんだろうな?」
レオナがななしを抱き締めたまま不機嫌極まりない視線をラギーに向ける。
「いやいや、オレはただ頼まれてたものを届けに来ただけなんスけど!? すぐ消えます、すぐ消えますから! ほら、グリムくんも!」
「子分ー! 早く帰ってくるんだゾーっ!」
パンの袋と一緒にラギーに抱き抱えられたグリムがジタバタと暴れながらラウンジの外へと連行されていく。騒がしいいつもの日常の風景。けれどその中心にあるななしのポジションは、もう二度とこれまでと同じ場所には戻らない。
「おい、余所見してんじゃねぇよ」
レオナがななしの耳元で低く囁きさらに腕の力を強める。
捕らえられたら二度と逃げ出せない絶対的な檻。
けれどその心地よい窮屈さの中で、ななしは深く深くレオナの体温に身を委ねていくのだった。
