TRIANGLE
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アズールの提案に対し、自分の口から出た「自分の問題は自分でなんとかする」という言葉は我ながらなかなかに格好がついていたと思う。けれど現実はそんなに甘くはなかった。口で言うのは簡単だが実際、あの二人相手に一体どうやって「自分でなんとか」すればいいというのだろうか。
放課後の教室でななしは机の上に突っ伏したまま、長いため息を吐き出した。
「あぁもう完全に詰んだ……あの時の私、なんであんなに大見得切っちゃったんだろう……」
「子分、さっきからぶつぶつうるせーんだゾ」
「グリム〜、そんなこと言わないで助けてよ。こっちは冗談抜きで、鏡の間を通るだけでもどっちの寮の鏡から誰が飛び出してくるか戦々恐々としてるんだから」
実際、ここ数日の学園内の空気は明らかにななしを中心にして奇妙な歪みを生じさせていた。
普通に廊下を歩いているだけでサバナクローの寮生たちからは「おい、レオナさんが待ってんぞ」と、からかいと脅しが半分混ざったような視線を向けられる。
かと思えば、鏡の間の近くの回廊を通りかかるだけでディアソムニアのセベクが地鳴りのような大声で「若様がお前の動向を気に病んでおられる! お前はいつになったら、その無礼な態度を改めて若様のもとへ馳せ参じるつもりだ!?」と、校舎が震えるほどの音量で詰め寄ってくるのだ。
「中庭に避難しよ……ここにいたら放課後が始まる前に私の精神がすり潰されて消える」
「オレ様、おやつをくれるならどこでもついていくんだゾ」
グリムと一緒に逃げるようにして辿り着いた中庭には、傾きかけた西日が長く、オレンジ色の影を落としていた。
ベンチに腰掛け持っていた荷物を開ける。そこにはレオナから送られた「あの毛玉じゃ頼りにならねぇから、これで寮の戸締まりでもしとけ」という殴り書きの手紙と共に、異様なほどの防犯グッズが詰め込まれている。
そしてそのすぐ隣には、マレウスから届いた「夜は僕のことを想いながら温かいお茶を飲むといい」という綺麗な文字で書かれた手紙と緑色のハーブティーのパッケージが綺麗に収まっていた。
鞄を整理するたびに、あの日の記憶が生々しいほどの熱量を持って脳裏に蘇ってくる。
サバナクローの薄暗いラウンジでレオナの大きな手に手首を掴まれたときの強引な体温。普段は面倒くさそうに全てを投げ出しているあの人が自分をあそこまで鋭い瞳で見つめる瞬間の胸が跳ねるような緊張感。
そしてその直後、夜の静けさの中でマレウスの冷たく繊細な指先が自分の髪を壊れ物を扱うようにそっと梳いていったときの、あの静かな感触。
手荒に扱ったりはしないと囁いた彼の瞳の奥にあった、世界に一人取り残された子供のような切実で深い寂しさ。
「……どっちも、ただの我が儘な先輩だと思ってたのになぁ」
ポツリと呟いた言葉は風に溶けて消えた。
最初は二人の気まぐれに巻き込まれた被害者だとばかり思っていた。けれど送られてきた物資の山や手紙の言葉を何度も読み返すうちに、それが単なる気まぐれでも、嫌がらせでもないことに気づいてしまったのだ。
どちらの独占欲もあまりにもまっすぐで、重くて、そして――不思議と嫌だとは思えなかった。
それが何より自分自身の心を一番激しく惑わせている原因だった。
「ふな……オレ様、眠くなってきたんだゾ……」
購買で買ったパンをあっという間に平らげたグリムがななしの膝の上で丸くなり小さな寝息を立て始める。
規則的なその呼吸と膝に伝わる小さな体温を感じながら、ななしはぼんやりと赤く染まっていく空を見上げた。
このままどちらの誘いにも曖昧な笑顔を返し、のらりくらりと言い訳を続けていれば、いつかはすべてが元通りになるのではないか。そんな甘い現実逃避が頭をよぎる。
けれどそれはきっと一番やってはいけないことだ。あの二人は決して誤魔化しが利くような相手ではない。曖昧な態度のまま引き延ばせば、いつか二人を本当に傷つけ、そして自分自身の手で取り返しのつかない決裂を招いてしまうかもしれない。
「……腹くくるか」
明日になれば、またいつもと同じ朝が来ていつもと同じ放課後がやってくる。
誰に言われたからでもなく誰の取引に乗るわけでもない。
自分の心の中にある本当の気持ちとちゃんと向き合う時が来ていた。
もしあの強引で不器用な猛獣の手に、もう一度自分から触れに行くとしたら。
もしあの孤独で美しい夜の主の隣に、ずっと寄り添って歩いていくとしたら。
あるいは――誰の手も取らず、このままグリムと愛おしい日常を守り抜いていくとしたら。
「グリム〜。私、ちゃんと選べるかな」
膝の上の毛玉は何も答えずにただ静かに温かい。
夕闇がゆっくりと中庭を侵食し、学園の時計が放課後の終わりを告げる低い鐘の音を響かせた。その音はまるで訪れる運命の時間をカウントダウンしているかのように、ななしの胸の奥深くまで重く静かに響き渡った。
放課後の教室でななしは机の上に突っ伏したまま、長いため息を吐き出した。
「あぁもう完全に詰んだ……あの時の私、なんであんなに大見得切っちゃったんだろう……」
「子分、さっきからぶつぶつうるせーんだゾ」
「グリム〜、そんなこと言わないで助けてよ。こっちは冗談抜きで、鏡の間を通るだけでもどっちの寮の鏡から誰が飛び出してくるか戦々恐々としてるんだから」
実際、ここ数日の学園内の空気は明らかにななしを中心にして奇妙な歪みを生じさせていた。
普通に廊下を歩いているだけでサバナクローの寮生たちからは「おい、レオナさんが待ってんぞ」と、からかいと脅しが半分混ざったような視線を向けられる。
かと思えば、鏡の間の近くの回廊を通りかかるだけでディアソムニアのセベクが地鳴りのような大声で「若様がお前の動向を気に病んでおられる! お前はいつになったら、その無礼な態度を改めて若様のもとへ馳せ参じるつもりだ!?」と、校舎が震えるほどの音量で詰め寄ってくるのだ。
「中庭に避難しよ……ここにいたら放課後が始まる前に私の精神がすり潰されて消える」
「オレ様、おやつをくれるならどこでもついていくんだゾ」
グリムと一緒に逃げるようにして辿り着いた中庭には、傾きかけた西日が長く、オレンジ色の影を落としていた。
ベンチに腰掛け持っていた荷物を開ける。そこにはレオナから送られた「あの毛玉じゃ頼りにならねぇから、これで寮の戸締まりでもしとけ」という殴り書きの手紙と共に、異様なほどの防犯グッズが詰め込まれている。
そしてそのすぐ隣には、マレウスから届いた「夜は僕のことを想いながら温かいお茶を飲むといい」という綺麗な文字で書かれた手紙と緑色のハーブティーのパッケージが綺麗に収まっていた。
鞄を整理するたびに、あの日の記憶が生々しいほどの熱量を持って脳裏に蘇ってくる。
サバナクローの薄暗いラウンジでレオナの大きな手に手首を掴まれたときの強引な体温。普段は面倒くさそうに全てを投げ出しているあの人が自分をあそこまで鋭い瞳で見つめる瞬間の胸が跳ねるような緊張感。
そしてその直後、夜の静けさの中でマレウスの冷たく繊細な指先が自分の髪を壊れ物を扱うようにそっと梳いていったときの、あの静かな感触。
手荒に扱ったりはしないと囁いた彼の瞳の奥にあった、世界に一人取り残された子供のような切実で深い寂しさ。
「……どっちも、ただの我が儘な先輩だと思ってたのになぁ」
ポツリと呟いた言葉は風に溶けて消えた。
最初は二人の気まぐれに巻き込まれた被害者だとばかり思っていた。けれど送られてきた物資の山や手紙の言葉を何度も読み返すうちに、それが単なる気まぐれでも、嫌がらせでもないことに気づいてしまったのだ。
どちらの独占欲もあまりにもまっすぐで、重くて、そして――不思議と嫌だとは思えなかった。
それが何より自分自身の心を一番激しく惑わせている原因だった。
「ふな……オレ様、眠くなってきたんだゾ……」
購買で買ったパンをあっという間に平らげたグリムがななしの膝の上で丸くなり小さな寝息を立て始める。
規則的なその呼吸と膝に伝わる小さな体温を感じながら、ななしはぼんやりと赤く染まっていく空を見上げた。
このままどちらの誘いにも曖昧な笑顔を返し、のらりくらりと言い訳を続けていれば、いつかはすべてが元通りになるのではないか。そんな甘い現実逃避が頭をよぎる。
けれどそれはきっと一番やってはいけないことだ。あの二人は決して誤魔化しが利くような相手ではない。曖昧な態度のまま引き延ばせば、いつか二人を本当に傷つけ、そして自分自身の手で取り返しのつかない決裂を招いてしまうかもしれない。
「……腹くくるか」
明日になれば、またいつもと同じ朝が来ていつもと同じ放課後がやってくる。
誰に言われたからでもなく誰の取引に乗るわけでもない。
自分の心の中にある本当の気持ちとちゃんと向き合う時が来ていた。
もしあの強引で不器用な猛獣の手に、もう一度自分から触れに行くとしたら。
もしあの孤独で美しい夜の主の隣に、ずっと寄り添って歩いていくとしたら。
あるいは――誰の手も取らず、このままグリムと愛おしい日常を守り抜いていくとしたら。
「グリム〜。私、ちゃんと選べるかな」
膝の上の毛玉は何も答えずにただ静かに温かい。
夕闇がゆっくりと中庭を侵食し、学園の時計が放課後の終わりを告げる低い鐘の音を響かせた。その音はまるで訪れる運命の時間をカウントダウンしているかのように、ななしの胸の奥深くまで重く静かに響き渡った。
