DISGUISE
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
西日が完全に沈みかけ、校舎の長い廊下に赤黒い影が伸びる時間帯。
ななしはクルーウェルとの張り詰めた面談をようやく終え、張り詰めていた肩の力を抜いて軽い足取りで購買部へと向かっていた。
「早く帰ってツナ缶をよこせ」と豪語していた相棒の顔が浮かぶ。ここで頼まれていた品を買って帰らなければ、今夜一晩中どれほど騒がれるか分かったものではない。
扉を押し開けると、放課後の購買部は驚くほど静まり返っており、先客の姿が一人だけあった。
「……ななしか。奇遇だな」
声をかけてきたのはスカラビア寮の副寮長、ジャミル・バイパーだった。
手元の商品を選び終えたのだろう、手際よくそれらをまとめながら、彼はこちらへ振り返った。
「ジャミル先輩。お疲れ様です」
「なんだか、いつもより少し顔つきが穏やかだな。何か良いことでもあったのか?」
ジャミルはななしの顔を、値踏みするようにつっと見つめる。
いつも通りの物静かで従順な佇まい。しかし、前髪の隙間から覗くその切れ長の瞳には、他人の僅かな変化も見逃さない鋭い観察眼がぎらついている。
「いえ、ちょうどさっきクルーウェル先生との個別面談が終わったところで。張り詰めていたものが、少し気が楽になったんです」
「……なるほど。あの先生がわざわざ個別に時間を取るということは、そういうことか」
「え……?」
ジャミルは一瞬だけ、憐れむように目元を和らげたが、すぐにいつもの冷徹なまでに冷静な表情に戻った。
「いや、なんでもない。いつも手のかかる獣を連れている君だ。先生も、君が限界を迎えて無理をしていないか心配だったんだろう」
「無理、ですか」
「ああ。オンボロ寮の維持管理だけでも手一杯だろうに、君にばかり負担が集中しているのは誰の目から見ても明らかだしな。……特に、他人に言えないような体調の面がな」
ジャミルは周囲に誰もいないにもかかわらず、さらに少しだけ声を潜め、密やかな声音で言葉を紡ぐ。
まるで確信に満ちたような物言いに、ななしの心臓がドクリと小さく跳ね上がった。
「……お気遣い、ありがとうございます。でも、ジャミル先輩やカリム先輩にもいつも色々と助けていただいているので、今のところは大丈夫です」
「カリムはともかく、俺は何もしていないさ。まあ、一人で抱えきれないことがあればスカラビアを頼るといい。あそこはスパイスの効いた料理が多いが……君のように、色々と隠し通すために胃を痛めている人間に優しい胃薬や、滋養強壮にいい茶葉なんかもあるからな」
「胃薬、ですか……?」
あえて「隠し通すため」というワードを混ぜてきた彼に、ななしは喉の奥がカラカラに乾くのを感じた。
「ああ、色々と気苦労が多いだろうと思ってな。……まあ、ただの冗談だ」
そう言って、ジャミルは薄く唇の端を吊り上げる。
ななしの背中に冷たい汗がどっと流れ落ちた。冗談にしては、彼の目は微塵も笑っていない。
心臓が嫌な警鐘を立てて跳ね上がり、何か言い訳をしなければと引き止めようとジャミルの後ろ姿を見つめたが、彼はもうとっくに手際よく会計を済ませ品物の袋を手に取っていた。
「またな、ななし。あまり一人で抱え込みすぎないようにしろよ。秘密の重さで潰れてしまう前にな」
購買部を去っていくジャミルの足音は驚くほど静かで、それゆえに不気味だった。
ななしは血の気が完全に引いた顔のまま、夕闇が溶け込み始めた廊下へと消えていくその後ろ姿を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
すべてを見透かしたような、あの確信犯の笑みが脳裏に焼き付いて離れない。
急に足元が底なしの沼に変わったかのような、ヒリヒリとした逃げ場のない緊張感が胸の奥深くに冷たく突き刺さっていた。
ななしはクルーウェルとの張り詰めた面談をようやく終え、張り詰めていた肩の力を抜いて軽い足取りで購買部へと向かっていた。
「早く帰ってツナ缶をよこせ」と豪語していた相棒の顔が浮かぶ。ここで頼まれていた品を買って帰らなければ、今夜一晩中どれほど騒がれるか分かったものではない。
扉を押し開けると、放課後の購買部は驚くほど静まり返っており、先客の姿が一人だけあった。
「……ななしか。奇遇だな」
声をかけてきたのはスカラビア寮の副寮長、ジャミル・バイパーだった。
手元の商品を選び終えたのだろう、手際よくそれらをまとめながら、彼はこちらへ振り返った。
「ジャミル先輩。お疲れ様です」
「なんだか、いつもより少し顔つきが穏やかだな。何か良いことでもあったのか?」
ジャミルはななしの顔を、値踏みするようにつっと見つめる。
いつも通りの物静かで従順な佇まい。しかし、前髪の隙間から覗くその切れ長の瞳には、他人の僅かな変化も見逃さない鋭い観察眼がぎらついている。
「いえ、ちょうどさっきクルーウェル先生との個別面談が終わったところで。張り詰めていたものが、少し気が楽になったんです」
「……なるほど。あの先生がわざわざ個別に時間を取るということは、そういうことか」
「え……?」
ジャミルは一瞬だけ、憐れむように目元を和らげたが、すぐにいつもの冷徹なまでに冷静な表情に戻った。
「いや、なんでもない。いつも手のかかる獣を連れている君だ。先生も、君が限界を迎えて無理をしていないか心配だったんだろう」
「無理、ですか」
「ああ。オンボロ寮の維持管理だけでも手一杯だろうに、君にばかり負担が集中しているのは誰の目から見ても明らかだしな。……特に、他人に言えないような体調の面がな」
ジャミルは周囲に誰もいないにもかかわらず、さらに少しだけ声を潜め、密やかな声音で言葉を紡ぐ。
まるで確信に満ちたような物言いに、ななしの心臓がドクリと小さく跳ね上がった。
「……お気遣い、ありがとうございます。でも、ジャミル先輩やカリム先輩にもいつも色々と助けていただいているので、今のところは大丈夫です」
「カリムはともかく、俺は何もしていないさ。まあ、一人で抱えきれないことがあればスカラビアを頼るといい。あそこはスパイスの効いた料理が多いが……君のように、色々と隠し通すために胃を痛めている人間に優しい胃薬や、滋養強壮にいい茶葉なんかもあるからな」
「胃薬、ですか……?」
あえて「隠し通すため」というワードを混ぜてきた彼に、ななしは喉の奥がカラカラに乾くのを感じた。
「ああ、色々と気苦労が多いだろうと思ってな。……まあ、ただの冗談だ」
そう言って、ジャミルは薄く唇の端を吊り上げる。
ななしの背中に冷たい汗がどっと流れ落ちた。冗談にしては、彼の目は微塵も笑っていない。
心臓が嫌な警鐘を立てて跳ね上がり、何か言い訳をしなければと引き止めようとジャミルの後ろ姿を見つめたが、彼はもうとっくに手際よく会計を済ませ品物の袋を手に取っていた。
「またな、ななし。あまり一人で抱え込みすぎないようにしろよ。秘密の重さで潰れてしまう前にな」
購買部を去っていくジャミルの足音は驚くほど静かで、それゆえに不気味だった。
ななしは血の気が完全に引いた顔のまま、夕闇が溶け込み始めた廊下へと消えていくその後ろ姿を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
すべてを見透かしたような、あの確信犯の笑みが脳裏に焼き付いて離れない。
急に足元が底なしの沼に変わったかのような、ヒリヒリとした逃げ場のない緊張感が胸の奥深くに冷たく突き刺さっていた。
11/11ページ
