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張り詰めた空気が漂う放課後の空き教室。
窓から差し込む西日が、少し埃の舞う誰もいない室内をオレンジ色に染めていた。
ななしは少し緊張しながら背筋を伸ばして椅子に腰掛けていた。
その目の前には、担任であるデイヴィス・クルーウェルの姿がある。
「さて、ななし。学園での生活や授業にはもう慣れたか」
「はい。周りのみんなに助けられながら、なんとかやれています」
「あの問題児どものことだ。助けられているというよりは、むしろお前が振り回されているのではないか?」
クルーウェルはトントンと机の端を叩く。向けられる視線は教師としての厳格さと、それ以上の複雑な懸念を孕んでいた。
彼は学園長からななしの本当の性別を告げられている数少ない人物のうちの一人だ。
「少し、制服の着こなしがなっていないな」
「えっ……どこかおかしいですか?」
ななしが慌てて自分のネクタイや襟元に手をやると、クルーウェルは小さくため息をつき、自ら身を乗り出してきた。
「襟が少し歪んでいる。詰めが甘いぞ、仔犬。そんなことでは目の肥えた他の寮長どもにすぐに見破られる」
クルーウェルの手袋越しの大ぶりな手が、ななしの制服の襟元に触れる。誰もいない静かな教室の中、歪みを直すその手つきは驚くほど優しく丁寧だった。
「すみません……」
「謝るな。俺が言いたいのは、それだけお前が常に気を張っていなければならない環境にいるということだ。……身体に変わりはないか。例の時期はどう乗り切っている」
一段と声を潜め、確実に体調を気遣う言葉がクルーウェルの口から紡がれる。
「今のところは、なんとか隠し通せています。この前も寮で大人しくしていたので……」
「そうか。だが、限界が来る前に俺を頼れ。購買で買いにくい物があれば俺が手配してやる。お前は俺のクラスの生徒だ。面倒を見る義務がある」
クルーウェルは片肘をつき、鋭い視線でじっとななしを見つめた。
「男のふりをして生きるというのは、精神的にも肉体的にも想像以上の負担のはずだ。お前がどれだけ上手く立ち回っているつもりでも、俺の目は誤魔化せん……あまり一人で抱え込みすぎるな」
「……はい。先生にそう言っていただけると、少しホッとします」
ななしの言葉にクルーウェルはフッと口元を緩める。それは授業中には決して生徒たちに見せることのない、穏やかな大人の微笑みだった。
「弱音を吐く場所くらいは作れ。お前がここで倒れでもしたら、俺の監督責任に関わるからな」
彼はそう言ってポケットから小さな包みを取り出すと、ななしの前に滑らせた。少し高級そうな専門店のチョコレートだった。
「面談は以上だ。体調に異変があれば、授業の前後でも構わんからすぐに報告にこい。分かったな、仔犬」
「はい、ありがとうございました」
ななしは一礼して立ち上がり、包みを大切に握りしめて教室を後にした。背中に受ける視線はどこまでも温かく、保護者のそれに近かった。
窓から差し込む西日が、少し埃の舞う誰もいない室内をオレンジ色に染めていた。
ななしは少し緊張しながら背筋を伸ばして椅子に腰掛けていた。
その目の前には、担任であるデイヴィス・クルーウェルの姿がある。
「さて、ななし。学園での生活や授業にはもう慣れたか」
「はい。周りのみんなに助けられながら、なんとかやれています」
「あの問題児どものことだ。助けられているというよりは、むしろお前が振り回されているのではないか?」
クルーウェルはトントンと机の端を叩く。向けられる視線は教師としての厳格さと、それ以上の複雑な懸念を孕んでいた。
彼は学園長からななしの本当の性別を告げられている数少ない人物のうちの一人だ。
「少し、制服の着こなしがなっていないな」
「えっ……どこかおかしいですか?」
ななしが慌てて自分のネクタイや襟元に手をやると、クルーウェルは小さくため息をつき、自ら身を乗り出してきた。
「襟が少し歪んでいる。詰めが甘いぞ、仔犬。そんなことでは目の肥えた他の寮長どもにすぐに見破られる」
クルーウェルの手袋越しの大ぶりな手が、ななしの制服の襟元に触れる。誰もいない静かな教室の中、歪みを直すその手つきは驚くほど優しく丁寧だった。
「すみません……」
「謝るな。俺が言いたいのは、それだけお前が常に気を張っていなければならない環境にいるということだ。……身体に変わりはないか。例の時期はどう乗り切っている」
一段と声を潜め、確実に体調を気遣う言葉がクルーウェルの口から紡がれる。
「今のところは、なんとか隠し通せています。この前も寮で大人しくしていたので……」
「そうか。だが、限界が来る前に俺を頼れ。購買で買いにくい物があれば俺が手配してやる。お前は俺のクラスの生徒だ。面倒を見る義務がある」
クルーウェルは片肘をつき、鋭い視線でじっとななしを見つめた。
「男のふりをして生きるというのは、精神的にも肉体的にも想像以上の負担のはずだ。お前がどれだけ上手く立ち回っているつもりでも、俺の目は誤魔化せん……あまり一人で抱え込みすぎるな」
「……はい。先生にそう言っていただけると、少しホッとします」
ななしの言葉にクルーウェルはフッと口元を緩める。それは授業中には決して生徒たちに見せることのない、穏やかな大人の微笑みだった。
「弱音を吐く場所くらいは作れ。お前がここで倒れでもしたら、俺の監督責任に関わるからな」
彼はそう言ってポケットから小さな包みを取り出すと、ななしの前に滑らせた。少し高級そうな専門店のチョコレートだった。
「面談は以上だ。体調に異変があれば、授業の前後でも構わんからすぐに報告にこい。分かったな、仔犬」
「はい、ありがとうございました」
ななしは一礼して立ち上がり、包みを大切に握りしめて教室を後にした。背中に受ける視線はどこまでも温かく、保護者のそれに近かった。
