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翌日の放課後。
ナイトレイブンカレッジの喧騒から少し離れた植物園は、柔らかな木漏れ日と青臭い植物の匂いに満ちている。
ななしは温室の隅にあるベンチで、学園長から渡された資料を読み進める。膝の上では、昼食の残りのスコーンを食べ終えたグリムが気持ち良さそうに寝息を立てている。
「……やっぱり、元の世界に戻る方法の記述はどこにもないなぁ」
ななしは小さくため息をつきページをめくる。
一向に進まない手がかりに加え、下腹部の重い鈍痛と座っているだけでも冷や汗が滲むような生理特有の倦怠感が身体を痛めつけていた。
慣れない男装の緊張感も重なり、いつも以上に体力が削られていく。
そこへ静かな温室の奥からパサリと草を分ける音が聞こえる。
「おや、ななしさん。こんなところで熱心にお勉強ですか」
聞き覚えのある、朗らかでありながらどこか神経を逆撫でするような声。
オクタヴィネル寮長アズール・アーシェングロットが、いつの間にかベンチのすぐ傍に立っていた。眼鏡の奥の瞳が、、獲物を定めるようにこちらをじっと見つめている。
「アズール先輩。……こんにちは」
ななしは反射的に資料を閉じ、少しでも腹部の痛みを紛らわせるように、それを抱え込んで身体を微かに丸める。
「そんなに警戒しないでください。僕はただ、学園長から頼まれた資料をこの植物園に探しに来ただけですよ。……おや?」
アズールが一歩、距離を詰める。
その瞬間、彼の背後から音もなく現れた長身の影が二つ、ななしを挟み込むように左右に分かれた。副寮長のジェイド・リーチとフロイド・リーチだった。
「小エビちゃん、なにしてんの〜」
フロイドが上から覗き込んでくる。
ななしの鼻腔を、ほんのりと冷たい海の底を連想させる独特の潮の匂いが掠めた。
「フロイド、失礼ですよ。……ですがななしさん、随分と顔色が悪い。何かお困りごとですか?」
ジェイドが口元を手で覆い、気遣うようでいて、その実こちらの反応を観察するような目を向ける。
「いえ、これは、ちょっと寝不足なだけで……」
「おやおや、それはお気の毒に」
アズールが眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。その視線はななしの青白い顔、そして痛みに耐えるように力なく強張っている指先へと注がれていた。
「あなた、何か隠し事をしていませんか? 契約書を交わすまでもなく、僕の直感がそう告げているんです」
アズールの一言にななしの心臓が大きく跳ね上がる。
「ねぇアズール、ちょっと絞めて確かめていい?」
フロイドが長い指先をパチパチと鳴らし、ななしの肩へと手を伸ばす。大柄な影に完全に囲まれ退路はない。
ななしがギュッと目を瞑ったその時、温室の入り口からガサガサと騒がしい足音が響いた。
「あー! 見つけたッス! ななしくん、探したんッスよ!」
ラギーが息を切らせながら割り込んできた。
その後ろからは、大きな影がゆっくりと歩いてくる。
「おいタコ野郎。オレの縄張りにゾロゾロと群れてんじゃねぇよ」
レオナが不機嫌そうにアズールたちを睨みつける。
「おや、レオナさん。これは奇遇ですね」
アズールが薄く笑い、一歩下がってフロイドの手を制する。
「奇遇もクソもあるか。ラギー、その草食動物を回収しろ」
「はいはい、了解ッス。ほらななしくん、行くッスよ。グリムくんも起きるッス」
ラギーがななしの腕を引っ張り、オクタヴィネルの包囲網から強引に引き剥がす。その拍子にグリムが「ふなっ!?」と目を覚ました。
「チッ……まぁいい、今日のところは引き上げましょう」
アズールは不快そうに眉をひそめ、ジェイドとフロイドを促して温室の奥へと去っていく。フロイドだけが「バイバイ、小エビちゃん。また今度ねぇ」と楽しそうに手を振っていた。
「……助かりました、レオナ先輩、ラギー先輩」
ななしは冷や汗を拭いながら、二人を見上げる。
「助けたわけじゃねぇ。飯の供給源を失うのが面倒なだけだ。……行くぞ、ラギー」
レオナはななしの顔色や立ち姿から、その体調不良の本当の理由を敏感に察した上で、それ以上追及することなく興味を失ったように背を向けて歩き出す。
「シシシッ、レオナさんはああ言ってるッスけど結構心配してたみたいッスよ? さ、オンボロ寮に戻って昨日のメンチカツ温め直しましょ!」
ラギーが隣で嬉しそうに笑う。
ななしはオクタヴィネルの底知れない視線を思い出し、下腹部の鈍痛を抱えながらも、不器用な形で自分を守ってくれた二人の後ろを急ぎ足で追いかけた。
ナイトレイブンカレッジの喧騒から少し離れた植物園は、柔らかな木漏れ日と青臭い植物の匂いに満ちている。
ななしは温室の隅にあるベンチで、学園長から渡された資料を読み進める。膝の上では、昼食の残りのスコーンを食べ終えたグリムが気持ち良さそうに寝息を立てている。
「……やっぱり、元の世界に戻る方法の記述はどこにもないなぁ」
ななしは小さくため息をつきページをめくる。
一向に進まない手がかりに加え、下腹部の重い鈍痛と座っているだけでも冷や汗が滲むような生理特有の倦怠感が身体を痛めつけていた。
慣れない男装の緊張感も重なり、いつも以上に体力が削られていく。
そこへ静かな温室の奥からパサリと草を分ける音が聞こえる。
「おや、ななしさん。こんなところで熱心にお勉強ですか」
聞き覚えのある、朗らかでありながらどこか神経を逆撫でするような声。
オクタヴィネル寮長アズール・アーシェングロットが、いつの間にかベンチのすぐ傍に立っていた。眼鏡の奥の瞳が、、獲物を定めるようにこちらをじっと見つめている。
「アズール先輩。……こんにちは」
ななしは反射的に資料を閉じ、少しでも腹部の痛みを紛らわせるように、それを抱え込んで身体を微かに丸める。
「そんなに警戒しないでください。僕はただ、学園長から頼まれた資料をこの植物園に探しに来ただけですよ。……おや?」
アズールが一歩、距離を詰める。
その瞬間、彼の背後から音もなく現れた長身の影が二つ、ななしを挟み込むように左右に分かれた。副寮長のジェイド・リーチとフロイド・リーチだった。
「小エビちゃん、なにしてんの〜」
フロイドが上から覗き込んでくる。
ななしの鼻腔を、ほんのりと冷たい海の底を連想させる独特の潮の匂いが掠めた。
「フロイド、失礼ですよ。……ですがななしさん、随分と顔色が悪い。何かお困りごとですか?」
ジェイドが口元を手で覆い、気遣うようでいて、その実こちらの反応を観察するような目を向ける。
「いえ、これは、ちょっと寝不足なだけで……」
「おやおや、それはお気の毒に」
アズールが眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。その視線はななしの青白い顔、そして痛みに耐えるように力なく強張っている指先へと注がれていた。
「あなた、何か隠し事をしていませんか? 契約書を交わすまでもなく、僕の直感がそう告げているんです」
アズールの一言にななしの心臓が大きく跳ね上がる。
「ねぇアズール、ちょっと絞めて確かめていい?」
フロイドが長い指先をパチパチと鳴らし、ななしの肩へと手を伸ばす。大柄な影に完全に囲まれ退路はない。
ななしがギュッと目を瞑ったその時、温室の入り口からガサガサと騒がしい足音が響いた。
「あー! 見つけたッス! ななしくん、探したんッスよ!」
ラギーが息を切らせながら割り込んできた。
その後ろからは、大きな影がゆっくりと歩いてくる。
「おいタコ野郎。オレの縄張りにゾロゾロと群れてんじゃねぇよ」
レオナが不機嫌そうにアズールたちを睨みつける。
「おや、レオナさん。これは奇遇ですね」
アズールが薄く笑い、一歩下がってフロイドの手を制する。
「奇遇もクソもあるか。ラギー、その草食動物を回収しろ」
「はいはい、了解ッス。ほらななしくん、行くッスよ。グリムくんも起きるッス」
ラギーがななしの腕を引っ張り、オクタヴィネルの包囲網から強引に引き剥がす。その拍子にグリムが「ふなっ!?」と目を覚ました。
「チッ……まぁいい、今日のところは引き上げましょう」
アズールは不快そうに眉をひそめ、ジェイドとフロイドを促して温室の奥へと去っていく。フロイドだけが「バイバイ、小エビちゃん。また今度ねぇ」と楽しそうに手を振っていた。
「……助かりました、レオナ先輩、ラギー先輩」
ななしは冷や汗を拭いながら、二人を見上げる。
「助けたわけじゃねぇ。飯の供給源を失うのが面倒なだけだ。……行くぞ、ラギー」
レオナはななしの顔色や立ち姿から、その体調不良の本当の理由を敏感に察した上で、それ以上追及することなく興味を失ったように背を向けて歩き出す。
「シシシッ、レオナさんはああ言ってるッスけど結構心配してたみたいッスよ? さ、オンボロ寮に戻って昨日のメンチカツ温め直しましょ!」
ラギーが隣で嬉しそうに笑う。
ななしはオクタヴィネルの底知れない視線を思い出し、下腹部の鈍痛を抱えながらも、不器用な形で自分を守ってくれた二人の後ろを急ぎ足で追いかけた。
