微睡の淵の銀鎖
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夕暮れが廊下をゆっくり染め、生徒たちの話し声も少しずつ遠のいていた。■■■は学園長から預かった書類を抱え、ディアソムニア寮へ向かう長い廊下を歩いていた。
「……シルバー先輩?」
廊下の真ん中で、一人の生徒が立ち止まっている。
窓から差し込む夕日を浴びているのは、ディアソムニア寮の二年生、シルバーだった。教科書を胸に抱え、背筋を伸ばした姿勢で動かない。
「……立ったまま寝てる」
思わず小さくつぶやき、■■■は足を止めた。
整った横顔は眠っているせいかいつも以上に静かで、長い睫毛が頬に影を落としている。穏やかな寝息だけが規則正しく響いていて、このまま時間まで止まってしまったようだった。
「ここで寝てたら危ないですよ……」
誰かとぶつかる前に起こさなければ。
そう思った■■■はシルバーに近づく。
「あの、シルバー先輩。起きてください」
「…………」
「先輩。もう放課後ですよ」
返事はない。
そっと肩を指先でつついてみても、ぴくりとも動かなかった。
「やっぱり起きない……」
困ったように眉を下げる。
少しだけ背伸びをして耳元へ顔を寄せる。
「シルバー先輩!」
「……っ! 敵襲か!」
勢いよく目を開いたシルバーは反射的に身構えた。
だが目の前にいるのが■■■だと分かると、張り詰めていた表情はすぐに和らぐ。
「……■■■か。すまない。少し眠っていたようだ」
「廊下の真ん中で直立不動でした」
「そうか。またやってしまったか」
小さく息をつき、苦笑する。
「この前もセベクに注意されたばかりなんだが」
「全然反省できてないじゃないですか」
「耳が痛いな」
そう言って肩を落としたシルバーだったが、その直後にふらりと体勢を崩した。
「わっ、危ない!」
■■■は慌てて腕を伸ばす。
「無理しないでください。寮まで一緒に行きましょう」
「……すまない。助かる」
少しだけ照れたように目を伏せる。
「お前にはいつも世話になってばかりだ」
「放っておけないだけです」
「それでも感謝している」
◇
歩き出そうとしたところで、シルバーの視線が■■■の抱える書類へ向いた。
「その書類は?」
「学園長から頼まれた届け物です。ディアソムニア寮まで持っていく途中で」
「なら、俺が持とう」
「えっ?」
「眠気覚ましにもなる」
「でも、まだふらついてますよ」
「心配はいらない」
そう言うなり、シルバーは書類を軽々と受け取った。
指先がほんの一瞬触れ合う。
そのぬくもりに■■■は思わず息をのみ、慌てて何事もなかったように歩き出した。
「重くないですか?」
問いかけても返事がない。
シルバーは書類を抱えたまま静かに舟を漕ぎ始めていた。
「えぇっ!? 寝ちゃだめです!」
慌てて腕を支える。
「やっぱりわたしが持ちます!」
「……いや」
目を閉じたまま首を横に振る。
「これは俺が運ぶ」
「寝ながら言われても説得力ありません!」
「……預かったものは責任を持って……」
「その前に起きてください!」
「努力はしているんだ」
「努力の方向がおかしいです」
思わず笑い混じりに返すと、シルバーも小さく笑った。
「……はは」
穏やかな笑い声が静かな廊下へ溶けていく。
「目を開けたまま眠れれば解決するだろうか」
「絶対しません」
「そうか」
「納得しないでください」
◇
しばらく並んで歩いていると、シルバーが静かに口を開いた。
「……■■■」
「はい?」
「お前の声を聞いていると、不思議と安心する」
「え?」
■■■は思わず首をかしげる。
「それって褒められてるんでしょうか」
「ああ、俺なりの精いっぱいの賛辞だ」
その言葉に■■■は少しだけ照れたように笑う。
「……そういうことを急に言うんですから」
「本心なのだが」
まっすぐ向けられた視線を受け止めきれず、■■■はそっと前を向いた。
「早く寮に行きましょう」
「そうだな」
シルバーはゆっくり歩き出し、少しだけ口元を緩めて続けた。
「お前が隣にいてくれるなら、もう少し起きていられそうだ」
「本当ですか?」
「ああ。だから、もう少しだけ付き合ってくれ」
「届け物が終わるまでなら」
「それで十分だ」
歩幅の違う二人は、ときどき肩が触れそうになりながら夕暮れの廊下を進んでいく。
そのたびに■■■は少しだけ歩幅を合わせ、シルバーも眠気に負けないよう静かに前を見据えた。
穏やかなやり取りは途切れることなく続き、二人の足音だけが静かな廊下に優しく響いていた。
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